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秋山さやか (美術作家) 後半


1

FUTURE SOURCE フューチャー・ソース


日本のこと

海外に行けば行く程、私は日本が好きになる。
そして、いつも痛感するのは、もっともっと日本文化を知っていなければ、という事。例えば、「茶道では、何故茶碗を回すのか、2回半という数にはどんな意味が込められているのか」って、質問された時、答えられなかった。

南半球

自分は、北半球の住人。
そして、今まで、南半球で制作したことない。

言葉

外国に行くと、いつもじれじれとする部分。でも、うまくコミュニケーションとれないのに、その反面、おもしろい事もあったり。また、自分は兵庫県出身なのだけれど、東京では標準語を話してて、だけれど、とても疲れてたり、地元に戻ると「ネイティブ」の関西弁に戻るその瞬間て、どう切り替わっているのだろう。

食べる、ということ

私は、そんなに胃が強くないくせに、おいしいもの、大好き。いろんな場所にいっても、その土地での食べ物が楽しみ。でも、最近、いろいろな事を聞く、輸入食品の事、牛肉の事、松茸やりんごの泥棒…。いわゆる「食のニュース」っていうの。まだ観てないけれど、映画「スーパーサイズミー」は、観ておきたいと思っている。

身にまとう色彩

服の、色の、好みって、変わってゆく。
ほんの五年程前までは、青が好きで、服の色はほとんどそうだったのに、今は他の色を好んで着る。
それは自分のどういう部分と繋がってるんだろう。


2

日本のこと


2003年森美術館「六本木クロッシング」展示
「あるく 私の生活基本形 - 六本木 2003年12月16日~2004年2月29日」

近藤:フューチャーソースで書いてたように、海外に行くと逆に日本のことを知らなきゃ、という気にさせられるよね。杉本博司も本の中で、アメリカに行ってから日本古来の文化に興味を持ち始めたって書いていた。

秋山:ほんとそうですよね。イギリスで、「茶道では、なぜ茶碗を回すのか、その回数にどんな意味が込められているのか?」って質問された時、答えられなくて…。日本に帰って調べたら、いろんな説があるのね。でもどうやら「2回半回すと相手に正面を向けることを避けられる」という謙遜の意味があるらしいの。

近藤:外国人からしたら、逆になりそうだけどね。

秋山:そう。だから今度は謙遜って何かってところから説明しないといけない。でも他の国から帰って来た時に、日本に謙遜とか、丁寧さとか、デリケートさがあるってのは、すごくいいことだと思った。道路工事とかも丁寧だし(笑)。

近藤:年中やってるけどね(笑)。

秋山:うん、CMでも日本のはやっぱり凝ってつくってるなぁと思うし、海外でアニメーションとか見てても、すごくきれいな画があるなぁって思ったら、日本のだったり。食品サンプルとかオタクのフィギュアとか。なにげに作れちゃう日本人はすごいのでは、と思う。
それから、日本人って何て真面目なんだろうとか、きっちりしててすごいな!って、戻ってくる度に感じる。宅急便なんて感動モノ。そんな勤勉さを恥ずかしいとかいう人もいるけど、もっと誇っていいことですよね。

3

南半球


秋山:次は、南半球に行ってみたい。前に南半球から見た世界地図を見て…北半球の日本が下に描かれてるんだよね。実際にそこに立ってみたら、世界観もどこか違うのかもと思ったり、何も変わんないかも、と思ったり。

近藤:洗面台で水が渦になって流れるのの向きが違うって聞いたことがあるけど。

秋山:うん、きっとそういうちょっとした発見があるんじゃないかなって。

4

言葉


2005年代官山での展覧会
「あるく 私の生活基本形 代官山 ―2005年8月5日~」

秋山:一応、勉強はしてるけど、いざ向こうに行ってみたら、わかんなくても「たぶんそうなんだろうな」って、カンで分かったりできる。でも日本に戻ると、そういう感覚がふっと消えてしまう。不思議だなって。
私の作品って、日記のような詩のような言葉が入るシリーズがあるじゃないですか。あれ、初めはPCで打った文字だった。でもNYで作品つくった時、いろいろな出来事が起こって。「泥棒に遭ったー!!」とかそういう生の感覚なんて、第三者に訳してもらった上、機械で打った言葉じゃ、表現できないと思った。だから必ず手で書くようになったんです。

いつも日本語と現地の言葉を一緒に書くようにしています。
韓国(2003年)で、ハングルを書いたら、間違ってた。でも、逆に、そのつたなさをゆえの「気持ち」が伝わった様で、それがよかったみたい。単なる情報という枠を超えて、伝わる「文字」もあるんだって、気づいた。丁度その頃、言葉をダイレクトに作品の横に添えることに悩んでいて…私にとっては必然でも、観る側には必要なんだろうか、と。でも、それからは、迷いがなくなった。

私の場合、言葉ができないから見えること、分かることもあるのかもしれない。満足に話せないことで、心の中で行き場を失った言葉達が積もってゆき、やがて逆流するように、作品となって溢れ出して来るのではないかと。

5

食べる、ということ。


2005年上海での展示:上海Youthビエンナーレ2005「Vision Express International」(Ming Yuan Culture Center)展示風景
「あるく 私の生活基本形―上海 2005年5月12日~24日」

秋山:輸入牛肉とか、最近いろいろ問題になってますよね。

近藤:ちょっとヒステリックすぎるよね。少しくらい入ってる方が自然なのに。

秋山:でも私は、実は気になってるんだけれど。食べたくないなぁ~。
でもコンビニとか外食とかで「食べさせられて」行くんでしょうね。ちょっとずつ…じわじわと…。

近藤:ところで、食べるって僕はすごく根源的なものだから、なんだかエロチックに感じるんだけど?

秋山:そうですよね。それから友達間の相性ってゆうか、そんなのにも繋がるかな。一緒にごはん食べてて心地いい人っていうのはいるね。一緒に飲んでて楽しい人もいいよね。逆にキタナイ食べ方する人がいると気になるかも…。

6

身に纏う色彩


2005年代官山での展覧会
作品「あるく 私の生活基本形 代官山 ―2005年8月5日~」

秋山:近頃、自分の好む色がころころ変って来てるのに気づいた。
それは海外にゆく影響なのかも。土地土地で人々の使う色彩って、ほんと違うもの。イギリスでワークショップをやった時、子供に何色の紙をつくりたいかって聞くと「紫ー!」って一斉に言うんだよね。日本だったら青や赤とかだろうけど。

近藤:紫って日本ではたしか、高貴な色なんだっけ。

秋山:そう、神主さんとかが着る色だよね。
それから、例えば北欧の壁の鮮やかな黄色とか見て、この土地の空気に合ってるよなぁ、って妙に感動したり。
最近、自分でも、あまり興味なかったビビットな色彩にも興味が出て来た。

近藤:どれくらいの周期で変わるの?

秋山:一年くらいで変わるかもしれない。いろんな土地にゆく毎に、色の好みも変化してゆくのかもね。衣替えの時期に気づく事も。青から黄色、グリーンから白とか、今は何色なんだろう。

7

つくり続けていくことで価値が出てくる


近藤:今、10年後の自分を思い浮かべてみたときに、どんな作品をつくっていたいと思いますか?

秋山:ちょっと10年前のことを考えてみたんだけど、今のこの状態って、思いもよらなかったから、きっと10年後だって想像もつかないことになっているだろうね。でも、作品をつくりつづけてる事だけはわかる。私の作品って、つづけていくことで価値が、味が出てくるものだと思うし。
ちょっとずつ変わっていって、5年後とか10年後とかにそれを、並べて展示したり、本にしたりしてみたいな。それで、いつか全て、ダーっとまとめて見せられたら面白いかなって思う。
この仕事はとても面白いから、おばあちゃんになってもつづけてゆきたい。
飛行機って年齢制限もないよね?
あ、おばあちゃんになって、縫ってたりしたら、そのまんまか(笑)。

美術作家
1971年 兵庫県生まれ 神奈川県在住。
1999年「フィリップモリスアートアワード2000」大賞受賞。
2000年「ダイムラー・クライスラーグループ アート・スコープ2001」受賞。
国内外のさまざまな土地を巡りつつ、作品を展開、発表している。また、「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」2005春夏など、ファッション系とのコラボレーションも経験。多摩美術大学絵画学科油絵科非常勤講師

インタビュー:近藤ヒデノリ(TS編集長)
写真:t.owaki(インタビュー)/長塚秀人(作品)
場所:西郷山公園、代官山
日時:11/04/05
協力:AIT、サトコ(TS)

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