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下道基行 (写真家) 後半


1

戦争遺跡という言葉をなるべく使いたくない



下道:以前、TSでも取り上げられた『ジェネレーションタイムズ』の伊藤編集長と会って話す機会があったんですが、伊藤さんと僕って、ちょっと似てるのかもしれないなと感じたんです。伊藤さんも、背伸びをしない表現をしようとしていると言うか、自分で興味があるところに当たっていって、自分で開いていくという作業をやっている。そして、それ以上のことをしようとはしていない。だから、もしかしたら、幼稚だって思われることもあるかもしれない。
でも、そこまでしか自分は知らないし、そこに興味があるんだから、どこで歯止めをかけるかとか、自分のやり方をクリアに見せるために他人にひっぱられないようにどうもっていくこととか、色々と考えながら写真を撮ってはいるんです。

米田:でも、文脈として、単純な左翼系に見られたりしないように、上手く戦略を打ってますよね。

下道:そうそう、何となく左翼的に見られちゃうのかなって最初から思ってはいました。“戦争遺跡”っていう言葉って、戦争の記憶を保存しようと思ってる人たちが作って、広まった言葉だと思うんです。

それはそれでいいんだけど、だからこそ、僕は戦争遺跡っていう言葉をなるべく使いたくない。なぜかと言うと、戦争遺跡と呼ばれると、新地なんかのただの土地でさえ戦争遺跡に組み込まれるし、当時、軍馬を入れていた木造の建物だってそうなるだろうし、時代的に考えて幅が広すぎるんですね。

米田:結局、歴史って後から作られるものだから、いくらでも状況が変わってしまって、後から「この遺跡はこういう風な事件があったから、こういう見方をしましょう」ってなる。

下道:そうなんです。戦争遺跡っていう言葉が、全てを一まとめにして、同じ方向から見るような活動になっているような気がする。だから、もっとそれをバラバラに紐解いていったら、戦争って言っても、日清戦争もあり、日露戦争もあり、その間に中途半端な時期もあるのに、それら全部を含めて戦争遺跡って呼んでる部分があるんですね。

実際は戦争に使われていなくて、どっちかというと戦争の抑止力として使われている建物もあるんです。さらに言えば、トーチカの防衛陣地の作りなんかは、昔のお城とかとも共通した部分も多い。それなのに、はっきりしない時期の遺物や現場を“戦争遺跡”として扱って、平和ウォークとかでみんなで歩いちゃったりするのはどうかなって思うんですよ。

米田:そういう戦争教育的な見方だと、写真を撮る方としては新しい創造は出来にくいですね。

掩体壕
©Motoyuki Shitamichi

下道:だから、トーチカとかを撮って、勝手にどんどんカテゴリー化していくうちに、これらは戦争遺跡って枠に入っているけれど、一般的な戦争遺跡への興味は自分にはないな、って気付いたんですよ。一般的な認識の方に引っぱられるんじゃなくて、自分だけのカテゴリーを作っていければいいなって思いました。

米田:下道さんが撮るものと撮らないもの、そこを決める差はなんですか?これは撮るっていうのはどういう風に決めているんですか?

掩体壕の図
©Motoyuki Shitamichi


下道:『戦争のかたち』の制作のために、色んな戦争の遺構をカテゴリーに分けていくうちに思ったのは、これらの建物は戦争のために作られていて、戦争が終わった瞬間から意味を持たなくなる、そこに自分は興味があるんだなということでした。
例えば、入り口と小窓が1つだけの敵の上陸を待ち構えて作られたコンクリートの建造物とか、軍用機が1機すっぽりと収まるようなドーム型の格納庫とか、今じゃ何の意味も持たない、使いにくいだけの建物なんですよ。

米田:物として面白いさと、その周りの風景とのギャップがストレインジですね。

下道:そう、現在は機能を失ってはいるけれども、そもそもは超機能的な建物です。
米田:じゃあ、調べて行っては見たものの、実物を見たら、撮らなかったってこともあるんですか?

下道:それはありますね。保存されていたら、だいたい撮りません。例えば、地元の人が撮った古い写真に、水田の中に巨大なコンクリートの建物が浮かんでいるように残っている風景を見付けて、現地に行ったことがあるんですが、実際には芝生が植えられていて、平和公園のように保存対象になっていたんです。それを見てしまうと、絶え間なく流れている風景の中に存在していないというか、標本化されてるような気がして、撮る気が起きませんでした。

2

歴史を刻む建物でイベント


下道:実は仲間と数年前から、土地は国有地だったり民間に払い下げられているんだけれど、建物の管理は曖昧になっている、戦時中に建てられた建造物でイベントをやっています。きっかけは、大阪の下町にある、飛行機を落とすための高射砲でした。そこには戦後のゴタゴタの中で人が住んじゃったんです(笑)。建物自体は国のもので、戦後に国は壊したいっていう気持ちがあったんだけど、日本中に同じようなものが残ってるから、何年経ってもほったらかしにしていたんです。そんな理由で、人が住み着いてしまって、不法占拠が成立しちゃってるわけなんですね。

米田:へぇ~。高射砲台に住むのって、すごいですね。面白そうだけど、ちょっと怖いかな(笑)。

戦争の遺構をスクウッティングする活動
『Re-Fort』
©Motoyuki Shitamichi


下道:それで、権利とかどうなってるの?って話を訊いたんですが、どうも無いらしいんです。まあ、高射砲台に住んでる人の話なんですけどね(笑)。
戦争の遺構が歴史を伝えるための教科書のようになっている中で、砲台が住宅になってるのって奇妙で面白いし、かつ、有り得る話、自然な事だとも思うんです。

そこで、僕らは、ほったらかしになってる建物を“スクォッティング”(占拠)して一時期だけの機能を与えるのもアリなんじゃないかって思ったんですね。誰かに、「何をしてるんだ!」って怒られても、「これは誰のものなんですか!?」って逆に問い直せば、きっと困ったことになる、って考えてたんです。

米田:そこで初めて、行政もその建物について考え始めるかもしれませんよね。でも、実際、所有者って法律上はどうなってるんですか?

下道:実際に、千葉にある建物を占拠しようとした時に町役場の人が嗅ぎつけてやって来たんで、「この建物は誰のものなんですか?」って訊いたんですよ。そしたら、「それはよく分からんが、この土地は県のものだから困る」って言われて……

近藤:その時は逃げたんですか?(笑)。

下道:いえ、1週間はそこで住んで、最後の土日2日間でイベントを開催したんです。でも、3日目とかに通報されちゃって……。そこは大人の交渉で数日かけて土地の許可はとりましたけど、建物には不法で住んでましたね。

米田:そこは公園のようなパブリックな場所なんですか?

下道:そうですね。でも、やっぱり誰のものか分からない状態だから、「もう少し上の人に、この建物は誰のものか訊いて下さい」って言ってみたんだんだけど、「やっぱりよく分からない」って言われましたね。管轄は自衛隊じゃないかとか、国じゃないかとか言われました。

米田:でも、最終的には裁判やって決定するしかないですよね。

下道:そうなんです。高知県南国市の水田の中に、そういう建物がたくさん残っているんですが、地元の農家の人が、その建物を避けながら面倒くさそうに田んぼを耕してるんですよ。だから、「これは誰の建物なんですか?」って訊いてみたら、「土地はうちのもんだけど、これは国に壊してもらわなきゃ困るんだ」って言われたんですよ(笑)。

近藤:確かに自分で壊すとなると大変でしょうね。

下道:町に問い合わせてみたら、1か所だけ建物も土地も全部買い取って保存する動きはあるけど、やっぱり他のものは放置するんだって言う。

米田:だけど、それを国が意味付けして展示物のようにすると、さっきの戦争遺跡みたいな形になっちゃうんですよね。

下道:だから、僕は、役所が畑の人と交渉して、建物を何か他の用途に使っていくっていうのもできるだろうと思うし、それが建物とつき合っていく関係でも良いのではないかって思うんですよね。

3

自分でも気づかない香りを他人が楽しんでくれれば


下道:『アマゾン』とかネット書店を見ると、僕の本を買った人が他にどういう本を買ったとかいうのが読めますよね。実際に見てみると、確実に戦争遺跡好きとかしか読んでないんですよ。だから、どうやったらそういう人じゃないところへも届けられるのかなっていうのを、やっぱり考えたいんですよね。

近藤:『TOKYO SOUCE』でも、例えば好きなソースっていうのが幾つかあるとして、その人の作品を知らなくてもこういう本が好きな人なんだっていうことで読む人がっていければいいなって思っているんです。入り口はどこでもいいっていう。

下道:僕も、意外とそういう入り口を広めに作ったりとか、入り口を上手く開けときたいっていう気持ちはあります。

近藤:そういうのをちゃんと考えてるなって、話を聞いてて思いましたね。まず、カッコいいって思ってもらって、その後に、種明かしが戦争の話があるっていうような、見る人のストーリーまで結構ちゃんと考えてるっていう。

下道:戦争の遺構に関する写真の展示を『イナックスギャラリー』でやったことがあるんです。出版社の持ち込みと同時に、雑誌『10プラス1』に売り込みに行ったら、展示を勧めてもらったんですよ。美大を卒業して以来、アートの世界での発表じゃなくて、よりパブリックで無差別にバラまけるような表現形態を探して、出版やイベントでそれを表現しようとしていたんですが、その展示では、展示なんだけど、説明を読んでもらえるような導線を作ろうと、全ての写真をランダムに貼って、最後にそれが何だか分かるようにと、図とちょっとした文章をつけたんです。作品1つ1つのキャプションには、何県何市という情報と、カテゴリーを表すアイコンだけを貼ってね。

来場者の様子を僕は見てたんですが、会場に来た若い子は「カッケーじゃん、これ!」って言いながら入って来るんだけど、最後に説明を読むと「あー、戦争ねー」みたいなリアクションとるんですよね(笑)。

近藤:アイコンが気になって入ったけど実は戦争かよ、みたいな。

下道:うん。10代の女の子2人が、「この建物可愛い」って、トーチカの写真を見て言ってて、その後に説明を読んで「あーそうなんだぁ」って言って帰って行った…。僕は、心の中で、「もう一周回れ!」って思ってたんだけど、そのまんま出ていった。その子らも、2周すれば、きっと違う写真に見えたと思うんですよね。

近藤:アイコンを横にくっつけとくとか、分かるか分かんないかのギリギリのものにしとくような、繋がるための仕掛けまで考えるのは、珍しいですよね。

下道:分かるヤツだけ分かれば良いじゃん、ってのは好きじゃないんです。でも、作品が持っている余韻みたいなものだったり、自分でも気付くかないような香りのようなものを他の人が楽しむような感じがいいは好きだし、説明的な作品かもしれないけど、その辺は大切にしたいですね。

米田:入り方は多分マチマチでいいし、意味とか気付きってのも、すごく後でやって来てもいいわけですよね。

下道:でも、自分も多くを説明したくはないし、見てみて、どういうものか分かった後にどう感じるかは自由ですからね。だから、どのくらいまで自分が説明していいのかっていうバランスはいつもすごく考えているんですよね。

4

祖父の絵の行方を追って


米田:『戦争のかたち』を出版されて、今興味あるのはどんな題材ですか?

下道:『Pictures』というシリーズを撮っています。戦争遺跡を撮ってる時に…あ、戦争遺跡って言っちゃったけど(笑)、戦争遺跡を撮ってる時に、「これは誰でも撮れるな」って思ってたんですよ。国内で、戦争遺跡をモチーフにした写真と言えば、戦争遺跡として歴史をズシリと感じさせるモノクロ写真とか、廃墟的美しさのみに引っ張られた廃墟写真とかがある。

僕はそういうところからは意識的に外そうと思っていたし、自分の場合は、建物中心にもっと引いて、その建物が風景の中で、どう空間的に存在するかっていう面白さを見せたかったんです。だから、いつも引きで建物を中心にシンメトリーに配置していた。それが一番表現しやすい形だから、そのやり方で撮ってはいたんだけど、結局は誰でも行けば撮れる写真になっているし、芸術写真の中では既に定番化されている手法だと思います。

だから、自分にしか撮れない写真やテーマを探しながら、ここ2年間くらい撮ってるのが、うちの“おじいちゃんの絵”なんですよ。じいちゃんは趣味でずっと絵を描いていたんです。ベレー帽かぶっちゃって、旅に行っては描いて、もう印象派大好き、みたいなじいちゃんだったんですけど、彼の絵が日本中の友人とか親戚とか色んな人の繋がりの中で貰われていったんです。じいちゃんはもう死にましたが、彼の描いた絵は今でも旅をしながら生きているんですよ。

近藤:おじいさんは有名な人なんですか?


下道:いえ、全然(笑)。日曜画家ですよ。
近藤:アメリカの作家で、色んな人の有名な絵がどこに飾られてるのかっていうのを撮っている人がいます。例えば、アンディー・ウォーホルの絵が金持ちの悪趣味のリビングに飾られてるみたいなのを撮るっていうのが彼の作品で、その人の作品500万円とか1000万円とかする。そういう、元々作られてた文脈から違う文脈に移されて、これはどうなんだろう?っていう、そこに注目している作品なんですか?

下道:自分の場合は、自分が絵を描いてたけど描けなくなったっていう過去があるので、僕とは正反対に、じいちゃんが普通に旅して絵を描くのが好きで、純粋に描いていた事に対して、羨ましいなって気持ちがあります。普通によくある絵なんだけど、素敵だし、日本の庶民的な生活の中で、作品がどのようにして空間で生きてるかということに対する興味が根本ですね。そのアメリカの作家のように、アートで何かを皮肉ったりする気はないし、もっと観察することの楽しさのようなものかもしれない。それから、テーマがテーマなので、あまりウェットにならない様に気をつけてはいますね。

5

フューチャーソース



>>ヨーロッパ

下道:今年(2007年)の9月に行くんですが、ムサビの『パリ賞』というのを受けまして、レジテンスに近い形ですね。一応、ヨーロッパの周り方を色々と調べています。

米田:現地にはどのくらい居るんですか?

下道:1年ですね。

米田:そんなに長くいるのは初めてですか?

下道:うん。でも、調度いいですね。数週間の旅じゃ満足できなくて、漠然と30歳までに1回日本の外に住もうとは思ってたんで。一度、ヨーロッパに行った時に、気になった被写体があるのその辺りから始めようと思っています。(内容は秘密です(笑))

>>台湾

下道:台湾には2回行ってるんですが、足りないですね。

米田:まだ撮りたいところがいっぱいある?

下道:撮りたいところというよりは人間に興味があるんです。同世代の台湾人に興味がある。話していて面白いですよ。

台湾や韓国に行ってみると、こんなに日本人と似てるのに、国が変わるとなんでここまで違うんだろうって思います。「日本人はどこから来たのか」みたいな、類似探しではなくて、内面の違いに興味があるんです。政治的な部分だったり、誰かが人為的に与えた方向性も、写真を撮っていて人の表情からも感じますね。

米田:結局、教育と文化なんでしょうね。

下道:でも、台湾って、1年も経たないうちに政権が変わって、考え方がガラっと変わってきた。国民党政権から今、民進党とか独立派が強くなってきて、たぶん李登輝さんの辺りから民主国家として台湾のアイデンティティーみたいなのを、もう1回考え直す機会が人々に出来たりして、国の変わり方が急激で面白いですね。

米田:コロコロ政変がある国だから、世の中どうでも転がるんだって、慣れてる感じがしますよね。

下道:すごく慣れてます。台湾の若者と話していると、「韓国人って日本人嫌いらしいけど、本当?」とか訊かれたりします。そういうフラットな目線を彼らは持っていますね。

あと、台湾って2つ楽しみ方があって、台北中心に温泉に行ったり、お茶飲んだりマッサージ受けたりっていうコースと、台北をスルーするコースがあるんです。台北にいるとそういう感じなんだけど、台北を出るともう一瞬で風景が変わるんですよ。整理整頓されていない、ぐちゃぐちゃな文化がぶつかって来たり、懐かしいを通り越した古い雰囲気を感じたり。1周したけど、まだ飽きないですね。

>>カメラバッグ

下道:カメラバックって何であんなに格好悪いんだろうって思うんです(笑)。僕はリュックのやつを使ってるんですが、恥ずかしいくらいカッコ悪くてね。これはもう俺がデザインするしかないんじゃないかって思うぐらい、良いのが無くて、いつも気になってます(笑)。

>>祖父

下道:さっきも話したんですが、日本全国にじいちゃんの見た風景が絵として存在して、その周りにはそれを飾ってる人の生活空間が広がっている。モノを作り出した後にそれがどんな環境に置かれているのかに興味があります。僕の本も誰かの家の本箱にどういう風に置かれてるのかって。

米田:おじいさんの絵は全部探したんですか。

下道:探しながら撮影中ですね。1つ行くと、そこからまた繋がってて「あの絵なら、あの人にあげたわよ」みたいなことを言われるんですよ。だから、旅が旅に繋がっていく。

米田:じゃあ、おじいさんの絵についての作品はこれから発表するんですか?

下道:展示と出版の両方を考えています。出版社に商品として売れる要素を盛り込まないとダメと言われるなら、自費出版もありだと思っています。

[#]ドキドキするものを探すしかない[/#]
下道:他にフューチャーソースを考えたんですけど、ここまでしか出なかったんですよね。本とかも探してみたんですけど、今でも興味持って読んでる作家とかいないし。

米田:目標とかもあまり決めたくないんですか?

下道:決めたくない訳ではないんですが、基本的に直感型で、何にでもすぐに飛びつくんですが、アウトプットにはすごく時間がかかるんですよ。何がどのように発表できるか、今後については自分でも正確なことは言えないんですね。

米田:さっきのその国家神道の話も、とりあえず行って撮ってみて後から考えるみたいなところって最初にワクワクしたり、カッコいいっていうのも先にないと、勉強から入るとモチベーション上がんないじゃないですか?


下道:本当にそう思いますね。だから、まず初めにドキドキするものを探すしかない。
米田:じゃ別に目標とかもそういうのも大して?

下道:ないですね(笑)。まずは今目の前にある構想を形にして行きたいです。パリに行くための面接に受けたときも、「向こうに行ってみなきゃ分かんない」って、素直に言いました。その結果受かったんですが、まずパリでも、半年くらいはフラフラ面白いものを探すんでしょうね。それを持って帰ってくることができればいい、みたいな感じかな。今は全然興味なくても、帰ってきたら鉄道マニアになってたりするかもしれないし、全く分かんないですね(笑)。

下道基行 Motoyuki Shitamichi
1978年岡山生まれ。武蔵野美術大学造形学部油絵科卒。2005年、『戦争のかたち』(リトルモア刊)を発表。 今夏、東京・新宿眼科画廊にて、『下道基行展』を開催。(7/21~8/3)
Motoyuki Shitamichi official web

取材:米田知彦(TS副編集長)、近藤ヒデノリ(編集長)、サトコ(TS)
撮影:植本一子
協力:前田マリ子、坂口惣一
取材日:07/02/04、07/02/24

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