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小山泰介 (写真家) 前半


僕が小山泰介さんの写真を初めて見たのは数年前、
TSでもインタビューした在本彌生さんのトークショーで紹介された時だった。
その時に見せてもらった写真は一見、何を撮ったものかわからないが、よく見ると身の回りのフェンスや、ペンキの剥がれかけた壁など都市の断片だということに気づく。カラフルな写真の一枚一枚が、一音ずつ音を奏でるように音楽的で、触覚的な写真。好きな音楽ジャンルはきっとエレクトロニカに違いない……というのが僕の第一印象だった。

そして去年、発売されたばかりの最初の写真集『entropix』を青山ブックセンターで見つけて手にとった。以前に見せてもらった時の写真も数多く含まれていたが、僕の受けた印象は少し違っていた。
タイトルの影響(「エントロピー」とは簡単にいえば、無秩序さや乱雑さの度合いである)もあると思うが、僕の頭に浮かんできたのは、少し前に読んだ『生物と無生物の間』という本の言葉だった。

「生命とは動的平衡にある流れである」

彼の写真を見ていると、無機的なはずの都会の人工物が、時間ととともに変化する自然の一部のように思えてくる。僕は改めて小山さんに会って話を聞いてみたくなった。

近藤ヒデノリ(TS編集長)

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パリフォト、フォトマイアミに初参加


Untitled (Shadow)

近藤:まずは、参加してきたばかりの「パリフォト」※と「フォトマイアミ」※のアートフェアの話から聞かせてもらえますか?

小山:パリフォトはすごい盛り上がりで、5日間で4万人も来たらしいですけど、自分としては初めての参加だったこともあって、有名な作家たちの作品と一緒に自分の作品も見てもらえたのは貴重な経験でした。また、写真はまずビジュアルイメージとして頭に入るので、言葉の壁がないということをリアルに感じましたね。

近藤:日本との受け入れられ方の違いで印象に残ったことはありましたか?

小山:「とてもZEN(禅)的だ」と言われたり、「北斎に興味はあるのか?」と聞かれたりしたのが面白かったです。日本ではそういう風には見られないので。

近藤:以前インタビューした田中功起(TS006)さんも同じことを言ってましたが、北野武の映画にしても、日本人の作品は外国では同じように解釈されることが多いですよね。でも、小山さんの場合は根底にそういう日本的な世界観がなくはない気もするんですが。

Untitled (O)

小山:そういう意識が全くないわけではないと思うんですね。撮影の途中で神社に立ち寄ったりするし、昔は禅の本を読んだり、自然について勉強したり、インドに行ったこともあるので興味はあるけれど、意識してそれを出そうとはしていません。それでも、やはり匂い立つものはあるんだなと思いました。それを欧米の人が言い表しやすい言葉が「ZEN」なんでしょうね。

近藤:フォトマイアミの方はどうでした? バブルが弾けてお客が少なかったとか…。

小山:不況の影響をもろに受けて、お客さんがほとんどいなかった(笑)。ヨーロッパからのお客さんは、ほとんどキャンセルだったらしいです。こちらはパリフォトに比べると現代アート色が強いんですが、面白かったのは受け止められ方がパリと全然違うんですね。僕の作品が一番いいと言ってくれた人もいましたけど、基本的に「素通り」という感じでした(笑)。トラディショナルな日本の美しさとか、シンプルでわかりやすいものが評価されるようでした。後はもっと合成してるものだったり、コンセプチュアルなものが多かったですね。アブストラクトな作品もあったんですが、僕の作品のような‘有機的なアブストラクト’というよりは、90年代のテクノっぽいというか、もっと言うとクラフトワークっぽいというか(笑)。たくさんの作品とともに自分の作品を見て、改めて表現の純度を高めていこうと思いましたね。

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‘有機的なアブストラクト’を求めて


Untitled (Melt 01 / No Smoking)


小山:「有機的」という感覚は自分の作品作りの中で大事にしています。

近藤:小山さんの写真は、さっきの禅の話にも少し関係しますけど、都市も自然と同じように新陳代謝を繰り返す自然の一部として見る自然観が面白いと思うんですが、それはどこから生まれてきたんだと思いますか?

小山:いろいろな国に行ったり、自然の中でキャンプしたりする中で、徐々に蓄積されていったんだと思いますね。例えば、山の中にいると自分と周りの環境の違いがはっきりすると同時に、(自分も環境も)同じような気もしてくるんですよね。あるいは、インドの川岸などで火葬しているのを見ていると、煙も一緒に吸うので、亡くなった人の一部が自分の身体の中に入ったように感じてしまう。輪廻のような生命観を信じているわけではないんですが、そういった関係や繋がりに納得はいくんですよね。

そういう意味で、『生物と無生物のあいだ』という本にあった海辺の砂の城の話—見かけは同じだけど実は中身の砂粒はすべて入れ替わっているーという話は自分の中でとても納得がいくものでした。
だから例えば、壁の錆がはがれてるところに日射しがあたって輝いてたりすると細胞のように見えるというか、呼吸しているように感じたりするんです。そういう感覚の時にシャッターを押すことが多いですね。

近藤:以前のインタビューで、カメラを手に歩く時は頭を空っぽにして何も考えずに歩くって言ってましたけど、やっぱりそういう感じなんですか?

小山:そうですね。カメラを持っている時は、何も考えずキョロキョロしながら歩いています。以前は、渋谷や新宿などの大きな駅から行き先も決めずに、日当りの方向などに従って歩いていたんですが、最近は自分の嗜好にも縛られないように、環八とか環七など環状線沿いを歩いてます。外を歩いて撮る時は、自分の趣味や気分よりも、世界にあるかもしれないものを信じて歩いてますね。だからあまり撮れない時もある。

近藤:一日にだいたい、どれくらい歩くんですか?

小山:10キロから15キロくらいですね。昔、山を歩いている時にウォーキングハイみたいな状態があったんですよね。そういう感覚を憶えているんで、撮りに行くときも、その感覚に近づけるようにします。体を動かして、頭を空っぽにしようと手をぶるぶる振ったり(笑)。あまり人には言ったことがないですが。

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MY SOURCE


これまでに影響を受けてきた5つの人orモノorコトとその理由

山と湖と島

キャンプをしたり、自然環境の勉強をしていました。
森で1人で寝たり、月夜にカヌーを漕いだり、冬山で星空を見たり、山のゴミを拾い歩くバイトをしたり、富士樹海のガイドをしたり、中学生の頃から20歳くらいまではよくキャンプをして、自然環境や生物学の勉強をしていました。自分の感覚や感性を押し広げてくれた経験です。

インド

高2の時にはじめて行きました。
高校2年の時に友達と1ヶ月ほどインドに行き、それから数年間はアジアを中心に1ヶ月ほどの旅行をよくしていました。最初にインドに行ったとき、自分の日常生活からは見えないところで、まったく異なる世界がしっかりと存在しているということを強く実感しました。

Canon Powershot G5

初めて買ったデジタルカメラです。
500万画素のコンパクトデジタルカメラでしたが、デジカメで撮ってMacで調整してプリント出力するという一連の作業を行ったときに、自分は写真家になろうと決心したのでした。このカメラでいくつかの展示と、小さな作品集を作って、表参道のNADiffなどで販売してもらっていました。

THE EXPOSED

2006年から参加しているグループ展。
大阪CASOという天井高5mもある大きな会場で毎年5月に開催される、後藤繁雄さんのキュレーションによるグループ展。2006年から毎年参加していますが、共感できる同世代の写真家と出会うことができて、やる気と勇気をもらっています。

Wolfgang Tillmans

「Freedom From The Known」展:2006年にニューヨークのP.S.1で開催されたティルマンスの展示。
この時はアブストラクトな作品とモノクロのシリーズが大きなプリントで展示され、「Lighter」のシリーズもいくつか展示されていました。シンプルな構成で、とても印象に残っています。今年はオラファー・エリアソンも展示していて見に行ったけど、P.S.1はいつか展示をしてみたい場所です。


 

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W・ティルマンス、O・エリアソン


Subway Chair


近藤:マイソースで挙げているティルマンスは僕も好きな一人ですが、彼の作品に対してもう少し聞かせてもらえますか?

小山:P.S.1(NYにある現代アートセンター)の展示では、アブストラクトな写真とともに、モノクロの「エンパイア」シリーズなどがあったんですね。声高ではない、穏やかな政治性というか、リアルなことをやっていく中で出てくるティルマンスの政治性というものがわかった気がしました。

近藤:彼は元々、「コンコルド」のシリーズもそうだし、日常の写真の合間に兵士の写真があったり、美しい中に穏やかなラディカリズムのような政治性がありますよね。小山さん自身は、そういう政治性についてはどう考えていますか?

小山:日本や世界の今の写真やアートの状況の中でこういう写真をやっている、という根本的な意味での政治性はあるかもしれませんが、写真を提出することによって社会的な何かに働きかけるというものではないですね。「政治的」という言葉は「日常」や「生活」という言葉ととても近い気もするのでうまく言えませんが。ティルマンスのリアリティーと僕のリアリティーは異なるので、共感というよりも、同時代に生きている表現者の一人として励まされることの方が多いですね。ささやかなものとか、繊細なものに対する目線というのは近いものがあるかもしれません。

近藤:ティルマンスはアブストラクトな写真と、日常の風景といった具象的な写真を混在させるスタイルですが、小山さんはアブストラクトのみなので、そこに窮屈さを感じることはないですか?

小山:自分では常に街を歩いて具体的なものを撮っているので、それほどアブストラクトだとは思ってないんですよ。だから、「これが東京なの?」と言われても、東京を撮っていると思っています。


近藤:そうですね、小山さんの写真には今の東京の手触りがあると思います。オラファー・エリアソン(Olafar Eliason/太陽や滝など、自然現象を体験させる大規模なインスタレーション作品で国際的に知られるアーティスト)については、どの辺りに注目していますか?

小山:展示を見に行くと視覚的・体感的に新しい経験ができるんですね。それに、作品がポジティブで子供も興味をもてるものだったりする。ただ、見てかっこいいとか、新しいとかいう以上の何かがちゃんとあるんですね。彼は自然現象や気象などをテーマにしていますが、作品が置かれる環境や理論から作品が生まれてきているのだろうし、MoMAとP.S.1での展示はそういったことが実感できる素晴らしい展示でした。

TAISUKE KOYAMA
1978年、東京生まれ。刻々と変化していく都市を生物や自然と同じような有機体としてとらえ、都市の新陳代謝のような人工物の表面や状態、現象の細部を撮影し、有機的で抽象度の高い写真作品を制作している。東京在住。
http://www.tiskkym.com/

インタビュー:近藤ヒデノリ(TS編集長)
日時:2008年12月27日
場所:渋谷、宇田川カフェ

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