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新野圭二郎 (美術家) 前半


「ひきこもりの男を、部屋ごと移設した展示がある」

2004年のCET-Central East Tokyo(展覧会)最終日、ぎりぎりに駆けつけた僕は、友人からその話と新野圭二郎という名前を聞いた。あいにく展示はすでに終わっていて見られなかったが、新野は、実質的なデビュー作であるこの「高野氏にまつわる再構築プロジェクト」で、本物のひきこもりである高野氏を外に出るように説得しつづけたと言う。そしてついに高野氏は家を出て、会期中ずっと展示会場にいたのだ…。

その後、新野は、すでに別れた恋人同士を思い出の場所で撮影した写真シリーズ「別れた二人の再会プロジェクト」や、会社員の平均生涯年俸を実際に展示した作品「生涯平均年俸としての現金 」など、インスタレーション、写真、立体など、プロジェクトベースで様々に形を変えながら作品を発表しつづける。会社員の生涯年収って、あんな狭い場所に収まってしまうようなものなのか…などと心にぐさっと響かせながら。

日本のアート作品の多くが、今や現代日本のキーワードとも言える「カワイイ」系や、「私」や「私の日常」をテーマにしたものに傾いている中で、新野の作品は異質なタイプだ。作家である「私」よりも、「世界」という現実、その中にあるいろんな「人生」とリンクしている。携帯メールのように、自分に近い者同士を対象にした狭いコミュニケーションではなく、普段、アートに関係のない人までも巻き込み、心を揺さぶる。新野の作品は静かな鑑賞対象ではない。見ている側を変えるトリガー(引き金)であり、世界の撹拌装置なのだ。

そんな彼が、新しいプロジェクトとして3回にわたる個展を開催するという。僕は早速、個展開催中の会場に押し掛けて話を聞いた。

近藤ヒデノリ(TS編集長)

個展『For the beginning of all the world Vol.1』(全ての世界の, その始まりへ Vol.1) 2006 展示風景 Photo by Makoto Ozaki

1

僕、毎回ハタチ状態ですね


無題(朝食)2006 Untitled(breakfast) 600mm×700mm

近藤:今日は個展に見に来て、そのまま突然インタビューということで。

新野:なんか緊張感ありますね。今日は僕、本当全然考えてなかったんで。

近藤:実はTSでも参考にさせてもらっているハンス・ウルリッヒ・オブリストというスイス人のキュレーターがいて、彼はよく一緒に仕事している人とその流れでインタビューしていることが多いらしいので,今回はそれに習って…。

新野:けっこう怖い人をバイブルにしていますねー。でもオブリスト並みの厳しいつっこみはやめてくださいね(笑)。あの方はちょっとでも答えにパラドックスがあると「ワッ!」って突っ込み入れたりしてるようなので。

近藤:了解です(笑)。ではまず今回の個展について、僕はこの間会った時にネタ帳を見せてもらっていたこともあって「けっこうネタ通りに出来ているな」と思ったんですが、制作するにあたって難しいこともあったんですか?

無題(実印発射)2006 Untitled (Registered seal launch) 31 sec

新野:ネタは自由なんですけど、それを実際つくるとなると、また別の苦労が出てきますね。たとえばあのスピーカーの作品にしても、どういう(天井への)止め方が今回のコンセプトに相応しいかとか、配線はどうまっすぐ降ろすとか、どんな感じのサウンドが一番良いかとか、そのためにはどんな録音方法がよいかとか…そういうわけで僕、つくるものが全然違うので、毎回ハタチの若手状態に追い込まれるんですよ(笑)。プロジェクトごとにすれすれのところで、納品はいつならコストはこれぐらいとか、部品を買う買わないとか情報を引き出しながらつくっています。(笑)

2

人生は破綻することもある…?


<正面>人生は,破綻する事もある。2006 Catastrophy is sometimes happen for you. 2650mm×260mm×30mm <手前>無題(観客は常に笑う。)2006 Untitled (Audience always have a smile.) 900mm×900mm×1500mm

近藤:今回の個展、全体としては初めどういうイメージがあったんですか?

新野:僕は「多質」って呼んでるんですけど、一つの空間にいろんな質感がたくさんある状態。いろいろな質のものが空間にランダムにあるような。目に眩しいものがあったり、耳からも入ってきて、立体もあって、平面もあって、テキストもあって、動いている映像もあるっていうように、いろんな質感のもので空間が埋まらないかなっていうのが最初のコンセプトでした。

近藤:「多質」というと、この場所の名前も「ポリフォニック」って名前で、これは多声的という意味だと思うけど、そういう風に「多質」とか「多声」とかという概念に惹かれている理由を教えてもらえますか。

新野:根本的には自分の人生が何回も破綻しかけて、様々な価値や存在に向き合う事にならざるを得なくなったからじゃないですかね(笑)。今の時代って、日本だと何となく自分の人生のレールを生きてきて、気付いたらその先のレールが無くて迷ってる、という事が多いと思うんですけど、僕はけっこう早めに「このまま人生行ったら面白くなくなるんじゃないか」ってレールからフェードアウトしたんですね。

左から新野、近藤

レールから出てみると、「世界のパースペクティブってこんなに広がってるんだ」というのに気づくと同時に、逃走だけでは本質に到達できないというのもわかって、また戻ったりとかしながら「世界にはまだまだ面白いことがある」って理解している部分があって…。そういう経験が、世界の「多元性」を語りたいと思うことに繋がっているんではないでしょうか。

近藤:ちなみに一番始めにフェードアウトっていうか、ドロップアウトしたのはいつ?

新野:大学前後ですかね。僕、中高のころ愛知で偶然、頭のいい学校に入ってしまって…(笑)。「このレールに乗っかってたら、まずいぞ」って直感的に思って、エコロジーとか今で言うロハス的な生活が出来ればいいかな、と日大の農学部に行ったんですね。そっちに自由があるんじゃないかと。でも行ってみるとまったく無いんです(笑)。

90年代、グローバルな規模で(次の)世界のビジョンを描くというのは、アートよりもエコロジーの方が早かったように記憶しているのですが、そんなこと言ってる人は若干名の教授を除いて誰もいなくて…。それでやっぱり、モノづくり世界が面白いなと。そして流れで劇団に入ってみたんですが、不条理な縦社会でこってりいろいろ教わったり(笑)。放浪の生活しても、実際は何も無いじゃないですか。過剰に視野が広がり、アホみたいに自己と向き合う事になるだけで(笑)。もちろん学ぶ事はたくさんありましたけど。それでデザインでも勉強してみようと桑沢デザイン研究所に行きました。

3

ヨウジ・ヤマモト、ドロップ・イン


高野氏にまつわる再構築プロジェクト2004
Reconstraction project with Mr.Takano 展示風景
ひきこもり男性の部屋と本人を展示会場に移設、再構築したプロジェクトです。

近藤:それでたしか、ヨウジさんに出会ったんだよね。

新野:そう、校外授業みたいなもので運良く山本耀司っていう方に会って…。とにかくあり得ない雰囲気を醸し出している方で。本人の雰囲気や、言動のひとつひとつに、今までしっくり来なかったことが嘘のようにピンときました。「僕の求めているものは、こういうものなんじゃないか!」と。それまで出会った人って、やっぱり何か信じきれなかったというか…人生迷っている若者にありがちですが、僕も例に漏れず、世の中自体に何か不信感をもっていましたから(笑)。

近藤:それよくわかるなー。僕も大学時代は自分を含めてレールの上に乗ったまま、うまくバランスとってる人が多いのを感じてたし。

新野:そうなんですよ。それこそ「人生は破綻することもある」ということへの怯えでレールの上に乗っかって行く人が多いのに、この方(ヨウジヤマモト)は、凄まじいなと。そんなのと全然関係ない次元で生きている方がいるんだということに、素直に感動しました。

高野氏にまつわる再構築プロジェクト2004
Reconstraction project with Mr.Takano

近藤:ちなみにフェードアウトって言えば、「ドロップアウトのえらい人」(森永博志著)って本、読んだことある?

新野:あ、読みました、読みました(笑)!!ちょうどドロップアウト中で。

近藤:僕もあれ読んで「ドロップアウトしてー!」って思ったりして…。それでNY行って、また出戻ったけど。笑。

新野:近藤さんは枠組みの中にはいても相当、動きとか振れ幅があるじゃないですか。そういうところが面白いと思うんですよね。僕は全部の責任を持って人生ドロップアウトしてるんで、これ(人生は,破綻する事もある)を言う権利はあるかなと。自分では「ドロップ・アウト」じゃなくて「ドロップ・イン」だと思っているんですよ。造語ですが。(笑)

近藤:ちなみに「ドロップ・イン」というのはどこに入るんだろう?

生涯平均年俸としての現金 2005 The cash as an average saraly of litime 480mm_380mm_130mm:日本人の会社員の平均生涯年俸が、床に置かれてる立体作品です。

新野:人って、もともとその人の持ってるポテンシャルを最大に発揮するのが最大の喜びの一つだと思うんです。その人にとって一番人間的に生きられることというか…。

近藤:「ドロップ・アウト」のようにレールから外れるというより、自分の可能性の中にドボーンと飛び込む、みたいなことかな?

新野:そんな感じだと思います。そこに飛び込むと、金は常にないですけど(笑)。でも、一時はつまらなくなりかけた人生がやっぱり楽しい!っていう感じで、今は作品つくってますね。そんな感じで、人生が非連続で成立してるってことを身をもって経験してるんで、それを永続的な光で照らすのが面白いんじゃないかと、あのLEDの作品になったというところもありますね。

4

多質:混ざっているという価値


12面体のモノポリー (モーメンタリーバージョン)(私たち次第で)2005、Regular dodecahedron Monopoly (momently version) (Depending on us) 450mm_450_450mm:単色に独占された世界に、一瞬でも存在しうる,多元な価値の可能性を扱っています。

近藤:話は戻るけど、「多質」って面白い言葉だと思うので、それについてもう少し聞かせてもらえますか?

新野:特別誰かが言っている言葉ではないですけど、自分が今回、特に表現したかったのは「多質」な世界観だと思いました。それが今回のタイトル「For the beginning of all the world (すべての世界の、その始まりへ)」にもつながるんですけど。美学というか、美しいものって限界みたいなものがあるのかなって言う気がしています。それをどう超えられるかという試みに「多質」というキーワードからアプローチしてみました。

近藤:美しいものはたいてい、すでにあるもののリサイクルでしかない…。

新野:そんな感じですよね。美しさではもう限界が来ていると思うと、いろんなものが、ただそこに存在して、パラドックスはパラドックスのまま内包される…そういう世界のあり方に興味があります。

近藤:いろんなものがある、イコールいろんな質感があると。

新野:そうですね。たとえば作品をつくる時にコンセプトとか立てて、コンセプチュアルという質感で空間が覆われると、一元的だと思うんですよね。今までの自分は、結構そうでしたが(笑)。それより、もっと皮膚感覚で気持ちいいものとか、異質感を感じるものだったり…日常のレベルでもいろいろあるじゃないですか。そういうものも混ざっていった方が、可能性があるんじゃないかなと考えました。

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他者との関わりから発生する価値


別れた二人の再会プロジェクト(思い出の場所にて)2005
Ex-lovers project (At memorial place) 765mm_1000mm
別れた男と女の人を、あえて思い出の場所で撮影し直したシリーズです。

新野: 9.11以降、もう一度人類は問われたと思うんですよね、「これだけ差異のある人々が、同じ共同体をシェアする事ができるのか?」と。他者っていう者の存在を含めて考えると、美しいものを出したら美しくないアグリー(醜悪)なものが抑圧される。アグリーなものを出すと美しいものが抑圧される。その両方を扱わないと、差異がある他者を同じ共同体の中で囲うことができないと思うんですね。そんな風になんとなく「他者」というものを考えている結果、今回のいろんな要素を使った今回の個展のようになっているんじゃないかなと。

近藤:日本ってやっぱり「多質」の反対の「同質性」で定義されることが多いから、それへのアンチのようなものなのかな。

新野:ええ、アンチでもあるんですけど、あるテーゼに別のテーゼを対峙させて、両義性をもったまま存在させるというのが「多質」の本質だと思うんですね。まだここら辺はもう少し練らなければならないのですけど。どうやったら他者を排除するのではなく、もしくは排除されるのではなく内包できるのかなって言うようなことを基本的に考えています。いろんな質感のものがただ存在する世界のあり方みたいなのを提示できたらと思うんですが、まだまだです(笑)。

近藤:お互いに異質な者だからこそ、本当の意味でのコミュニケーションも生まれるんだろうね。

新野:今は価値の基準が多軸に存在していて、自分にとって何が価値があるかを選んでいかなければならない超個人主義の時代だと思っています。哲学や科学やイデオロギーにはもはや、安易にすがる事ができないじゃないですか。そんな中で個人主義を追求すればするほど、逆説的に、他者との関わりの中で発生する価値に行かざるを得ないんじゃないかっていう風に思っているんです。やはり純度の高いものを他者と共有することは快楽ですものね。

近藤:同感。僕もその快楽があるから、こうやってインタビューしたりしてるんだよね。

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MY SOURCE マイ・ソース


ヨウジヤマモト

ヨーゼフ・ボイズ

ルネ・デカルト

YBA

ビートたけし


ヨウジヤマモト


山本耀司さんとの出会いは自分の人生が変わった瞬間だと思います。僕だけではなく、多くのクリエーターの人々は、服なり本人の行動なり、言動から、何らか影響を受けているのではないでしょうか。80年代に、パリのファッション界に川久保怜さんとおこした衝撃は、現代における革命だったと思っています。

ヨーゼフ・ボイス


アートというのは、ここまでできるものなのかという事を衝撃とともに知ったのは多分ボイスだったと思います。自分の今のアート観はボイスの影響は大きいと思います。そしてボイスが晩年、警鐘をならしていた事態に現在、直面しているのも事実だと思います。その壁を乗り越えていくのは、僕たちの仕事だと思っています。僕の作風は残念ながら, 少し違ってしまいましたが(笑)。

ルネ・デカルト 『方法序説


何か人間にとって変わらない、普遍的なものはないだろうかと模索していた時です。ロンドンにいる時に真面目に読んでいました。哲学をやろうと決意した人間からひしひしと伝わる想いみたいなものを感じました。言説は無理がきているかもしれませんが、そのあまりに大きな精神は、いま読んでも何ひとつ変わらず、みずみずしく伝わってきます。

YBA(Young British Artists)(ダミアンハースト含)


ロンドンにいったのは、2000年でしたが、やはりこのアートシーンを肌で感じた事は、大きかったと思います。社会自体で大きなエネルギーが動くという事は、なによりも興味深いです。そのような大きなエネルギーが動くアートシーンが日本にもできればいいと、本気で思います。

ビートたけし


子供の頃から、なぜかずっと好きでした。お芝居を経験したからだとは思いますが、僕は今でも、自分を芸人なんじゃないかと思う時があります。僕の中にあるどうしても、ダメな部分というか、ドロップアウトしてしまう自分と、芸人たけしさんが、妙にシンクロする事があります。たけしさん、ごめんなさい。

美術家。1975年愛知県生まれ。役者, 空間デザイン, 20カ国50都市以上の旅,ロンドン滞在など, 異種の分野の横断や経験を経て美術家に。CET04出展の『高野氏にまつわる再構築プロジェクト』が話題に。04年12月美術評論家,市原研太郎キュレーション『Index #1』に出展。05年10月本格的な個展『World is not hell, but I don't know why, sometimes completely hell itself.』を開催。06年5月, 3連続個展「For the beginning of all the world (全ての世界の、その始まりへ)」のVol.1を,日本橋大伝馬町にあるウチダビルコンプレックス内Polyphonic*viewing roomにてスタートさせた。

インタビュー・写真:近藤ヒデノリ(TS編集長)
場所:Uchida Bldg complex
日時:2006. 6.1

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