003

中村貞裕 (プロデューサー)


「小さなお店のディテール1個が気になって、行きたい国まで変えたんです」
中村貞裕はそうつぶやいた。
雑誌で紹介されていたホテル スタンダードの記事。
ユニークなフロントに、彼は心を奪われた。
ひと目見たくて、ロンドンに行く予定を、ロサンゼルスに変えた。
自分の足で行って、目で見て、肌で感じ取ったことが、独立を考えていた彼の背中をポンと押した。

'01年3月、中村貞裕は、東京・外苑前にカフェ「OFFICE」を立ち上げる。
当時は、一大カフェブーム。
「OFFICE」は、仕事場というコンセプトの新しさで、話題をさらった。
それから約1年後。
この話題は、遠くベルリンの街にも届く。
ベルリンを訪れた彼に、嬉しいひと言が待っていた。
「東京に、“オフィス”っていう面白いカフェがあるの、知ってる?」と。

カフェ、ホテル、ケータリング、そして多数のプロデュース…。
話題を提供し、人をある場所に向かわせる、その揺るぎない力。
遊び場=非日常空間、と捉える彼がプロデュースする場には、
いつでも、人と人が出会い、そこから何かが生まれる楽しみの予感が、確かにある。
オリジナリティと影響力があり、今を感じさせる遊び場をつくる彼に、その秘訣を聞いた。

1

1周年の「Sign Daikanyama」。いろんな展開が始まっている


サイン代官山

橋元:まず、'04年4月にオープンした代官山駅ビルの「Sign」ですが、あのカフェができる前と後では、確実に人の流れが変わったと思うんです。「Sign」をプロデュースするとき、どんなことから考えましたか?

中村:あそこは駅から徒歩0分の物件で、“待ち合わせ”っていう「Sign」のコンセプトにぴったりだったので、代官山の目印(=Sign)になればいいなと思ったんです。当時、この辺ってすごく夜が早いから、8時以降は全然人が入らないよって言われてたんですけど、やってみたら、けっこう夜も込んでいるんですよ。
 まあ、僕の知り合いで働いてる人が多かったり、ストリートカジュアルの洋服屋さんがたくさんあるので、その辺を巻き込んで、彼らの社食的な感じにもなればいいなと思ったんです。それで、ご挨拶がてら会員カードみたいなものを配ったんですよ。ファッションや音楽、アートに興味のある人たちに来てもらわないと、お店の雰囲気が作れないんでね。
 あとは、近所の「ハックネット」さんと一緒にサービスをしてるんです。実は、「ハックネット」さんで本を買うと、ウチで預かれるんですよ、ハックネット用のロッカーがあって。本って、買い物しながら持ち歩くと重いじゃないですか。それで、「ハックネット」の販売員が「Sign」までお客さんの本を運んできて、そのお客さんが「Sign」に本を取りに来たついでに、コーヒーサービスが出るっていう。でもこれ、あまり知られてないんですよね(笑)。まあ、そういうことで、地域密着でいろいろやってるんです。

橋元:もうすぐ1年になりますが、手ごたえはいかがですか?

中村:けっこう理想的な1年間だったなと思いますよ。今、1周年に向けて、代官山を拠点にするショップやアーティストとのコラボレーションでグッズの製作を計画したり、いろいろ進んでますね。それは、お店のスタッフがお客さんたちと話していくうちにできあがったみたいなんですよ。「Sign Daikanyama」だけでなく、「Beauty Cruise 代官山」というモバイルサイトでも販売しようみたいな話にもなってますね。

2

プランナーとして話題を提供したい


オフィス外苑前

橋元:例えば、「OFFICE」というカフェは、打ち合わせに便利というコンセプトで細部を決めていったそうですが、こういう場があったらいいなっていう理想のようなものはあるんですか?

中村:うーん、基本的には、あまり理想とかはなくて、僕、常に、どうやったら話題になるかを考えるんですね。カフェ好きがこうじてカフェを作ったわけではなくて、プランナーとして考えているので。だから、ラウンジでもレコードショップでも、顧客を動かせることなら何でもよかった。ちょうど「OFFICE」を作った4年前ぐらいはカフェブームだったから、カフェって言えば、話題になりやすい。そこからスタートしてるんですよ。

橋元:中村さんは、コンセプトを作るのがうまいですよね。新しくて明確だし、ひと言で何が言いたいのか、よく分かります。

中村:僕の考えるコンセプトっていうのは、説明文なんです。例えば、『このお店、何でオフィスって言うんですか?』とか、お客さんに聞かれると思うんですよ。友だちにもね。そういう時に答えやすいひと言の文を用意してあげると、スタッフも説明しやすいし、お客さんにもお店に愛着を持ってもらいやすい。口コミを作るのにもいいですし。説明文がわかりにくいと伝わりづらいので、明確にしようっていうのは、すごく意識しますね。

3

東京のホテルシーンにはビジネスチャンスがある


クラスカ1Fのロビー

橋元:'03年には「OFFICE目黒営業所」のオープンにあたって、近所にご挨拶に行かれて、その先のホテル「クラスカ」でプロデュースをお願いされたという。

中村:そうなんですよ。最初は、1、2階にテナントで入ってくれないかって言われたんです。でも、ウチの規模的には無理なのでお断りしたんですけど、アイディアだけでも出してほしいと言われたんですね。それで、「どう暮らすか?=クラスカ」はすごくいい名前として、「クラスカ」から暮らしの提案をしましょうっていう企画書を出したんです。

橋元:具体的には、どんな内容だったんですか?

中村:場所が目黒通り沿いなので、犬との暮らしを提案しようと思ったんですね。三宿のカリスマトリマーが僕の友だちだったので、はじめは2号店を出そうって話だったんですけど、だんだん盛り上がって、最終的には移転しちゃったんですよ。
 あとは、僕、本がすごく好きなので、暮らしにエッセンスを入れたいってことで、安岡(洋一)さんに頼んで、(「ハックネット」の)ミニコーナーを作ってもらったんです。
 他に、もともとホテルにすごく興味を持っていたので、1階にDJブースを入れて、ホテルのロビーで遊ぼうっていうコンセプトのラウンジとか、2階にギャラリーを出して、アートとの暮らしはどうですかって言ったら気に入ってくれて、企画と運営で入ることになったんですね。
 そうしたら、ホテルの客室(9部屋)の管理もしてほしいと。まあ、今後の東京でのホテルシーンを考えると、100室前後のデザインホテルがたくさんできると思ったので、これはビジネス的にチャンスがあるなと思って。当時「パークハイアット」に勤めていた、現在の「クラスカ」支配人を口説いて、といっても、最初は断られたんですけど。それから、「クラスカ」に相応しいスタッフを揃えていったんです。

4

DJを入れるのは、常に鮮度を保ちたいから


橋元:遊び場を作る上で、DJを重要なポイントとしてますよね。

中村:そうですね。「OFFICE」でDJを入れたのは、自分ひとりでやっても、絶対行き詰まると思ってたから。それは、学生時代だったり、伊勢丹に入ってからやったイベントで、すごく痛感していて。10回、20回とやって、だんだんお客さんが来なくなってきたときでも、ファッションショーとかアート展を入れたりすると、その人たちの既存顧客が僕のところにつながってくるわけですよ。だから、いろいろな人と一緒にやるほうがいい。
 音楽(BGM)に関しては、そのお店のイメージを出すために、耳から入るメッセージとして必要なんですね。でも、それだけじゃなくてDJを入れるのは、常に鮮度を保って、いろんな人の既存顧客がつながってほしいから。僕の中での人を呼ぶ法則ですね。

5

偏見を持たず、がむしゃらに会ってきた


橋元:「クラスカ」のオープニングには、3,000人近くの方がいらっしゃったそうですが、人脈づくりについてはどう思われますか?

中村:人脈ね、うーん、知り合いが多いって言ったほうがいいかもしれないですね。ある一定の段階にいくまでは、もうがむしゃらに会ってきましたし。一番いいのは、偏見を持たないこと。出合いは誰にでもあると思うんですけど、それを無駄にせず、マメにしてたことじゃないですかね。あと、伊勢丹時代が一番大きくて。僕の上司がすごく社交家だったんですよ。彼にすごく紹介してもらうだけじゃなくて、僕から電話やメールをして、関係をつないでたんですね。それが、あまりにも多くなっちゃったので、ルージュっていうパーティを始めたんです。

6

プロデューサーとしての役割


橋元:中村さんのインタビュー記事を読ませていただくと、肩書きが“マーケティングプランナー”ってなっているのが、最近のものに多いんですが。

中村:マーケティングプランナーは、「クラスカ」のときの肩書きなんですよ。「クラスカ」の中では、僕は運営会社の社長で、マーケティングの担当っぽい感じだったから。基本的にはプロデューサーですね。

橋元:プロデューサーの役割として大切なことというと?

中村:基本的には、コーディネーター的な要素がないといけないと思うんですよ。はじめのコンセプト、僕の中ではベクトル的なものなんだけど、これをやっていきましょうって決めた中で、それに合う人材をピックアップして、交渉して、巻き込んで、お金を持って来て、形にすることが、僕の仕事だから。このベクトルがはっきりしてないと、いくら知り合いでも人はついて来てくれないので、まずは、コンセプトとなるアイディアと熱意が必要なのかもしれない。
例えば、オシャレなボウリング場をやろうってことなら、靴を作りましょうとか、シャツを作りましょうって言って、どんどん形にしていく。今度イベントをやりたいってことになると、例えばビームスに行って、ビームスカップやってくれませんかとか、NIGOさんところに行って、エイプ杯やりましょうよって言ったりして、どんどん巻き込んで行く。

7

ブームをつくること。ブームからスタイルになるのを見極めること


サイン外苑前

橋元:遊び場に必要なものって、何かが生まれる空気、みたいなことをおっしゃってると思うんですけど、それは、話題になって、どんどん派生して大きくなっていくイメージですか?

中村:そうだな、4、5年前、なぜカフェブームが起きたかというと、夜お茶をするとか、まったりするなんてことが、それまでありえなかったから。当時は、夜お茶しようよって、今よりもっとデートの誘い文句だったんです。でも、今は当たり前じゃないですか。カフェが、ブームからスタイルになったんですね。
スタイルになったってことは、世の中的にもっと必要だってこと。実際に代官山の「Sign」も流行ってますし、大阪や神戸から、カフェを作ってほしいっていう依頼もあるんですよ。スタイルになった今こそ、ビジネスのチャンスなんです。
今、マンガ喫茶がインターネットカフェになってきていて、これはもしかしたらスタイルになるかなと思ってるので、もしかしたらマンガ喫茶的な感じのインターネットカフェをやろうかとも考えてるんですけど。ビジネスとしては、ブームを作るっていうことと、ブームからスタイルになるのを見極めるっていう、この2つが大切だと思いますね。
ブームを作るのもすごい。ブームを作った人は、一生その恩恵を受けられるんですよ。そのブームを作ったっていう本も、講演もできるし。カフェに関しては、僕はブームを作ったわけじゃなくて、ブームに乗って、スタイルにうまく乗り込んだので、基本的にはちょっとコンプレックスがなきにしもあらずなんですね。例えば、「バワリーキッチン」とか「ロータス」をつくった(山本)宇一さんのように、カフェブームを作った人たちがいて、僕はそれに便乗して、カフェっていう遊び場づくりに入ったんです。
ホテルに関しては、その存在自体が、非日常空間として遊び場になりやすい要素があると感じて興味を持ってたんですね。実際「クラスカ」をやってみて、これだけ話題になっちゃうんで、僕らがやるべき仕事だなっていうのはすごく感じていて、今、ホテルづくりが楽しいんですよ。僕らの中では、日本の遊び場としてのホテルのブームをつくったと思ってるので、やるからにはちゃんと仕事にしたい。これがスタイルになるかどうかは、僕らにかかってると思うので、中途半端なことはしたくないですね。

橋元:「クラスカ」ができたことで、観光とかビジネスで行くような特別な存在っていうイメージが変わりましたよね。

中村:そうですね。例えば、東京の人がホテルに泊まるっていうと、基本的にはラブホテルしかないんですよ。サラリーマンだと、カプセルホテルがあるかもしれないけど。東京に住んでる人が、ホテルに泊まってみんなで遊ぼうとか、さんざん遊んでホテルに泊まって、そこから会社に行こうとか。もうちょっとホテルを別宅的な感覚で遊ぶ、そういう文化を作りたいなと思って。大人のための贅沢な遊びを提供したいですね。

8

実際に自分の目で見ないと、テンションがついてこない


橋元:海外のデザインホテルには、よく行かれるんですか?

中村:しょっちゅう見に行ってますね。ニューヨークもロンドンもパリも、デザイン系のホテル50個ぐらい見てますから。いくら雑誌で見ても、行かないとテンションがついてこないと思うので、僕は必ずスタッフにも見せたいんですよね。
今度の4月もニューヨークに行くんですよ。1年半ぶりぐらいだけど、もうあれだけできてるのに、去年1年でさらに10個ぐらいできていて、すごいんです。

9

東京の遊び場をつくる上で、パーティは外せない


橋元:ケータリングについては、カフェやホテルとはまた違った位置付けなんですか?

中村:ケータリングは、もともとカフェのお客さんで、アパレルの人たちが新しいお店を出すときに、サービスで始めたんですよ。自分がパーティをやったり、お店をやって感じたことを落とし込んで、そこのブランドに合った人をスタッフとしてチョイスして、場の空気を作ったんですね。そうしたら口コミで広がっていって、「ルイヴィトン」とか「ディオール」、「カルティエ」、みんな頼んでくれるようになって、今だと月15本・20本ぐらいやってるんです。
東京ってパーティが多いんですよ。まあ、最近だと大阪にも増えてきたんですけど。東京は、ホームパーティからクラブのパーティもあるし、行くパーティごとにいろんな人がいる。それが、東京で仕事をする醍醐味かなとはすごく思うんです。だから、僕らが東京の遊び場を作る上で、パーティは外せないんですね。

橋元:今、東京ってキーワードが出ましたけど、東京だからできることっていうと…。

中村:仕事で考えると、幅広い消費者がたくさんいるので、まあニッチなことをやっても、成功しやすいっていうのが、東京でやるメリットだと思うんですよ。あとは情報も入るし、パーティの数も多いし。僕が東京にこだわってるのは、まあ、仕事を通して自己実現をしたいっていう、自分なりのアイデンティティを表現したいからなんですね。東京で34年間生活してきてるので、自分の今持ってるものを一番生かせるのって東京なんですよ。

10

究極のミーハーになること


橋元:人を巻き込んでいくと意味では、やってることはいろいろでも、根っこは一緒ってことですよね。

中村:そうですね。基本的には、自分だけでは何もできないっていうのが根底にあるんで、もうできるだけ人を巻き込みたいんですよ。その方がやってるほうも楽しいし。ひとりでやってると、行き詰まっちゃうかもしれない、アイディアも、集客も、分野に関してもね。ある意味、ミーハーな感じで、流行ってるものは全部巻き込みたいっていうか。

橋元:流行を見極めるのにもつながると思いますが、趣味は立ち読みなんですよね。

中村:そう、雑誌って早いと思うんですよ。インターネットもあるけど、一目瞭然でいろんな情報が一気に手に入るのって、僕、雑誌だと思うんですね。
最近は、暇さえあると夜中に、六本木のTSUTAYAに行ってるんですよ。3時間ぐらいはいるかな。同じ雑誌を何回も見たり、注釈も全部読むからね(笑)。それはね、大学受験で日本史の勉強をした時に、細かい注釈とか全部、農具の名前まで覚えたりしてたのに影響されてるのかもしれない。あの時に、習得したね。
あとは、いろんな分野に詳しい知り合いから教えてもらいますね。やっぱり知識がないと会話が成り立たないので、仲良くなれば、僕も勉強するし。実際にエッジの効いた人たちのリアルな話を聞いて、それを頭のかたすみに入れておくと、雑誌を見た時に、こうフックがかかるっていうか。逆に、雑誌を見て知ってた言葉が、たまたま最先端の人たちと話した時に出てきた言葉でひっかかったりもします。
結局は、ミーハーになることですね、究極の。もう僕は、セカチュー(「世界の中心で、愛をさけぶ」)も、いま会い(「いま、会いにゆきます」)も、全部見たから(笑)。

11

MY SOURCE マイ・ソース


父親

商売人として尊敬しています。

藤巻幸夫

今でも僕のボスですね。

スタンダード

LAのホテル。ここが見たくてLAへ行ったんです。

東京いい店やれる店

僕のミーハー心にドンピシャだった!

東京での夜遊び

アイディアソースの70%ぐらいがここから。


父親
「今、なに流行ってる?」が、挨拶がわりだった

橋元:では、事前に挙げていただいたマイ・ソースからなんですが、お父さんから学んだ一番大きなことは何ですか?

中村:ウチの父親に関しては、商売人としてすごく尊敬しています。今でもお弁当を一生懸命売っていて、100円でも売上げを上げようとして頑張ってるんですよ。
父親には、小学校の時から、学校で何が流行っているか、いつも質問されてましたね。おはようじゃなくて、『何か変わった話ない?』とか『今、何流行ってる?』が、挨拶がわりだったんですよ。だから、流行ってるもの、面白いものが何かって考える習慣が、小学校の時からついちゃった。究極のミーハーに育ててくれたのが、父親ですね。

藤巻幸夫(伊勢丹時代からの上司であり恩師)
いつでも守ってくれた。今でも僕のボス

橋元:では、藤巻さんは?

中村:藤巻さんは、ホントに僕の大切な人なんですよ。藤巻さんがいなかったら、2年ぐらいで伊勢丹を辞めていたので。今だから言われるんですけど、藤巻さんの上司に、僕が怒られていたらしいんですね。でも、藤巻さんがいつも壁になって守ってくれていたので、僕は好き勝手やらせてもらってた。今でも僕のボスですね。
IYG生活デザイン研究所に藤巻さんが社長として就任されるので、先日、プロジェクト会議の席で藤巻さんが、イトーヨーカドーのすごい人たちに、僕のことを紹介してくれたんですね。僕もそのかわり、今まで、僕の年代のいろんな人を紹介してきているんです。藤巻さん自身も、自分が育てられたって言ってくれてる。僕なりに形で、今でもボスの援護射撃をしているつもりなんです。

LAのホテル スタンダード
オリジナリティと影響力のある店づくりをしたい

橋元:このロサンゼルスのホテルも、かなり自分の根っこにあるっていう。

中村:そうですね、こういったお店をやっていこうかなって思ったきっかけのひとつが、このスタンダードホテルなんです。このホテルのフロントの裏には、本物の女の人が寝てるんですよ! それを雑誌で見て、もともとロンドンに行くはずだったんですけど、それ見たさに、僕、行きたい国を変えちゃったんですよ。あとから考えると、これってすごいことだと思って。小さなホテルのディテール1個で、行きたい国まで変えちゃうっていうか、そういうことってできるんだなと思ったんですね。
何年か経って、ベルリンに行ったとき、僕が東京から来たって言ったら、『東京に「OFFICE」って面白いカフェがあるの、知ってる?』って言われて、『それ僕の店だよ』って(笑)。

橋元:行きたい国まで変えてしまうっていう、その人を動かす力っていうのは、すごいものですね。

中村:だから、例え自分の小さなお店でも、(それは、小さくても大きくてもできるんだけど)ちゃんとした影響力のあるものを作って、オリジナリティを出せばいいんだと思ったんです。だから、あまり海外のものをそのまま持って来たりするのには興味がなくて。自分自身のアイデンティティは、「OFFICE」とか「Sign」なんですね。やっぱり自分で作らないと、自分が(人を)動かしたことにはならないから。

東京いい店やれる店('90年代にホイチョイプロダクションズが出した本)
これがなかったら、学生時代は無駄に終わってた(笑)

橋元:「東京いい店やれる店」っていう本は?

中村:これ、僕の学生時代のバイブルなんですよ。僕のミーハー心にドンピシャだったんです。すごい影響を受けて、すみずみまで読んで、1個1個つぶしていったんですよ。

橋元:カーブの法則とか、いろいろ細かく解説してますよね。

中村:そうそう。ちょっと恥ずかしくなっちゃった、俺(笑)。でも、すごい衝撃だったんですよ。この採点のやり方とかね、三ツ星じゃなくて、股が開いてたり。僕ら学生では普段行かない、いい情報がたくさんあったんですよ。これがなかったら学生時代、たぶん無駄に終わってたんです、飲食に関しては。根本的には、女の人にモテるための本なんですけど、おかげで自分が成長したんですよ。

橋元:見る目が養われたっていうことですか?

中村:まあ、いろんな新しいことに興味を持つ、思考回路ができたんですよ。じゃあ、いろんな洋服のことも勉強しようと思ったり。自分に知識がないと、会話が成り立たないってことに気づいたんです。知らないことってたくさんあるんだ、これはもっと勉強しなきゃと思って、ただのミーハーじゃなくて、勉強家になっちゃった。
 あと、僕の中ですごい影響を受けたのは、映像では「バナナチップスラブ」。高城(剛)さんにすごく憧れたり、藤原ヒロシってカッコいいと思ったり、ニューヨークに行きたいなって思ったのは、「バナナチップスラブ」があったから。あれは強烈だったよね。

東京での夜遊び
東京で生活して、夜遊んだっていう感覚が、かなり生きてる

橋元:次に、東京での夜遊びっていうのは?

中村:学生時代は、「ゴールド」とかのクラブによく行ってたんですね。食事をすることも含めて、東京で生活して、夜遊んだっていう一連のこと全部が、かなり影響を与えてるんですよ。さっきいった人間関係とか、アイディアのソースは、東京での夜遊びが70%ぐらい。あとの30%は、海外。ニューヨーク、パリ、ロンドン、それ以外にも、韓国、上海とか。ただ最近は、(東京の夜遊びには)ないものを逆に探したりもするんですよ。どっちにしろ、東京での夜遊びがなければ、成り立たないですね。

12

恩返しのためにやっている


橋元:今、自分がお仕事していて、いちばん充実感を得たり、楽しいと感じるのは、流行っている感じが見えてきた時なんでしょうか?

中村:僕、恩返しのためにやってるんですよ。だから、恩をもらった人から『すごいね』って言われることが嬉しいんですね。父親、母親、藤巻さん、奥さん、学生時代の友だち…、たくさんいるんですが、自分に影響を与えてくれた人たちからほめられることが、僕の原動力になってる。
あと、最近は、感謝されたいっていうのもあるんですよ。だから、若手の人たちをできるだけ巻き込んでる。例えば、古武家(賢太郎)君の展示をしたことで、彼が有名になってきて、『ありがとう』って言ってくれて嬉しかったりとか。感謝し、感謝されることが、プロデュース名利につきると思うんですよ。まあ、若手とは限らず、人から『ありがとう』って言われることに、すごく喜びを感じますね。

13

FUTURE SOURCE フューチャー・ソース


Too Much デザイン

やりすぎっていうくらいのことが気になります。

古武家賢太郎

ぜひ頑張ってほしい!

携帯電話

ビジネスの可能性を感じます。

ボウリング

大人が遊べるような場を作りたいですね。

ホテル

今、2件のホテルプロジェクトを進めてます。


TOO MUCHなデザイン
非日常が日常になっちゃったら、また非日常を探さなきゃいけない

橋元:TOO MUCHなデザインっていうのは、例えば?

中村:TOO MUCHなデザインっていうのは、僕が今すごく興味があることで、これからやるお店に落とし込んでいこうかなって考えてるんです。例えば、オシャレ系のレストランってもう日常になってるので、僕の中で刺激がなくなってる。そこで、サービスも含めて、もうやりすぎっていうくらいのTOO MUCHなことにこだわって、非日常感を出そうかなと思ってるんです。例えば、シャンデリア1個とっても、3個でいいところに50個あったりとか。だから今、ロシアとか、アラブとかのアートやデザインを研究しようと思ってるんですよ。

橋元:バブル時代が終わって、今度はシンプルライフとか、スローとか言われるようになって、もう1回、過剰なものが違った形で注目されるっていうことですか?

中村:常に非日常を味わわせないと! 遊び場=非日常空間だと思っているから。非日常だったものが、日常になっちゃったら、また非日常を探さなきゃならない。
 自分はミーハーで、世の中のマスな部分の性格だと思ってるので、僕が思うってことはたぶんみんなも思ってる。そういう気持ちを大切にしてるんですよ。だから、「フィガロ」とか「シュプール」だけ見るんじゃなく、「東京ウォーカー」も「女性自身」も僕は読むんですよ。そういった自分のマーケティングの中で、今、遊びと考じる非日常は何かなって考えたとき、それがTOO MUCHなデザインなんですね。

古武家賢太郎
人とのつながりから生まれた、その痕跡のひとつ

橋元:あと、先ほども名前が上がった古武家さんは?

中村:そう、古武家君は、「OFFICE」で彼の作品を展示したのをきっかけに、「ブルータス」の編集者の方が見て表紙に使ってくれたんですよ。それを見たパリのギャラリストがオープニングパーティで古武家君を招いてくれて、それをギャルソンのジュンヤさんが見てコレクションで使ってくれたんですよ。ニューヨークのギャラリーとも契約したり。今年からロンドンに行って、また勉強するらしいんですけど。僕の仕事とは別に、人をつなげるってことがやっと形になった、痕跡のようなものなので、ぜひ頑張ってほしいですね。

携帯電話
ビジネスとして、すごく可能性がある

橋元:携帯電話っていうのは?

中村:携帯電話に関しては、もちろんビジネスとして捉えていて、今後、この携帯電話がどこまで進むのかなっていうことに興味があるんですよ。ものすごくビジネスの可能性を感じますし。実際、代官山の「Sign」のスポンサーって、僕と同い年なんですけど、モバイルコマースでダントツの企業を率いているんですよね。

ボウリング
デザインを入れることで、遊び場として蘇らせたい

橋元:ボウリングっていうのは?

中村:ブームからスタイルになったものを、もう一回ブームにしたりする、そこにビジネスチャンスを感じるんですよ。そういった意味で、例えば、今だとボウリングに興味があるんです。これはやるかどうか、まだわからないんだけど。
ボウリングって、今、渋谷で1個しかなくて、それもけっこう前にできたものなんですね。だから、デザイナーを入れて、大人が遊べるようなカッコいいボウリング場を作りたいなと思って。海外から来た外国人にも『あそこ行ってみたい!』って言われるような。デザインを入れることで、ボウリングを蘇らせたいなっていうのがあるんです。

ホテル
渋谷と赤坂。2つのプロジェクトが進行中

橋元:ホテルといえば、「クラスカ」はうまくいってますよね。

中村:そうですね。それで、今、渋谷と赤坂のホテルの企画に係わっていて、来年の4月に渋谷、9月に赤坂がオープンするんですよ。どちらも、60部屋・80部屋ぐらいなんです。これで、ホテルの企画は3個目になるんですけど、一応、僕の中のイメージでは、5個ぐらいのホテルの運営会社を目指そうと思ってるんですね。そうすると、大きなホテル1個やるのと同じぐらいになって、ノウハウの蓄積や前向きな意味でのコストダウンも図れるので。「クラスカ」だけだと、9部屋なわけですから、運営会社としては体力UPのためにも、規模を拡大しなければなりませんよね。

橋元:渋谷と赤坂では、何かコラボレーションするんですか?

中村:渋谷は、アートがポイントで、白石コンテンポラリーアートさんと一緒に、ギャラリーをやろうとか、赤坂は、辻口(博啓)さんっていうパティシエの人と一緒に、オリジナルのショコラバーを作ろうとか、いろいろ計画しているところですね。
 今回は、自分たちでデザイナーも選ばせてもらってるんです。渋谷は、「OFFICE」とか「Sign」をやってくれたlee君に頼んで、赤坂は、昔からの友だちで、ラインの勝田(隆夫)君に頼んでるんですね。

14

クリエイティブワークスとレコーディングスタジオ


橋元:トランジット クリエイティブワークスは、どうなっていくんですか?

中村:クリエイティブワークスは、ショップの企画や空間デザインのほか、セールスプロモーションのグッズの製作など幅広くシゴトを受けさせていただいてるんですね。去年から立ち上げた部署なのですが、もともと自分たちの店舗をセルフプロデュースしてきたわけなので、精力的に案件は引き受けています。東京、大阪、神戸と、ショップやカフェ、オフィスなどを今春に立ち上げたので、あっという間の半年でした。
 グッズの製作も小ロットからかなりの大規模生産まで、伊勢丹時代のつながりを生かして、相当クイックに対応しているので、クライアントさんには大好評です。グッズもクライアントのイメージやテイストを生産現場側にうまく伝えていくのが、トランジットなりのシゴトなのかな。

橋元:レコーディングスタジオっていうのは?

中村:これは、80人ぐらいのフリーランスのDJをアテンドする部署なんです。最近、イベントコーディネートを任せられる事もあって、DJをアテンドする仕事も増えてきたので。神戸にプロデュースしたカフェには、大きなCDショップがつくんですよ。そこのディストリビュートを、ウチの会社でやることにしたんですね。

15

スピードがカギ。どんどん変わらないと!


橋元:カフェやホテル、ケータリング以外に、プロデュースの仕事もどんどん広がっていますね。

中村:そうそう。去年の今頃、何やってたかって言うと、まだ代官山(「Sign」)もないし、渋谷と赤坂の(ホテルの)話もないわけで、1年ごとに変わっていってるんですよ。

橋元:中村さんって早いですよね。会ってピンと来たら、すぐこれやりましょうって動く。スピード感というか。

中村:スピードがないと、僕らぐらいの会社ってつぶされちゃうから。それが売りなんで。今、売れてる「マウジー」とかもすごく早い。スピード勝負なんですよ。ゆっくりやるとね、いつまで経っても変わらない。どんどん変わらないと!

16

僕がかき回して、みんなのテンションを上げている


橋元:スピード勝負で、どんどん引き出しが増えていってますよね。

中村:そうそう、でも、クリエイティブワークスとかレコーディングスタジオでやってることは、お年玉だと思ってるんですよ。基本的には、カフェとホテルとケータリング、この3つなんですね。
 この本業の方は、毎日のコツコツとした積み重ねでできてる仕事なので、動きがすごく遅いんですよ。カフェっていっても、ウチの会社だったら、月に1店鋪(の出店)なんてないので、1年に1店鋪ぐらいのペース。ホテルだったら、今回たまたま2個進めてますけど、3年に1個のペース。ただ、それだと会社のスピードが落ちちゃうんで、僕はこっち(クリエイティブワークスやレコーディングスタジオ)でかき回して、会社のテンションを上げてるっていうか。みんなのモチベーションを上げることも、僕の仕事のひとつですね。

橋元:中村さんに新しいシゴトを頼んでみたいっていう人たちが、たくさんいらっしゃいますが。

中村:でもウチの会社は、フリーランスの商売みたいなものなので、2回連続失敗したらもう仕事がこなくなる。まあ、常にテンションがピリピリしてる状態は続いてるんです。例えば、代官山(の「Sign」)、これもし失敗してたら、トランジット終わっちゃったなってことになるんですよ。ケータリングにしても、かなり緊張感を持った現場なんですね。だから、真剣にミーティングばかりしてる。
 あと、面接もすごく多い。大切なのは人じゃないですか。みんな20代で若いから、辞める人もいるし、悩む人も多い。今、全部で120人ぐらいいて、人が増えてきたので、今年は正月から1週間かけて、全員と面接したんですよ。

17

これから2年が、勝負どころ


橋元:メディアにも積極的に出られますよね。

中村:これは、出たがりとかじゃなくて、自分の営業のため。だから、ある程度余裕がある人とか、自分は一生仕事しなくてもいいっていう人に限って出なくなると思う。まだまだ自分が完成されてないから、自分の価値、原価を上げていくためにもね。

橋元:プロデュース料って、けっこうもらえるんですか?

中村:日本はまだまだ、無形なものへ価値をつけるのって難しいかもしれませんね。ただウチは、店舗のコンセプトやデザイン・設計まで、一括して引き受けて、見積もりをさせていただいています。だから、デザイナーも案件と予算に合わせて、最適な候補をウチが提案するんですよね。ケータリングとかプロデュースも、以前はパーツパーツのシゴトだったのですが、ようやくトータルのシゴトをいただけるようになってきたので、よりウチらしい提案ができるようになりました。
 今3年経って、会社の土台ができて、これからビジネスにしていこうっていうところなんです。スタッフも、やっと会社モードになってきたのが今年。3年、5年っていうスパンで、売上げ予測も含めての計画があるんですが、今3年までうまくいってて、予定ではここから利益を出すつもりなんですよ。

橋元:じゃあ、これからが勝負ですね。

中村:はい、これから2年がウチの頑張りどころなんで、暖かく見守っていてください。

橋元:今日はありがとうございました。

'71年生まれ。慶応大学卒業後、(株)伊勢丹に入社。30歳を機に独立し、企画運営会社「トランジット」を設立。'01年3月にカフェ「OFFICE」、'02年4月にカフェ&CDショップ「Sign」「CAMINETTO」、'03年5月に「OFFICE目黒営業所」をプロデュース、同年9月からホテル「CLASKA」の企画運営に携わる。'03年よりケータリング事業に進出。'04年4月には「Sign代官山」をプロデュースし、クリエイティブワークス、レコーディングスタジオを立ち上げて新規事業を展開。現在、都内ホテル2件のプロデュースが進行中。国内外から注目を集める。

インタビュー:橋元理恵 (TS)

バックナンバー