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松本圭介 (僧侶) 後半


1

実際にお坊さんになるには?


サトコ:私自身には余り共感する部分はないんですけど、割と若い人にもお坊さんになりたい人って多いですよね。周りの若い同世代のお坊さんに共通するものってありますか?今どういう人がなりたいと思っているのかなと。

松本:なりたいと思う人は結構いると思うんですけど、実際にお坊さんになった人には、なりたいと思ってなったわけではない人も割といて、どちらかというとそっちの方が多いんです。

サトコ:おうちを継ぐとか?

松本:そうです。それが基本的に多いです。なりたいと思っても中々なれないっていうのが現実かもしれません。

米田:だって、どうやったらなれるか、分からないですもんね(笑)。

松本:悲しい現実としてあるのは、「お坊さんになりたいんですけど」って相談に来る人がいても、「でも、生活はどうするんですか?」なんて言われちゃったりして。

米田:松本さんが修行していた時は、若い人からお年寄りまで色々な人がいたんですか?

松本:いましたね。でも、跡継ぎがほとんどでした。何人かは外からっていう人もいましたが、でも実際に「得度」という、それが終わるとお坊さんですって事が言えるんですけど、そこから「君はここのお寺に行きなさい」とかっていうのは用意されていないんです。

米田:就職斡旋みたいな事ってないですもんね。

松本:自分で自分のポジションを見つけていかなければいけないので、結局「普通に働くか」っていう事でやってる人もいますしね。だから肩書き……お坊さんの免許だけを持ってるという人もいるわけです。

米田:会社員やりながら、実はお坊さんっていう人もいっぱいいるわけですよね。

松本:ここ光明寺へ、会社に行く前に朝、お参りにきてから、この辺の外資系の証券に行ってる人とか、そういうお坊さんもいます。免許は持ってるんです。

2

お寺経営論


米田:大きなお寺の子供だったら檀家が多い、潤沢にお金があるお寺を継げて、そうでないお寺の子供は小さいバジェットのお寺で一生過ごす。そんな現状を踏まえた上での「お寺経営論」みたいなのも松本さんはこれから再定義していくのかなとも思うんですけど。

松本:そうですね。それは切っても切り離せなくて。お寺の住職っていうのは、宗教法人の代表役員なんですよ。あくまで私物じゃないので。世襲になっちゃてるから私物っぽく見えるんですけど、決してそんな事はなくて、支えているのは檀家さんなんで、普通の個人商店なんかとは全然違う、もっとある程度公的なお金として、お寺を支えるという気持ちで、檀家さんからお預かりしたお金をいかに無駄なく運用していくか、お寺を経営していくかというのは、凄く大事な事だと思うんです。その感覚はなくてはならない事だと思っています。

お寺って簡単に移動できないんですけど、人口はやっぱり段々都市の方に移っていっちゃうわけです。そうすると、過疎の地域というのはお寺の経営も苦しくなる。
これは食い止めたいなと思ってるんですけど、旅するとどこの街も似てるんですね。画一的な道路が走ってて、郊外型のお店が増えて、「旅人の傲慢さ」と言われたらその通りかもしれませんが、もっと地域がもってる歴史性とか、一番結びつきやすいのは観光資源かもしれないんですけど、そういうものって目先の事で失ってしまったら、取り返しのつかない財産だと思うんです。それは各地のお寺とも密接に結びついてるものがあって、田舎のお寺が一個過疎化が進んでなくなったっていうのは、単にお寺が一個なくなった、宗教施設が一個なくなったっていうそれ以上のものが失われるんじゃないかと思うんです。

だから、もちろん檀家さんベースで成り立っている事を大事にしていきつつ、もうちょっと違ったところから経営を成り立たせるような仕組みが出来ないか、と思っています。それが地域の活性化や地域文化の保存とかに繋がっていけば、日本全体の仏教コンテンツを海外に向けて発信できる。それが大事な事なんじゃないかと思っています。

米田:四国のあるお寺の建設を安藤忠雄さんにお願いしようとしたら、周囲に大反対されたんだけど、それでも作ってもらったら、逆に「安藤忠雄が作った寺だ!」って事で、逆にたくさんの人が訪れて、町起こしになったという話がありましたね。だから、伝統を残すっていう切り口に加えて、それこそ、“デザイナーズ・テンプル”っていうか(笑)、そんなお寺を建てたりするような、洒落っ気というか茶目っ気というか、そういうものをもった若いお子さんとかがいてくれるといいですよね。

松本:そうですね。

サトコ:星野リゾートという会社が最近話題になってるのご存知ですか? ちょっとお話に共通点があるなと思ったんです。日本各地の旅館をどんどん再建させていくプロジェクトで、全部地方で画一化が進んで、どこも同じような景観になっていって、でも本当は正しいのは地域の特色を東京っぽくする事ではなくて、地域の特徴を出していく事が一番強力なコンテンツになるんだっておっしゃってて、考え方が近いんじゃないかなって思って。

米田:でも、やっぱり田舎の人って東京になりたい、ってところもあるんですよね(笑)。

サトコ:でも、「東京みたいになったから来て下さい」って言ってもダメだという。

松本:そのさじ加減なんですよね。結局、マーケットは東京なんで。

米田:仏教マーケット…そうですね(笑)。

松本:だから、東京の人は別に地方に東京的なものは求めてなくて、かといってあんまり洗練されていない、サービスの質が低いのは嫌なんですよね。

クオリティを高めつつ、その特徴を出していくっていう、そのさじ加減をお寺にも考えてるんです。田舎のお寺を手伝ってくれって言われてるような話もあって、その辺ちょっと観光と結びつけてやれないかなって思ってるんですけどね。

米田:東京の人が地方を全部変えちゃうとそれはそれでおかしな事になっちゃうし、地方の人が東京を真似ても、それもどうしようもないという。

松本:そうなんですよね。

米田:お寺のプロデュースの仕事も、今後積極的にやりたい事ですか?

松本:やりたいなとは思っています。1つの方法として「あ、こんなやり方もあるのか」っていう経営が色々出てきたら参考になりますよね。

お寺の文化を守り育てていく事において、皆、割と「お坊さんだからこれしちゃダメですよ」とか「お坊さんだから」「お寺だから」って思うんですけど、もっと個性が強くていいんです。だからフランチャイズの方向性じゃない。フランチャイズ的な発想だとそれが日本をつまらなくするんですよ。どこに行っても同じお寺っていう…。
そういう事じゃなくて、そこにずっと地付きで育ってきたものっていうものを持ったお寺が、その場所で何か新しい試みを起こす、必然性のある事をやっていかなければダメだと思うんですよね。

米田:それはもう都市論っていう話だから、松本さんと誰か建築家と一緒に仕事して、そこの政治家とか町長さんとかお話してって、そういうのが出来れば面白いですよね。田舎に行けば行くほどお寺のもってる役割って大きいような気もします。心の寄り所じゃないですけど。

松本:結構熱心に支えてくれるところはあります。

サトコ:お寺のPR的な活動をしていく中で、一般の人には実はこんな事が響くんだなって気づいた事はありますか?例えばお寺の中の方達が伝えたいと思っている事と、一般の人が知りたいと思ってる事は違ったりすると思うんですけど。

松本:そのギャップってありますよね。

サトコ:具体的にどんな事がありますか?

松本:例えば、浄土真宗に限らずかもしれないですが、法事やお葬式、お墓参り、全ての仏事に関して、やっぱり、今生きている人が教えを聞いていくっていう機会なんですよ。そういう事を言うんですけど、お参りに来られる方からすれば先祖供養とかそっちに意識がいくんですね。

その接点として、仏様という考え方、浄土真宗だったら成仏…亡くなるとすぐ仏になるっていう考え方なんですが、仏の世界に生まれていくっていう考え方なんです。仏の世界…阿弥陀仏の世界、浄土の世界に生まれていく。

その仏のはたらきとして、必ず亡くなった方が仏となり、その仏が私達をいい方向に導いてくれるんだよっていうような考え方、それによって両者の接点を得ているような感じがするんです。ギャップあるんですけど、ギャップがあるから面白いって事もあって(笑)。

山の中にいれば坊さんの論理だけで完結できるのかもしれないんですけど、社会の中で、一般の人たちとの関わりの中で成り立ってるっていうのは、面白いですよ。その接点を探しながらそれをより良い方向に導いていく。建前だけでは全然できない仕事です。だから職業ではない、生き様だといいつつ、やっぱり職業でしたっていうところもあって。どっちもなんです。

3

キャバクラに行くのも実験


米田:本にはキャバクラに行った話なんか書いてあって面白いですね(笑)。当然と言えば当然なんだけど、こんな事もありなんだって。

松本:上の人に怒られないのかって聞かれますけど、怒られないです。じゃあ皆行ってないのか!って事になりますからね(笑)。誰も行ってなくて書いたら怒られるでしょうが。そうでもない…らしいので(笑)

米田:キャバクラには法衣着て行くんですか?

松本:たまたまそのまま行ったんですよ。ていうか、そんなに行かないですよ。念のため(笑)。

米田:キャバクラ嬢からはどんな感じの反応がありました?「きゃー」みたいな感じですか?

松本:「きゃー」っていうか…「お坊さんですか?」とかって割と素の対応をされた…

全員:あはは(笑)。

松本:それもパフォーマンスというか実験みたいなもんですけど。

米田:なんでも体験しないダメですよ(笑)。

松本:むしろこれで行く方が裏表なく…

米田:勝負できるわけですもんね。

松本:着替えていくのも…なんか…どうかなって感じですよね。でも普通、着替えるところですけど。たまたまこれ着てたんで。じゃあ行ってみようかなとか。

米田:普通のジーンズとかでや行くと、僧侶である事がなんか後ろめたいみたいな、そんな感じでいくのは変じゃないですか。その後は、やっぱりメル友になったりするんですか?

松本:悩み相談のメールがきましたよ(笑)

米田:夜の世界に生きてる人は「この人だったら話せるかも」みたいな。「騙される事は無いだろう、騙す事はあっても」みたいな(笑)。

松本:せめぎあいですね。

米田:せめぎあいですか(笑)。仏教とかってスタンダードなものだと僕らは考えがちだけど、例えば親鸞にしても、もの凄く激しい破天荒な人だったわけじゃないですか。その時代にしては新しい事を次々考えて、フリクションを世の中に色々と起こしていた人なわけじゃないですか。だから、そういうところに怯まずに、色々と自分を実験台にして松本さんがやってるのは面白いですよね。

4

実家のお寺、歎異抄―マイソース


浜にたたずんで、海を見ながらぼーっと考えるのが好き。

学校

じっとして、先生の話を聞かされるのが苦痛だった。

実家の裏のお寺

おじいさんのお寺。大きな影響を受けている。

歎異抄

本当に読んでいてパワーがある。仏教への興味はここから。

光明寺

このお寺でなければ、今の自分はなかった。


>>海

松本:海はですね、漁村育ちなんで、幼稚園のときとか、黒んぼ大将になったりしてたんですけど。泳げないんですよ。あんまり水に入るのが好きじゃなくて。

米田:浜を走るんですか?

松本:浜にたたずんでるのが好きで(笑)。

米田:今はレインボーブリッジとかに行ったりという事もないんですか。

松本:時々、お葬式に行くときは車で遠征するんですけど。レインボーブリッジとか気持ちいいですね。

米田:でも、泳がれるつもりはないと。サーフィンとかやりましょうよ。

松本:いや、サーフィンもかっこいいいと思うんですけど、車にサーフボード積みたいなと、それだけなんです(笑)。

サトコ:形から入る(笑)。

松本:海を見ながら、ぼーっと考える。けっこう、子どもながらの悩みでしたね、「なんで生きるんだろう」とか考えたりするのが結構好きでしたね。

学校

松本:小・中・高は田舎で、大学は東京に来たので、波がありました。それと、小・中は周りがものすごく荒れていて。

米田:まさにそれを聞こうと思ってました。小樽って激しそうだなって。

松本:確かに激しかったですね。学級崩壊というか、学校がめちゃくちゃで授業が成立しないという。

米田:いじめは?

松本:田舎の学校なのでそんな凶悪じゃないですけどね。でも周りではケンカとかひどかったですね。で、それから高校は市内の普通の進学校に行って。で、「学校」っていうキーワードを何となく書いたんですけど、そういう色んな波もあったんですけど、もともと学校があんまり好きじゃなかったんですよね。じっとしてると、寝ちゃうんですよ。

学校って、時間が決まって先生の話を聞かされるわけですよね。「そんなの本読めばわかるよ」っていう話を聞かされるのがすごく苦痛で。だから、時間の決まった仕事がしたくないとか…。
別に怠けたい気持ちじゃなくて、何と言うか、言われた事をそのままやるのがしんどいんです。それもあって、どんな仕事をやろうかと思ったとき、お坊さんになろうと決めた瞬間にすごくすっきりしたんですよ。よし、それでいいやって。晴れ晴れとした気持ちになった。それもこれも、その前に学校という嫌なものがあったからだと思う。そういう事で挙げてみました。

実家の裏のお寺

松本:おじいさんのお寺なんですけど。

米田:宗派は?

松本:真宗大谷派です。浄土真宗の中に、2つ大きい派があって。光明寺は西本願寺系で実家は東本願寺の方で。なんで浄土真宗にしたかというとき、それは大きい影響ですよね。おじいさんが浄土真宗のお坊さんで、親しくしてたんです。

米田:お父さんのお父さんですか?

松本:いや、母方です。で、おじいさんには娘が3人しかいなかった。真ん中の叔母さんに当たる娘がご養子さんでお坊さんを迎えてそっちを継いで。だから、せっかく親戚筋で寺があるんだから、そこで得度をするという事ももちろんできたんですけど、そうしてしまうと、自分が個人的な気持ちとしてお坊さんになったにも関わらず、なんかごちゃごちゃが出てきてしまうのが嫌だなと。

米田:コンセプトにズレが出てきちゃう。

松本:そうですね、あの、そっちのお寺をやろうとしてるのかとか、いろいろあると面倒じゃないですか、親戚問題とか。

米田:ああ、そういう事ですね。

松本:だから、そうじゃなくて、完全に自分の個人的な気持ちでお坊さんになりたいんだと。で、宗派はと言えば浄土真宗がいいなと思って、そうすると浄土真宗なんだけども全然組織の違う西にしようという事で、そうなった。

歎異抄

松本:おじいさんに借りたりして、子どもの時に読んでて。面白いですね。

米田:唯円ですか?

松本:そうです。親鸞聖人の言葉を唯円が書き留めたという事になってますけど。有名な「善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」、善人でさえ救われる、だから悪人が救われないわけは無いという言葉なんですが、なんちゅう言葉だ、と(笑)。本当に言葉にパワーがあるんですよ。それで仏教・浄土真宗に興味をそそられたというのがあります。

米田:こういう本を松本さんみたいな人がポップにしてくれたら、きっと面白いですよ。

松本:でも、文章としてはもういじりようがないので、読みたくなるように体裁を変えていくという事だけですね。

サトコ:ここがこういう風に面白いよ、っていう見方とか

米田:解説を入れるとか。

松本:そうですね、そういう事は今後やっていくべきかなと思います。

光明寺

松本:このお寺でなければ今の自分はなかったという。選んで入ったんではなかったんです。お坊さんになろうと思ったときに、たまたま友人に西本願寺系のお寺が実家だっていう友人がいて、知り合いづてでした。「どこかに所属しないとお坊さんになれません」ということだったんですが、僕はどこにも縁がなかったので、話をして。それでもよく置いてもらえたなと思います。

米田:最初は無報酬でやってたんですか?

松本:そうです。とにかく何もいらないんでお手伝いさせてくださいって言って。

米田:それから免許を取って?

松本:すぐ取りに行きました。それから法事とかやるようになって。

米田:正式にここに配属になったのはすぐですか?

松本:いえいえ、まずはここに推薦をもらわないと本山に研修に行けないんです。

米田:東京のど真ん中でロケーションもいいし、雰囲気もあって、いいお寺ですよね。

松本:表しか知らなかったんで、こんな風になってるのも思わなかった。この本堂まで上がってみて、ああこんなところなんだと。その感動がオープンテラスを作ったきっかけなんです。

米田:無線LANの設置っていうのは問題はないんですか?

松本:問題はないです。どっちかというと、住職が身体を気にして、電波を気にするくらいで(笑)。

米田:イベントでバンドが演奏してDJが回して、VJみたいな事もアリなんですね。あれは松本さんがOKを出せばやれるんですか?

松本:一応、お寺の人たちみんなで相談して決めます。

米田:じゃあ、例えば、TOKYO SOURCEで松本さんと何かイベントをやると言ったら、ここでできる可能性もなきにしもあらずなんですか?

松本:それは、はい、わたくし執事が承ります(笑)。

サトコ:そういうのはお寺によって全然違うものなんですか?

松本:違いますね。それこそフランチャイズじゃなくて、住職の方針というものがありますから。

米田:光明寺は、徳川家の関係のお寺なんですか?

松本:いや、そういうわけではないですが、結構昔からあるお寺、1200年代からあるお寺です。梅上山という名前をつけたのは徳川家光が通りかかって名前を変えたようです。

5

メディア、教育―フューチャ-ソース


田舎のお寺

檀家が減ってきている状況の中で、何ができるか考えたい。

団塊の世代

本当は年をとらないとわからない部分は多いと思う。

マスメディア

「みんながこれを見ている」ということを知りたい。

宗教教育

日常の中で手を合わせたりする行為があるから、布教ができる。

成仏

自分個人が仏教徒として、仏教と向き合うこと。


田舎のお寺

松本:光明寺は都会のこういうオフィス街にあって、お寺として今何をやるべきなのかって事を考えています。でも、ここのお寺でやっている事を他でやればいいかというとそんな事はなくて、ここのお寺だからやるべき事なんです。また全然違う環境の所、もっと檀家さんも含めた地域の方々がだんだん減ってきているような所で、お寺は何ができるのか、そういうところも突っ込んでやっていきたいなと思っています。

団塊の世代

松本:仏教って、自分が言うのもなんなんですが、ホントのところは年を取らないと分からない部分も多いんじゃないかと思っています。理解はできる、意識を持つ事はできるんですが、やはり、段々人生たそがれて行くにつれ、親しい人が亡くなったりするわけですよね。別れを経験したり、自分自身も病気になったりしやすくなってきて、「人生が苦しい」という事が、仏教は「人生は苦である」ってところから始まりますけど、若い時はそれが実感がなかったりして分からない。若いから苦でないって事では決してないんですが。

普通に生きている人が実感として持てるのはそこだと思うんですよ。で、団塊の世代の人って今多くて、これから退職する。たとえばインドには人生のライフステージみたいなものがあって、「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」…人が学生から社会に出て働いて、家庭を養って、その後は自然と戯れながら自分の人生を振り返るという時期があるんですよね。その後に死を迎える。ある意味、日本で言う定年過ぎてからが、「林住期」なんじゃないかと。

別にみんながみんなそっちに行かなくてもいいんですけど、例えば定年後に新しい仕事をやりたいという人もいるとは思いますが、そうではなく、余生を静かに暮らしたい、もっと仏教など勉強したいっていう人も結構いらっしゃって、そういう方が得度に来たりするんです。そういう人をお寺が支援していきたい。「林住期」を本当に生きたい人のために何かができる事があるんじゃないかなと。

米田:団塊の世代のそういう問題、問題と言ったらおかしいかもしれないですが、一つの課題としてありますよね。

松本:社会の不良債権とか言われて、そんな言い方ないだろうと思うんですけど、もっと年を取って経験を積み重ねてきたからこそ分かる事、最近では軽く見られていますけど、大切な事が沢山あると思うんです。

その人たちの経験を、これまで仕事一筋だったけれども、別の自分の生きる道を探したいというような気持ちに応えていけるような、受け入れ体制がお寺にできていないんですよ。でもこれだけたくさんお寺があって、7万8千でしたっけね。空寺なんかもあるので、おじさんたちが力を合わせてやっていく、なんていうプランも考えてみたいと思ってるんです。

マスメディア

松本:これは最初にも言ってたような話なんですが、今インターネットが出てきて、個人でも情報発信が簡単にできるようになってきたんですけど、同時にやってて感じるのは、マスメディアはまだまだ力が強いという事ですよね。

米田:地上波とか。新聞とか、大手は当分強いですよね。

松本:ネットにシフトして、多チャンネル化して、って言われますけど、形態が変わっても「みんながこれを見ている」っていうものは常にあるじゃないか。今はテレビだと思うんですけど、そこに、仏教を乗せるっていう事をやって行きたいと思ってるんですよ。

米田:僕もテレビは基本的には嫌いじゃないんですが、見るか見ないか迷うところがあって。見ないと分からないという、見ないといけない部分もある。。

松本:家に帰ってとりあえずテレビをつけると、どうしてもダラダラと見てしまって、それが嫌なんですよね。テレビは移動のときの休憩中とか、車で見る事が多いですね。

米田:ザッピングみたいな。テレビ見てないと、キャバクラ嬢との話もできないですよね(笑)。

松本:最近そうなってきつつあって…。テレビつけても出てる芸人さんとか見た事無い人ばっかりなんですよ。誰だ?って感じなんですけどね。

米田:リサーチっていう意味でも見ないといけないですよね、テレビも新聞も。新聞の情報量もすごいですからね。馬鹿にできない。

松本:情報量もそうなんですけど、「新聞に載っている」という事ですよね。その意味というのがある。「こういう事があるんだ」っていう事と、「これをみんなが見ているんだ」という事を知りたい。

だから「自分が知りたいこの情報だけを仕入れればいい」とか、そういう方向性もこれから広がるでしょうが、人はそれだけで終われるほど強くはないと思うんですよね。結局、みんなが見ているもので、その話をして、他人と盛り上がって、安心する、楽しむ、という事があって。そういうところに乗せていくっていう仕事ができないかなと思っています。

米田:松本さんが仏教番組をオビで持つとかね。

松本:そういう事ですね。今日はこのお坊さんを出そうとか(笑)

米田:WEBってやっぱり、見たい人しかこないっていう良さもあるんですけど、見ちゃった、みたいなところは少し弱いですよね。

松本:ええ。で、どっちかって言えば、いろんな情報に対して「見ちゃった」っていうスタンスの人口の方が多いんですよ。

米田:もちろんそうですね。そういうところに、何気なく手を差し伸べるような。

松本:滑り込ませる(笑)。それができるのも、お寺が一風景に過ぎないのであれば、一風景に過ぎないうちにやってしまわないと。

宗教教育

松本:多分、何となく仏教とかお寺という事に対して、ほっとしたりする感じ、懐かしい感じとか、何かしらあったんじゃないか…そういう空気があるからこそ、お寺も思い出させるという形の布教ができる。それがなくなって、風景ですらなくなると厳しい。自分は仏教側だから、そんなになったらどうするんだろうという気持ちもあって、子供のうちに人々に何か種を植えておかないといけないと思います。

成仏

米田:最後は「成仏」。…すごい(笑)! まさにフューチャーですよね。全てはここに集約されるというか。

松本:職業としてお坊さんをやっていますが、事は本当に仏教徒として、自分個人が、仏教と向き合うという事ですね。生き様として。それは仕事という事ではなくて。

だから、仏教は仏に成る道なんだって言いますけど、それを身につけていくっていう過程が仏教の、宗教という言葉で言うよりも「道」っていう言葉で表現した方が分かりやすいかな、仏道っていうそういう側面でもあると思うんです。

自分が仏になる、仏になるから成仏って言うんですけど、他の宗教と違うのが、何かを信じるんじゃなくて、先人に仏になっちゃった人がいて、なっちゃった人の話を聞いて自分もなろうとする、それが違うところで。その道として自分自身が仏教と向き合っていくっていう事をもちろん今後も続けながら、いつかの成仏に備えようと(笑)。

米田:あのー、辛いとか、投げ出そうと思った事ってないんですか?

松本:えっ?人生はやっぱり投げ出せないんで。

米田:いや、仏門ですよ(笑)。

松本:あ、それは特にないですね。

米田:じゃあやっぱりフィットしてるんですね。

松本:フィットしてるんでしょうね。何でかと聞かれるとなかなか答えられないんですけど、ひとつ、こういう説明はどうでしょう。例えば、色んな事に疑いを持ってるんですね、「こんな宗教はどうなんだろう?」とか。でも、仏教に関しては特に疑問に思った事がないんです。それって逆説的ですけど凄い事なんじゃないかって。

米田:よく仏教は宗教っていうよりも、哲学みたいなニュアンスが強いって言いますよね。いっぱいお葬式をやられたと思うんですけど、人の死みたいな事に立ち会って考える事はありますか?

松本:お葬式とか、人の死に立ち会う機会が多いので、感じる事はたくさんあります。でも、あまり回数が多くなると、死に鈍感になってくるかなと(笑)。

米田:それって職業人になったって事ですかね。

松本:それもあるかもしれません。ある面では、プロとしてきちっと法要をとり行わなければいけないんですけど、同時に慣れていく自分の心っていうのもあるわけで。その辺に怖さを感じたりもします。

米田:なんか、お坊さんの政治的な話もいっぱいあるんだろうなあと思ってたんですよ。

松本:いっぱいありますよ。他の業界より世界が狭いんじゃないかと思います。怪文書が出回ったり。今さら怪文書かよって感じなんですけど(笑)。怪文書というメディアについて考えちゃいました。

米田:というところで、ひょうひょうと松本さんにはやっていって欲しいんですけど

松本:ひょうひょうとやるしかないですね。建前と本音が交錯する世界なんで、そこを軽やかに…

サトコ:きっと要領がいいんですね。

松本:そうかもしれません(笑)。

6

いつも考えていたいのは「自分は今、何をすべきか?」


米田:最後に、今後の目標や夢を聞きたいなと思ってるんですが…

松本:元々思いつき型なんで夢が無いんです(笑)。

米田:…って言うんじゃないかと思ったんですよ!聞きづらいなあと(笑)。

松本:散文的な感じなのです(笑)。僕の本も元々が日記なのにストーリー展開が唐突で、フィクションみたいだったりするんです。かえって感情移入できないような飛び方をしてしまったりして。そういう感じなので、夢っていうのはあまりないんですが、ただ、いつも考えていたいなと思うのは「自分は今、何をすべきか?」で、そういう事を今やっているかどうかをいつも自分と突き合わせて、忘れないようにしたいなと思ってます。

米田:けどもう、人生を仏様に捧げるというのは決まりなんですね?

松本:それはもう(笑)。いずれにしても仏教の仕事をしたいと思っています。

僧侶
法名・釈紹圭(しょうけい)。浄土真宗本願寺派僧侶、布教使。東京・神谷町光明寺所属。1979年生まれ。東京大学文学部哲学科卒業後、仏教界のトビラを叩く。超宗派の僧侶達が集うブログサイト『彼岸寺』を設立し、お寺の音楽会『誰そ彼』や、無線LAN完備の寺院内カフェ『ツナガルオテラ 神谷町オープンテラス』を運営している。著書に『おぼうさん、はじめました。』(ダイアモンド社/2005年12月刊行)。

インタビュー:米田知彦 (TS副編集長)、サトコ(TS)
写真:石原敦志
協力:蓮尾優貴
場所:梅上山 光明寺
日時:27/05/06
リンク:彼岸寺[higan.net]

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