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N-mark (アーティスト) 後半


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FUTURE SOURCE フューチャー・ソース


経済

アーカイブ

国内外ネットワーク

千利休


今は経済がおもしろい

「アートって売れなくてもいいものもあるし…」なんて、ずっとアートと経済は別物のように思っていた反動か、最近はアートの価値と経済の価値も似ているところが多くあると思えるようになってきてます。どちらの世界もあってないようなものに価値が与えられてて、それが共通の価値として流通しているということに最近気がつきました。そんな観点からアートや経済の構造をみていくと結構面白いものが見えてきたりします。

Archive

失われつつある貴重な情報や活動を守らなければいけないという事も重要だと思っています。またアーカイブによってさまざまな情報が気軽に引用できるようになり、利便性が向上していくということ等がありますが、むしろこれらの小さな情報の集積が、これまでさほど重要だとされてこなかったものにも必要なポジションをつくる事ができるようになると考えています。
ローカルで小さな活動であっても、それらの集積のように大きな流れの中で、活動が相対的なポジションを得ることができるようになり、活動の支えになるのではないだろうかと考えています。

国内外ネットワーク

N-markの活動ではこれまで国内の活動、ネットワークに重点を置いて活動を行ってきました。これは海外に目を向けるからこそ今は国内をと考えていたからです。国内のネットワークがちゃんとあれば、世界の流れにこびる事なく、対等に付き合えると考えています。自分たちの価値観でアートを判断できる。これまでアートの価値はヨーロッパやアメリカなどにしかないと思われてきた中で、国内、またアジアとのネットワークによって、西欧中心のものから、アジア、アフリカ等を含めたより広がった価値観の中から生まれてくるようになってくると考えています。

千利休

礼儀や作法は、世界中にありますが、それらは特有の文化でもあります。茶を飲む、飲ませるという何でもない行為を生活文化から芸術文化の域まで高めたのが茶の湯でした。このただの茶を飲むという行為を今に至るまで、芸術文化として定着させた。この人はすごいと思う。
ー武藤勇(N-mark)

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アートは経済から学べる?


ailen invasion

武藤:最近、社会状況を見てて経済とかファンドが面白いなって。アートと経済の構造を比較しながら見ていくと、アートに足りない部分とか見えて来たりするんですよね。

近藤:僕も『カルロスゴーン経営を語る』とか読んだけど、結構面白い。経営者も企業としてモノなりサービスをつくってるわけで、どうやってシステマチックに創造性を発揮するか日々追求しているから、アートとも当然重なる部分はありますよね、規模は違えど。

武藤:経済の世界って、株とかで架空に価値を生み出してるじゃないですか。そういう風にアートも、もうちょっと新しい価値を植えつけられないかなって。

近藤:でも一番架空で価値を増やしてるのはアートじゃないですかね?ピカソとか、最近だと村上隆の作品なんかは、画材代とか労働量に比べれば、とんでもない価値がついてるし。

武藤:確かにね。あれはちょっと行き過ぎかもね。アートと経済は近い部分もありながら、ふだんは相反するモノという風に見られたりしてるから、その辺にヒントがありそうだなと。経済的価値って理解しやすいけど、アートって何か非日常的な価値っていうか、架空のモノの様に感じられてる気がするんです。実は経済の方も危うかったり、そんなに信用できないってことも、最近、みんな気が付き始めてるのかなって…。

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アートとビジネスモデル


アートスペース「KIGUTSU」

近藤:「お金さえあれば何でもできる」と言っていたのはホリエモンで、あの偽悪者ぶりも面白かったけど、結果的にはバランスが崩れて叩かれた。基本的に、経済は利益を追求するもので、そのためにビジネスモデルがあるわけだけど、アートにはあまりにもそれががないものが多いから、謎に見えるんじゃないですかね。武藤さんは、今、アートにビジネスモデルをどう入れていくかとか考えてます?

武藤:今は結構いろいろ考えます。「カフェライン」やってた時も、そういう形が一つ出来たら、皆動きやすいんじゃないかなって。誰かがお金を儲けないと皆が続いていかないんですよね。それで、少ない予算でも回せるビデオの流通だったら楽かなって思って。「カフェライン」では人も動いてもらったんですけどね。お金かかりました。

近藤:ビデオだったら送りやすいしね。でも僕も、当たり前だけどアートもちゃんとお金が取れるしくみって重要だなって思いますね。アートって、横浜トリエンナーレとかでもボランティアが当たり前じゃないですか。それって普通の世界の経済の常識からすると、あまりにもおかしい。宗教的っていうか…「アートだからお金はなくてもいい」っていうのは変だし、どこかに無理がくるんじゃないかっていう気がしますけどね。

武藤:儲ければいいってわけじゃないけど、もうちょっとアーティストが生きていける世界が来てもいいかなって思いますね。

AANにて

近藤:前に「グリーンバード」というNPOをやってる人にインタビューした時もこういう話になったんだけど、本当は「AAN」とか「Meeting Caravan」「カフェライン」のような活動で、普通に食えたらいいですよね。

武藤:そうですよね。以前にいろいろ探したんだけど、場所を運営するっていうことに関してはどこからも(助成金は)出ないってことが分かって。当たり前なんだろうけど(笑)。

近藤:地方でアートスペースやってる人たちも、別に仕事してる人が多いんですか?

武藤:そういう人が多いかな。場所の運営に対しては助成金とか降りないから、どうしてもプロジェクトベースになる。企画になれば、ある程度は利益出せるので、赤にならない程度には出来るんだけど、自分の生活を維持するっていう意味ではまだまだかな。

近藤:そういうところは、企画展は作家に無料でやらせてあげてるのが多いんですか?

武藤:僕らの行ったところは大体、そういうところも多いですね。自分達が見せたいものを見せていく場所というか。それ自体を表現行為として考えてるんじゃないかな。だからそういうところはアーティストと場の運営者はリスクは半々という感じが多いかな。

近藤:でも、場所の運営だけでは食っていけない…。

武藤:やっぱカフェになったりね。イベント収入が入るようになったところもあるけど、ゼロにならない程度ぐらい。

近藤:「カフェライン」でいろんなカフェで展示してても、作品はそんなに売れないんですか。

武藤:それもあんまりないかな。売れるっていう趣旨ではなかったから。来た人が買えると思わななかったんじゃないかな。

近藤:もったいないですね!普通に価格表なんかをA4で置いておくだけでも、「あ…5万かぁ」て急にリアリティが出てくる。

武藤:確かに。

4

アートファンド


AANにて、左から近藤、武藤(N-mark)

武藤:たぶん、経済の新しい使い方みたいなのは、アーティストが提案出来るんじゃないかと思うんだよね。

近藤:アートも経済を上手く使った方がいいですよね。この間、後藤繁雄さんと話してたときも、日本のギャラリーのほとんどが、まだ株式会社化もされてなくて、個人の勘でずっとやってるという話になって「もっと会社化して部署も作ってシステマチックにやるべきだ」って言ってて…。「アートだからいいんだ」みたいなところが結構あるのかなと。

武藤:ちょっと考えてたのが「アートファンド」みたいなもので、作品をアーティストから預かって貸し出す仕組がつくれないかなと。あとは、作品の権利(知的所有権みたいな)のつくり方みたいなのができないかと。作品の転売やオークションなどでも売買したときに、アーティストに全然還元されない…最初の一回(売った分)しか入ってこないですから。その後売買されたときにも(作家に)何%か入るような仕組が出来ないかなと。例えば登録しないと本物かどうか証明できないような形にしちゃうとか。もう一つは、アートが売買出来る仕組をつくらないといけないと思ってて…買った人が売れる市場を作らないと、買った人も買いきりで損しちゃうから。

近藤:しかも買った作品は、部屋に飾っておくと埃とかついちゃうから、金庫とかに閉まっておかないと売れないらしいですね。

Kim Sork

武藤:そういう意味ではもうちょっと作品は消費されていいと思うんだけどね。例えば展覧会を一回やって終わりっていう消費はどうかなって思うんです。たくさんの人たちに作品が見られれば、それで劣化するのではなく、「たくさんの人が見た」ということで、その作品の価値は上がっていくはず。そういう消費のされ方というか、そうやって価値が創られていくのが正しいかなと思う。

例えば、お金持ってる人たちがお金出し合って作品を一個買って、それを運用させていくことによって利益をお金出した人に還元する。作品の価値が上がったらそれを売って戻すとか、そういうことが出来ないかと思ってて。セカンダリーもありだと思うし、もっといろんな人にアートで儲けてほしいですね。

近藤:「ファンド」っていうことで言えば、たとえば、「こういう作品つくります」っていうのがあって、それに対して皆が出金出すみたいな感じもあるのかな。それで出来た利益を株主みたいな人に還元するみたいな。後にちゃんと売れるのが前提になるだろうけど。

武藤:作品の権利とかを何%かっていう形で、例えば美術館を巡回したときにいくらか入ってくるみたいな形にはできると思うんですよね。でもやっぱり作品の需要が無いとだめですね。

近藤:そうですよね、最初から「作者の権利を10%ずつ分配します」みたいな。

武藤:そしたら、ちょっと出資してもいいかなって思いますよね。ただ、分かりやすい絵とかだったらともかく、「コンセプトが面白い」と言って買っていく人はいないかもしれない。

近藤:そこに価値を置く土壌が、あんまりないですもんね…。

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「総合芸術」としての茶道


mobile tea ceremony

近藤:今、茶道に注目しているというのは?

武藤:茶道っていう意味の分からないものを定着させたっていうのはすごいなって思って…。茶をのむっていう何でも無い行為が、本当に芸術みたいな形になってるし。

近藤:宗教じゃないし、一つのスタイルになってますもんね。

武藤:あと今、面白いなって思ってるのは「一客一亭」みたいな考え方で、アートとか今のメディアっていうのは、「どれだけ複数の人に価値を伝えられるか」という事をずっとやってきたんだけど、個人的なやりとりというか、「この人のためだけのもの」であったりしてもいいかなって。そういう考え方は面白いと思う。

近藤:どれだけの多くの人に伝わったかというのは結構測りやすいけど、一人一人にどれだけ深く伝わったかは数値化できないから、経済の中で見過ごされてるのかもしれない。

武藤:茶道みたいなものが生まれる瞬間っていうのに興味がありますね。やっぱり利休一人では生まれなかっただろうし、現代でもそういうものが生まれる瞬間に出会えたら、僕は幸せに死んでいけるかなって思っているんだけど(笑)。

近藤:以前に、小沢剛さんが「ミルク道」とかってやってたけど(笑)

武藤:(茶道は)パフォーマンスではないし、一種の総合芸術なんだと思うんですよね。マリーナ・アブラモビッチが言ってたのを誰かから聞いたんだけど、「アートっていうのは、総合芸術、トータルサービスだ」って。なるほどって…。利休のお茶で人をもてなす行為っていうのは、絵もあって空間とか時間とかモノとか全部揃ってて、究極の時間、空間? そういうことなのかなぁって。

近藤:映画が、よく総合芸術って言われるじゃないですか。音も映像もあって。でも、茶道も、茶室に生け花があったり、掛け軸があったり…総合芸術ってことなのかもしれないですね…。パフォーマンスがあって、絵があって匂いもあるし、味覚もあるし…。茶道、面白いっすねー…。

6

Re:「最後の質問」


近藤:これは中村政人さんがいつも最後にしてる質問のリサイクルなんですけど、あなたにとってアートって何ですか?

武藤:なんかあんまかっこいいことが思いつかない(笑)。

近藤:じゃぁアーティストって何する人なんだろうなって思ってますか?

武藤:新しい生き方みたいなのをプレゼンテーションできる人かなって思うんですけどね。
新しいというか、普通の人と違う生き方ができる人だと思ってるから、新しい世代の人かなって思ってるんですけどね。発明するっていうか、時代の中で進化した人、ニュータイプみたいなイメージをもってます。

近藤:ありがとうございました!

1993年名古屋芸術大学デザイン科造形実験コース卒業後、CCA北九州(アートセンター)アーティストリサーチコースを終了。その後作家活動と共に、アートをサポートし、シーンを盛り上げるための活動『N-mark』を展開する。『僕らの見たいアートと出会うために』を主旨に、野田利也、武藤勇の2人のアーティストによるアートオーガニゼーションを立ち上げる。1998年より名古屋を中心に活動を展開し、2度のアートスペース(アートスペースN-mark、KIGUTSU)を運営。また企画展やアートのコーディネーションまでを担う。また、どこへでも出かけて行き、自らのミーティングを公開する『オープンミーティング』。アートスペースを閉じた後は、日本全国のアートスペースを『オープンミーティング』で縦断する『ミーティングキャラバン』を展開。またこれらの活動でつちかったネットワークを活かし、アートの流通路を開拓し、アートが自ら日本を巡回するプロジェクト『カフェライン』を実施する。その後はこれらの重要な情報を集積、アーカイブする事を基盤に、ネットワークを考える『AAN』を組織、自らのアート活動とともに活動を展開中。

インタビュー・写真:近藤ヒデノリ(TS編集長)
写真:高木俊幸
場所:AAN@横浜北仲WHITE
日時:2006. 6.13
リンク:N-mark

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