030

伊藤剛 (編集者・経営者) 後半


1

思考を停止させないためのトレーニング


米田:読者や周りの反響というのは変わりました?

伊藤:意外だったのは、メールや手紙が凄く来るんです。普通って、プレゼントインフォみたいなページでアンケートをとる中で来ますよね。うちも幾つか書籍を出していて、書籍で手紙が来るっていうのはあったんですけど、いち媒体でこれだけ反響が来るっていうのは意外だったんです。それだけ読者もマジメなんですね。見かけは例えば、ゴスロリかもしれない(笑)。でも、内面はきっとマジメなんですよ。

今の読者の反響を見てて思うことは、とにかく「本当のことを知っておきたい。嘘はもういい」というのが本音としてあるんだなということです。今の世代は基本的に、メールもインターネットもミクシィもあって、一日中情報にさらされて「もう処理出来ません」ってどこかでうんざりしている。

20世紀から21世紀をまたぐ時に、あるシンクタンクが十代の子たちへ「21世紀に必要がないものと必要なもの」というアンケートをやっていたんですが、残さなくていいものの3位くらいに「マスメディア」があったんです。若い子たちってテレビはどっかで嘘臭いなって分かってるわけです。

米田:今って報道があって、それに対して「テレビのニュースではこう言ってても、実際はこうなんだろう」という“読み”があって、それとはまた別に自分なりの考えと、3段くらいのモノの見方になってますよね。

伊藤:以前は自分の意見を自覚できなかったとしても、今は他人のブログなんかを見て、少しずつ考えていって醸成されていくわけですよね。100%オリジナルなんてありえない。そんな中で『GT』が考えるきっかけになったという人たちが多かった。

そこから先、僕が出来ることは、湖の入り口まで連れて行くだけで、水を飲むのか泳ぐのか、それは本人次第だから強制できない。

米田:しかし、僕らが子供の頃と比べるとメディアに対する接し方っていうのは全然違いますよね。

伊藤:違いますよね。どうなっちゃうんでしょうね(笑)。

米田:例えば、ボクシングの亀田興毅選手の最初の世界戦でもいいし、欽ちゃん球団の不祥事でもいいんですけど、人と話していると「あれは実はこういう裏事情があって」っていうのをそれぞれが言っていて、さらに、それがいいのか悪いのかっていう判断を、またそれぞれが持ってますよね。

伊藤:僕はやっぱり気付けるのは若い感性だと思っていて、翻って社会の方はどうなっているかと言うと、完全に思考停止しつつある。亀田選手の事件にしても、6万件のクレームがあったり、ネットでも凄い批判が起こった。

でも、そもそもどうでもいいことじゃないかと思うんです。一生懸命やってきた選手に対して、ボクシング界がよしとするのかしないのかって話ですよね。もし本当に八百長があったとして、それをニュース番組で取り上げるにしても、責めるべきは亀田選手じゃなくて審判員の方じゃないかという当たり前の考えでさえも止まっている。

何か起こった時に一気に表層的に走ってしまう。下手すれば個人攻撃に行ってしまう。全部匿名だし、非常に怖いことだと思っています。メディアなんて懲罰機関じゃないのに、そうなりつつあるという懸念は凄くあるし、いつ自分が批判される側にいってもおかしくない。その象徴的だったのは、2004年に起こったイラク人質事件の自己責任論です。

イラクについて話すと凄く政治的に思われちゃうけど、香田証生君っていう、自分探しの旅に出た男の子が、首を切られてアメリカの星条旗にくるまれて死んだ。それがネットで世界中に公開された。でも、彼は自分探しの旅の途中で、行っては行けない所に行ったんだからしょうがない、そうやって社会は切り捨てた。

あの時に初めて「この国に住みたくない」と思ったんです。それまで、どんな国に行っても、やっぱり日本が好きだって思ってたし、この国にいたいと思ってきた。彼が死んだことでイラクではまだ戦争が続いているということを考えるきっかけくらいにはなったのに、それもせず、ちょうどあの時新潟の中越地震が同時に起こるんですけど、話題は全部そっちにシフトして行ってしまった。

『GT』を創刊したのは2004年10月28日なんですが、香田君が亡くなったっていう報道されたのとほぼ同じタイミングだったんです。だからよく覚えているんですよね。

ああいうことに対して違和感を持っている若者は凄く多いし、僕なんかよりも、もっと情報に対して早い。香田君の殺害映像は中学生の間ですぐにチェーンメールで回ったそうです。その良し悪しは別にして、映像をどっかからダウンロードしてメールで回すなんてことは朝飯前に出来ちゃう。いずれにしても、普通の感覚の人間なら目を背けたくなるような映像です。

その一方で、メディアでは「仕方がない」の一言で片付けている。そのギャップに若い子は苦しむだろうなって思うんです。僕だって、いつ自分があっち側の人間になるか分からない。ああいう時に、少なくとも国家なんてものに対しては物申す側でいないといけない。国は国民を守る組織なのだから。そのために思考を停止させないトレーニングをしているんです。

米田:香田君の事件が起きた時は、僕は気持ち悪いの一言だったんです。はっきり言って、断片的な情報しかないのに、ああだこうだと皆好き勝手に言ってる。彼は確かに無知だったし自己責任だって当然あるだろう。でも、だからって殺されていいっていうのは酷い言い分ですよ。何かが彼に押し付けられてたり、すりかえられてたり、スケープゴートになってるような気がした。それに、彼に対して何もアナウンス出来なかった社会やメディアに対しての憤りもあった。多層のレイヤーがある気持ち悪さでしたね。

伊藤:あの事件に対してあんなリアクションしか出来ないという、時代の気分としてそうなってしまう気持ち悪さっていうのは、圧倒的に若い人には多いんじゃないですかね。僕はそこに一縷の望みを持っているんです。あれに対して若い人が違和感を感じる心を持つのであれば、まだ可能性があるんじゃないかって。

2

記憶喪失のような国の状態


米田:かつての僕や伊藤さんもそうだし、バックパッカーなんて今やゴマンといるわけじゃないですか。上手くやる方法なんてたくさんあるし、それが出来なかったことでホントに最悪な結果になってしまったんだけど、そのミスに対して、ネットなどを通して色んな人間の色んな感情が流れていく。嫌悪感を抱く人もいれば、そうだそうだって言う人もいる。そこで、自分自身の気持ちとして、どういう風に平衡感覚を保てばいいんだろうって思ってました。多くの人が僕みたいな気持ちを抱えてるのだろうかっていうのは、率直な疑問としていつもありますけどね。

伊藤:僕は本来、一般市民が思う感情と、国家の思惑というのは反発していることがノーマルな状態だと思っているんです。しかし、一国の首相が『美しい国へ』なんていう本のタイトルを付けたら、そりゃ「そっちの方がいいじゃん!」って思う人はいるんだろうなって思うんですね。僕だって思いますし。でも、“美しい”って言葉は形容詞ですから、あくまでも誰かの主観の問題じゃないですか。自分たちのアイデンティティや文化を取り戻したいなんて、誰もが思っていることなんですよ。

でも、僕らの世代は日本の近現代史さえよく知らない。これをひとりの人間に置き換えると、記憶喪失のような状態だと思うんです。要するに、ここ数年の記憶が無い人間。酔っ払っちゃって、昨日の記憶が無いだけでも不安になるのに、数年間の記憶が無い。それに対する危機感や不安定な感じはみんな直感で持ってるけれど、そこに政治が直接アクセスしてしまう。

例えば、北朝鮮は危ないから日本は一致しなきゃいけない、みたいな感覚って凄い怖いことだと思うんですよ。「それは違う」って言えるくらいの土壌はないといけないのに、この国でそれをやろうとするとラディカルなことにされてしまう。

僕は決して「ジャーナル=国と対立すること」なんて言いたいわけじゃないんです。単純に自分が生きていく上で、自分にとって何が一番心地よい状態か、自分にとってメリットかっていうことを考えているだけなんです。でも、それを言うことは権力とかに対峙して、浮いた形になる可能性がある。そこを今後『GT』がどのくらいのサジ加減でやっていくのか。やっぱりやりすぎちゃうとまだ早いという感覚はあって、凄く迷っている部分ではあるんです。

米田:ジャーナリズムが「権力を暴く」「チェック機関」っていう、昔からの言い方って、あまりしっくり来ないですよ。もちろん、悪いことをやっていれば、告発するのは使命だけれども、逆に行政や企業が良いことをやっていれば、評価するのもジャーナリストだろうと。要するに、自分の立場を最初から決めたくないんですよ。自分のアンテナの中に引っかかってくれば、何らかの意見が発せられるだけで。反権力が職業になっている人は一生それを貫かなければならないんでしょうが、自分の立場を守りたいわけじゃない。そんな単純なことはやりたくないし、それは正しいことだとは思えないんです。

伊藤:『GT』に「トモニイキル」っていう号(Issue 05)があるんですが、今まで作った中で一番直球なんです。僕は日本に難民が来ているってことも知らないし、そもそも難民の定義さえも知らなかった。今まで散々旅して、「ゲスト」として世界中に行ったのにもかかわらず。要するに僕が旅でいい思いをしたっていうは、「ホスト」の人たちに歓迎をしてもらったからなんです。

難民としてやってきたトルコ系クルド人に会って初めて、日本に来ている外国人の問題というのは僕らの問題なんだっていう、当たり前のことに気付くわけです。例えばアフリカの貧困の人を助けるっていうのは美しいし、それはやっていくべきことだけれど、その国自体がまずは頑張らないといけない。でも、日本に来ている外国人には選挙権がない以上、彼らと友達でいたいと思うのであれば、僕らの方が変わらないことには、彼らにはどうしようもないんですよね。そんな当たり前のことに気付かされた時に直球の思いで作った号だったんですが、ここで初めて「伊藤剛」という個人名を批判するサイトが現れました。内容どうこうではなく、外国人を擁護しているというスタンスへの批判です。

米田:ああ、やっぱり……

伊藤:発行部数が4万部のインディーズの、この程度の言論でさえ物凄いわけです。今は一個人のブログでさえ火が付くみたいな感じで、来ちゃうわけですよ。

この「異質なものはとにかく許さん」という、危機感というか怖さというか。でも、相手は全部「匿名」なので勝負のしようがない。目の前にいれば、いくらでも話をすればいいんですけどね。いずれにしても、僕にとって一番大きな号だったかもしれない。反論されたということではなく、日本人であるっていうことを考えさせられた。

日本がNPO、NGOで国際貢献をすればするほど、日本のイメージって良くなるから、日本を目指して難民がやって来る。だから、例えばエリトリアの難民キャンプで日本のNGOが助ける一方で、国外に出て日本に来ることができた難民は、日本の強制収容所に入っちゃってるということ。

米田:そういう不協和音や色々なプレッシャーがありながらやってるんだろうなとは予想してたんですよ。

伊藤:実はね、こういう取材を受けちゃ行けないんじゃないだろうかって(笑)。

米田:僕も悩んでらっしゃるんじゃないかって心配してました。今って、すぐレッテルを貼られてしまうじゃないですか。でも、自分のアンテナの中に引っかかったものを1つ1つやっていこうというだけだと思うんですよね。

伊藤:だから『GT』は僕が分かったことしか書いてないわけです。知らないことは書いてない。よく学生さんにも言うんだけど、こういう媒体の編集長をやってると、あらゆる答えを持ってそうに思われる。よく「伊藤さん、靖国問題についてどう思われます?」とかって訊かれる。でも、靖国なんてこの間初めて行ったくらいで、答えが出てないことは僕自身沢山あるんです。日常生活で疑問に思ったことを1つ1つ紐解いていくしかない。だから必死なんですよ。

米田:自分で考えたプロセスや問いを出して、一緒に考えましょうよ、っていうのが一番健全じゃないかって思うんですけどね。

伊藤:名前を出してやっている以上、あらゆる批判は覚悟してます。それに、バッシングされても僕をちゃんと理解してくれている知人は何とも思わないでしょうから。でも、テレビで叩かれると社会復帰は相当厳しいでしょうね。やっぱりムラ社会ですから。「I am the World」(Issue 06)で松本サリン事件の河野義行さんを取り上げたんですが、当時彼は被害者だったにも関わらず、ほぼ「被疑者」扱いをされた。普通であれば社会復帰も出来ないほどにです。

米田:いつも被害者が社会復帰出来ないというもの凄いパラドックスがありますよね。毎回、電車の吊り革広告に被害者の写真が載ってしまう。

伊藤:僕は法学部卒で、あまり勉強してなかったけれど、唯一学んだのは、正しそうな論理っていくつでも作れるってことだったんです。加害者は加害者の論理があって、被害者は被害者の論理がある。論理なんてその程度のものなんです。今、論理が西洋を土台としてあるけれども、論理なんてその程度でしか本来ない。

だから、藤原正彦の『国家の品格』という書籍を読んで共感したのは、彼が数学者で「数学の世界の論理は、社会の論理とは比べものにならない。それ以外は無いという論理だ」と言ったことです。

「A」だから「B」、「B」だから「C」という論理がまかり通っていたとしても、社会における「A」というのはあくまでも仮説なんです。例えば、米田さんが物凄くお腹が減っててパンを盗んだとする。捕まえた時、「やっぱりパンを盗むことを認めてしまったら社会のルールとして成り立たない」という理由で罰する。この国は法治国家だという視点に立てば、そういう論理が進んでいく。

でも、ある人は「米田さんのお腹が空くような社会にした方に問題があるんじゃないか。可哀想だから情状酌量にしよう」という立場を取るかもしれない。最初の仮説の「A」を何にするかということによって、全く違った判決になってしまう。

この「A」というのは、何通りもあるんです。今は結論の「C」にすぐ持って行ってしまうけれども、前提の「A」に何を選ぶかというところが人の豊かさだと思うんです。

3

仕事という名のパスポート


米田:ちょっと話変わるんですけど、仕事についてはどうお考えですか?

伊藤:よく働きますねって言われるんですが、例えば月曜日に納品しないといけない仕事があった場合、会社員だった時は土日を休むために頑張って金曜までに終わらせる。でも今は月曜日までやっちゃうんです。いいものを作りたいから。

要するに誰かにやらされているという感覚ではないんです。それはサッカー選手に「なんで毎日練習するのか?」と訊くのと同じくらい愚問で、自分がもっと上手になりたい、真理に辿り着きたいという欲求でやっているだけなんです。

僕はずっと社会人になりたかった。学生なんて途中からどうでもよくて、飽きちゃったんです。学生当時、社会人っていうのは会社に入ることで、会社人=社会人だと思っていた。でも、ホントは「社会に関わる人」ということなんですよね。だとすればそのやり方は沢山あって、例えば子育てをすることも社会に関わる人。それは社会の圧倒的な基盤を作るから。僕らみたいな、ものを生み出すように、子供を作るわけです。ボランティアっていう関わり方も、お金が発生しようがしまいが、それも社会との関わり方だと思うんです。

もっと分かりやすく言えば、名刺や肩書きを剥奪されて、家の中だけにいる伊藤剛一個人では出来ないことってたくさんあるんです。名刺っていうのは行きたい場所へと向かうパスポートみたいなもので、信頼関係だけで社会にアクセスできる。すると、こういう出会いがあったり、自分1人ではできないような圧倒的に大きなフィールドで何かがやれる。そういうことの方が僕にとっては楽しかった。学生では出会える幅もフィールドも限界がある。

僕の仕事観っていうのはそういうイメージです。社会というフィールドの中で遊びたいと思った時に、「何者であるか」という名刺的なものがないと遊べない。サッカーボールみたいなイメージ、もしくは、そこに行くためのパスポートみたいなものだと思ってるんです。

例えば、本質的に生きていくってことだけを考えれば、南国に行って自給自足の生活をして、自然の営みを感じながら今日食べれるものがあれば、生きてはいける。僕らも食べるってことを外しては仕事は出来ない。でも「それでもいいのか?」と言ったら、何かかが物足りない。

それが「欲求」なんです。発信したいとか、会ったことない人と出会いたいとか。仕事っていうのは僕にとってはそのためのツールなんですよね。それに飽きちゃったら、田舎に引っ込んじゃうかもしれないけど、今はそうしていたい。旅するためにパスポートが必要なように、人と出会うために仕事をする。僕が『GT』をやっていなければ米田さんと出会うことは、きっとなかっただろうと思うんです。

4

陸上、旅、『青年は荒野を目指す』、ASOBOT、ミスチル――マイソース


陸上

中学までサッカー、高校、大学と短距離選手でした。

旅好きなバックパッカーで、日本にいない大学生活でした。

青年は荒野を目指す

父の書棚にありました。旅に出るきっかけになった。

ASOBOT

仲間と共にやっている自分の会社。

ミスターチルドレン

青春時代に聴いたという以上に、書き手として驚かされた。


陸上

伊藤:学生の頃は普通のスポーツマンで、中学まではサッカー部、高校、大学と陸上の短距離選手でした。頭の中は筋肉かって言われるくらいだったんで(笑)、自分がクリエイティブな仕事をするなんて夢にも思ってなかった。

その中でも陸上は大きかった。僕はサッカーをやっていた時は試合で負けてダッシュ10本とかやらされていたんですが、これだけをやってる陸上の選手って、何が楽しいんだろうって思ってた(笑)。でも、あるきっかけから陸上を始めるんですけど、はまっちゃったんです。

簡単に言うと、自分の身体だけを使って、自分のために結果が返って来る。陸上というのは誰もが言いますけど、まさに自分との戦いで、シンプルなんです。例えば、2ヶ月前より沢山練習したのにベストタイムが出ないとしたら、2ヶ月前の自分と競争して自分の背中を見ちゃうってことですよね。それって何なんだろう?っていう、哲学的なところに行くわけです。

筋力も体力もアップしてるのに、以前の自分に勝てない。切り離せないこの身体を使って、自分との対話をし続けていくっていうのは面白かった。敢えて今と結びつければ、主語しかない世界です。ラグビーで言う〝all for one, one for all”のようなスポーツが持っている哲学ではなく、自分の肉体を使ってしか対話しなかったというのは、今でも一緒なんですね。僕の中でしっくり来る競技だったんだなって思います。

旅、『青年は荒野を目指す』

米田:旅もそうですよね。肉体を移動させて、対象を自分に取り込んで何を感じるかという。

伊藤:まさにそうです。僕が旅に出たきっかけは、たまたま父の書棚にあった五木寛之さんの『青年は荒野を目指す』だったんです。「シベリア鉄道を横断したい」っていう想いから僕の旅の妄想が始まった。

中高は神奈川県の私立に通っていたんですが、そこで得たのは「世の中は不条理である」っていうことでした。うちは日本で1、2を争うマンモス校で、1学年1500人もいるんです。ホントに1つの街なわけです。同級生に会っても知らない。たまたま一番近かった学校なんで通ってたんですけど、政治家の息子とかもいて、PTA会長の息子が窓ガラスを割っても掃除で終わるのに、僕が屋上でさぼってると1ヶ月謹慎みたいな、分かりやすい差があるんですよ。

米田:それって、いわゆる日本の雛形みたいな……

伊藤:そうそう。不条理さが凝縮されていてね。それが、反骨心って言うとチープだけれども「世の中ってこう出来てるんだ」みたいな感覚をいい意味で養わせてもらったというか。当時はイヤでしたけど、大きな財産ですね。

米田:でも、それが分かると全然違いますよね。世界って目に見えない繋がりがいっぱいある。子供の頃は分からないけれど、血筋、政党、宗教と、単一民族で、総中流と言われた日本にも、色んな見えないネットワークがあって社会が形成されている。その中で、差別もあり、今は格差があって、複雑に絡み合っている。

伊藤:幼稚園から大学まで年に1回マラソン大会があるんですが、校内で出来ないから富士スピードウェイを借り切ってやるんです。バス200台で行って、学校のバスだけで渋滞が出来る(笑)。そんな中じゃ、もはやアイデンティティなんてない。自分がアイデンティティを一番保ちたい時期なのに、そんなこと一瞬にして喪失させられる。完璧なる匿名社会ですよ。

米田:何だか、中国みたいですね(笑)。

伊藤:本来人間が走るようなところではないサーキットで1万人走るんですよ。そういうところで6年間過ごしていくと、自分らしさなんて手に入れられなくってね。スターみたいなヤツもいっぱいいて、Jリーガーやオリンピック選手、プロ野球の巨人に行くような同級生もいたりしました。陸上部なんて全く陽の光が当たらない。でも「彼らと隣のレーンで走ればオレが勝つ」みたいに、ひそかに思ってるわけです(笑)。そうやって必死にアイデンティティを保つ。今思えば、日本社会を生きていく上で、変に武器を持たなくても、自分らしく生きていけばいいっていうのが分かったのは大きかったですね。

ミスターチルドレン

伊藤:自分の青春時代だったということもあるんですが、同じ書き手として、こういう文章表現の仕方もあるんだって思い知らされました。

『タガタメ』という曲が出た時、衝撃だったんです。彼らはこの曲を作った時に、CDを出す前にラジオで流そうと、デモテープだけ作ってラジオ局に投げたんです。レコーディングしてプレスしてプロモーションして出してたら、自分たちが今一番伝えなきゃいけないことに時間がかかる。とにかく今伝えたいと、この曲を流した。

僕もいちリスナーとして聞いたんだけど、やっぱりこれだけの人たちでも何か今の時代に違和感を感じていて、何かを投げかけなきゃいけないんだという姿勢って、平和の産物としてではなく、音楽の原点だと思うんです。「今日ここで知ったことを聞いてほしい」という。『GT』を発行する上で凄く勇気付けられた。だって叩かれるという部分では彼らの方がもっと危険なわけです。当時僕は『GT』を売り出す時に色々落としどころに悩んでたんだけど、「これでいいんだ」っていう感覚になれたのは大きかったです。

米田:『GT』の表4には『言葉の詩』っていう連載で、詞が毎号載ってますね。メッセージソングと言うと、陳腐な言い方になっちゃうけど、自分が表現したいことを表現するのがアーティストだし、ミュージシャンもそこに踏み込んで行かないのは不自然だと思うんです。自分の湧き上がる欲求ってラブソングだけじゃないし、タイアップの曲だけじゃない。それはメディアに関わってる人間もそうだし、一般の人間もそうなんですよね。さっきの伊藤さんの話と同じで、恋愛に夢中になりながらも北朝鮮のことを考えたりって、それって当たり前の感覚ですよね。

伊藤:だから表現者が弱くなったなとは思う。一番最初に国の体制が変わった時に、矢面に立たされるのって本来表現者なはずです。最前線で奪われていくのが「表現の自由」なわけですから。さっきの「同じテーブルに並べばいいじゃん」っていうことの一番分かりやすい例として、ポップスというのは今の時代感覚ですよね。少なくとも、フォークソングでは伝わらない。

知らないうちにポップスというのは人の身体の中に入っちゃう。テレビやコンビニや街中で無意識に聞いているから。そこに本質的なメッセージを盛り込むことが出来れば、聴く人間の心臓を掴むわけじゃないですか。ポップスであるってことを『GT』も凄く意識していて、もちろん『ブルータス』に比べれば難しいことをやっているけれど、『ユリイカ』に比べれば、ヤワなポップスなわけです。見え方としては、ファッションであると言うか。

僕はそれで全然いいと思ってる。表層的なところから入ってくれて全然構わない。この音楽の歌詞が好きだみたいなところから入ってくれて構わない。何か1つ強烈に残ればいいんです。今って何かを知ることに対してリアリティが無くなっていて、凄く受験勉強的に情報を受け取ってますよね。でも、ホントは何かを知ってしまうことで自分の人生がガラっと変わってしまうこともある。僕だって知らなきゃ良かったって思うことなんていっぱいあります。

知るっていうのは、どう転ぶか分からないけど凄い可能性を持っている。どんなことから入ってくれても構わないし、僕の意図していたこととは違うように感じるかもしれないけど、それでもいい。何かを知ることで、その人の人生を180度変えてしまうかもしれない。そういう意味で、表現者っていうのはリスペクトされるべきだし、同時にその責任を負わなければならない。僕にとってはミスチルが学生時代の自分に何かを与えた1つだなとは思います。

米田:「この1曲で人生が変わった」「この1冊で狂わされちゃった」って冗談めかしてよく言うけど、狂わされたいっていうのは根源的にあると思うんです。そうそう狂わしてくれるものってないから。自分の人生をドライブさせてくれるもの、例えば好きなミュージシャンの歌詞の一片とか芸術家のインタビューの一片に出てきた単語に引っかかって、その意味を調べたり……、それによって自分の考えや人生が変わっていく。多感な時期ってそういうもんですよね。

でも、その影響って嬉しいし、良かったなと思うんです。それに出会ったがゆえに道から外れたのかもしれないけど、人生がワクワクした方向に進んで行った。常に胸騒ぎがする方向に歩いて行きたい。そういう胸騒ぎを与えてくれるモノは何だろうかと探す中で、こうして伊藤さんにも会うことが出来た。それに、音楽って“人生のBGM”じゃないけど、常に人の心に流れているものですよね。

5

脳、美、言葉、サンカ、アジア2.0――フューチャーソース


主観である事を認識する装置として面白い。

なぜ美しいと人は思うのかも含めて、美に凄く興味がある。

言葉

日本語には英語に訳せない美しい言葉が沢山ある。

サンカ

山の中で生活している漂流民が日本にいた。

アジア2.0

同じマインドを持つアジア人とネットワークを作りたい。


伊藤:要するに、脳が自分の主観なんですね。主観であることを認識する装置として面白いですね。

美、言葉

伊藤:なぜ美しいと人は思うかということも含めて、「美」ということに凄く興味があります。日本人はものの哀れに関しては、西洋よりも優れていると思う。そのことは「言葉」に凄く表れている。「もったいない」とか英語に訳せない日本語が沢山ある。そこにアイデンティティがあるように思う。「はかない」という言葉は、凄く日本人っぽい。時間と美しさを内包している感じがします。

サンカ

伊藤:“サンカ”という、山の中だけをひたすら渡り歩いてきた漂流民がいたそうです。初めてその存在を知ったのは五木寛之の『風の王国』という小説の中で、フィクションだと思ってたんですけど、実際にその種族はいて、調べている学者が何人かいる。日本に遊牧民がいたっていうのは衝撃的でした。

米田:ジプシーみたいなものですかね。

伊藤:そうですね。ただ、行き着く先は海しかないという国の中で、どういう風に生活をしてたのか。それはもうファンタジーの世界ですよ。山の中だけで生活して表に出て来ないわけですから。でも、これだけ国土が森に囲まれた島国の中で、姿を消すのって簡単だと思うんですよ。だって、森の中を分かっている人なんて誰もいないんですから。

例えば、真っ暗な海の中を息継ぎせず泳ぐことを想像すると怖いでしょ? 山を練り歩くって泳ぐという行為と凄く似ているような気がする。海と同じくらい見えない世界があるんじゃないかな。そこを練り歩いてた民族って興味深いですよね。

アジア2.0

伊藤:同じようなマインドを持っている同世代のアジアの人たちと、新しいカタチのネットワークを作りたいですね。「No Border」という理想からではなく、「No,No Border」という意味合いを込めて。つまり「ボーダーを肯定する」というのは、多様であるということで、それが一番豊かだと思うんです。均一であると言うことの方がチープであって、僕と君は違うんだっていうことを受け入れてから、初めて世界は面白くなる。虹の見え方もそれぞれ違う方が面白い。

僕は、日本に来ている外国人の問題とか、旅するために日本を生きることはライフワークだと思っているんですが、ところで、日本に来ている外国人って何カ国くらいの人だと思います? 実際は約190くらいだそうです。ということは、この人たちと出会えたら、日本にいながら世界1周が出来るわけです。これって楽しいでしょ?

外国人を受け入れようって言っても伝わらないから、僕は「日本で世界1周出来るんだよ!」と伝えていけたらいいなと思ってるんです。こういう金にならないことばかりやっているんですけどね(笑)。

米田:例えば、アジアの中で伊藤さんみたいなジャーナル紙をやってる人っています?

伊藤:形は別でもいると思いますね。もはや、これだけ歴史を知らない僕らの世代は、今さら歴史を検証してても無理なんです。次のステージを作ろうとする人と組むしかないんですね。

学生と会う時にいつも、僕が持ってなくて彼らが持っている最大の武器は“何者でもない”っていうことなんだなって思うんです。歳を重ねるということで少しずつ“何者か”になっていってしまう。職業の肩書きであったり、立場だったり、そういうものを纏ってしまう。会社で言えば、課長になり、部長になり、出世をしていく。“何者か”になっていくことは、残念ながら言えることが少なくなっていくってことです。それは何かを守るということでもある。上司だから言えないこと、教師だから言えないことがやっぱり出てくる。

だから僕が思うのは、「“何者でもない”時期に何も言えない人が、“何者か”になった時に何かを言えるわけ」がないということなんです。学生は今のうちに、経験も実績もなくていいから、社会に対して物申すくらいの気概を持っていてほしい。無責任だからこそ言えることがたくさんある。

そういうことを俯瞰で見た時に、僕はまだまだ失うものはないと思うんです。まだ何者にもなりきれてないし、このタイミングに出来るだけ人と出会いたい。“何者か”になってしまって出会うと、お互いの立場の中で物事を語ってしまう。政治家なんてその最たるものでしょう。お互いの国家を背負って、そんなものなければ友達になれたかもしれないけど、なれない。

僕は、40、50代になってアジアの人と繋がったんでは、お互いのデメリット・メリットを考えてしまうから、今のうちに出会いたいと思ってる。キャッチーに言えば“アジア2.0”を作れたら面白いなと思っているんです。今は同志探しを少しずつ始めているんです。言葉の壁があるから、こういう風には中々話せないですけどね。

米田:なるほどね。じゃあ“ライフワーク”でもなく“ライスワーク”でもない、もっと私的な部分での夢って何ですか?

伊藤:僕は編集者になりたかったわけでもないし、全部、衝動なんです。創刊号にも書いたけど、幕末の志士が「日本を変えたい」って思ったのは、夢でもなんでもなくて、突き動かされちゃったということだと思うんです。僕もそういう感じなんですよ。ホントに自分のことだけを考えるなら“アジア2.0”なんてやらなければ、それはそれでいいわけで。ただ、気付いた人から始めるしかない。モチベーションを下げないように、自分の中で上手く舵取りをしていきたいと思っています。個人的なことを言えば、そりゃ、幸せな家庭を築くなんて夢ももちろんありますけどね(笑)。

米田:常に人間の夢って、両方あるってことですよね。あっという間に3時間も経ってしまって(笑)。長々とありがとうございます。本当に刺激的な話を伺うことが出来ました。

GENERATION TIMES編集長/ASOBOT inc.代表取締役。1975年生まれ。明治大学法学部卒。在学中は、アジア、中東地域などにおける現地生活の調査を兼ねた長期旅行を行う。卒業後、外資系広告代理店を経て、雑誌・広告・建築などジャンルを超えたクリエイティブ会社『ASOBOT』を設立。2004年には『GENERATION TIMES』を立ち上げ、名字や家紋から自分のルーツを探る企画や、国連WFPと連動した貧困問題、核問題に揺れるイランでの現地レポートなど、「新しい時代のカタチを考える」をコンセプトにした企画を手がける。『シブヤ大学』理事。

GENERATION TIMES

インタビュー米田知彦(TS副編集長)
写真:石原敦志
協力:坂口惣一
場所:ASOBOT
日時:2006. 11.5

バックナンバー