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田中偉一郎 (アーティスト)


あなたはアートを見て笑ったことがあるだろうか。
アートだからって、なにも難しく考える必要はない。「くっだらねぇなぁ」といって笑うのは、テレビやお笑いの専売特許ではなくて、アートにも立派な鑑賞法なのだ。

そもそも笑いは人間にとって、食べる、飲む、寝る、排泄するなどと並ぶ、根本的な快感の一つ。それはあなたの思考を一旦リセットし、そこから、いつもとちょっと違う世界が見えてくる。もし、あなたが最近笑えるアートに出会っていないというならば、是非一度、田中偉一郎の作品を見てほしい。田中偉一郎は、昨年のレントゲンヴェルケでの個展をはじめ、美術手帳での連載「やっつけメーキンング」、共著「立体めがね」の出版やライブ活動など、メディアを選ばないスタイルと、絶妙にズレてる笑いのセンスで、近年秘かに注目を集めているアーティストのひとりだ。

「見て笑うものをつくりたい」と彼はいう。言葉を使ったライブのものである「お笑い」に対し、基本的には見るものである(ビジュアル)アートで笑いをとること。歴史や文脈をとっぱらっても成立するような新しい「笑い」を追求すること。そんな孤高のステージに、彼はいる。近年、森美術館や茅場町のギャラリー群をはじめ、扱う場所が一気に増えたとはいえ、一般にはまだまだ縁遠いゲンダイ・ビジュツ。田中偉一郎の「笑い」が、そこに風穴を開けるかもしれない。

TOKYO SOURCEでは、「同時代の表現者が今、何を見て、何を考え、何をつくりだしているのか?」を聞くことを通じ、彼ら自身を動かしている「力」を探っていくことにしている。その記念すべき第一弾(そこに大きな意味はないが、とりあえずは始まりだ)、僕は、田中偉一郎に話を聞きにいった。

1

生きる希望を安請け合いする


田中偉一郎 第二次個展「くらし いきいきいきいきいきいきいきいき」

近藤ヒデノリ: まず去年の個展についてですが、最初にあったイメージを聞かせてください。

田中偉一郎: 「第一次個展」を4年前にやって、それと基本的には変えたいなと思ったんですよね。「第一次」は、月に4回変えるってことをやったんですけど、結局毎回変えても僕の場合あまり変わらないんで(笑)、今回は違ったことをしたいなと。イメージとして最初にあったのはこういうテーマで(と言ってノートを見せる。「生命と田中」「生命とわたし」「命プロデュース」などの言葉がいろいろと書かれている)、なんか大げさなことを言って、しょぼいのをやりたいと思って…。NGとか、無駄に生きる感じとか、どうしようもない命をプロデュースするとか…これはコケシのビデオがわりとそうなんだけど…なんかこう、無理矢理生きることにしちゃってる、みたいなことにしたかったんですよね、生きていないものを。
元々「第一次」の時は括ってはいなかったんだけど、ちょっと今回は括ってみようかと思って初めにテーマをなんとなくこうしたんですよ。「生きる希望を安請け合いする」みたいなことをやってみたいなと。そういうのが最初ですね。

「逃げグラフ」

近藤: 今回の個展で一番気に入っている作品は?あるいは、実はちょっと失敗したなという作品は?

田中: 一番成功したなと思ってるのは、あの岩とかを割っているやつ(「ストリート・デストロイヤー」)、あと売れなかったんですけど「逃げグラフ」と、あとはコケシのやつですかね。

近藤: コケシのは実は一番よくわからなかったんです、コケシというもの自体が個人的にあまり響かないものだったというのもあるんだけど、モチーフというのはどうやって選んでいるのか?

「こけし いきいき マリオネット」

田中: そうすか(笑)モチーフを使う時は、ダルマとかコケシとか、誰もが一応は知っているようなもの…まあこれは日本人に限られたことかもしれないけど…を選ぶようにしてはいるんですけど、コケシのやつはやり過ぎだから。手を加えすぎてると思うんです。あれはもうちょっと続けていくとかでないと…。一応あのビデオは一番が「こけし いきいき」で、二番が「こけし いきいきいきいき」って段々激しくなっていくもので、ほんとはさらに激しいのも撮ろうと思ってたんですけど、時間がなくてできなかったんです(笑)さらに激しいのは、街をコケシを抱えて走ってるとか、こけしを引っ張って海で泳いでいく、など…です。さっき言ってた、生きる希望を安請けあいってこと、安易で子供っぽい発想をちょっと恥ずかしいけどもやる、ということで。

近藤: だからコケシをああやってマリオネットみたいに糸であやつると…。でも、なぜビデオにしたの?ライブではだめだったの?

2

小さくて、持ち運べるもの


「ストリート・デストロイヤー [ 物件002 ] 」

田中: ライブも一応やったんですけど、最終的には(作品を)モノにしたいっていうのがあるんですよね。手で運べるものにしたいんですよ。あんまりでかい作品とかって好きじゃないんですよ。美術ってわりとそういうのが昔からあるし、広告でもB倍がいいって発想があるけど…。やっぱり手で持てるとか、持ち歩けるとか、家にもって帰れるとか、世の中の既製品ってそっちに近いのに、美術品ってでかくなっている。あんまりでかい必然性ってないですよ。小さくて、持ち運べるものがいい。
後は、ふつう思いつきって話したからいいやとか、ウけたからいいやとか、すぐやめちゃうんだけど、それを形にできるところまでしたい。それは手で描いたラフでも、作品として発表するでも、媒体は問わないんだけど。思いつきがどんどん一人歩きして行く状態っていうのはいいなと。そのために、人の手に渡り得るものにしたいんです。

近藤: 「逃げグラフ」は僕も好きでした。「立体めがね」にもあった「わくをつける」というのと「ずれる」という方法論ですよね。岩とかを割っている作品は、あの中ではストレートだなという印象だったんだけど、どのへんが気に入っている?

田中: あれは、続けられそうだなというのがあって。今まであんまりそういうのがなかったんですけど。いろんなところで100枚くらい撮って、それだけで展示してもいいかなと。

3

おもいだす


「ハト命名」2000 movie 8min

近藤: あの作品は殴ってるポーズをしているけど、何かに対する怒りみたいなものが関係しているのか?それとも逆に、実質的には何もできない、という情けなさみたいなもの?

田中: 情けない感じがいいなと思っていて…。その辺を歩いてて、ちょっとやってみたというのが根本です。怒りというのは全然ないですね。街とか道路で、元々へこんでいるところとか、ヒビが入ってるとか、よく見かけるじゃないですか。そういうのを見た時にちょっと思い出すかなと。

前に「ハト命名」っていうのをやったんですけど、あれの時に感じたのが、けっこうみんながハトを見たときに名前をつけたくなっちゃうとか言ってたんですよ。ハトを見た時に思い出すと。そういうとこが、これも活きるかなと。まあ一番気に入ってるのはそのハトのやつなんですけどね。

近藤: 実は僕もあれが一番好きかもしれない。語りやすい作品ですよね、人によって勝手にいろんな解釈ができる。

田中: そうですね。

4

プロセスも見せる:「もうじき作品集」


「もうじき作品集」(brick sprout vol.1)フリーペーパー連載

田中: もう一つは、あるフリーペーパーに連載みたいなのを頼まれて、ネタ段階で見せちゃうぐらいがいいなと(フリーペーパー*を見せる)。これは「もうじき作品集」っていうもので、完成すると面白くなかったりすると思うんですけど、ネタの段階で見せるとけっこう面白いよねっていう。もうじき作品になりそうなんだけど、たとえばデカイから作れないとか、ダサイから、恥ずかしいから出せないとか…そういうのは、どんどん出してった方がいいんじゃないかということなんですよね。

近藤: この中から実際につくったりするのもある?

田中: ないです。これは「もうじき」で止めておきたい。つくりたいのもあるんだけど、まだ押さえておこうと。たとえば3年後くらいにネタ切れになったら、つくり出すかもしれないけど(笑)。

たぶん。このぐらいのことって誰でも考えつくと思うんですけど、あんまりその段階でみんな見せないんですよね。プロセスを見せるのを嫌うじゃないですか。完成度とかそういうのをもたないで、けっこう数を並べていくと、それが完成度になるんじゃないかと。

5

「立体めがね」


「立体めがね」山田亘×田中偉一郎共著 2003 DOMIC

近藤: 「立体めがね」という本は、世界を立体的にというか面白く見る為の方法論が詰まったものだと思うんだけど、この間の展示はその方法論をベースにした実践のつづきだと思っていい?だとすると、方法論を先にあってその実践がこの間の個展にある作品なのか?

田中: それは、あります。ただ、方法論と作品とどっちが先ってこともないですね。ああいう本を出しちゃうとそれに囚われて狭くなっちゃったりするんで。あの本の中で一応(方法論を)言葉にはしてあるけど、それで何をつくるかは範囲を狭めないでまあ、「たとえば、これ」みたいな。たとえばこの方法論だと、「ベストはこれ」なので、そこで作品を作ってみせると。そういう区分けになっている気はします。意外とどっちが面白いかは分からないけど…。ベストだけ見せるとか、プロセスだけ見せるとか、どっちかを切ることはしたくない。だからギャラリーで見せたようなのもあるし、フリーペーパーにあるみたいなのもあると。

6

未完成なものの方が、つっこみがいがある。


近藤: 今の話とか、あの本の中でも「まとめない」というキーワードで、未完成とか恥ずかしさをあえて残すことへのこだわりが書かれてたけど、そういう考え方はどこからきているんだろう?

田中: 完成度が高いものをつくるのにも興味はあるんですよ。でも完成度の高いものを見せた時よりも、完成度の低いものを見せた時の方が、つっこみがいがあるというか、ウけるんですよね。ウけるかウけないかでいうと、完成度の高いものを見せた時より、未完成なものの時の方がもう一つ、つっこみがいがある。うウけるというのは、笑いだけじゃないかもしれないですけど、小学生がこうやったらウけるというくらいの、そのくらいのレベルの判断基準です。

7

ノーメッセージの方が伝わりやすい


「くらしの水芸シリーズ(小銭入れ)」2004 mixedmedia

近藤: (広告の)仕事でも、ウけるウけないって打ち合わせなどで重要だと思うんですけど、そういうのとも関連ありますか?

田中: それはめちゃめちゃ関連してます、というか同じにしてます。こういうのを仕事で見せたりすることもありますし、これはこっちで使えてこっちで使えないとか、あんまり分けないようにしていますね。ただ広告だと、メッセージということにこだわるじゃないですか。でもメッセ-ジっていうのは別にあってもなくても、メッセージのないものの方がウけて伝わりやすいとか、飛躍性というのに興味があります。ノーメッセージなんだけどなぜか伝わりやすいとか、未完成の方が伝わりやすいとか、途中の方が伝わりやすいとか。

近藤: その場合の伝わるものって、何なんだろう?

田中: それは、分かんない(笑)。それはねえ…分かんないとこですよね。何が伝わるんだろう…。面白いとかじゃないんだろうな。

近藤: 作品の裏にある「企み」に共感してもらうとか、裏にある方法論に気づいてもらうとか?

田中: それはありますけど、ちょっと玄人受けっていうか…。やってること自体が面白いね、っていうのを見てほしいということももちろんあるんですけど、一個一個が面白くないといけないとは思うんですよ。それが入口で、でもそれだけ(面白い)じゃないんだという風に見えないと、それ止まりになって「美術作品」みたいなことになってしまうと思うんです。ひとつ引いたところから見ると、「こういう方法論でやると面白いものができるんだな」ってところも見てほしいとは思いますね。ただ普段、そこまでは考えてないです。

8

同レベルで並べる


「某合併」2000

近藤: 前回の個展で展示したそれぞれの作品は全部等価なのか、それとも優劣のようなものはある?

田中: (優劣は)ないですね。最終的にこういうのってけっこういいと思ってるんですけど、なんかこう同レベルで全部並んでるというのをいっぺんやってみたいんですよ。今までつくったものとか、あんまり見直す気もないんですけど、全部同レベルに並べて見るってのもけっこう大事だなと。別に自分の作品だけじゃなくて、世の中にある作品なり作品でないもの…ビデオとかクルマとか絵とか食べ物とか…そういうのをたとえば10x10cm枠の同じサイズで、同じ人に写真を撮ってもらうみたいなことを考えたときに、並べ方でどう面白いとか、並べ方によってこれが効いてくるとか、そういうのを客観性だと思っているかもしれないですね、あえて。そういう風に全部10cmx10cmの枠に入れちゃうと、できないことを無理してやってる感じはあまり好きじゃないけど、できないことはやらないという感じが伝わると、なんかオリがとれていいかなと。

9

「完成度=クオリティー」じゃない


「目落ちダルマ」2002

近藤: できないことはやらないっていうのは、どういうこと?

田中: 夢を語ったりするということではないなと。できそうなこと、たとえばこれはイラストで完結してるからオレにもできそうだなというような…。この「できないことをやらない」っていうのは最近けっこう気にいってる言葉なんですよね。こういうのって誰もが思いつきそうで、思いついてるんだけど表現はしないとか、未完成だから、チープに見えるから出さないってもののはいっぱいあると思うんですね。だけど、そういうものの方が僕は意外と面白いと思っているんです。

クオリティーってのは、完成度とイコールじゃないということ。たとえば広告なんかだと完成度がクオリティーとイコールになってる。でも僕は完成度なくても、クオリティーが高いものってあると思うんです。そういう感じがわりと、「メッセージ」に直結しているかもしれませんね。

10

アートと笑い:抜本的なことに興味がある


「顔ずれガンダム」2002

近藤: 「笑い」は田中くんにとって、あるいは田中くんの作品にとってどういうものか、笑いとの関係は?

田中: 笑いは、関係ありますね。笑えないよりも、笑えた方がいい。作品をつくるときの判断基準にもなってます。完成度とかはなくても、笑えればいい。

近藤: 「お笑い」とアートってどこが違うんだろう?

田中: お笑いも好きですけど、あれはやっぱりお笑いという歴史があって…。世の中の流れに乗ってると面白いけど、それを外したら意外と面白くないんじゃないかと。僕は、なんかこう、今まで憶えたことを一回全部忘れたいんですよね。「ウける」っていうことはわりと根本的なものだと思う。コミュニケーションとはまた違うんですけど、上からボーンとウンコが落ちてきたら面白いねとか。なんか笑いってそういう根本的なこと、抜本的なこと…よくわからない。(笑)なんか抜本的なことに興味がありますね。

11

「見て笑うもの」をつくりたい


「こけし いきいき」movie

近藤: アートとか現代美術って笑えるものって少ない。
一般に縁遠い理由の一つとしてそういうのがあると思うんだけど?

田中: そうですね、縁遠い理由としてたぶん「見て笑う」っていうものって少ないと思うんですよ。話して面白いとかはあるけど、見て面白いっての意外と少ないなと思って、すごく難しいと思うんですけど、それをやろうとしてるところもあるんで…。お笑いとか面白いものって全部しゃべりが入ってるんですよね。ライブじゃないと面白くないとか。「見て笑う」ってのは難しい。たぶんそれが美術の弱いところで、音楽がむちゃくちゃ強いのは、見なくても聴こえてくるじゃないですか。でもアートはいちいち見なきゃならない。だから途中だろうとなんだろうと、見せちゃっていいんじゃないかと。たとえば、ここで裸になったらウケるじゃないですか。アートにはそういうのが足りないんじゃないかなと。

近藤: じゃあとにかくウケればいいってこと?

田中:いや、そうではないです。たとえば、僕はエロは使わないようにしてるんです。そういう意味ではさっき言った「ここで裸になる」みたいなのは駄目です。エロって消化されやすい。あ、エロのジャンルだねと。ウケ狙いのジャンルとか表現の仕方ってある程度決まってきていると思うんです。ウケ狙いの仕方とかが、だいたい決まってる。そういうステージを外したい。他の方法を探したい。「見て笑う」ってのはふだんでもあんまりないじゃないですか?赤ちゃんがコケたら笑うみたいな。ステージがないところでやっていく笑いは新しいんじゃないかと。笑わせる仕掛けは世の中にいろいろあると思うんだけど、それの他のものがないかなと。

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基本的には全員作り手


近藤: アーティストって何をする人なんだろう?

田中: つくり手と見る側という風に考えると、音楽だと作り手と見る側が、わりと同じ方向を向いているじゃないですか。聴いた曲をカラオケで唄ったりと。でも好きなアートをつくったりしないですよね。ほんとは見る人もつくり手だということ。「立体めがね」でも書いたんですけど、全員作り手という言い方がいいなと思ってて、まず基本的には全員作り手だということがみんなわかってると面白いなと思うんですよ。

近藤: 世の中的にはそういう人が増えてきているとは思うけど。「クリエイター」みたいな人が。

田中: そうすね。だけどそういう人が間違えてる、というとおかしいけど、よく井の頭公園とか渋谷とかの路上で絵を書いて売ってるみたいな人は、単に「つくり手」という形をやりたいというだけで、そういうことをしなくても、基本的には全員作り手なんですけどね。

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MY SOURCE マイ・ソース: きっかけはマンコマーク?


ダイヤブロック

ブルーハーツ

マンコマーク

あいうえおの本

男はつらいよ


近藤: 事前に挙げてもらったMY SOURCEとも関係して、田中くんのものづくりの背景とか、どんな影響を受けたかなど聞かせてください。

田中: ここで挙げた(MY SOURCE)のは、ほんと思いつきですけどね。でもそう、あのマンコマーク。小学校の時、算数で図形を描けみたいな問題で、ひとつの図形を3方向から描けというのがあって、その時僕はマンコマークを描いて、横からみたらどうなってるのかなぁって。(笑)そんでそのまま出しちゃったら、その後先生から母ちゃんのとこに送られてきて、呼ばれて「あなた何やってるの!」って…(笑)でもその時の母ちゃんの顔が微妙で…なんか笑っているような怒ってるような。それで「ウけた!」と思って、こういうことかと、これがつくるということかと、思っちゃったんです。
ダイヤブロックは、色があるし、なんでもつくれるっていうことを分かりやすく教えてくれた。押しつけがましくなく。ほら、粘土とかだと何でもつくれるというより、あなたの好きにつくればいいじゃん、私は知らないよ、という感じ。

近藤: ブルーハーツは?

田中: 初めはあんまり好きじゃなかったんだけど、歌詞を聞いていたら「今までのが全部でたらめだと面白い」とか、歌詞の一部分で面白いことをいってるんですよ、意外とこの人たちはパンクとかそういうんじゃなくて、分かりやすいことをしかも教育的に話してるんだなって。

近藤: 「あいうえおの本」は?

田中: 本はあんまり家になかったんですけど、それだけは読んでたって感じです。「あ」とかが立体的に描かれていて、たとえば「め」と「あ」の違いとかがイラストで分かりやすく書かれている。しかも、その周りに「あ」で始まる単語がばーっと描かれていると。

近藤: 「男はつらいよ」は?

田中: 高校ぐらいの時は、そういう邦画って友達に見てるって言えないじゃないですか。
でも今思うといいんですよね。小学校の時にピアノ教室に通う男子ってなんとなく恥ずかしいけれど、大学になったとき弾けるとかっこよく見える、あの感じのもう少しささいなバージョンです。

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FUTURE SOURCE フューチャー・ソース:アート、バンド、広告


大自然ドキュメント

大気汚染

水芸

2コマアニメ

長尾謙一郎


近藤: 田中くんの現在のような活動はいつごろ始めたんですか?

田中: 昔から、それこそ中学くらいから、いろいろつくってたんですよね。キーホルダーのチェーンを椅子にくっつけて「椅子のキーホルダー」とかいって。でも、それがなんだかよくわからなかった。それから美大に行って(グラフィックデザイン科)…。でもポスターとかグラフィックとか全然興味なくて、学校ではなにもしないで、他で映像つくったりRISというバンドをやったり、永井君とフォークデュオ永田ってバンド組んだりしてた。それはそれでけっこう面白かったんだけど、やっぱりチームでやると同じになっちゃう(広告とかでチームでやる感じと)。だから一時、ひとりでやるバンド…プラザっていうんですけど…を好き勝手にやったりもしてた。でも、今はアートがそういう個人作業的ポジションにあります。

近藤: アートの方の活動と、そういうバンドとかの活動はどういう関係なんだろう?分けているのか?

田中: そうですね…、広告、ライブ、ひとりでの活動と分けてやっているけど、それぞれの分野の関係性は観る人が決めればいいことで、自分では、どれかに的を絞ってやるからこれはやめちゃおう、という取捨選択はしないようにしています。ダメになったら自然に消えるし、よければ自然に明るみに出る。周りの判断で淘汰されていくので、自分では決めません。

近藤: つくるヒント、アイディアはそういう活動の中から得る?

田中: バンドも、広告も、そういういろんな活動から日々インスパイアされてますね。思いつきをノートにメモっていく。ランダムに。寝起きに何か思いついて描くことが多いですね。仕事の最中にもたまにはあるけど、あんまりない。帰り道にもあるけど、目覚めてすぐが多いですね、寝ると頭が整理されてる感じがして、頭の遊び部分が増えている感じがします。
たとえば、この間展示した「ラジコンペーパー」なんかは、もともと広告でポスターとかを考えた時に、ポスターって動かないからつまらないなと。じゃ「飛ぶ紙」をつくれたらすごいんじゃないかって。で最初はこんなドローイングを描いて、僕が空間の中でラジコンのプロポを持って紙を飛ばすパフォーマンスを考えてた。でも、できないことはやれないんで(笑)、じゃあミニチュアにしてみようと。それでどうやったら動くかいろいろ考えて、そういえばスノードームみたいのがあるなって、ってことでその中に紙を一枚だけ入れてあの形になったという…。

近藤: 同時代の表現に影響を受けるタイプか、距離を置くタイプか?同時代のどんな表現が気になるか?

田中: 多大な影響は受けないんだけど、部分的には受けますね。しょっちゅう。

近藤: 同時代で特定のこの人ってのはいる?

田中: さっき挙げてた長尾謙一郎とか。でも特にいないですね…いや、いっぱいいるけど、そういう人とか作品とか、映画とか、ここにあるコップとかも全部同等で、影響を受けてますね。

15

残るようにしておく


近藤: そもそも何でこういう活動をやってるんだろう?何で続けてるんだろう?

田中: 続けるとかやめるとかではないと思う。ふつうに生活していれば、みんなそれなりに似たようなことを考えてるはず。だけどみんな作らない、あるいは出さない、出し方が分からないとか。たとえば飲み屋でウケて終わり、そこで解消されちゃったりしてるんですよね。そういうのをちょっとでも残るようにしておく。それが今自分にもできそうなことだし。

近藤: 作っている理由ってそれだけ?

田中: たとえば金をもらうとか、女の子とつきあうってみんなに共通の楽しいことだと思う。でもそれと同レベルで面白いものって、もっとあるんだと思う。僕がやってるのもそういういろいろあるものの一つ。それと、みんなにも作ってほしいから。やめる理由は特にないっすね。10年後にも、何でやってたんだろうと思うと思う。ほんと、赤ちゃんが笑ったりするのに近いですね、つくるのって。あとは分かんないです、続けてる理由って。

16

アート版、ディズニーランドがあれば…


近藤: これから、どんなものをつくっていきたいか。10年後の自分を思い浮かべてみると、どんな作品を作っているんだろう?

田中: 今後つくりたいものはたくさんあるけど、それはつくってみないと分からない。ただアートって、ギャラリーとかミュージアムとか美術館とか、全部ばらばらにあるじゃないですか。ディズニーランドなんかは一カ所に全部あって、しかももっともっと有名だったりする。アートもそういう風に一カ所のまとめちゃったところができたらいいな、と思いますね。まあこれはマネジメント的な発想だけど。

近藤: ベネチアビエンナーレの会場みたいに?

田中: そう、そういうのが日本にできたら、是非参加したいですね。あとは、そうですね…、さっきまで言ってたことを集約するような作品を将来つくれたらいいなと思いますね。

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「流れ」に消化されないものをつくる


近藤: その時のメディアは何になるかは分からない?たとえば映画とかはあり得る?

田中: 映画は、たとえばショートフィルムとかってミニシアターで上映されていて、そこそこ人気もあるけど、ある意味ですでにそういう「流れ」に消化されてしまっている。そうじゃないものをつくりたいですね。

近藤: 今回、今注目しているものということで挙げてもらった中からは?

田中: 大自然ドキュメントっていうのは、映画「DEEP BLUE」を見て、シャチが死にかけのアザラシをぴょこ~んと80mぐらい跳ねとばすシーンがあるんですけど、その一枚絵のビジュアルだけでいい。環境問題がどーしたこーしたって意味ではないです。あの映画って見て単純に「よかった」としかいえないですよね。ストーリーもないし、映画の文脈ではいろいろ語れるんだろうけど、単純に見て面白い。説明する言葉が足りないんですよね。ちょうどいいさじ加減だと思う。「見なきゃ分からない、見てください」っていうコピーあるけど、あれって正しいと思うんですよね。うん正しい。まあ、実際に活字にして書き込んだらダメでしょうけど…。水芸は…ほんとに、あれはいったい何なのか。日光江戸村にあるんですけど、理屈なしに面白い。

近藤: 去年の個展での噴水の作品はここから着想を?

田中: そうですね。ああいう必然性のなさそうな(あるんだろうけど)芸は、面白いと思います。

近藤: 2コマアニメというのは?

田中: たとえば今、ゲームとかを考えたとき、ファミコンが出た時って、それぞれコンテンツが違ったじゃないですか。でも今のゲームってただ絵が3Dになったとか綺麗になったというだけで、根本は変わらない。たとえば今、ファミコンがこの時代にデビューしたとしたらまた全然違う(コンテンツの)ゲームが生まれるんじゃないかって思うんです。そういう感じで、たとえばパラパラアニメでも、こう2枚の紙をぺらぺらってめくるだけのアニメが、今初めてできたら面白いものができるんじゃないかなと。たとえば、2枚の紙に鳥が描いてあって、羽は飛んでるように見えるんだけど進んでないとか…。

近藤: ふと今の話で田中功起くんのビデオ作品を思い出しました。

田中: あ、あのループ作品ですね。実は僕も彼のより前に一本、ループものをつくっているんですよ。青信号が点滅し続けるやつ。功起の作品は、日常のどこにでもあるものをある種、崇高なものに変えようとしていると思う。でも僕のは日常のものを、その恥ずかしさとかも含めてまんま見せちゃう。コントロールしないこと。もちろん判断基準はあるけど、これは見せられないっていうのはないです。

18

神出鬼没で、一貫した矛盾をつづけていきたいですね


田中: まあたぶん、10年後とかも相変わらずこのレベルの高さ、いや、低さ(笑)を永遠にやっていくんでしょうね。神出鬼没で。一貫した矛盾をつづけていきたいですね。

近藤: いいなぁ、その言葉。ということで、今日はありがとうございました。

'74年生まれ、うお座、B型、アーティスト。2004年の個展「くらし いきいきいきいきいきいきいきいき」ほか、あまり知られていないが、2000年以降、数々の展覧会をしている。「フォークデュオ永田」「リス」「安全爆弾」などのバンド活動もしているが、あまり知られていない。ほかに美術手帖の連載「やっつけメーキング」等、誌上でも活動している。が、あまり知られていない。信条はノーメッセージ。一貫して矛盾していること。

リンク:Yuka Sasahara Gallery
連絡先:ギャラリー担当者まで 

インタビュー:近藤ヒデノリ(TS編集長)
写真:t.owaki
場所:三軒茶屋デニーズ
日時:1/27/05

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