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深沢慶太 (編集者、ライター) 後半


編集に参加した『記憶に残るウェブサイト』(左)および、単独でインタビューや編集を手掛けた『記憶に残るブック&マガジン』(右)。(ともにBNN新社/2008年)

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メディアリテラシーと気づき


メディアリテラシー

情報に対して武装しないと、生き残っていけない時代ですね。

古武術

常識とは頭だけじゃなくて身体にも関わってるんだということが、身体を動かしてると分かります。

雑誌文化

自分が愛しているメディアですが、「なぜやってるの?」っていうことを、作ってる側がもっと考えないと。


 

米田:では、次にフューチャーソースについて聞かせて下さい。

>>メディアリテラシー

深沢:これからのメディアと社会の関係って、今までと全く違ってくると思うんです。インターネットの影響力は非常に大きいですが、ブログのコメントや2ちゃんねる、小中学校の掲示板まで、どれがホントか分かりませんよね。一方で、ネットの広告化も凄く進んでいて、「これがいいよ、あれがいいよ」と表層的なことばかりを言っている。
これはメディアのはしくれとして言うべきことじゃないかもしれないけど、騙される方にも問題があると思います。

たとえば、環境問題について言えば、考えなきゃいけないのは確かなんだけど、流される情報をそのまま受け取って、「やらなきゃ!」とか、「やっていないあなたは間違っている!」とか言うんじゃなくて、その情報が正しいかどうか考えた結果、自分の判断として行動すべきですよね。

米田:よく溺れる白熊の映像だけを見せて、環境問題をエモーショナルに訴えかけるけど、よくよく考えてみれば、氷は溶けるもんだし、白熊だって溺れることはありますよね(笑)。どういう状態でその現象が起こっているのかは断片だけでは分からないのに、いつも意図的に切り取られた情報だけで、全体のストーリーまで信じ込まされてしまう。しかも、その断片情報が切れ間なく流され続ける中で日々僕らは生きていて、それだけでおなかいっぱいの毎日ですよね。

深沢:情報に踊らされるだけだと、もう生きていけない時代になってきているんじゃないかな。情報に対して武装して生きていかなきゃけない。知識はなくてもいいけど、せめて疑う力がないと。

米田:あと、自分だけは騙されないじゃないかと思って、結構騙されてることが沢山ありますよね(笑)。

深沢:そうですね。だから、その先あるものを考えてみるきっかけっていうのは、あるようでいて、なかなかないんじゃないかって思うんです。僕はやっぱり、メディアの側が「メディアをそういう風に丸々信じちゃいけませんよ」って、メディアの中で言うべきだし、ジャーナリズムにそれが含まれるべきだと思うんですよ。

でも、そういうことって新聞やテレビは広告主に逆らえないから出来ない。ニュース番組なんてたくさんあるけどみんな言うこと同じじゃないですか。なんで日本の新聞やテレビって報じる内容がどれも一緒なのか、ちょっと考えてみれば明らかにおかしいと分かる。

米田:「メディアは権力のウォッチドッグであるべきだ」って言われますが、そのメディアという権力のウォッチドッグはいないんですよね。だって、テレビの視聴率が下がろうが、新聞が売れなかろうが、やっぱり一番の権力は、メディアじゃないですか。

深沢:その権力であるマスメディアにブログとかが対抗できると言われた時期があったけれど、今や一緒になってぐちゃぐちゃになってますからね。田中宇(たなかさかい)さんみたいに独自の見識を持っている発信者も一部ではいますし、僕も読ませていただいていますけど、重要なのは、それを盲信することではなく、多角的な見方をして自分なりの考えを持つことだと思います。だから僕はFUTURE SOURCEにメディアリテラシーを挙げました。

>>古武術

深沢:『STUDIO VOICE』で取材した方に、甲野善紀(*こうのよしのり。武術などの身体技法の研究家。桑田真澄、末續慎吾らが理論を実践)さんという先生がいて、「昔の日本人は走れなかったんじゃないか」っていう説を唱えてたんです。武士は訓練してたから走れたけど、通常は“ナンバ歩き”といって、極端な表現ですが、ある意味、右足が出る時に右手が出るような歩き方(2軸歩行)をしていたんじゃないか、と。

なぜ今の日本人がそれを忘れているのかというと、明治維新の時に政府が西洋式の歩き方を学校教育に取り入れて行進とか身体の訓練をさせたからだ、と先生は言っていました。

僕はいかにメディアに僕らの考えが侵食されているかっていう話をしましたけど、甲野さんの話を聞いて「まさか自分の身体の動かし方までそうやって刷り込まれていたのか!?」って驚いたんですね。そこまで俺らは「訓化」、つまり何かの思惑どおりに生かされてんのか!?って。

米田:現代人には、健康になる、イコール欧米的なボディービルのように鍛えるというイメージが必ず刷り込まれてるじゃないですか。だけど、食事を変えるとか寝るときの体勢を変えるとか、普通の生活の中で変えられることも実はいっぱいあったりする。

深沢:そうそう。その先生が言うには、かつての日本人の身体の動かし方っていうのは、ボディービル的な動かし方とは反対だって言うんです。そういうことを考えるのって、“気づき”があって面白い。

だから、さっきのメディアリテラシーの問題もそうなんだけど、“気づきの楽しさ”というものを、自分で得るしかないんじゃないでしょうか。何か気づきがあることが一番面白いと思うし、映画を見て変容するのもそうだし、アートもデザインも、気づきのヒントになるんですよ。

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田名網敬―、篠原有司男と


編集を手掛けた書籍より、田名網敬一作品集『DAYDREAM』(グラフィック社/2007年)。外函から本体を取り出したところ。

深沢:だから、僕が作るものは、常に“気づきのヒント”でありたいと思っていますし、幸福なことに、それはある程度出来ているんじゃないかなって。『記憶に残る~』シリーズもそうだし、僕が編集したギュウチャン先生(篠原有司男*1932年生まれ、
前衛芸術家)の本だって、ある意味、そういうものになってると思う。

米田:ちなみに、篠原さんとの出会いはなんだったんですか?

深沢:田名網敬一(*1936年生まれ、グラフィックデザイナー)先生とお仕事をさせていただいていた関係で、紹介してもらいました。ギュウチャン先生は60年代に田名網さんの家に居候してたんですね。

先生は69年にNYに移住するんですが、赤瀬川原平や荒川修作と一緒に前衛芸術グループ
“ネオ・ダダイズム・オルガナイザー(ネオダダ)”をやっていた方で、伝説のアングラスターですね。“前衛芸術家”って言葉は今や完全に死語ですが、ギュウチャン先生はいまだに本物の前衛芸術家ですから。

編集を手掛けた書籍より、篠原有司男3部作(2006年)。『篠原有司男ドローイング集 毒ガエルの復讐』(上)、『篠原有司男対談集 早く、美しく、そしてリズミカルであれ』(下左)、『前衛の道(完全復刻版)』(いずれも美術出版社)

ギュウチャン先生は、自分の作った作品を美術館に持って行って、「これ公募展に置いてよ」って言ったら、デカくて搬入口から入らなかったんで、その場で小さくするために燃やしちゃったような人です。しかも、「展示が終わった後に取りに来てください」って言われても、お金がなくて取りに行かないから、美術館側も裏庭に穴を掘って、それを捨てたっていう話があるんです。

つまり「作品を売る」という考えがそもそもない。そんなアートって、今の時代、絶対ありえないじゃないですか(笑)。先生は食うものもホントにないような、貧窮している状態の中、「俺は芸術をやるんだぜ!」ってやってこられた方で、生き方として凄くパワフルなんですよね。

本の中でも書いたんですが、ギュウチャン先生みたいに、やっぱり昔のクリエイターは今よりはるかにメチャクチャだったって話をよく聞くんです。ある意味、やっちゃったもん勝ちで、今はすでにやられてるからできないだけ、という言い方をする人もいますが、やっぱり物事を発信する側はやっぱりそのくらい熱意とエネルギーを持って後先考えずにやれ!ということだと思います。

米田:根性論じゃないんですが、やっぱりパワーや気概がないとダメですよね。

深沢:そう、気概がないと。でも、それだけじゃなくて、もっと高度なことが求められる時代だとは思います。

3

雑誌の未来


>>雑誌文化

深沢:雑誌って今相当きつい状態だと思うんですが、雑誌だからできることってまだまだあると思うんですよ。もちろん自分が愛しているメディアで、自分が仕事としてやってる業種だからってこともあるんだけれども、そこで展開できる批評性や、メディアリテラシーの行く末を考えると、今後どうなっていくのか見ていきたい。

米田:雑誌に比べて、テレビとWEBは流れていくだけなんで冷却期間がないんですよね。速報的に、表層を追っかけて、昨日の記事はもう知らないっていうのが常態です。でも、雑誌というメディアは、一歩引いてみて、「これって本当はどうなんだろう?」って考え直して咀嚼して出す。そういう批評性のあるメディアだからこそ、存在価値はまだまだあると思います。
でも、出版不況に世界恐慌が重なって、今後どうなっていくか……予想もつかないですね。

深沢:日本は種類が多すぎるから、2/3とか、1/2くらいに減るんじゃないですか。それに、はっきり言ってほとんどゴミになってるわけです。マスコミやってる人間は、「自分たちはゴミを作っている」っていう意識を持った方がいいと思いますよ。
ファッション誌なんて返品率の問題もあるし、ほとんど捨てられているわけです。フリーペーパーなんてその最たるものなわけで。

だから、「なぜやってるのか?」ということを、作る側がもっと考えてないと。編集者でも、そこを本質的なレベルで考えてる人って、そんなにいないんじゃないかって思う。

数年前の話ですが、『R25』と『LEON』が現代の雑誌を象徴する媒体と言われていました。確かにプロの仕事としていえば、パッケージとしての完成度には目を見張るものがありますが、僕が言いたいのは、いわば、雑誌が広告で成り立っているという事実がここまであからさまになったのか、ということなんです。そして、すべての媒体がそれと同じものになりつつあることが問題だと思うんです。

「果たして、そこに自発的に届けたいものはあるんですか?」と訊きたくなる。フリーペーパーにも面白い記事がたくさんあるし僕も読んだりしますが、「もっとほとばしってるものはないの?」と。
今の若い人たちの考える能力が減ってるとかよく言われますが、彼らだけの問題じゃなくて、そんなメディアにばっかり囲まれてたら、そりゃそうなっちゃいますよと。

米田:うーん、でも、そういうのに飽きてる層も多いと思いますけどね。飽きているというか、最初から信じてないというか。

深沢:だから、雑誌離れっていうのは、作っている側が自滅してるところもあると思いますね。

『Numero TOKYO』創刊準備号(2006年)

1つ言い忘れたのですが、普通の女性ファッション誌だったらやってないかもしれないけど、僕がなぜ『Numéro TOKYO』の仕事をやっているかと言うと、編集部の人達の意識に共感したからなんですね。アシスタントの女の子とか、就職を蹴って戻ってきてくれた子とかいるんです。去年までインターンやってた男の子なんて、元々スタイリスト志望で、編集部で修行した後、またイチからスタイリストのアシスタントやってますよ。

でも、彼らは、自分のやりたいことだからこそやってるんです。そうやって生み出されたものを見てると、作り手の思いが読者に伝わってることが分かる。だからって、野垂れ死んだらまずいですけど(笑)。

米田:たしかに仕事のバランスはとった方がいいですよね。〆切がある仕事だとどうしてもハードワークで体が壊れると心も荒んでくるし(笑)。

ただ、やっぱりどこかしらワイルドサイドを歩いて極端なことをしないと、人と同じことをやることになってしまうから、若い時にできる無茶というのは確実にあるし、そこまでして作っている意味は読者には伝わるんじゃないかと思います。

坂口(TS編集部):クライアントが入って雑誌が毒抜きされてしまうという話があったんですけど、『Numéro TOKYO』という商業誌における、広告とのバランスについてはどうですか?

深沢:『Numéro TOKYO』の創刊当時のキャッチコピーは、「毒抜きされたモード誌はもういらない」でした。創刊にあたってスタッフを探していた田中編集長が、僕にわざわざ会いに来てくれたんですが、自分はファッションに詳しくないし、持ちネタとしては濃いものが多いから、「僕にしか出来ないことをやらせてもらえるならやります」ってわがまま言ったら「それでいい」って言ってくれたんです。

実際に編集部に参加してからは、他のファッション誌のように「売れる商品が載っているページしか作れない」ということではなくて、たとえば田名網先生を取材したり、最近だったら草食系男子の記事を作ったり、既存の女性誌の枠にとらわれないような、色んなことをさせてもらっています。

4

『記憶に残る』編集者たち


坂口:ところで、僕は『記憶に残るブック&デザイン』の人選がすごく面白くて、人選だけで現代の編集というものを表現している感じがするんですが、どういった基準で選んだんですか?

『記憶に残るブック&マガジン』

深沢:『記憶に残るブック&デザイン』を出す前に、『記憶に残るウェブサイト』という本があったんですが、実はどちらも僕が企画したんじゃないんです。『記憶に残るウェブサイト』では、僕はインタビューを担当せず、編集のみで参加したんですが、「次は編集者の本にしたいので、深沢さんが編集・インタビュアーでお願いします」って話になって『ブック&マガジン』は、インタビューも含めて編集することになりました。

編集者のインタビュー集といえば、後藤繁雄さんなんかはインタビューしてみたかったんですが、すでに『東京の編集』(PIE BOOKS刊。菅付雅信著)に入っちゃってる。ただ、あっちは50歳以上っていう縛りがあったから、出版社側からも「今の20、30代の人が共感できるような人を取り上げるのがいいですね」という意見が出ました。

加えて、「ただ職人的な編集者を取材するだけだったら、猛獣使いのような編集者は若手にはそんなにいませんよ」っていう話をしたんです。その代わり、今は編集の在り方が多様化しているから、幅(*允孝。ブックディレクター)さんとか箭内(*道彦。CMプランナー、クリエイティブディレクター)さんとか、いとうせいこうさんとかにも取材をしたい、ってお願いしました。

というのも、編集というのが本や雑誌のことだけだったら、これから無くなっていく一方で、ある意味、滅びゆく職業になってしまう。でも、編集という領域に含まれる仕事にはWEBもあるし、僕もシナリオを考えたり、展覧会のディレクションやアイデア出しもやっていたりする。つまり、今、編集者がやる仕事というものは、社会の変容とともに新たに派生してきていて、実に多様なんですね。

米田:そこが今日聞いてみたい部分でもあったんですよ。出版界で編集者がどれだけ幅を広げて今後仕事ができるのか。編集者の能力、編集の力というのは、何も出版だけに限って使えることじゃない。色んな仕事で使えるし、逆にそうしないと編集者と言われる人は、これから生き残っていけないんじゃないかとさえ思ってます。
ただ、今まで編集者が蓄積してきたあれだけのノウハウ、圧倒的な力をもうちょっと活用できないかなって。そこはちょっと残念だなとつくづく思うんです。

深沢:そうですね。確かにケースバイケースで、あの本でもインタビューした人それぞれの立ち位置によって、仕事が全然違うので、なるべく従来の編集者とは違った形で展開をしている人に話を聞きたいと考えました。
たとえば『BRUTAS』の鈴木芳雄さんなんて、ブログ(*フクヘン。- 雑誌ブルータス副編集長、鈴木芳雄のブログ)も書いてるし、あの方自身がある側面では雑誌の顔になっている。
そういう個性を持った人の在り方にこそ、編集者としてのヒントがあると思ったんです。

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編集者として立っていくために


深沢:『記憶に残るブック&デザイン』は、インタビューをやって、脚注も書いて、構成も自分で考えて、かなり大変な作業だったんですが(苦笑)、この本を読んだ結果、編集に興味を持ったり、触発されて何かを考えてもらったりしてもらうには、丁寧に作らないといけないと思ったんですね。

僕にもそういった影響を受けた本があります。スーパースクールの授業内容をまとめた、後藤繁雄さんの『ニューテキスト』(リトル・モア刊。1997年)を昔、一生懸命読んだんですね。それが、この道に進むきっかけになりました。
だから、今の若い人に向けて手を抜かずに作ろうとしたら、ものすごい労力が必要だったという(笑)。

米田:でも、さっきの『Numéro TOKYO』の編集部の方のお話と同じで、本に込められた想いって読者は気付くと思うんです。しかも決して安くない本をお金を払って本を買うという行為は、WEBの時代には大切なことじゃないでしょうか。
本ってなかなか売れない御時勢だし、作るのに労力がかかる割に儲からないですよね。でも、僕らも本を出し、深沢さんも出されて、やっぱり本が大好きで、憑りつかれてるんでしょうね。

深沢:でも、きっとTS本の方が売れてますよ。ライブ感がありますから。

米田:いやそれはどうですかね……ライブ感だけかもしれない(笑)。話は変わりますが、今後やってみたいことについてはどうでしょう?

深沢:勉強しつつってことはあるんですけど、もう少し自分自身が作るものとして、マンガに興味を持ち始めています。
きっかけは、ここでもメディアリテラシーの問題が出てくるのですが、マンガだって自主規制が激しいけれども、カルチャー誌がどんどん広告主の提灯記事になっていって、要するにクライアントのNGと思われるものとか過激すぎるもの、広告が入らなそうな企画ができなくなっている。

でも、マンガだと、まだかろうじてではありますが、過激な表現が残っている。マンガだから許される部分はあるし、逆に社会的なことをカルチャー誌がやると、「こういうことやると広告入れられないんだよね」って言われちゃうところをギャグにしちゃえば、読んでもらえる。本が読まれなくなったと言っても、マンガ雑誌なら、まだ何十万人という人が読んでるわけだし。楽しんで読めるんだけど、実は考えさせられるっていう、さっきまで僕が話してきた、批評性を込めた表現で多くの人に伝えていくという活動をカルチャー誌と違った形でできるんじゃないかなって。

まあ、きっとこれ読んだマンガ編集者の方からは「そんなに甘くねえよ!」って言って怒られると思いますけれど(笑)。

米田:それから、先ほどの話の延長でもあるんですが、編集者のステップアップというか、どこに登っていけばいいのかということについてはどう考えていますか? 編集長になるイコール編集者のゴールなのか? たぶん深沢さんが『記憶に残るブック&マガジン』で取材されたのは、そういった会社の中での出世競争といったベクトルではない方向で、自分自身を高めようとしている人たちではないかと思ったんですけど。

深沢:たとえば、後藤繁雄さんとか、『記憶に残るブック&マガジン』に載ってる人たちみたいに、プロデューサー的なことをやっている編集者って、まさにそういう存在だと思うし、自分もそういうことやってかなきゃいけないと思っています。

これは、ある方が言っていたことなんですが、社内で政治をやって、そこから出版部長になって出世していったりする。それもある意味、編集者の在り方ではありますが、出世が目標の編集者って「編集者なのに会社の中で政治がやりたいの?」って思ってしまうわけです。

僕が『記憶に残るブック&マガジン』で取り上げたのは、フリーとか、社内にいてもその人自身の個性を発揮して、様々なプロデュースをやっている人たちです。編集者として面白いことがやりたいんだったら、プロデューサーとかコンサルとか、それはでっち上げ度が高くなるけど、やってくしかないんですよね。

米田:あとフリーでやってる人もそうだし、いとうせいこうさんや箭内道彦さんなんて、まさにそうなんだけど、ある程度自分をキャラ化するというか、個人で立っていかないとだめですよね。

深沢:そうなんですよ。僕の考え方としては、「編集者はどういう人ですか?」って訊いても、ほとんどの人は知らないじゃないですか。編集者っていうのは本に関わる人だって思われるけれど、『記憶に残るブック&マガジン』で言いたかったのはそれだけじゃないっていうことなんです。編集者の普段の仕事の、撮影の段取りや、ネタ出し、絵コンテを書いたりっていうのは、まさに“プロジェクトマネージャー”と言われている人がやっていることはほとんど同じなんです。

ただ、編集者の場合で考えなきゃいけないことは、自分だちが携わっているのは腐っても“メディア”だっていうことです。だから、記事が人に与える影響や、その意味について、ジャーナリスティックな考えを持たないといけない。でも、それを持っていない人が多いんじゃないかな。

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クリエイティブとは泥臭いもの!


深沢:それから、昨日、たまたま“草食男子” (*35歳以下の世代で、誠実で真面目だが、恋愛や仕事に消極的であまりガツガツしない男子を指す)についての取材をやったんですね。その言葉を使い始めたコラムニストの方に話を聞いたんですが、その方は彼らの擁護者なんです。
「今のこの経済状況だったら、収入なくても頑張るって言っても死にかねない。マスコミが煽ってるから無理に頑張るのはやめようと思うんだろうね」っておっしゃってました。確かにそうだと思うんですが、まだやりようはあるんじゃないかって思うんですよ。

米田:健康であれば、何でもやりようがあるっていう、その原点に戻るべきだと、僕は最近つくづく思うんです。不況なのはしょうがないけど、やっぱり、自分しか出来ないことを突き詰めて、出し抜かないと、生き残っていけないですよね。深沢さんの話聞いてたら、それに尽きるなって感じます。

深沢:いやいや、出し抜き合いじゃなくて、必要なのは助け合いですよ!(笑)。

米田:あ~もちろん助け合いはベースなんですけどね。日々周りに感謝しながら生きてますし(笑)。

深沢:僕もパーティーに行くと、人を一生懸命紹介するわけです。でも、面白いから紹介しているだけで、「こいつにこの人紹介したら仕事とられるかも」ってのはない。そうやって次々に人を紹介することで、TSじゃないけど、色んな人が混じって面白くなるわけじゃないですか。

だから、全部人の縁だと思うんですよ。人の縁を作る場っていうのは飛び込んでいかないと自分の身になっていかない。アシスタントだって、現場で覚えたりとか、そこで可愛がられたり、仲良くなったりしてつながっていくわけじゃないですか。それを最初から「見返りがないなんて無理」とか言ってたら、じゃあ「クリエイティブ志向なんてたやすく言うな!」って話じゃないですか。

だいたい、「クリエイター」だなんて、うさんくさいカタカナ言葉にみんな躍らされすぎなんですよ(笑)。それこそメディアに喧伝されて、一億総個性志向、“クリエイターワナビー”みたいになってるけれども、ものづくりは必ずしもオシャレじゃないし、泥臭いものだと思います。
そもそも、「おまえは造物主か!? おまえの“個性”は神様レベルなのか!?」と言いたくなりますね。

NOJYO(この日のフォトグラファー):実は、僕も最近、似たような話をよく聞くんですよ。叩き上げっていうのは若い人に言っても通用しない感じがあるじゃないですか? 「保険はあるんですか?」とか聞かれても、「アシスタントにそんなのあるわけねえだろ!!」っていうか。僕らもなかったしさ(苦笑)。クリエイティブなことをやろうなんて思っている連中ってのは、別に植えて育ててるわけじゃなくても、勝手に生えてぼうぼう育っていっちゃうタイプで、それが普通だと思ってたんですけどね。

でも、たとえば、このTSの記事を読んで「編集って面白そうだから弟子にしてください!」って言ってくる人がいたら、それは可愛いよね。「保険も年金も何にもない、安い給料だけど、飯は食わせてやるよ」みたいな。それで成立する関係が僕は普通だと思ったりしてるんだけど。

PHOTO BY NOJYO


米田:まぁ、ホントに食わせてあげられないのが痛いところだけどね(笑)

深沢:だから、制度的な問題なのかもしれないけど、何か表現をしたいんだったら、それよりも先に必要なものって、やっぱり「やりたい」って気持だったりするんですよ。ギュウチャン先生には遠く及ばないですが、「何かものを作りたいなら、それは自分の人生を投資してやるくらいのことだよ」、ってことを、自分自身も含めて、言いたいですね。

米田:…ということで、編集を巡る議論、特にどうやってクリエイティブを生業にして生きていくかというテーマは、僕らにとっては切実な問題なので(笑)、話は尽きることがないですが、そろそろ終わりにしたいと思います。深沢さんの「人に驚きを与えるような」スパイスが効いたお仕事を今後も楽しみにしています!

KEITA FUKASAWA
フリーエディター。1974年生まれ。『STUDIO VOICE』編集部を経て、現在フリー。『Numéro TOKYO』(扶桑社)コントリビューティング・エディター。『AXIS』『デザインの現場』『NYLON JAPAN』など雑誌へのデザイン〜アート関連記事の寄稿、webや書籍の編集のほか、企業プロモーションや展覧会の企画構成などにも携わる。編集を手掛けた書籍に、篠原有司男3部作(美術出版社)、田名網敬一作品集『DAYDREAM』(グラフィック社)、編集者9名へのインタビュー集『記憶に残るブック&マガジン』(BNN新社)など。

インタビュー:米田智彦(TS副編集長)、坂口惣一
写真:NOJYO
日時:2009年1月31日
場所・協力:目黒、ホテル・クラスカ

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