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山出淳也 (「混浴温泉世界」総合プロデューサー/BEPPU PROJECT 代表理事/アーティスト) 後半


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モノを作るよりも、人の意識に働きかけていくこと


Jun'ya Yamaide, project no.17 Whose
ロダンギャラリー、ソウル、韓国、2000−1

「私はこの美術館のある町に住む人々と出会い、彼らに誰かから時計を借りてくるよう依頼した。彼らはそれぞれのネットワークで沢山の時計を借りてきてくれた。

時計は、プロジェクト参加者によって作られた箱に入れ持ち主の名前ラベルが貼られて展示した。観客はその時計の箱を実際にさわることが出来る。時計の針の音が空間に響く。いくつかの時計は会期中半ばに針の動きを止めていた。これらの時計は展覧会終了後に持ち主に返された。ちょうど時計の針の動きのように。」

近藤:このBEPPU PROJECTという活動は、山出さんのそれまでのア−ティストとしての活動と重なる部分も多いと思うんですけど、個人として、アーティストとしての自分の仕事と、BEPPU PROJECTとして活動する自分がどう接続しているのか、どう配分されているのかなど教えてもらえますか。

山出:それは実はすごく葛藤があったんだよね。それまで美術館とかギャラリーが「職場」のような感じで、ある既成の枠組の中で作っているという認識があった。それで、当初は2008年の冬に展覧会が終わったらアーティストに戻るというようなことも言っていた。

だけど、ある時、わりと根源的に「自分にとって作品を作るって何なのか?」って考えた。元々、美術教育を受けたわけでもないし、作ることが楽しいから始まってるわけでもない。それよりも、自分がどういう関係性や場の中で、どういうものと出会い、何を考え、どう接続していくのかが自分の仕事だと思えた。そこで何らかの形なり仕組を作っていくことは、人の意識や考え方にコミットしていくことだと思うんだよね。それを純粋に考えていくと、モノを作ることが自分の仕事なのではなくて、人の意識に働きかけていくことが自分の仕事だと思えるようになった。であれば、別に美術館でなくても、日常的な街の中でもどこでもいい、すべて自分の職場なんだ、とすごく楽に思えた。

近藤:その辺りは、モノを作るのではなく、対話を通して人の意識に働きかけていくという点が僕自身、TSを始めた動機とも重なって共感しますね。

山出:もちろん、アクティビストも含めていろんな人が考えてるし、ある人にとってはそれが素材ありきだったり、物を作って形を残すことだったりする。自分はただ、人の意識に対してコミットしていくのにアートが一番近いと思って始めたわけです。だから、今こうやって話をするとか、文章を書くとか、組織を作るということは自分の仕事だと思っているけど、BEPPU PROJECTは、一般的な言い方だけど自分だけの仕事じゃなくて、一人一人が考えたものが形になっているので、自分の「作品」ではない。それでも、こういう動きに関われて本当にラッキーだったなと思っています。

2

ナント大学、横浜トリエンナーレの「磯崎プラン」


文字通り開かれた港にあるBEPPU PROJECTのオフィス。向かいにはフェリーが停泊中。

近藤:これまでNYやパリをベースに活動していたのと比べて、実際、別府に根ざして活動をしていて閉ざされている感覚とか、また海外に出たいという気持ちはないですか。

山出:それはあんまりないですね。今度、フランスのナントの大学と提携を結ぶんだけど、今までも日本の大学との大学間交流協定はあったけど、僕らのようなNPOと海外の公的機関が契約を結ぶなんてあり得ないと思われていた。向こうにとってはネットワークが欲しいわけだけど、大学同士の交流だと大学の卒業生などの縛りが出てくるわけ。だから、大学の垣根をとっぱらって人同士とか組織で繋がった方がいいし面白い。そういう意味でも閉じられた地域という感覚はなくなってきている。

近藤:まさにネグリのいう「マルチチュード」とでもいうか……あと思い出したのが、結果的には無くなった横浜トリエンナーレの時の磯崎新さんのプランで、異業種のアーティストや表現者がコラボレーションしたり、世界のNPOをつなげて自発的にやらせていくというのがありましたよね。

BankART 1929『横浜会議2004-なぜ、国際展か?-』
多摩美術大学芸術学科建畠ゼミシンポジウム企画
「横浜会議2004」の記録集

山出:パビリオン的な構想だったよね。一人のキュレーターがディレクションしていくのではなく、パビリオン的なものが存在してそれぞれが独自に方向性が生まれていくという、まさに都市の考え方だったよね。

近藤:あのプランに僕は1つの未来像を感じたんですよね。結果的には降りることになって、芹沢高志さん(「混浴温泉世界」総合ディレクター)たちが担当することになったわけですけど。見る側としては、とてもワクワクする思いがあったんです。

山出:わかる。芹沢さんとも実はその話をしていて……芹沢さんも磯崎プランを聞いた時に「面白いじゃん」と思ったらしい。俺もそう思った。ただ、あのプランは美術業界をどう敵に回すかという磯崎戦略がすごく強いから、彼の理想像を描こうとすると同時に、磯崎新しか見えなくなるかもしれないという危険があった。けれど、彼が考えた理想の世界については俺も芹沢さんも一部共感していて、別府で考えているのもそれに近い。

3

FUTURE SOURCE


山出さんが今、注目している人・モノ・コト

「目の前のことで必死なので、とりあえず思いつくこと」

国・国境という考え方

自分が生きているうちに次の在り方が生まれてくるのでは無かろうかと、妄想しています。

地域におけるアート、アートによる地域振興という考え方

いつ無くなるのだろうとか、間違ってないかと、大きな声では言えない。

project no.30の行く先

パリで完成させる予定だった新作プロジェクト。小説。未だ未完の大作、の予感。

BEPPU PROJECTの今後

BEPPU PROJECTは混浴温泉世界の開催をミッションとして掲げてきた団体なので、混浴温泉世界以降どうなっていくのか、不安と共に楽しみでもある。

娘たちとの関係

気が気ではありません。


4

土地の証券化、クリエイティブシティー


ほんと、そこら中、湯けむりです。

近藤:BEPPU PROJECTで今後、やっていきたいことについて聞かせてもらえますか?

山出:1つの段階として、土地の証券化(ファンド)を実現させていきたいんだよね。近い形としては高松でやっているんだけど、簡単にいうとデパート経営と近くて、テナントの売上に対して土地価格を変動性にしている。
別府でやりたいのは、土地の所有権と使用権を分けて使用権を別組織が管理するという形で、中に入る人たちが不動産なりエリアの価値を上げていくというもの。そのためには、地域や個のブランディングはもちろん、そうした新規開拓していく人たちをサポートしていく育成の場を含めたファンドなどをどれだけ作っていけるかということにかかってくる。

近藤:売上に対しての土地価格変動性ならわかりやすいけど、中に入っていく人が開拓して価値を上げていくという場合、そうした街の活性化の価値ってどうやって量るんですか?

山出:普通は街の活性化というと、何人来たか、どれだけ売上が上がったかという数字になるんだけど、僕らがリノベーションなどでやろうとしていることは、どれだけ今まで来なかった層が呼べるか、どういう人間が呼べるかということが鍵で、リチャード・フロリダが考えている「クリエイティブクラス」に近い。それは別に作る人だけじゃなくて、興味があるとか投機価値があると思う人でもいい。

「cities on the book」
街に残る様々な「物語」を発掘し、ホーロー看板にして街に配置

近藤:売上という価値だけでなく、どういう人が来るか、どれだけクリエイティブクラスが呼べるかという価値の基準があっていいですよね。

山出:NYのチェルシーがまさにそういう場所の見本だよね。元々は倉庫街だったのが、オフィス街に変わっていく中で空きスペースが増え、治安が悪くなっていった。そこに広いスペースを必要とするアーティストなどが集まってきて勝手に占拠したりして「さすがにマズいんじゃないか」という声も挙がっていたと同時に、彼らがそこに住むことによって治安が一気に良くなった面もあった。

そこで、NY市は60年代にアーティストという職業を認めた。それまでの条例だと水回りの機能がないと人が住めないという決まりがあって用途変更も大変だったけど、アーティストのような人間はそんなものは無くてもいいわけで、それを職業としても、法律としても認めて彼らにそこを託していったわけ。

アーティストが街に住み着くといいのは、それまで問屋街に来なかった人種たちが来るということ。彼らは創意工夫して建物の中を変えていくし、周りにも必要とされるサービスが生まれ、さらに面白い人が住み着くようになり、ジャスパー・ジョーンズ(アーティスト)のように有名になる人が出てきて、世界のマーケットが注目する取引の場になっていった。

5

どれだけ多様な価値観が受け入れられる土壌を作れるか


platform 01

近藤:今、横浜をはじめ、日本でもクリエイティブクラスを絡めてクリエイティブシティーを創ろうという動きがいろんな場所で起り始めているけど、おそらくどこでも必要とされることですよね。

山出:実は一番お金がかからないんだよね、だって、若い人間たちが創意工夫で勝手にやるわけで。中村政人さんが故郷の秋田、大館でやってるゼロダテプロジェクトにしても、商店街を解放して展覧会を作るとか、すごく少ない予算でやっている。300万くらいで。そんなのを行政がやったりしたら、10倍くらいお金がかかる。でも、政人さんは300万円とかでやっているわけ。ネットワークがあるから人が集まってきて「面白い、面白い」ってやっていく。

近藤:ネットワークがあれば、小さな予算でも変革はできる。

山出:行政もそこに意識的になっている例が少しずつ生まれてはいるけど、例えば、横浜のやり方は(他の街で)成功するのは難しいと思う。あのやり方は、あれだけ大きな街だから成り立つけど、その限界はアートの流通という1つのあり方を前提にしているんだよね。ア−ティストが有名になっていき、作品がマーケットの流通に乗っていく中で、横浜のプロモーションが進み、税金も落ちていき、アーティストが集まるところは住みやすいから人も集まってくる……わかりやすいけど、それとは違うあり方があるんじゃないかと思っていて。

湯けむりが同時多発する、別府、鉄輪エリア(photo:NOJYO)

中国のアートマーケットが崩壊したり、アメリカもヨーロッパもヤバくなっている中で、マーケットに依存した戦略は破綻していくかもしれないけど、それはアートという商品の流通をベースにして考えるからであって、「アートの一番のメリットって何だろう?」と考えると、境界線は曖昧なんですよ。

アーティストは別にキャンバスの前で考えるだけじゃない。例えば今、僕らは街の仕組や条例までも変えていこうとしているけど、それは作品というものではなく、アーティストの視点や柔軟な考え方があるからできるわけで、「クラスター型」というような、いろんなものと流動的につながることが可能な人種なわけです。そういうアーティストが持つ武器や可能性を引き出すような機会は、作品という形じゃなくても、たぶん沢山あると思う。そのための障害は、別府もまさにそうなんだけど、「どれだけ多様な価値観が受け入れられる土壌を作れるか」ということで、それはこうした地域を含めた日本全体の大きなテーマだと思う。

宮島達男「Counter Voice in the Earth」

近藤:そうですね。昔は「大衆」社会と言われてたのが、その後「分衆」化してタコ壷化していった中で、今またネットの普及によって「わかりやすい」ものをみんなで共有することによってミリオンヒットが生まれるようになった。そういう新しい大衆のようなものが生まれてきている中で、再び多様性を認め合えるようにすることがアートにできることの1つのような気がしてるんですよね。

山出:村上隆さんみたいな戦略もあるとは思うけど、アートはもっともっと、ニッチな部分に向かっていっていいと思う。

近藤:村上さんはマーケット依存ということを引き受けた上で、そこに日本人アーティストとしてどう殴り込みできるかということを計算し尽くしているわけですよね。

山出:その動き自体は重要なものだと思うけど、村上さんもマスを対象にして行く時には「わかりやすさ」とか共通理解が重要になってくるわけで、オタク文化のことは言いつつも、「カワイイ」というキーワードがあったりする。でも、本当に俺たちがしないといけないのは、そうでない価値というものが無数にあるし、それがどう生成されるかプロセスも含めて開示していくことにあると思う。この世界が、ある1つのユートピアではないということが大切なんだと思う。

近藤:まったく同感ですね。では、この辺でそろそろ、終わりにして飲みに行きますか、みんなも待ってるみたいだし(笑)。ありがとうございました。

<終>

6

インタビューを終えて


インタビュ−を終えて…韓国料理屋「高麗房」にて

正月早々に訪れた別府では、BEPPU PROJECTの山出さんの他、若きメンバー林くんに街を案内してもらった。いたる所で湯けむりが立ち昇る鉄輪温泉。街歩きガイドのおじいさんも一緒に歩いた街の中心街。近年、街に留学生が半分近くを占める立命館アジア太平洋大学(APU)ができたこともあって外国人の姿も多い。「混浴温泉世界」では、こうした街の中に様々なアートが配置される。参加作家には国際的に活躍するアーティストに混じってあのインリン・オブ・ジョイトイもいる。元々、港町として発展してきた別府には、そんな多様性を受け入れるおおらかさがある。

取材を終えて強烈に印象に残ったのは、別府という街や土地のもつエネルギーを再発見し、アートを通じて街を面白くしていこうとする彼らの本当にいきいきとした姿だった。もちろん、昨今の世界的な不況の中で大スポンサーもなく、主に民間の助成金などで活動する彼らの活動資金は潤沢というには程遠い。そんな中で「普通はこうするよね」をしないのが彼らのルールだとも聞いた。大きな予算がなくても、柔軟な発想と志さえあれば街を面白くしていくことができる。土地とつながる喜び、国を越えて人と人がつながる喜び。それを自分たちで動き、見つけていくことが、結果的に地域を育て直すことになるのだと思う。

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interview by:

近藤ヒデノリ Hidenori Kondo
クリエイティブディレクター、CMプランナー
TOKYO SOURCE編集長、季刊誌「広告」編集委員

1971年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。東京写真専門学校中退。博報堂に入社後、休職してNY大学芸術学部/ICP修士課程で写真と現代アートを学び、9.11直前に帰国。同社に復職後は、TVCMやウェブなどの広告を制作しながら、個人としても個展・グループ展、展覧会キュレーション、書籍の編集など手法を選ばず表現活動を続けている。ラクダ似な旅好き。(photo: Suguru Takeuchi)
ブログ「TRAVEL HETEROPIA」http://d.hatena.ne.jp/camelkondo/
Twitter@KondoHidenori
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Jun’ya Yamaide
別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」総合プロデューサー
NPO法人 BEPPU PROJECT 代表理事/アーティスト
1970年大分生まれ。アーカスプログラムによるレジデンス(茨城県、1996-7)、ACCによる助成を受けNY、PS1でのインターナショナルスタジオプログラム参加(2000-1)。ポーラ美術振興財団の助成による欧州滞在(2002)。文化庁在外研修員としてパリに滞在(2002-2004)。帰国後、地域や多様な団体との連携による国際展開催を目指して、2005年にBEPPU PROJECTを立ち上げ現在にいたる。平成20年度 芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞(芸術振興部門)。

BEPPU PROJECT http://www.beppuproject.com/
混浴温泉世界http://www.mixedbathingworld.com/
山出淳也 Projectroom http://project.cside.to/

インタビュー:近藤ヒデノリ
人物写真:NOJYO
日時:1.5-6.2009
場所:BEPPU PROJECT オフィス

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