021

Moodman (DJ) 前半


「(DJって)江戸時代でいうと、粋な観客の位置にいると思ってるんですよね(笑)。そこに立ち返るとね、受け手的な身勝手さを持ち合わせていても怒られないというか、わりと多重人格的な音楽への関与を許される…」

そう語るムードマンの言葉が、同じ観客のひとりとして素直にわかる気がする。
それは、僕が時折感じる、クラブカルチャーを生で経験している世代と、そうでない世代の間の、音楽の聴き方そのものの違いに関係している。前者は、どちらかというと好みのミュージシャンやグループ(たとえばビートルズでもストーンズでもいい)を徹底して聴いていたり、ロック好きならロックだけというように、聴くジャンルも限られていることが多い。

それに対して後者は、以前よりずっと音楽のジャンルも細分化された中で(細分化されすぎて、逆に意味をなさなくもなっている)、過去現在、膨大なミュージシャンの曲から、音楽ジャンルを越えて自分に合いそうなものを「選曲」して聴いている。特定のミュージシャンやジャンル、アルバム単位で聴くのではなく、聴き手の立場で、曲単位でボーダーレスに「編集」する。いわば、誰もがDJのような聴き方をする時代。i-podの普及、ネットでのダウンロードが盛んになっている今、そうした聴き方が加速しているのは言うまでもない。

そういう意味で、DJは(もちろんラジオのDJではなく、クラブDJのこと)、今という時代を象徴する職業であり、表現者なのだと思う。彼らは、クラブ空間の中央ーライブハウスで言えば、ミュージシャンが占めている場所ーで、この世の無数の曲から選曲し、レコードをつなぐことで、場の空気ームードそのものーをつくっていく。

[低音不敗]、[SLOWMOTION]、[GODFATHER]など、様々なパーティーで東京の夜を盛り上げているムードマンは、日本で今一番数をこなしていると言われている。その数、年間100本以上!!(しかもDJとは別に、某企業の正社員でもある)。そして彼の場合、選曲するジャンルの幅の広さが特長でもある。インタビュー中でも出てくるが、レコード所有数、5万枚以上!!! 巷では、レコードの棚ごと買う「ムードマン買い」という言葉まであるとか。
そんな彼に、今回、共通の知人、DJ HIROTAKAを交えてじっくりと話を聞いた。

近藤ヒデノリ(TS編集長)

1

今のスタイルになるまで


近藤:ムードマンさんは元々はムード音楽からスタートしているそうですが、その後ダブなどを経て今のスタイルになった経緯を聴かせていただけますか?

ムードマン:中一ぐらいの時に、貸しレコード屋に初めて連れてかれて。当時は音楽全然わからないから「一番変なジャケにしよう」と借りたポップグループの「Y」を聴いてびっくりしちゃって…82、3年頃だったかな。たぶん店員さんが、ニューウェイブとか好きだったんでしょうね。壁にそういうレコードばかり飾ってあった。ポップグループって、ポスト・パンクを代表するバンドですが、ダブとか、ファンクとかフリージャズから現代音楽まで、いろんな音楽がぐちゃぐちゃにミックスされているじゃないですか…そこからひとつひとつ、ひも解いていった感じですね。店員さんに聞いたり、阿木譲さんのロック・マガジン読んだりして…「あ、これがダブか」とかね。なので、ダブは基本的にUK流れで聴いてました。

いちばんよく聴いたのがON-Uサウンドですね。ON-Uサウンドも基本はダブだけど、特に初期はいろんな音楽が混ざってますよね。あとは、スロッビング・グリッスルですね。エキゾチックサウンドのマーチン・デニー(ハワイのクールジャズ)のジャケットを丸っきりパクってるのがあって…、その辺からムード音楽だったりクールジャズが音響的に面白いということに気づいてハマっていった。

近藤:ニューウェイブから、ムード音楽というか音響的なジャンルへと…。

ムードマン:それが10代後半ですね。当時は、ジェネシス・p・オリッジなんかの影響で、インダストリアルやボディーからハウスへという流れもあって。宇川くん(宇川直宏/メディアレイピスト)もたぶんそうだけど、あの時期に日本でハウスにはまった人って、黒人音楽の系譜というよりはむしろ、白い方(白人系)から流れてきた人も多かったですよね。僕はボディーにはそれほど傾倒しなかったんだけど、デリック・メイのトランスマットとか、KMSとか、メトロプレックスとかいわゆるデトロイト・テクノにハメられたんですね。80年代末ですね、レコードが1、2枚づつ入ってきてて。音はアフリカ・バンバータを早くしたみたいだし、テクノというよりは速いエレクトリック・ヒップホップなのか?なんだこれは、と。スリーブのデザインにもびっくりして…。

HIRO:何も書いてないですもんね。当時のトランスマットのけっこう持ってます?

ムードマン:スリーブの色違いまでたぶん全部あります(笑)。東京では正直まったく売れてなかったみたいで、新品なのにすぐ100円コーナー行きになってましたよね(笑)。で、その何年後かに、テクノとダブが混ざったようなパーティーを、友達数人と「ダブレストラン」という名前で始めたんです。その後、レーベルに発展させて、コンピレーションをつくったりしてました。何枚か出してやめちゃうんですけど。当時はUKのファットキャットとか、ブラックドック周辺とか、インテリジェント・テクノと言われたシーンの人たちと連絡をとってましたね。でも徐々に、シーンが頭でっかちになっちゃってね。いわゆる音響派っぽくなってしまって刺激がなくなってきて。そんな時にU-STARを知って、それから意識的にダンスミュージックをやり始めた。90年代半ばくらいからですね、ダンスミュージックに本格的に興味を持ち始めたのは。

近藤:ケン・イシイ(DJ)さんともその頃からの友達?

ムードマン:イシイくんは、10代の頃からの友人ですね。大学入る前かな。最初会ったのは、88、9年かな。デトロイト・テクノを好きな人が少なかったんで、必然的に出逢ったんですよね。

近藤:「ムードマン買い」って言葉があるって聞いたんですけど(笑)。

ムードマン:そうなんですか(笑)。たしかに気になったジャンルがあると安いうちにガボーッて買うんですよね。

近藤:ちなみに今、レコードって何枚くらい持ってるんですか?

ムードマン:たぶん、5万枚くらいかな。数えたことないけど。

近藤:ひえーっ!それってどれくらいの量なんだろ。どこに置いてるんですか?

ムードマン:これくらいの広さ(6畳くらい)のワンルームに、段ボール箱に入れてずらっと積んであるんです。もう、引っ越せいないですね。

DJ HIRO:僕も引っ越しがすごい大変だから、いつも1階しか住めない(笑)。

ムードマン:前に引っ越しをした時に、最初の日に3人くらいでやってきて、段ボールを見て「これ、終わんないすねー」とか言われたりしてたんだけど、「あ、これ、レコードですか。あ、トランスマットだ」ってなったら急に、次の日から20人くらい連れて来てくれて(笑)。トラックも2台追加になって。音楽好きっていいですね(笑)。

一同:(笑)

2

MY SOURCE マイ・ソース


POP GROUP

ON-U

MARTIN DENNY

TRANSMAT

U-STAR


3

DJって、イメクラみたいなもんですよ(笑)


近藤:この間ムードマンさんも参加してた[GOD FATHER]のイベントで、高橋透(オーガナイザー/DJ)さんと話してて印象に残ったのが、「今、DJでハウス系とかテクノ系とか、ジャンル分けなんて意味がないよ。DJ自体がブランド、俺がブランドだ!」というようなことを言ってたことなんですけど、ムードマンさんもいろんなジャンルを越境してきてるけど、音楽のジャンル分けとDJの関係についてどう思いますか?

ムードマン:僕はどちらかというと、DJって、表現者じゃないと思っていて。他のミュージシャンがつくったヴァイナルを使うのが基本だから…。リスナーがいてミュージシャンがいるとすると、その中間。江戸時代でいうと、粋な観客の位置にいると思ってるんですよね(笑)。そこに立ち返るとね、受け手的な身勝手さを持ち合わせていても怒られないというか、わりと多重人格的な音楽への関与を許されるのがDJだと思ってて。そういう立場が楽で、DJをやってるという側面もあります…。今までずっと並行していろんなジャンルに横断的に携わってきたのも、それが居心地がいいからで、イメクラ的というか(笑)。だから透さんとは考え方というか、スタンスは違うと思います。透さんはどちらかというと、ジャンルということではなくて、あるスタイルで頂点を極めている人だと思います。僕はそういうことが出来なくて(笑)。

近藤:透さんが言ってたのは、そういうジャンルもミックスして自分の顔でやるのがDJだってことだったけど。

ムードマン:たぶん透さんは、パーソナリティーが出るわけですよ。僕はあんまりそういうタイプじゃなくて…。年間百何本とか、たぶん日本でいちばん多いくらい(笑)いろんなイベントに出演している訳ですけど、パーソナリティーとか、スタイルはないかもしれないです。毎回かける音楽を変えているし、ジャンル自体も違ったりしてるし(笑)。オファーが来ると、そのオーガナイザーと毎回どういう音をやりたいのか話して…「丸い感じ」とか「テクノでもこっち系の、もっと角が立った感じ」とか。そういう意見を聴いて、それに合わせて選曲してます。

近藤:その幅が異常に広い、というのが特徴でもあるわけですよね。

ムードマン:まったく関係ないのではないかというパーティにも、いっぱい出てたりします(笑)。そういうときこそ、自己が解体するいい機会と言うか。

近藤:なんでなんでしょうね。いろんな関係のないジャンルに呼ばれるというのは。

ムードマン:やっぱり昔から分裂症ぎみにいろんなことやってたんで、いまだに、いろんな方面から話が来るんですよね。飽きなくていいですけどね。

近藤:逆にひとつのジャンルに入ってる人は「飽きないのかな」とか思います?

ムードマン:すごいなと思いますよね。僕は、全てのジャンルを平行して追っちゃうんですよね。その時々のブームはあるんですけど、そのブームが終わらないので、常に平行して増えて行くというか。ここ一年くらいはエレクトロファンクが自分の中でブームですね。DJでは全然かけてないんですけどね。80年代頭くらいの黒人音楽って、ブラコンでも、ヒップホップでも、ファンクでも、ちょっと音がピコピコしてるじゃないですか。シカゴハウスの出始めとかもそうだし。ジャンル的にまだ明確に規定されてないと思うんですけど、その辺が大好きで。その頃のプライベート盤を買いあさってるんです(笑)。データが無いので、適当に買ってるんですけどね(笑)。ディスコって書いてある場合もあるし、ワシントンDCのゴーゴーの初期とかにもちょっとエレクトロな感じがあったり…。この前は、ブルース歌手みたいな男性が凄く複雑なエレクトリックビートの上で、酔いどれまくってるのとかありました(笑)。

4

「体感」をつくるということ


近藤:さっき「DJってリスナーと表現者の間をつなぐもの」っていうことを言ってましたけど、やっぱりDJって、その人しかできない曲の選択とかつなぎとか「何か」がある、つくってるんだと思うんですよね。抽象的な話になっちゃうかもしれないけど、ムードマンさんにとってそれって何だと思います?

ムードマン:ムードマンって名前じゃないけど、雰囲気ですかね(笑)。アトモスフェアというか。音響も含めて。体感ですかね。音楽って、いろんな記憶のされ方するけど、どうしてもメロディーが記憶される方が多いかもしれないですよね。でもね、音響とか、音空間も間違いなく記憶されますよね。

メロディーって、後で思い出して口ずさんだりできるけど、たとえばミニマルミュージックを7、8時間真っ暗闇で聴いて、最後にパカーンと照明が点いた時の感覚って口ずさんだりできない。でも記憶されるでしょ。一個の強烈な音楽体験としてあるじゃないですか。その何とも言えない音楽体験といえばいいのかな、それが何なのか分からないから、ずっとやってるのかもしれないですけど(笑)。そういう体感ってね、実はプレイしている音楽のジャンルに左右されないんじゃないかと思っていて、たとえば、「ハウスで5時間やってください」て言われた時に与えられる感覚と、「スカで5時間やってください」って言われる時のできることと、まぁ、テイストは違うかもしれないけど、同等の体験はつくり出せるっていうか、体感、何て言うのかな…。

HIRO:音圧?

ムードマン:音圧とか。音響とかかな。面白いのはね、どんなに個性の強い、具体的なレコードでも、延々と並べていくとね、全体としてはすごく抽象的になっていくんですよね。総体としてミニマルになっていく。僕はね、ミックスして行く時は、一枚一枚のレコードが強いパーソナリティーを放っているものかどうか、ってのはあまり重用視してなくて、たとえばね、適切な例かどうかわからないけど、ガムランとかって何十人で演奏したりするけど、その一人一人はすごい個性だし、もしかしたらすごい人生歩んでるかもしれないけど(笑)、演奏に入った瞬間にそれぞれの個性とかは関係なくて、ひとつの音楽として現出するじゃないですか。そういうところに興味があるんですよね。だからレコードの一枚一枚「これがレアだ」とか、「泣ける」とかそういうことよりも、それをバーッて並べて聴いた時に浮かび上がってくる何かの方が面白い。そういう意味で、「大衆音楽」をやっているという意識があるんです。分かりにくくてすみません。

5

DJ以外の活動


近藤:さっきミュージアムの話が出ましたけど、今も時々そういうDJ以外の活動もしてるんですか?

ムードマン:パリのカルチェ・ファンデーションとか、以前はちょこちょこアートな環境下でやらせてもらったりしてたんですが、最近はあまりやってないですね。ひとつ前の横浜トリエンナーレのオープニングでDJやったくらいかな。BANK ARTでも一回やりましたね。それはARTとは関係ないパーティーでしたけど。

近藤:カルチェではDJをやってたんですか。

ムードマン:どちらかというと、演奏ですね。六本木コンプレックスの部屋を一緒に借りてるマチュー・マンシュというアーティストのパフォーマンスがあって、そのバックで演奏したんです。ククナッケというアーティストと一緒に演奏しました。

近藤:そこでつくってた音楽は、どういうのなんですか?

ムードマン:アヴァンギャルドな感じ(笑)。フリージャズみたいと言ったらいいのかな。お客さんのひとりには、ファウストっぽかったと言われました(笑)。いくらなんでも褒め過ぎですよね。

近藤:自分でも何かプレイするんですか。

ムードマン:僕、楽器はやらないんですけど、一時、ターンテーブルをこすったりとかいろいろやった時期もあって…最近はそういうイベントに呼ばれないからやってないですけど(笑)。

HIRO:こするってのは、スクラッチ?

ムードマン:スクラッチ、やってましたよ。大友(大友良英:ターンテーブル奏者/ギタリスト/ 作曲家)さんとバトルをやらせてもらったり。90年代半ばぐらいかな。当時、大友さんのコンパイルしたコンピにも参加してます。ターンテーブリストを集めたやつで。クリスチャン・マークレーとかも入ってた。僕は、イビキの音をレコードを使わないでターンテーブルだけで出して、曲としました(笑)。ちょうどその頃からですかね、ボアダムスの前座で時々、DJをやらせてもらうようになって…。某大学の学園祭では、バイクとターンテーブルをつないだりして、それがすごく良かったんですよね。で、燃え尽きて、それ以来、あまり演奏的なDJはやってない(笑)。自分で言うのもなんですが、めちゃめちゃかっこ良かったんですよ。全部コンタクトマイクで拾って…ブンブンブーン!ってやってたらバイクが燃え出して…ぼーっ!て煙が出て、会場が煙だらけ(笑)。

一同:(笑)

ムードマン:「L?K?O」っていうターンテーブリストと当時一緒に組んでいろいろなところを廻っていたんですが、集大成でしたね。SUN RAっぽいキーボードも入れたりして、だんだんビートを厚くして行って…そしたら煙でしょ。煙の中、スケーターが2階席からどんどんダイブして、もうめちゃくちゃな大乱闘になって…(笑)。

近藤:むちゃくちゃ面白そうですね。

ムードマン:偶然の積み重ねがあり得ないぐらいに面白かったんで、これはもう2度とないかなと思って、それ以来、ライブはほとんどやってないです。10年くらい前ですよね。その頃からハウスのパーティーが多くなります。

近藤:また機会があったら、そういうのもやってみたいですか?

ムードマン:ああいうのは、もうできないかな。偶然性が大きいので。

近藤:それとか、DJとかも反応するというか、会場のムードに合わせていくものだと思うんですけど、一からガチッとつくっていくのには興味あるんですか?

ムードマン:あー、もう全然興味ないというか、僕はできないタイプですね。周りにミュージシャンというか、そういうのが完璧に出来る人がやたら多いので、「オレはやらなくていい」と(笑)。むしろチャンスオペレーション(ジョン・ケージ)じゃないですけど、合うか合わないか分かんないっていうものを、どんどん現場でミックスしていく方に興味があるかな。DJもね、やるまえに全然レコード決めないんですよ。

近藤:さっき六本木コンプレックスの一部屋借りてるって話が出ましたけど、今は休んでるって話も聞きましたけど。

ムードマン:もともと、僕は何もやってなくて(笑)。さっきも話に出たマチュー・マンシュというフランス人アーティストのアトリエになっています。最初は、半分スタジオに使わせてもらおうと思ってたんだけど、気力と時間がなくて(笑)。もう2年くらいかな、放置プレイです。DJ減らしてそういうことやろうかなとも思ってるんですが。まぁ、やるとか言って、大体やらないんです、僕は。

近藤:面白そうですね。また何か、過激なことをやったり…。

ムードマン:あそこ、いいんですよ。音出してもたぶん全然怒られなそうだし。元々音楽スタジオとか入ってたとこだから相当音出しても…だめかな(笑)

6

会社員との両立


近藤:会社ではもう何年くらい働いてるんですか?

ムードマン:もう12年くらいかな。94年入社だと思います。100社くらい受けて全部落ちて、もう駄目だーと思って、当時働いてたクラブに就職か…と思ってたら、「文章が面白いから、一回来い」って言われて、それで入れてくれたんです。

HIRO:その時はDJはやめたんですか?

ムードマン:やめる気はなかったんですけど、あまりに忙し過ぎて、2、3年は今ほどはやってなかったですね。

近藤:ちゃんと普通に働いてるんですか?

ムードマン:ちゃんと働いてますよ(笑)。少なくとも迷惑はかけてないと思います。

近藤:でも、続けてるってのがすごい。だって別にこっち(DJ)で十分食っていけますよね。

ムードマン:いや、僕のやり方では駄目ですね。相当好きにやってますから、あんまり金にならないし。レコード代で出ていく方が多いし(笑)。そもそも、昼間の仕事の方も食って行くためにしているという風にも思っていないんですよね。うまく言えないんですけど。

近藤:以前の別のインタビューで、そもそも会社で働こうと思った理由について、「いろんな人と会えるから会社員やってみようと思った」って言ってましたけど、今になって、会社員と2足のわらじをやってるメリットってなんですか?

ムードマン:予期しない人と会えるのはいまだにメリットだと思います。人の話を聞くのが好きなんですよね。あとはそもそも、変な話ですけど「ムードマン」っていう名前にしちゃったのでね、働いてる方がいいかな、とも思ってるんですよね(笑)。「なんとかマン」ってだいたい変身前は働いているでしょ。なので、ストーリー上、やめれないんですよ(笑)。あと、みんなにいわれるほど、2足という感覚もないんですよね。それぞれの時間で、使っている脳の部分が全く違うだけで。

DJ。日本生まれ。 ムード音楽をこよなく愛する男。 '80年代末にDJ活動を始め、 '93年にレーベル[DUB RESTAURANT COMMUNICATION]を立ち上げる。その後、[M.O.O.D.][donut]など、様々なアヴァンギャルド・ミュージックを発表し、国内外で高い評価を受ける。'90年代後半は、DJに専念。 横断的かつ分断的な音楽感で、[低音不敗]、[SLOWMOTION]、[GODFATHER]、[HOUSE OF LIQUID]…などなど様々なパーティーで東京の夜を活性化させる。 '02年末にはミックスCD『WEEKENDER』を発表。なんと2004年はDJを108本もこなすという超人である。

インタビュー:近藤ヒデノリ(TS編集長)
同席:DJ HIROTAKA(monads records)
写真:高田洋三
場所:COQDO RECORDS
日時:2005/12/10

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