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猪蔵 (編集者、経営者) 前半


2005年12月現在、僕の「マイミク」の数は102だ。

昨年から僕もmixiを始めとするソーシャル・ネットワーキング・サイト(SNS)を大いに活用させてもらっている。交友を深めた人の中には、一緒に仕事をしたり、海外の街で待ち合せ、実際に会った人間もいる。ただ、今まで以上にヴァーチャルに溺れないよう、体を鍛えたり、毎日飲んだり食べたり踊ったりしながら、「人に会い、顔を合わせて話をする」ことを意識的にやるようになった。これも逆にいい効果だったと思う。

「縁」は人を呼び、人は「運」を運ぶ。だから、いつも「誰かと出会いたい」と思う。90年代半ばにインターネットに接して以来、「デジタルを通じての縁」というものをずっと考えていたような気がする。TSを始めてからは、インターネットやデジタル・テクノロジーの未来を語れる人に話を聴きに行きたいと思っていた。

猪蔵さんは、雑誌を作り、海外を飛び回り、飲食店やM&Aの会社を経営する人だが、どの仕事でも、切り口は「編集」である。人と人、モノとモノ、そして場所、その組み合わせを考えること、そしてそれでもって人を「もてなす」こと。中心は周縁になり、ときに周縁は中心になり、その円環運動は止まることはない。

多くの人が予想してみるものの、決してその通りにはならないデジタルの未来。でも、僕らは未来を覗きたくてTSを始めた。使えるものは貪欲に使って、僕らの縁やソースが、アメーバのように増殖すればいい。そして肝心なのは、実際にリアルに人の内面に触れ、そこからその人と縁を結ぶためのちょっとした工夫をすることだと思う。

ちなみに、猪蔵さんの現在のマイミクは「765」である。猪蔵さんのマイミクの95%が実際会った人、残りの5%はこれから会うつもりの人だそうだ。
(TS副編集長 米田智彦)

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どの仕事でもテーマは「編集」


米田:猪蔵さん知ったのはmixiだったんですよ。だから今日はmixiで知り合ってmixiでアポを取って、mixi絡みで全部やるっていうのが1つのコンセプトかと。

猪蔵:なるほど。

米田:今、僕は所謂、富裕層向けの雑誌の編集をやってて、富裕層のコミュニティで猪蔵さんのことを知ったんです。

猪蔵:僕らも今、富裕層雑誌をちょっと調査しているんです。弊社は日本企業なんですが、現在香港ベースで活動しています。香港ってとてつもないヤツが多いんですよ。「何とか一家」みたいなのがいたりして。そういう富裕層にアプローチしようと思ってリサーチをやってるんです。モトローラの富裕層向けの『ヴェルデ』とか面白いですよ。ボタン1コでコンシェルジュが24時間応えますみたいなものが付いてたりとかして。それって面白いなあと思って。

米田:物凄い名医に辿り着けますとか、遺産相続や不動産の色々な相談に乗ってくれたり、金持ちに特化した高額なサービスが流行ってますよね。

近藤:僕も広告の仕事をやってるんですが、コンシェルジェが応対するとか受注生産で販売するみたいな富裕層向けの商品をやったことがありますね。

青山にあるアストリックスキャピタルパートナーズオフィスにて

猪蔵:僕は今、フリーペーパーシートも友達と一緒にやってます。2号目は本城(直季)さんを表紙に使いましたよ。それは元々『デザインプレックス』っていう雑誌の元編集者と、『エクスポージャー』っていう、イギリスと日本でやってたフリーペーパーの人間と一緒にやってたんです。

近藤:その編集にも関わってたんですか?

猪蔵:プロデューサーっていう立場でいるんですが、結構そこら辺のコラムもんを編集したりしてました。手弁当で色んな事をしないと。

米田:たくさんの肩書きあっても、基本的には編集者のような気がするんですが、どうです?

猪蔵:そうですね、僕のテーマは「編集」なんですね。結構、「色々やってて、まとまりないですねー」なんて言われて、それはちょっと心外だなって(笑)。

米田:ははは。

猪蔵:いやいや、やってることは違うんですけど基本は同じですよってね。例えば、料理作るんであっても今日はフレンチ、明日はイタリアンと、皆さん色々なものを作るじゃないですか。職業としてはやることはいっぱいあるんだけど、結果的には料理を作って、人が食べて喜んでもらえれば嬉しいってことなんですよ。

近藤:うんうん。

猪蔵:そういうところは一緒なんですっていう話はいつもしてるんですけどね。

米田:そう言えば、この間、僕がニューヨークに行ってる時に、向こうで会えるかもってメッセージでやりとりしてましたよね。

猪蔵:ああ、そうでしたね、微妙に僕がロスで会えなかった。えっと、ブライアンパーク、じゃなくてあのグリニッジビレッジじゃなくて…、ウィリアムズバーグ!あっちの方が今、いいんですよね。

米田:ブルックリンのウィリアムズバーグは、街は汚いんですけど、家賃が高くなったマンハッタンから逃げてきたアーティストとか学生が多く住んでて、カフェとか古着屋とかレコード屋があったりして。

近藤:僕も、98年から2001年まであの辺りに住んでたんです。当時はかなり変わり始めていて面白かったですね。周りの人がお店を作ったり、ギャラリーやカフェが次々に出来てた。どんどん何かが起きて、一緒にやってくって感じがあるんですね。

猪蔵:ニューヨーク行く度にここに住んでみたいって思います。1回、仕事で2、3ヶ月いたんですよ。僕、昔、古本漫画屋さんにいたんですね。

米田:『まんだらけ』(マンガ専門の古書店で日本のみならず世界に支店を持つ。コスプレ姿の店員が衣装や同人誌なども販売する「萌え」文化の老舗)の仕事ですね。

猪蔵:そうです。まんだらけのアメリカ法人の立ち上げでした。ちょうどマンハッタンのラファエット通りに予定してのですが、急に社長の一声でロスに変更に…。僕は車移動必須のロスはどうも苦手で、「降ります」って日本に戻りました(笑)。

米田:今はロスとニューヨークだったらどっちに惹かれてるんですか?

猪蔵:好きなのはニューヨークで、仕事柄、ロスに行くことが多いですね。

米田:映像機器関係だとやっぱロスになっちゃいますよね。

猪蔵:それは仕方ないですね。ロスだと車社会じゃないですか。その点ニューヨークだとも街歩きができますし。

近藤:歩くと人に会えますもんね。

『DV JAPAN』

猪蔵:そうですね。

米田:映像の仕事でだいたい海外に行かれてるんですか?

猪蔵:映像でもファイナンスでも行きますし、趣味でも行きます。映像は元々アメリカに『DV』っていうデジタルヴィデオの雑誌があって、日本語版の『DV JAPAN』っていう専門誌の編集にも携わっているんです。

2

未来より、“ちょっと古い未来”が好き


米田:一番最初に、デジタルやコンピュータに興味を持ったきっかけって何だったんですか?

猪蔵:あのー、デジタルのストップウォッチとかありますよね? その前に真空管みたいなんでデジタルっぽいのって覚えてないですか?

米田:80年代ですか。

猪蔵:いや70年代ですね。なんかね、こういう、管があって(ホワイトボードに絵を書き始める)、その中にエレメントが40ぐらいあって。

近藤:下に銀色のアンプみたいなのが付いてるようなヤツですね。

猪蔵:そうそう。『ニキシー管』と呼ばれる物です。それがなんかね微妙に惹かれるものがあって。基本的に“スキーム・パンク”みたいなのが好きなんですよ。未来っていうより、何か、よりちょっと古い、みたいな。蒸気機関みたいなコンピューターがあったらカッコいい。

米田:ああ、大友克洋の『スチーム・ボーイ』みたいな(笑)。

猪蔵:と、思うタイプなんで……んふふ(笑)。あと、実際に使ったのはやっぱり、『ゲームセンターあらし』の作者すがやみつる氏の本ですね。『ハローマイコン』。そういう漫画があったんですよ。あとは、PC6001とか。

米田:それ、小学校くらいですか?

猪蔵:小学校くらいですね。もう。

米田:ファミコンよりも前ですか?

猪蔵:ファミコンと同じくらいじゃないですかね。木村一也(横山やすしの息子)がまだ初々しかった頃です。

米田:時代の例え方が凄いですね(笑)。猪蔵さんって出身はロンドンで、その後は四国? 大阪でしたっけ?

猪蔵:えーっとですね、大阪行って、何故か一瞬、尼崎にいて。お母さんがパン屋さんをやってたんですけど、うちのお母さん箱入り娘で全然経営とか全然できずに潰れて(笑)。それで愛媛県に戻ったんですけど。

米田:ちなみにお父さんは何されていたんですか?

猪蔵:一応設計技師という名の先物取引師。記憶にはあまりないんですけど、結構生活は波がありましたね。物心ついた頃は。

米田:大学は?

猪蔵:僕って大学3つ行っているんです。。今ないんですけど、都立大学みたいなのが全部くっついて首都大学東京って言う名前に都知事に変えられちゃったんです。都立大学なのにキャンパスがえらい田舎で…。辞めて明治大学に行って、その後、青学を無事卒業しました。ほとんど行ってないですけどね。単位とかそういう制度を調べて、行かなくてもいいように全部認めてくれって交渉をして(笑)。という事で人よりも全然卒業が遅いんです。

米田:その頃ってまんだらけの仕事はやられてたんですか?

猪蔵:まんだらけの仕事はまだやっていなくて、学生時代は、自分で貿易と、某情報雑誌のアルバイトをしてました。それで、まんだらけの社長にインタビューに行って、そこで適当にCGについて話してたら「それやりたいんだけど」って言われて。
「月100万円給料出すから来い!」って言われたんですよ(笑)。某大手出版社を蹴って…。実際まんだらけに行きましたが、入ってみると100万なんてないわけで…。

近藤:僕もインタビューしに行って、その人と一緒に仕事したことがありますけど、面白いですよね、きっかけとして。

猪蔵:インタビューして、話が合うと意見交換して、それがきっかけにはなっています。

米田:僕らもTOKYO SOURCEをやっていて、一緒に面白いことが出来たらいいなっていうのが基本的にありますよ。

猪蔵:TOKYO SOURCEって、凄く人選が面白いですよね。中村(貞裕)さんもやってましたね。

近藤:表現者って言うと普通アーティストばかりになっちゃうけど、そうではない編集者的な人や、経営者だったりプロデューサーも表現者だよねっていう事で、色んな人を入れたい思ってますね。

3

mixi: 当たり前だったことに目盛りが入っただけ


東京・麻布十番にあるギャラリーカフェバー『縁縁』

近藤:猪蔵さんは人の繋がりを作ったり、それを『縁縁』っていうお店のように現実に形にしていったりしてますが、その中で今一番面白いと思っていることとか、今後こういう人の繋がりをベースにしたビジネスはどうなっていくんだろうってところを訊きたいなって思ってたんです。

猪蔵:ソーシャルネットワークとか、麻布十番のお店とかも狙ったわけじゃないんですけど、これの前に1個、原宿にゴールデン街みたいな飲み屋があるんですよ、9人しか座れないという。

米田:『DEN』っていうお店ですね。

猪蔵:そうです。そこでほぼ同じようなことをやってたんです。

近藤:SNSみたいなサービスをですか?

猪蔵:「ソーシャル・ネットワーキングって凄いサービスだね!」とはよくみんなと話すのですが、よくよく考えてみると我々の生理的な動きそのままじゃないかと思うんです。そういうお店が必然的にあって、こういう人の集まるところで何かやれることがないかな、と思っていたらSNSが出てきたんですね。

最初、原宿の3坪しかないお店で飲んでたら、「もう私辞めるの」と前任者のマスターが言うんで、「じゃあ、僕やるわ」って酔いに任せて営業権を買い取って、始めたんです。
実際お店やってると、通常業務である収録とか編集ができないじゃないですか。じゃあ日替わりでなんかこう…みんなそこは責任もって特集とか連載風に編集という手法で、日替わりで店長やって、1年ぐらいして、多忙になったために僕は抜けたんですけど。
今は若い子達が回してます。そこで色々な人が集まって色々な情報があって、紹介するよと。仕事の話があったり恋愛の話があったりして、それなりに色んなことがあるお店です。

近藤:僕も友達に会って「最近どう?」とか話して、人を通じて情報が入ってくるというのを感じてて、そういうのがネット上で編集されてたら凄い便利だなと思ってたら、ちょうどmixiが始まってたんですね。mixiは1年半くらいで100万人を越えたわけですが、このSNSは今後どうなっていくと思いますか?

猪蔵::当たり前だったことにただ“目盛り”が入った感じですかね? 自然の風景を見てて「高さはどれくらいなんだろう?」って時に、目盛りがぱっと入ったみたいな感じだと思うんです。スケール感が把握できるというのかな? ただ、SNSはサポート的な所だと思います。これをメインに使っているとやっぱり寂しいものがありますよ。でも、最近、ITって、毛嫌いしていた部分にも結構「親和性」があるなって思える出来事が多いですね。

『スカイプ』っていう無料IP電話があるじゃないですか? あれを付けっ放しにして、うちのスタッフとよく会話をするんです。スタッフが世界各地に拠点を持ちつつ活動しているんですよ。ブラジルがいたりアメリカがいたり、香港にレジデンス持ってて、香港の市民権持っているヤツがいたり、まさに多国籍軍なんです。
この間もスカイプで会議やってて、終わってからもしばらく付けっ放しにしてると、向こうで「あいたたた」って言ってて。「どうした?大丈夫?」みたいな(笑)。すごい時間と空間を超越していることが不思議だなと思います。

近藤:ずっと繋ぎっ放しなんですか?

猪蔵:すると面白いですよ。今、ファイルをダウンロードして手に入れるっていう、形の無いものを買うっていう行為がようやく浸透してきて凄いなって思ってて、色々と変わる時期なのかなって追いかけてるんですけど。

テレビもいよいよ、新聞のテレビ欄がなくなるような勢いで、アメリカではご存知の通り、ゴールデンタイムが何故か再放送じゃないですか。プライムタイムなのに、『サタデーナイトライブ』とか、「なんで再放送なんだよ!?」って(笑)。聞いたら、やっぱり新しい番組作ってリスクを背負うよりも、あるもので数字が取れるものをやった方がいいよ、と。新しいのをケーブルテレビとか安いところに作ってもらって、面白かったら引き上げるんだって言ってましたね。

そう考えると、日本のテレビも段々……、まぁ上の人たちは全然考えてないと思うんですけど、若手の友達とかは凄い危機感持ってて、色々やらねばと感じてます。

まず、テレビ番組の時間帯が『スゴ録』とか、そういうハードディスクとかで勝手に取るのに変わってきてるじゃないですか。『笑っていいとも』も深夜4時に見るヤツもいる。そういう時間とか空間のねじれっていうか、新しい使い方みたいなのはあるなと。そのはじめの一歩に我々はいるのだと思います。いよいよ自ら時を駆ける事ができるんですね(笑)。

4

生活や情報をREFINE=再定義する時代


米田:デジタルを使ってまさに生活とか情報を自分で編集できる時代になっていますよね。人間関係も編集できるっていうのがSNSかなって思うんですけど。

猪蔵:元々そういう事は出来るんですけど、具体化されてなかった。ある意味、再定義と言うか、"REFINE"される感じですよね。

近藤:今、凄く動いてて、始まりつつある。その中にいる感じで、面白い時代にいるなとは思ってるんですけどね。

『ソーシャルネットワーキングサービス 縁の手帖』 翔泳社刊。初版発行は2005年3月1日となっている。

猪蔵:この『ソーシャルネットワーキングサービス 縁の手帖』という本を企画した時って、mixiのユーザーが3万人ぐらいだったんですよ。実は夏の間1ヵ月半くらい、色々別の仕事が入って放ったらかしにしてたんです。そしたらその後ぶわーっと増えて…。それで、「わざと待ってました」と言って。

米田:ははは(笑)。

近藤:一気に増えてますもんね。

米田:状況としてはmixiのほぼ一人勝ちですか。

猪蔵:最初、GREEやってたんですけど、GREEはどっちかって言うと僕ってこういう友達がいるんですよね、みたいな、名刺をちょっと見せる感じ。mixiは僕はこういう人なんですっていう、凄い自分が中心になるような。

米田:いわゆる“偏愛MAP”が見えますよね。

猪蔵:そうそう、キャラが凄い見える。

猪蔵:GREEは、「こういうイベントあります、皆集まれみたい!」みたいな気がします。だから今は凄くインタフェースが変わって、mixiに近づきつつありますよね。

米田:でも、これってほん1年くらい前のことですよね?

猪蔵:今年の春ですもん、それ考えると恐ろしいですね。

米田:じゃあ実質半年ですか。けど感覚としては1年半くらい前の感覚ですね。

近藤:あとがきには2004年って書いてありましたね。

猪蔵:あとがきだけ早めに書いてたんです。入稿を年末にして、まだ書き上がってない人々を待ってて。それで、結局春になったような気がします。

米田:今、会社に行くと、みんな画面がオレンジってとこ多いらしいですよ(笑)。

猪蔵:あはは。

近藤:オレンジだから分かっちゃうんだよね。やってんのが。カスタマイズできるといいんだけどね、色とか(笑)。

猪蔵:これ、本当にもう普通に社内のプロジェクト単位でグループウェアとして使っている人いますね。

近藤:他の人に見れないように?

猪蔵:そうです。僕も一応メールのやり取りとか記事のやり取りとかは、多少やってたんですけど。まぁファイルは別でやりましたけど。結構、外資系の新しい広告屋さんとかが取り入れたりして、もう「ブログの次はこれだ!」みたいな。

米田:mixiのコミュの中に企業の公式ってのも結構ありますよね?例えば『i RIVER』とか。

猪蔵:はいはい。だからビジネス面からいうとmixiなんかのページビューってムチャクチャ高いですよ。そうするとそこに広告出すっていうのは効率が良くて。もう完全に今mixiの上側のバナーとかは黒字って言ってました。

近藤:仕事でも使えますよね。プロジェクト単位で、ここで色々あげておくから、みたいな感じでなんか思いついたらここに打ってくれって。

猪蔵:例えばA社のデジカメがあって、それとよく似たようなスペックをB社が出すとしたら、A社でリサーチかけるために、「こういう機能あったらどう思います?」みたいなことを騙して入っちゃえばリサーチできますもんね。

米田:でも、SNSって不思議と、普通の社会ではありえない「善意」が結構集まるっていう感じがするんですよ。

猪蔵:やっぱスタートがいいベクトルで始まっているので、上手く膿を出しやすいのではないですかね?  やはり、100万人を超えると、残念な事にノイズが走り始めましたね。

米田:僕もそろそろ、どうなるんだろうって雰囲気もあるんですけど。

猪蔵:僕らも初期メンバーってもうほとんど…、10万人くらいになるまでの人って、大体自分のプロフィールばーっと全部出してしまう人が多いんですよね。でもあんまり出してても危険は無い。まだ実害は無いです。

近藤:猪蔵さんぐらいでもまだ危険は無い?

猪蔵:全然無いです。僕は面識がない方は5%ぐらいです。あとの方は実際に全員会ってる人なんです。会ってる人だけに「よろしく」っていう…。

近藤:でも便利ですよね、ちょっとどっかで会ってmixi入ってるって言ったら それでこうお互いぱっと交換しあって。名刺交換よりも情報量が多いですもんね。

猪蔵:今、僕の興味は100万人ユーザーだと、どこまで浸透してるのかなっていうことですね。食堂とか行って、おばちゃんとかに「今日はマイミクしたんだよね」とか話したりね。

米田:それがこないだ、高円寺の小杉湯っていう銭湯で服着てたんですけど、隣りのガテン系のおじさんが「mixiって知ってる?」って言ってて(笑)。

猪蔵:そういう、なんか思ってもみない所から出てくるっていうのが、今、どうなるんだろう?っていうのに興味ありますね。

1971年イギリス生まれ。いつも腹ペコ。世の中の面白いことを常に探っている在野の雑誌編集者。最近は勢いで原宿と麻布十番にカフェバー「縁縁」を展開中。また映像に関するライティングや著書、ラジオ番組の構成も手がけ、映像、紙媒体、世の中を編集していくことに夢中な三十路。現在は少数精鋭のヴェンチャーキャピタル、(株)アストリックスキャピタルパートーナーズと(株)ヒマナイヌの二枚看板。アナログベースで人間の根元的な行動、記憶、フィードバックを活性化させるための提案を行っている。「人への思いやり」や「おもてなし」をテーマに頓知の利いた商品を世に送り出そうと奔走中。

インタビュー:米田知彦(TS副編集長)、近藤ヒデノリ(同編集長)
写真:NOJYO
協力:松井真美、真田陽子、蓮尾優貴、大西正起
場所:青山/株式会社アストリックスキャピタルパートナーズ
日時:28/10/05

株式会社ヒマナイヌ
株式会社アストリックスキャピタルパートナーズ

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