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KAMI (ペインター)


KAMIの描くラインはシンプルで特徴的だ。
いわゆるグラフィティと聞いて思い浮かべる、文字をモチーフにした「タギング」(個人や集団のニックネームを描いたもの)ではなく、具象的な絵柄というわけでもないが、一度見ると忘れない強さをもっている。「未来的なイメージで宇宙人でもわかる形」をイメージしていたと彼は言う。それは強烈に主張してくるというよりも、ストリートにちゃっかりと馴染みながら、通りがかりの僕らを楽しくさせてくれる。

70年代、公共空間での落書きから始まったと言われているグラフィティは、最近ではギャラリーや美術館でも展示が行われるようになってきているが(KAMIも2005年10月から水戸芸術館で開催予定のグラフィティのグループ展「X-COLOR: Graffiti in Japan」に参加)、元来それは壁画であり、ストリートに、そして一般の人々に開かれたパブリックアートだ。そこにはホワイトキューブでのいわゆる「美術」には見られない、日常との距離の近さや、表現すること自体の純粋な喜びや熱いエネルギーがある。そんな意味で僕は一度、彼に話を聞いてみたいと思っていた。

インタビューは夏の盛り、パートナーのSASUと住む都内某所の自宅で行われた。
ゆったりとしたBGM。エアコンをつけないゆるい空気。僕らの話しはこの部屋からNY、カリフォルニア、ベルリン、フランス、京都、ブラジル、キューバ…と、まさにKAMIのペイントのように国境も軽々と越え、熱く続いた。

近藤ヒデノリ(TS編集長)

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MY SOURCE マイ・ソース


家族

一番長く生活を共にしてきた人達。受けた影響はめちゃ多い。

SKATEBOARD友達 - OWN CREW

すべてがskateboardから始まったし、そこから繋がった友達に受けた影響はめちゃ多い。

SKWERM-BSとの出会いからGRAFFTI ARTIST達との出会い

skateからpaintに移行するときの節目に出会った人。この人に会わなかったら描くことにこんなに目覚めてなかったはず。その後に会った数々のartistからも受けた影響はめちゃ多い。

嫁 a.k.a. SASU

女性で始めて影響を受けた人。色々な自分の中の未開発部分に触れた人。

生活してた、してる環境

普通に生活してた所(実家)や、今生活してる所とかから受けてる影響はめちゃ多い。


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スケーターからグラフィティへのなれ初め


近藤:まずマイソースでも書いてくれたようにKAMIさんはもともとスケーターで、その後SKWERM(BURNSTORMERS)らアーティスト達と出会ってから主に壁画などの活動を始めたそうですが、その辺りの現在の活動を始めたきっかけについて少し教えてもらえますか。

KAMI:13才の時からスケートボードやってて。その時ってもう、ビーバップハイスクールの影響で小学校の仲良かった友達はみんなヤンキーになっていって…俺はスケートを始めたからヤンキーにはならずにそっちにがっちり入ってそのままっす。

近藤:出身はどこでしたっけ?

KAMI:京都です。中一の頃、お兄ちゃんの影響でスケート始めて、その時って88年だったから、アメカジブームとか『Fine』(サーファーファッション誌)とかの流れで、グラフィックにしてもスケボーの絵柄にしてもアメリカものにどうしても興味があるっていうか…。マンガとかガンダムを経て、アメリカのグラフィックとかは、どぎついアートじゃないすか。そういうドクロとかに刺激を受けて「スケートボード道」にはまってったんですね。スケートボードのビデオに出てくる世界とか、Tシャツとか、ステッカーとか、そういうところからだんだん好きになってって…

近藤:当時はグラフィティで自分のヒーローとかいたんですか?

KAMI:その時はまだグラフィティなんて僕知らんかったから、強いていえばキース・ヘリングは知ってたけど、キース・ヘリングのことをグラフィティだって思ったこともなかった。ただニュースとかでNYの方で地下鉄が落書きされてるとかいうのはなんとなく知ってた。その時はスケートはカリフォルニアの遊びだったから、NYのことなんて見向きもしなかったですね。でもそっからすね、始まってったのは。もうスケートのビデオばっかり見てたから。それに映ってるカリフォルニアの日常とか見てたら、街に落書きがあったりとか、徐々にグラフィティと絡まってくるんですよね。カルチャー的に。

近藤:もともと,絵はやっていたわけではないんですか?

KAMI: もともとマンガとかアニメとかロボットとか好きで、ただ単に落書きとか、授業中にノートとか机KAMI:もともとマンガとかアニメとかロボットとか好きで、ただ単に落書きとか、授業中にノートとか机とかにマンガのキャラを描いたりとか…そういうぐらいっすね。でも図画工作の成績はよかったから好きだったですね。親とかも「あんた将来はマンガ家になったらええやん」とかいわれて、「まあ、そりゃなれたらええなぁ…」みたいな感じでした。だからアートに関して人一倍興味あったとかじゃなくて「アートってなんじゃい?」ていうか、そんなこと考えたことなかったすね。

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FUTURISTIC BOMBING


近藤:KAMIさんの独特のラインをモチーフにしたドローイングはいつごろから描き始めたんですか?

KAMI:あれをやり始めたのは99年頃ですね。

近藤:どういうきっかけで?

KAMI:東京に来てずっとスケートとか絵描いたりグラフィックやったりしてて、その後あるきっかけがあって友達を訪ねてNYへ行くことになって偶然SKWERM(ペインター)のところに2ヶ月くらいステイしたんですよね。それでSKWERMがそこで毎日絵を描いてるのを見てて…僕はその時は日常とペイントがそんなに結びついてなくて、デカイ絵描いてる友達もいなくて絵を描くといってもA4くらいの紙とかが多かったんで…「この人すごいな、毎日描いてる。オレもそうなりてー」、ってインスピレーションをもらって、ステッカーとかに描き始めたんです。NYで生きたのを目のあたりにして刺激を受けた。だけど自分が日本人で英語もしゃべれんってのを突きつけられてもいたんで英語で描いても意味ないし、かといって日本語で描いてもさらに意味ない。じゃ、絵柄でいこうと。

近藤:なぜ「壷」だったんですか?

KAMI:あれ別に「壷」じゃないんですよ。人が勝手にそう呼ぶようになって通称「壷」ってことになってるけど。いろいろ変わってって(絵柄が)半分になって、ラインだけになった時に「これかも!」って感じだったんす。その時「FUTURISTIC BOMBING」っていうイメージワードが頭にあったんですよ。宇宙人でもわかるような形をイメージしててで、未来のグラフィティとゆうか、自分らしく憶えやすく宇宙っぽくて日本っぽいってゆーか。なんか今までにないものを文字じゃなくて、形だけで出していきたかったんですよね。

近藤;他のモチーフでは雲とか海とか森とか月とか…自然のものがよく使われてますよね。

KAMI:実家の前が神社で自然がいっぱいあったんで、しぜんに自然をモチーフにするようになりました。

近藤:(画集を見せながら)ちなみにこの絵にある月か、太陽みたいな黒点(●)は?ちょっと花札みたいな和の感じもありますよね。

KAMI:その黒点(●)は太陽っていうか、月というか、なんでも意味は言えるし、いろいろ深読みされるけど、要はバランスの間みたいなのを集約した感じ。ほくろとか、、笑。曲線とかも言い出していけば、京都の山の連なりとかスケートボードの影響とか、なんぼでも掘っていけるというか…。

近藤:受けとる側の自由と。使う色もけっこう絞ってますよね。

KAMI:色は基本的に自分の好きな色なんですけど。赤、白、黒、緑とか…緑は自然だとか、赤は日本っぽいとかいろいろなんすけど、大和魂みたいなのは意識はしてたかな。最近はまたぜんぜん違って色だけに限らずもっと新しいこととか可能性を広げて行く方向っすけどね。

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生きている日常が絵に表れる


近藤:では実際には(ストリートとギャラリーの)どっちでやるのが面白いですか?

KAMI:基本的には僕はペイント・壁画が好きやから、ギャラリーでもストリートでも壁画を描けるっていう分ではどっちも好きなんすけど、面白いのはストリートってゆうか<外>ですね。太陽あたってる中で、たとえば友だちと一週間かけて描いたとか、夕焼け見ながら描いたとか、ビールでも飲みながらとか…そういう時の雰囲気が、自分の中で一番好きっすね。もちろん一人で一心不乱に集中したりってゆうのもあるんすけど…。

近藤:そういう意味で、さっきNYで会ったペインターの日常が作品と近いって言ってたけど、KAMIさんもHPの「LIFE」っていう項目とか本の中でも、常に作品だけでなく日常のスナップショットも載せてますよね。

KAMI:作品の写真がダーって並んでるのも良いと思うんすけど、根本的な部分で何を感じるかって、絵が巧いとか下手とかいう部分のさらに奥にあると僕は思ってて、要するに、その人が生きている日常とか姿勢が描いてる物に表れるわけじゃないですか。だからそのアーティストがどんな絵を描くかっていうよりむしろ、自分的にはどんなライフスタイルを送ってるか、っていうのが絵に表れているようでありたいってのがあって…。この人どれだけ楽しんだ日常を送ってんやろなーってのを感じてもらえるようなペイントをしたい。その辺にあの「LIFE」とかの写真を載せている意味があって。

アーティストにしても個人ってのは「ワン・アンド・オンリー」じゃないけど、その人ひとりじゃないすか。その人と同じライフスタイルを送ってる人は、世の中にふたりといないわけじゃないすか。その部分を、僕の表現は絵を描いたりすること中心だから、描くことで人に感覚を感じてもらえたらって思いますね。スケートとかでもほんま俺的にヤバいって思う人は、起用に上手い人とかよりも、たとえばターンしかしないとか、ひとつのことにすごい固執してる部分が垣間見えると「熱いなー!」って感じる。もうマジ感じる部分、目で見るってゆう部分を超えてる。生き様みたいなのを感じるっていうか、その人自身を感じる。僕もその辺をペイントで感じてもらえるようになったら、またひとつ上に行けたかなって。

近藤:それは今も感じますけどね。とにかくなんか楽しそうだなって。ふつうギャラリー絵を展示してる人ってもっとストイックじゃないすか。生活の部分は見せないっていうか。

KAMI:「楽しみ」は重要やなって思いますね。ストイックに眉間に皺よせてるよりも、どっちかっていうと笑ってるくらいのテンションで、汗かいてたいみたいな。でも時に笑えないくらいマジなんも全然ありますけど(笑)。

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グラフィティを見れば、街の面白さ度数がわかる


近藤:話しは飛ぶけど、この間のサッカーのコンフェデでの決勝なんかでもブラジルの選手は圧倒的に楽しんでサッカーをやってるのが伝わってくるんですよね。そして圧倒的に強い、のに対してアルゼンチンは完全に仕事に見えて、完敗してしまった…。

KAMI:そうそう、ブラジルのペインターとかもけっこう好きで見てるんですけど、すごいんすよね。「外で描いてても誰も気にしいひんから、お前来たらめちゃくちゃ描けるで」、って言われたんすよ。いいのを描いてくれたらジュースくらい差し入れしてくれるみたいな感じらしくて。そういうブラジルのユルイ感じが日本にもっと出てきたらええなぁ、と思うんですよね。日常に色があるってのはいいなぁって。隣の壁がピンクだったり緑だったりね。単純ににアガルっていうか。

近藤:キューバとかもそうですよね。

KAMI:そうそう。実は明日から一週間ぐらい渋谷で壁画描いてくるんですよ。ビルのオーナーが、「どうせ落書きされるから、派手にいっちゃってくれ」って。最近なんとなくそういう風潮になってはきてるんすよね。

近藤:たしかに街の中にグラフィティがあったりすると物騒だとかいう人もいるけど、僕は「あ、なんかこの街いいかも」って思うんですよね。

KAMI:「おー!熱いねー!」、みたいなのあるじゃないですか。

近藤:「おもしろいやついるんだな」って。逆に何にもないと「きれい過ぎて怖い」っていうような。

KAMI:ローカルのグラフィティ見たらその街のことをさらに感じれるってゆうか、色目とか絵柄の流れが各街にはあるじゃないすか。

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自分たちの土壌で考えるということ


近藤:そうですよね。僕が前にベルリンに行った時に、旧東側は街中に空きスペースも多いからグラフィティがバンバンあるんですよね。それに比べて西側は綺麗0で全然無くてなんか窮屈な感じ。明らかに旧東側の方が楽しく感じるんですよね。

KAMI:ドイツに限らずヨーロッパの人ってやっぱ考えてやってる人がすごい多いと思うんすよ。コンセプトとか建築的っちゅうか僕もよくわからんけど国民性を反映させてるっちゅうか…。町中にストリートアート自体の量も多いからアートって認めてる人も多いやろし、やってる人数が単純に多いから関心のある人も多い。だから新しい試みをやってる人も多いし良い循環がなんとなくある感じがする。それぞれよく考えて可能性を追求してる人が多いっちゅうか…。

近藤:日本よりもレベルが高いとか感じます?

KAMI:日本は日本の流れがあるから比べるのは難しいんすけど、向こうはストリートにペイントするってゆう歴史も長いし、先駆者がしっかりいるじゃないですか。先駆者がいい形で下に落としていっているから、それを引き継いで新しい時代に合った考え方で進化させていく人が出てくるっていうのがいい感じっすよね。あと真剣に考えてる人とゆうか本気でペイント好きな人が多い。

近藤:日本だとまだ浅いっていう感じなんですか?

KAMI:いや、ぜんぜん浅くないと思いますよ、むしろこれからは日本人の繊細な感覚や考えが新しい進化の仕方をリードして行くと思うし、今までになかった方向を作れると思いますよ。現に日本から発信したり影響を与えてるのも実際増えてきてるし、海外からもやっぱり日本を見てる人も多い。日本にはどんな情報も探せば見つかるからみんな知識がすごくてそこに頼りがちになってしまいやすいと思うから、それを生かしつつ実際自分たちで動いて色々見て、感じて、自分たちの土壌で考える環境がもっとしっかり定着していけば良いと思いますけどね。

近藤:(自分たちの土壌で)考えるというのは、たとえばどういうこと?

KAMI:なんてゆうかもっと地に足が着いてるってゆうか、その人自身のオリジナルな部分を表現に持ってくるとゆうか、情報が多いから影響を受けるものが多すぎて流されたりってゆうのはホントよくあるから。だからその辺でしっかり自分をもって自分自身を表現できる環境が(日本では)全体的に見ればまだ出来あがってないと思うんすよ。でも自分も含めてみんな適応してそうゆう考えが必要って思ってる人達も増えていってるのは確実だし、吸収できる良い所はどんどん吸収していけばこれからさらに日本がやばいことになっていくのは間違いないっすね。

近藤:そういうことを意識しながら、でも楽しくやっていけばという感じ?

KAMI:そうそう。そうゆうなかでスケートやってる仲間とかDJとかバンドとかもちろんグラフィティとか色んな人達がクロスオーバーして影響を与えあいながら磨きあってる感じっすねえ。基本的にストリートカルチャーみたいな部分はやっぱ繋がってみんなで盛り上がってる。昔スケートやってたとかなんかしらの共通点が絶対あるしね。

近藤:スケーター仲間は特にそういうクロスオーバーが多いっですよね。

KAMI:そうすね。スケーターはそういうとこあるんですよね。なんかグローバルっていうか。いろんなのを好きなや奴の共通点がスケートボードなんすよ。だから公園とか同じスポットで毎日朝から晩まで一緒に滑ってたから友達でつながってるみたいな。その辺がスケートって特有やなと思いますね。

家族

近藤:ここでちょっとマイ・ソースに戻りますけど、他に影響を受けたものとして家族を挙げてますね。HPでも家族みんなで一緒にちゃぶ台を囲んでる、これぞ日本の家族!みたいな写真があったけど。

KAMI:やっぱり親とか自分の家族と一緒にいた時間が僕は普通に多かったから影響は絶対うけてるってゆうか、あれは正月の集まりなんすけど、今になって思うわけだけど、あれってすごい日本だよなぁって。そういうのを大切にしたいっていうか、プラスにしたいっていうか…。あれって日本人でしか経験できないものじゃないすか。それってすごいことやと思うんすよ。とくに海外とか行った時って、アメリカとかドイツとかイタリアとかブラジルとかから(アーティストが)来てて、その中でアジアから来てるのって僕とSASUだけのときが多いから、そんな時にやっぱり各国から来てる人達のライフスタイルに興味が湧くようになって、もちろん作品も興味あるんすけど生活ありきってゆうか、接してると目はやっぱりそこにいくじゃないですか、こうゆう感じの人達やからこれを描いてるんやあ!みたいなのがおもしろいんすよねえ。

ひとつき

近藤:パートナーのSASU(ペインター/夫人)さんのことを「女性で初めて影響を受けた人」って書いてますけど、ひとつきを結成したいきさつは?

KAMI:僕はスケートとかほぼ男だけの場所で育ってきたから同じ様に何かを表現してる女性を目の当たりにしたことがなかったんすよ、スケートやってる女の子はいたけどあまり一緒の目線でみてなかったりとかで。日本にいて身の周りで女性のペインターってそんなに多くないし、特に外で描いたりってやっぱり男が多い所だからタフさだとか忍耐強さもいる中で、めげずに彼女なりのペースで続けてきて今に至るのはスゴイなと。初めて女の感覚のヤバさというのが自分の日常の中に入ってきた。女には女の表現の仕方があって女性の強さみたいなのが形になるとスゴイんだなということ、自分には絶対掴めない感覚ってあるんだなとか。そういうのを納得して、一緒にいることでとれるバランスもあって「ひとつき」が始まった。前だったら女性と一緒に何かを一緒にやることなんて出来なかったけど、今は“ひとつき”をやることは新たな挑戦でもあるし進化の過程でもあると思ってる。今ひとつきでやってるのは陰陽、男女、日月、プラスマイナスから生まれるハプニングと可能性、普段はお互い一人を追求してて、ひとつきでは二人でしかできないことを表現して、それもどんどん生活と連動して形態は進化していってる。

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「KAMI」の由来


近藤: ちなみにKAMIっていう名前はいつ頃から使ってたんですか?

KAMI:それはもうスケボーやり出した13の時からで、そん時から「かみさま」やったんですよ。中一の時から何気にスケート友達の間でのあだ名なんですよ。小学生の子とスケボーで鬼ごっこしてた時に、「こち亀」(漫画「こちら亀有公園前派出所」)の両さんがロボットに向かって「神様と呼べーっ!」って言うところがあって、兄貴が好きだったからオレも読んでて…(その子に)「神様と呼べーっ!」みたいなこと言ったら、もうやたら毎日「もしもし神様!」って電話してきて、インタホン鳴らして「神様いますかー?!」って来たりっていう…すごいくだらないところから始まってるんですよ。そいつはその後プロスケーターになってばっちり繋がってて一緒にいまだに遊んでる。小学生なみっすよ(笑)。

近藤:そっから始まってたんですかー(笑)。

KAMI:神様から、神さん、そんでKAMIと。まあ憶えてもらいやすいからいいっていえばいいんですけど、まさかこんなに引っ張るとは思ってなかったです。

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FUTURE SOURCE フューチャー・ソース


身の回りの友達の表現/生き残り達とNEWSKOOL

自分の身の回りで起こっていることや、友達なんかの表現(paint/skateとか音楽いろいろありますが)に一番リアリティーを感じるし、自然っす。ずっと一緒に同じ好きなこと(僕の場合skate)やって育ってきていまだに攻め続けてる数少ない生き残りの友達やどんどん出てくる新しいセンスを持ってる下の世代に注目!

ホント好きなことを追及してる人達のパワー

とりあえずどんなことも黙々とキープしてる人達のパワーに注目!

猫の生態

猫と生活してみてわかったマイペースさやあほさに感激!

地球の行く末、未来の楽しい過ごし方

津波、地震やテロやなんやすごいボルテージが上がってきてますが(と、僕は思うんですが)、この先どうなるんでしょう?そういうなかでさらに楽しんでいきたいということに注目!

今、都会に住む意味って…?

自然が多くて食べ物が美味しい所がいいっすねえ、今、都会に住む意味って…?さらに未来の生活とは?ってとこら辺に注目!


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「生き残り」の友達の表現09.11


近藤:フューチャー・ソースで「生き残り」の友だちの表現に影響を受けるって書いてたけど?

KAMI:ある程度歳をとってくると、まわりも普通に就職したりとかやめたりとか、増えてくるじゃないすか。そういう時にうれしいんですよね、さっきの友達ともそんときのまま今も同じ感覚でアガれるってゆーか。

近藤:何なんですかね。そういう生き残りに共通するものって?

KAMI:何なんでしょうねー。根性座ってるっていうのもあるし、好きなんですよね、やっぱ。酸いも甘いも経験して、それでも熱いし、自分の中心を保つために表現してるみたいのもあるやろし…。

近藤:HPのリンクに写真家のシブヤユリさんとかいましたよね。

KAMI:彼女とは9.11の時もNYで一緒にいたんですよ。前日に着いて、たまたま一緒の飛行機でその時初めて会った。

近藤:あの時、向こうにいたんだ!僕は一週間前に帰って来てたけど、どこにいたの?

KAMI:ブルックリン・ブリッジのそばで、屋上から見えたんですよ。いったい何が起きてるんだ?って。

近藤:その後で、絵は描いたんですか?

KAMI:次の日にBURNSTORMERSのプロジェクトやってたんで、そこで描きました。

近藤:その時は何を描いたんですか?

KAMI:もくもくとした雲と、いつものラインを描いてましたね。何が起こったかわからないし、やるべきことをやるかみたいな感じでしたね。NYではツインタワーはすごいシンボリックじゃないですか、前日に着いてハイウェイで空港から滞在先に向かってる時に見えたのが印象に残ってるってゆうか、ああNYだなあ…みたいな、かといって自分にとって特別何かあるかというわけじゃないからよく把握できないってゆう感じでした。事件の後、街に灰だらけの人がいっぱいいたりとかで、日本にいるより現実味はありましたけど、いま考えるとああゆう世界の大きな出来事を目の当たりにして、たまたまその現場にいたってゆうのも何かの意味があるのかなとも思いますけどね、実際あれ以来何かが変わったと思うし。ほんとやっぱりショッキングでしたよ。

猫の生態

近藤:ここに寝てる猫に注目してるっていうのは?

KAMI:猫ってあんまり人のこと気にしないじゃないですか。これ子猫の時にもらってきたんですけど、その時はこれは絶対特別な猫や!ってゆうかかわいすぎるみたいな…いつのまにか今やただの猫になってて、一日の80%は寝てる(笑)。で時々起きてきて何か食べるか、仕事の邪魔するか…。ゆるくなりますけどね、猫がいると。

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未来の楽しい過ごし方


近藤:今、津波とか地震とかテロとか…世界ですごいテンションが上がっているけど、そんな中で楽しんでいきたいと書いてますけど。

KAMI:テンションが上がってるというのは感じるけど、それをネガティブにとるのは簡単というか…。それをいい意味で気にしないで、マイペースで自分のやるべき事をやっていくことが重要だと思うんですね。負のヴァイブが満ちあふれてるから、ポジティブに生活するのは難しいじゃないすか。気付いたら流されてたりとかってゆうのもあるし…だからマイナスとうまくつきあって生活を楽しい方向にもっていけるように心がけるとゆうか。

近藤:みんなが、楽しいって方向に?

KAMI:良くなることを願いつつ、そういうのを表現にも盛り込んでいければいいなと。ちょっと気にする余裕がみんなにあればいいなあと。ただ楽しいっていうだけだったら、ほんとにただのカオスになっちゃうし。ちょっと気遣いがあれば…。僕もそうなっていきたいなぁって。ケアできる余裕っすよね。それが、みんなにとっての楽しいという方向につながっていけばいいなあと思うんですけどね。

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今、都会に住む意味って…?


近藤:次の住処で自然の多いところに住みたいとか、都会に住むことの意味って?って書いてますけど?
 

KAMI:都会っていわば文明社会じゃないすか。便利さと新しい情報を追い求めてるっていう部分がすごい多くて。でも、じゃあこの先の未来とか進化って何なんすかねって思うと、僕は逆に戻っていく方向なんじゃないかと思ってるんですね。こうやって現在まで進化した中で忘れ去られていたことを取り戻すことが未来の形態に近いんとちゃうかなって。デジタルからまたアナログに戻って行くってゆうか土っぽさみたいなのを取り入れていくみたいな…そうゆう流れが未来への進化なんかなってゆう。そういうことをふまえると、都会でテクノロジーがあってコンビニエンスな生活を送って、いかに合理的に生活するかとかってことにたまに違和感みたいなものを感じてしまって、あえてそうゆう場所を選んで住んでる意味って何だろう?ってゆうか。

近藤:実際、世の中的にもスローライフとかロハスとか、違う向きになってきてますよね。

KAMI:やっぱそういう風に思っている人が多くなってきてると思うんですよ。ヨガがもてはやされたり…精神的なところに還っていっているというか。今までは成功って、アメリカンドリームじゃないけど、お金がっつり稼いで、がっつり宝石買ってえ、でもまだ使い足りないみたいな…。だけど、なんかそういう風なのがだんだん意味を成さなくなってきているって思ってて、そういうのに気づいてる人も多くなっている。だからそういう中で考えると、この先どうなんだろうなーって。

近藤:僕が以前、中国のど田舎に行った時に電車から村を見ていて、この先コンピューターが発展していったら、まさにグローバルビレッジじゃないですけど、田舎とか、地球上に人が分散して住むってあり得るかもなって思ったんですよね。

KAMI:まあ、そういう部分を今は僕が都会に住んでるがゆえに求めてるだけなのかもしれないんですけどね、無いものねだりってゆうか。たぶん、僕が京都から東京っていう日本のメインシティーに住んでみて、最初は物珍しさとか情報量の多さにインスピレーションを受けたし、そこにいることに喜びというか意味があったわけじゃないすか。でもだんだん、いるものといらないものの区別が出来てきて情報をチョイスするようになってきて…コンピューターとかで世界の情報も別にここにいても京都の実家にいても、あまり変わらへん。そういう中で、今はここにいる意味って生活して友達もたくさん住んでて仕事してってゆう所では便利でもあるんですけど、この先に自分にとってそれを進化させていった時、はたして都会生活に意味はあるのかなって…。

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デジタルとアナログ


近藤:実は今日一緒に来てるカメラマンのNOJYOも、ちょっと前まで品川に住んでいたんだけど引っ越して今は辻堂(湘南エリア)に住んで毎日サーフィンしたりしてる。

NOJYO:今の話し、戻っていくっていう感覚はすごくよくわかるんですよね。僕も初めはツールとしてデジタルを使ってて、郊外だと都内まで現像所行くのがやっぱ時間のロスで、デジタルカメラは現像所に行かなくていいから合理的で便利だったんだけど、湘南生活が一年経って…今はフィルムに戻ってる。ポラロイドとか。だから戻っていく感覚っていうのがあって…。この流れもそのうち終わるんちゃうみたいな(笑)。そのうちなんか起こってジエンドなんちゃうって。

KAMI:そうそう、そういう恐怖感もあったり…。実際、今大地震とかあると、そういうデータとかは飛ぶじゃないですか。そんな時に、形ない物として飛んじゃうよりか、壁に手書きで残ってるとか、キャンバスとして瓦礫の中に発見されたりとかの方が、たとえ破片でもものとしては残っていくと思って…。だから自分が外に絵を残す意味も、そこにちょっとあるのかなと思うんですよね。昔の洞窟の壁画とかも、実際その場所に描かれたから残ってるわけじゃないすか。ナスカの地上絵とかも。そういう部分は描き出した初めのころに思ってましたね。なんか果てしなくて神秘的で…。

NOJYO:でも、やっぱり一回離れてみると、デジタルのツールってそれはそれで便利やから(アナログと)うまく使い分けていくと思うんですよね。

KAMI:そうそう僕もバランスやと思いますよ。アナログな手法とデジタルな手法の掛け合わせってゆうか、両方の良い部分を時代に会ったやり方で取り入れるのは大切だと思いますよ。

近藤:そうですよね。一回便利なのを知った上で全部を捨てるとか、過去に戻るのは無理ですよね。70年代にもヒッピー系の人たちが「バック・トゥ・ザネイチャー」とかいってコミューンをつくったりしてたけど、ああいうのは無理ですよね。

KAMI:はっきり言って自分らの力では無理ですよね。もう、全部壊れちゃったジ・エンドみたいな、強制終了的な要素がないと。でもその辺を想定した暮らしとか、アナログとデジタルのミックスとかもだんだんにしていくっていうのが、この先につながっていくのかなって。勝手に感覚としてそれを「必要なんちゃうの」って受けとってるから、なんとなく今、「そうなんかな」って思い出してるっていう…なんか予兆を感じているというか。

近藤:いつ全部崩れちゃってもいいよっていう。

KAMI:そうそう。まあけっして崩れてほしくはないけどね。

近藤:エアコンをあんまり使わないっていうのもそのひとつだったりして(笑)。

KAMI:そういうのも、そうですよね。そうなんかな(笑)?
人間ってやっぱ生き物だからそういう予兆を感じるとかはあると思うんですよね。

近藤:最後に、この10月から水戸芸術館で行われる大規模なグラフィティの展覧会(『X COLOR:Graffiti in Japan』)について見どころなど聞かせてください。

KAMI:まずは全員日本人っていうのが今まではそんなになかったということもあるし、タイトルが『X-COLOR』つっていろんな各自の色やスタイルを持った作家達が一同に集うってゆうか…そもそも(日本の)美術館でグラフィティ自体とりあげることが、なかったことじゃないすか。だからまだやってないけど(やった後で)今後どうなるのか楽しみだなって思いますね。

特徴のある曲線などを用い独自の世界観を表現するストリートアーティスト・ペインター。
80年代後半よりスケートボードを通じストリートカルチャーなどから大きな影響を受ける。
活動全般を一つの”旅”にみたて様々な出会いや体験から得たインスピレーションを軸に、
壁画制作やライブペイントなどで表現し、新しい視点で日本国内から海外へと幅広い範囲で精力的に活動をつづけている。2005年からSASUとのペイントデュオ「ひとつき」を始動させ、旅はまだまだ続いていく。

インタビュー:近藤ヒデノリ(TS編集長)
写真+ドローイング:NOJYOKAMI
場所:都内某所、KAMIの自宅
日時:8/3/2005

ひとつき(KAMI & SASU Homepage)

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