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李明喜 (スペース(空間)デザイナー/デザイナー) 前半


空間デザイナー李明喜さんと出会ったのは、2007年のある忘年会の席だった。その会の主宰は以前TSでインタビューした猪蔵さんで、猪蔵さんに紹介されて僕は李明喜さんと挨拶したのだった。その後は、お互いの仕事の話から人文や科学、カルチャーやインターネット、スポーツまで多岐に渡って盛り上がり、その晩は2人でずっとしゃべっていた。

デザイナー李明喜さんの手がける店舗や建物は、どれもユニークで独創的であり、李さんのいわば「思想」が込められたデザインで空間が構築されている。2007年には銀行による「夢」をテーマにしたコミュニケーションスペース「d-labo by SURUGA BANK」を創る。「d-labo」は、ライブラリで本を読んだり、1冊の本から広がる本のネットワーク(ハイパーライブラリ)を探索したり、ウェブから投稿された夢アトラス上を旅したり、インタラクティブな夢年表に日付を入れたり、語り合いながらゆっくりコーヒーを飲んだり……といった、ユーザーとインタラクティブに創っていくコンテンツと、そこから生まれるコミュニケーションとが日々更新される場となっている。

「d-labo」のほかにも、TS初期にインタビューしたトランジット代表の中村貞裕さんがオーナーを務める「外苑前Office」や「Sign外苑前」、「Sign代官山」など、彼は人と人とのコミュニケーションを生む「場」を創り続けている。どれもTSが掲げるテーマである「未来を面白くする」ようなアイデア溢れる空間だ。

今回のインタビューの場所は、彼が最近デザインした日本科学未来館に隣接するロッテリア。彼の科学への旺盛な好奇心と、訪れる人に科学への興味のきっかけを生み出すための趣向が凝らしてあるスペースとなっていた。インタビューを通して彼の創作の源に触れた僕は、ますます李さんが手がける建築や空間から目が離せなくなった。
(TS副編集長・米田知彦)

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人文、社会、自然科学を横断する建築や空間デザイン


米田:お仕事についてのインタビューは過去にも幾つかあるので、今日は李さんのパーソナルな部分を中心に訊きたいと思っています。子供の頃は何になりたかったんですか?

李:僕は科学者になりたかったんです。天文学や宇宙が好きで、天体望遠鏡が欲しくてしょうがなかったんですけど、うちの親がそういうことに全く理解がなく買ってもらえなかった。しばらくは悲しみにうちひしがれて過ごしていたのですが、そのうち気持ちが建築に移っていって。祖父が家を建てていた現場に毎日のように連れていってもらったり…小学校3年生くらいからは一貫して建築をやろうと思っていました。大学は工業大学の建築学科に入ったのですが、工学部の建築学科というのは僕の考える建築とはずいぶん違ったんですよ。それで、このままいたらやりたいことは出来ないなと思って、一年で中退しました。

米田:具体的には何が違ったんですか?

李:やっぱり工学という枠の中で建築を捉えてはダメだと思ったんです。理系/文系と分けることもおかしいですし。建築や空間デザインは、哲学や美学を含む人文科学も社会科学も自然科学も横断的に学ぶべきだと思っていて、それら全てを大学は満たしてくれると思っていましたから、簡単に幻滅してしまった。今考えるとあまりにもウブでしたね。

当時(80年代後半)、僕は典型的なファッション小僧で、しかもファッションショプがインテリアデザイナーの華やかな実験場となっていたということもあって、「ショップ空間のデザインを学ぼう」という名目で、地方のアパレル会社で働きました。5年くらいそこで販売からバイヤー、そして販促企画等をやっていました。

そこでは経験知として学ぶことは多かったのですが、やっぱり最低限のスキルは学ばなきゃなと思って桑沢デザイン研究所に入りました。桑沢では学校はあくまでもきっかけとして、自分の行動によって学習する環境を創り続けるという感じでしたね。多少は過去の経験から学んでいたので(笑)。卒業と同時にインテリアデザイン事務所に入って、3年半くらいそこでデザイナーとして働いてから独立しました。

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モヤモヤした言語化・図象化できないものが本当に作りたいもの


米田:独立する時のコンセプトはあったんですか?

「Sign外苑前」 photo by Tetsuya Yamamoto

李:そんなのないですよ~(笑)。自分がデザインをやっていく過程で自然にそうなっただけですから。
最初の話にも繋がりますけど、建築とインテリアデザインという厳然な区分があることへの違和感が僕の中にはあって、それが色々なことをつまらなくしている要因だと感じていたんです。テクニカルやスケールの違いは程度の差でしかなくて、それが建築とインテリアの境界を生むわけではないですからね。僕自身、やはりインテリアデザインのプロジェクトをやることが多いのですが、建築に関わることもありますし、最近ではインフォメーションやWeb、映像のディレクションやデザインまでやることも多くなっています。
でも、それは領域を超えてやっているというわけではなく、環境としての空間を創造しているということで、違いはないんです。

米田:以前、李さんのお話を伺った時にも感じたんですが、“総合知”を志しているというか、いつもあらゆる方向性から考えに考えてアウトプットしているような印象があるんです。

「Sign外苑前」photo by Tetsuya Yamamoto

李:まず基本にあるのが、「人間/生命への興味」ということです。人間/生命を考えるためのアプローチとして僕は空間や環境からのアプローチが一番面白いと感じています。今では身体と環境を分けてしまっては生命を考えることもできないと思っていますし。

僕はデザインする時に、予め着地点を決めてそれに向かうというやり方はあまりやりません。それは可能性を狭めることになりますから。そして、ある事象に向き合って考え始めると、自分の頭や身体の中にモヤモヤとした言語化も図像化もできないものが現れてくる。それを何とか表すためにあれこれと必死に考え動き続ける、という感じですね。だから、ギリギリまで言語化しないし線も引かないんです。

米田:それは面白い状態なんですか? それとも辛い状態なんですか?

李:めちゃくちゃ面白いですよ。でも、一方ではとてつもない孤独を伴う状態ではありますが。

米田:僕は逆に書きながら考えるんです。アウトプットすることで自分が何を考えていたかが、分かっていくし、世の中のクリエイターと呼ばれる人もそういう流れがある中で、李さんのやり方は面白いですよね。

李:もちろん何も書かないというわけではありません。でもそれはダイレクトに作るということではなく考えるためにあらゆる場所から動かすということですね。

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Signと中村貞裕氏


米田:OFFICEやSignのオーナーでありプロデューサーの中村貞裕さんとは出会ってすぐに意気投合したらしいですね。

「OFFICE」 photo by Tetsuya Yamamoto

李:中村さんとKIKIちゃん(モデル、女優)の3人で『POOL』という雑誌の創刊号で対談したのですが、その帰りに中村さんと2人でご飯を食べようってことになって、いきなり意気投合して夜中まで大盛り上がりで話しました。その時に中村さんはすでに「OFFICE」の構想を持っていて、「これは面白いからぜひやろう!」って話になったんです。
今年の4月には「Sign五反田店」がオープンしましたし、「Sign」はこれからも少しずつ増殖していく予定です。「Sign」以外にもトランジットさんとは今いくつかのプロジェクトを進めています。

米田:ところで、李さんの最近のマイブームとかハマっている遊びとかってあります? 中村さんはそういうところからアイディアが浮かぶって言葉も過去のインタビューでありましたが。

李:中村さんは本当にそうですね。そういうことをアイデアに昇華させるのが上手いと思います。場を作ってそこに吸引力を持たせるっていうのはそんなに簡単な事じゃないけれど、彼はとても自然にそれをやってしまう。

「OFFICE」 photo by Tetsuya Yamamoto

僕のマイブームですか…、今はアニメ『電脳コイル』のDVD全巻揃えて熱中していますが、基本的に移り気なのでこのインタビューがアップする頃にはもう変わっているかもしれませんね(笑)。

4

コミュニケーションの場としての銀行「d-labo」


東京・六本木のミッドタウンにあるスルガ銀行「d-labo」 photo by Nacasa&Partners

米田:2007年にオープンした東京ミッドタウンにある「d-labo」には何度か行かせてもらいましたが、「変わった銀行だなあ、これって銀行かなあ」と自分が思っていた銀行とは全く違う印象でした。

李:「d-labo」は元々スルガ銀行さんがミッドタウンに出店するにあたって、通常とは違うユニークなことをしたいという意向を持っていて、北山創造研究所にプロデュースを依頼されていたんですね。それでプロジェクトを起動するにあたってのブレストが開かれ、それに僕も参加したというのがプロジェクトに参加するきっかけでした。

米田:その時から「夢」をテーマにするということは決まってたんですか?

李:既に「夢」というキーワードはありました。「夢」をテーマにして銀行とお客さんとの新しいコミュニケーションを生み出す場を創ろうという話になって、僕はコミュニケーションの複層性を考えて実空間とネットワーク、情報空間を1つの場として創ることを提案しました。

「d-labo」内にあるライブラリ photo by Nacasa&Partners

「夢」って誰でも語れそうなテーマでありながら実は共通するコミュニケーションが見つけづらいテーマでもあるので、コミュニケーションの可能性はできるだけ広げましょうと。もちろん僕にとってはそれら全てが空間ですから。

米田:Webで集めた夢に関するアンケートをバーチャル地球儀にちりばめたり、引き出し型のギャラリーがあったりと、幾つか仕掛けがありますね。コンテンツはだいたい李さんが考えて?

李:そうですね。このプロジェクトでは空間デザインだけでなくコンテンツ・ディレクションも担当しました。ただ毎週の定例会議に多くのメンバーが集まって激しく粘り強くディスカッションしながら進めていったので、チームで創っていったという部分が大きいです。

米田:また「d-labo」には非常にユニークなライブラリがありますね。単純な感想として「ここで本を読んでいるとどうしてこんなに落ち着くんだろう」と思いました。「夢」「環境」「お金」というテーマで本をセレクトしたというBACHの幅充孝さんのセンスも大きいんだろうとは思いますけど。幅さんとの出会いは?

「GAS SHOP」photo by Lucinda Newton-dunn

李:以前、「GAS」が中目黒に「GAS SHOP & GALLERY」を作った時にデザインを担当したのですが、そのプロジェクトで作った「モノリス-G」という什器とパッケージを書店でも置いてもらうおうと、GASの夏目さんと青山ブックセンターの六本木店にプレゼンしに行ったんですよ。その時の担当者が当時まだ青山ブックセンターにいた幅さんでした。その時が初対面でそれから数回会う機会はありましたが、じっくり話すようになったのは「d-labo」で共にプロジェクトをやり出してからですね。

米田:「d-log.」というレクチャープログラムもやってますね。

李:経済や環境といったテーマは銀行の得意なところなのですが、「d-log.」では部分的の僕たちも参加して通常の銀行ではないようなレクチャーもやっています。初回にやった東浩紀さん(批評家)と北田暁大さん(社会学者)の「d-laboから考える-僕らは年に夢を見るか」や本好きを集めてのオフ会「d-labo 読書部はじまります」等、通常銀行には来ないような人々が多く集まり盛り上がりました。

5

視覚体験に閉じない空間


「JAM HOME MADE」photo by Tetsuya Yamamoto

米田:では、だいぶ前のお仕事になりますが、「ジャムホームメイド」については?

李:コマーシャルスペースとしては僕の初プロジェクトですね。「ジャムホームメイド」というアクセサリーブランド自体も初めての直営店で異常にテンションの高いプロジェクトでした。千駄ヶ谷にある彼らのオフィス兼アトリエの一部を使った非常にコンパクトなスペースなのですが、ショップ全体が“無響室”なんですよ。

米田:無響室??

李:音響実験等のために使う特殊な部屋のことで、NHKの技研には巨大な無響室がありますし、初台のICCにも小さいものがあります。音はまっすぐ進む波という基本的な性質を持ちますが、通常空間において音は様々な反射音による残響を伴って知覚されます。

「ジャムホームメイド」のショップ空間の壁・天井はファブリックに包まれた鋭角な楔形のグラスウールで覆われています。それによって残響のほとんどない空間になり、身体は不思議な不安定さを憶えます。これ自体我々がいかに聴覚にも支えられて空間を認識しているかということを表しているのですが、残響のほとんどない空間では、例えば発話の地点や距離が目を閉じていてもクリアに感じられます。そういった聴覚による空間認識をより強く意識して「音で感じる空間」をデザインしたんです。

建築にしてもインテリアにしても視覚のみで考えられた、つまりフォトジェニックなだけの空間が多いんですね。人間が空間を認識するのに視覚が特に大きな要素を占めていることは分かりますが、その際の視覚は生態学的視覚ではなく対象としてのフレーム的視覚にのみ力点がいっている。

もちろん、それも素材の1つとしては面白いのですが、そこだけで空間を考えるのでは面白くないでしょう? 視覚や聴覚などの五感の総和としての知覚だけではなく、全体性や関係性で生まれる単純に五感とか名指しできない感覚もあるわけですから。このプロジェクトでは音にフォーカスして視覚体験に閉じない空間を創りたかったんですね。

米田:じゃあ、BGMに何を採用したんですか?

李:単なるBGMじゃなくて、この環境の構成要素としての音をカールステン・ニコライ(坂本龍一とのコラボレーションでも知られるドイツ出身のアーティスト)に創ってもらいました。たぶん、彼が「ギャラリー360°」で日本では初めてのインスタレーションを展示した頃で、それを観たり彼のCD作品を聴いたりして、直感的に「この人だったら、このプロジェクトのコンセプトを理解してくれる!」と思いました。そんな時にカールステンが何組かのアーティストと共に恵比寿の「milk」でライブをするという情報を彼と面識があったアートディレクターの黒田益朗さんから聞いて急遽一緒に会いに行ったんですよ。

「JAM HOME MADE」photo by Tetsuya Yamamoto

余談ですが、当時、「音響系」と呼ばれるアーティストたちが佐々木敦さんらに紹介され始めた頃でまだまだ知名度は低く、この日のカールテンのライブもホールに10人くらいの男子のみでその多くが体育座りという状態でした。今のカールステンのライブの状況からは想像もできませんね。

で、ライブ終了後に黒田さんに紹介してもらってあいさつもそこそこに「実はこういうプロジェクトがあって、ぜひ君に音を創ってもらいたいんだ! クライアントも初めてのお店でお金もないんだけどどうかな…」って話をしたら、「それは面白い!すごく興味があるから詳細をメールで送ってくれ」って感じで一緒にやることになりました。

それからはメールと途中からは一枚の手描きのスケッチにお互い即応で書き込みながらFAXで送り合ったりして進めました。彼はコンセプトをごく自然に理解してくれて最終的にそれに相応しい音を創ってくれました。最高のタイミングで最高のコラボレーターと出会えたという希有のケースでしたね。

米田:単なるフォトジェニックな部分じゃなくて、五感を超えるようなものまで、と考えたり、現状の空間デザインに対する違和感みたいなものを感じ始めたりするようになったきっかけは何かあったんですか?

李:特に違和感をことさら強く意識しているわけではないです。僕が考えてきたことは、空間を体験として捉えていけば自然に考えることだと思いますよ。

さらに言うと、体験にとっては時間の問題がとても大きい。それも瞬間と瞬間の集合としての時間ではなく、複雑系の研究者である池上高志さんが彼の著書の中で書いている「いままさに発展する」時間構造としての時間。空間を体験するということは「いままさに発展する」という時間構造の中で我々は体験するということなんですね。

米田:確かに終わる事のないシークエンスみたいなものですよね。

李:そうですね。でもそんなことを考えなくても建築もインテリアもできるらしいんですどね(笑)。

6

海、サッカー、本、SF、etc.――マイソース


生活の場の延長として海を体験して育ちました。

サッカー

ヨーロッパを訪れる時は必ず1、2試合はスタジアムに行きます。元々マンチェスター・ユナイテッドのファン。

本、本屋

物事の関係性が揺さぶられ再構成されていくような読書体験が好き。

SF

衝撃だったのは、スタニスワフ・レムの『ソラリス』。

『ゲーデル、エッシャー、バッハ』

ゲーデル、エッシャー、バッハの3人を取り上げながら著者が考えるプロセス自体を書き綴ったような本。


 

●海

李:生まれたのは兵庫県城崎の香住(かすみ)というところで、育ったのは島根県出雲市で、いずれも日本海沿岸です。小学校を卒業するまでは夏休みの間はずっと祖父母のいた香住で過ごしていました。海水浴場からは徒歩4、5分のところで、毎日朝から暗くなるまで海で泳いでいて、ひと夏で3、4回は脱皮していました(笑)。

僕はマリンスポーツは全然やらないんだけど、生活の場の延長として目の前にあった海を体験して育った。だから、海に対してはいいイメージだけじゃなくて怖さも見てきました。目の前で溺れた人が救急車で運ばれるシーンは毎年日常的に見ていたし、僕自身も沖に出ている時に潮の流れで泳いでも泳いでも戻れなくなって、そのうちに痙攣を起こして「もうだめだ」という場面に何度もあっているし。まあでも、近所の原っぱで遊ぶような感覚で、海が目の前にあったという感じでしたね。

●サッカー

李:ちゃんとやっていたのは小学校までで、一応「リベリーノカップ」という全国大会に出たこともあります。(リベリーノはかつてのブラジルの名選手で鹿島アントラーズの監督を務めたこともある)それ以降はやるのはせいぜい遊びレベルですが、観ることに関してはジャンキーです(笑)。

通常はテレビ観戦ですが、時々日本代表やJリーグを観に行きますし、ヨーロッパを訪れる時は必ず1、2試合はスタジアムに行きます。元々はマンチェスター・ユナイテッドのファンで、90年代後期のギグスが全盛でベッカムがやんちゃな頃(98-99のトレブル達成の頃)が一番好きだった。

●本と本屋

米田:李さんは「VAGANCE(ヴァガンス)」というWebマガジンでも本を巡るインタビューの連載をやってますね。

李:本も本屋も本棚も大好きだけど、「○○に役立つ」とか「○○になる」みたいな、すぐ役に立ちます的な読書には興味がないんですね。その本を読むこと自体が楽しめてそれによって物事の関係性が揺さぶられ再構成されていくような読書体験が好きです。

それから、自宅の本棚と仕事場の本棚と自分がよく行く本屋さんや図書館の本棚って、全て自分の頭と身体によってシームレスに繋がっているライブラリなんですよ。僕は自宅の本棚の組み換えを頻繁にやるんですけど、さっき言ったように、ある本を読んで関係性が変わると「この本はあっちに置いたほうがいいな」とか思っていじり始めてしまう。よく行く本屋さんの棚が変わったりしてもまた自宅の本棚をいじってしまいます。気になると止まらなくなって大変ですけど(笑)。

だから、本と本屋は自分の頭や身体を通して繋がった環境ですね。それは単なるデータベースや目録ではなく本棚という物理的な存在によって成り立つある種仮想でもある可塑的環境ですね。

●SF

李:SFは小学生の頃から読んできたし、今でもよく読んでます。星新一に始まり小松左京、筒井康隆、豊田有恒、眉村卓などの日本人の作家を読んで、それからオーソドックスにアイザック・アシモフやアーサー・C・クラーク、フィリップ・K・ディックとかを熱心に読みました。

衝撃だったのは、スタニスワフ・レムの『ソラリス』。元々僕は、我々の想像をはるかに超える何かの存在を考え出して怖くて眠れなくなることがよくあるんですが、これはまさにその想像を超える存在を描いていた。逆説的ですが、これを読んで想像が拡張されたような気がしました。近年ではグレッグ・イーガンは邦訳される度に欠かさず読みます。

マンガも大好きで、特に好きなのは弐瓶勉(にへいつとむ)。『ブラム』と、今連載している『バイオメガ』はイーガンにも決して劣らない現代の傑作だと思う。弐瓶勉はマンガでしか表現できない形でSFをやっています。あとはSF要素を持つラノベも普通に読みますよ。

●『ゲーデル、エッシャー、バッハ』 ダグラス・R・ホフスタッター著
(李氏、店内の本棚に向かって書籍をとってくる。)

米田:ここって便利ですよね、関連図書が全部揃っているという。

李:そう思ってここを選んだんですよ(笑)。

これを読んだ時は、まだ人工知能や認知科学も僕にとっては未知の領域でした。ダグラス・R・ホフスタッターというアメリカの認知科学やコンピュータ科学の研究者が一般の人向けに書いた科学書なんですが、ある結論に向けて書き進められた本ではなく、ゲーデル、エッシャー、バッハという3人を取り上げながら、論理学や芸術、音楽、人工知能、自己言及などについて著者自身が飛びまわりながら考え抜くプロセス自体を書き綴ったような本です。

そんな本なので、僕はこれを頭から通して最後まで読むということはしたことがありません。今でも時々引っぱり出して気になるページをめくったり跳んでみたり……そんな読み方を許す本だと思います。初めて読んだのは10年以上前、90年代前半かな。人工知能も認知科学もこれで興味を持って他にも色々読むようになりました。

ゲーデルに至っては不完全性定理の壮大&シンプルさと極度にナイーブなキャラクターに惹かれてその時から僕のヒーローです。

米田:認知科学とか人工知能みたいなものを学ぶ事は直接でなくても、仕事にどういうふうに繋がっているんですか?

李:学ぶという感覚はないですね。ただ面白いと思えることに自然に向かっているだけでなんですよ。どう繋がっているかは具体的には分からないけれど、様々なモデルを知ることで物事を創る上での可能性や不可能性の検証はより広くできる、ということはあるでしょうね。

兵庫県生まれ、島根県育ち。スペース(空間)デザイナー。デザインチームmattのキャプテン。外苑前「Office」や代官山「Sign」、秋葉原の秘密基地兼住宅「Akiba 1LDK + 檜風呂」、渋谷の「グランベルホテル」などの空間デザインを手がける。2007年には、東京ミッドタウン内にオープンしたスルガ銀行によるユニークなコミュニケーションスペース「d-labo by SURUGA BANK」のディレクション&デザインを担当。

リンク:matt

インタビュー:米田知彦(TS副編集長)
写真:NOJYO
日時:08/4/24
場所:東京・お台場・ロッテリア 日本科学未来館店

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