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山岸清之進 (メディアアート)


「ドレミノテレビ」を見て、どうやら面白いことを考えている人がNHKにいるらしいと知った。その後、その人がflowでメディアアーティストとしても活動していると知って、会ってみたいと思った。最先端のメディアアートを発表してきた人が、NHKの子ども番組という舞台で活躍している面白さ。その人はきっと、どこにいても“自分の面白さ”みたいなものを追求してしまう人に違いない。

山岸さんは自分のことを「すごく欲張り」だと言う。仕事をしていても何をしていても、とにかく面白くないと嫌だ、と。常に穏やかな語り口で、気負いの少ない人のようだが、言葉のはしばしに、“既にあるものは作りたくない”“既存のものに決して縛られない”という譲れない価値観が見えた。

仕事とアーティストとしての活動は、どちらもメイン。その時々で比重は入れ替わり、2つあってバランスが取れる。それが山岸さんの“常に面白くある”ためのやり方だ。

要領よく何でもこなしていそうで、実は自分のやりたいことには実直。“それまでの決められたやり方”に真正面からぶつかって、試行錯誤してきた。NHKとflow、2つの舞台でその価値観をどう形にしているのか、話を聞いた。(サトコ)

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NHKとflow、最近の活動について


「ドレミノテレビ」
UAが歌のお姉さんで出演。2004年度グッドデザイン賞大賞を受賞。

サトコ:「ドレミノテレビ」の制作後、広報の部署に移られたと聞きましたが。

山岸:そうなんですよ。NHKって地方転勤があって、僕は珍しく最初から東京だったので、そろそろ地方に…と話が来て。地方転勤はちょっと嫌だったので、それはいやだと言ったら、じゃあお前は広報だと(笑)。

サトコ:地方転勤が嫌でNHKに入る方も珍しいですね(笑)。広報の仕事は何をしているんですか?

山岸:広報局の広報制作というところで、広報番組を制作したりとか、スポットを作ったり、NHK全体の経営広報的な番組を作ったりしています。

サトコ:flowの方は、最近はどんな感じで活動していますか?

山岸:flowは、大学院にいた97年に始めたんですけど、その頃はほぼ毎月のペースで何かやっていたんですね。でも、社会人になるとそこまでのペースではではできなくて、今は年に1・2回のペースで何かやっている感じです。昔はゲリラで下水管に入ってイベントをしたりしていましたが、社会人になってからは美術館や博物館から話をもらって出すことが多くなってきましたね。

wind chimes project
風鈴とインターネットを用いたサウンドスケープデザインプロジェクト

サトコ:出す作品は、毎回新作ではないですよね?

山岸:最近はなかなか毎回新作というわけにもいかず、例えば今度北京の展覧会(Techno Orientalism展。日本と中国のメディアアートのグループ展として、北京東京芸術行程=B.T.A.Pにて2005年5月7日~5月22日まで開催。)に出展するのは、以前やっていたもののバージョンアップです。風鈴のプロジェクトで、もともとはNYとイラクと東京みたいな3つの場所に、違う音階を持った風鈴をそれぞれ設置して、NYに風が吹くとドの音が鳴って、イラクではミの音が鳴って、東京ではソの音が鳴る。…それをネットに中継して音をミックスして聞くことができて、そこで初めてハーモニーができる、そういうプロジェクトなんです。それが北京と東京になるか、北京の中の3箇所になるかは今調整中です。
最近はそんなふうに、今までの作品の完成度を高めるというか、β版だったのをちゃんと1.0にしよう、という感じですね。

サトコ:flowの中心メンバーは3人ですか?

山岸:そうですね、基本的なメンバーは瀬藤康嗣と田中陽明と僕の3人で、あとはプロジェクトごとに映像 VJの人が入ったり、家具を作る人が入ったり。その都度ゆるやかにやりたい人が入るという形です。

サトコ:山岸さんはネットワーク担当として名前が出ていることが多いですが、役割分担は分かれているんですか?

山岸:僕はネット関係を中心にやっていて、瀬藤が音楽を中心に、田中が空間を中心にやっています。

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「確固としたもの」がないのが好き


'97年flow結成当時、SFC(慶應湘南藤沢キャンパス)構内で行った音と映像のライブイベント。

サトコ:そもそもこの3人でflowを発足したのは、どういう経緯だったんでしょう。

山岸:僕たちは大学で知り合って…僕と瀬藤は岩竹研究会(岩竹徹/コンピュータ・ミュージック)で、田中は藤幡研究会(藤幡正樹/メディアアート)だったんです。研究室も隣で、院でも同じ授業を取っていたりして、何となく知り合った。それで、お互い気になる存在だったので、「何かやろうか」という漠然とした感じで始めたんです。当時のSFC(慶應湘南藤沢キャンパス)って、理論先行というか、空虚な言葉を並べてあまり実践が伴っていないケースが多いように僕たちは感じていた。それが物足りなくて、自分たちで何かやってみようということで始めたのが最初ですね。はじめの頃は、大学の構内でジャズ研と組んで映像イベントをやったりしていました。いわゆる、ステージがあって、ライブを一方的にやって、観客が皆同じ方向を向いて見ている、そうじゃない音楽の見せ方がいいよね、とか、作品を見せるにもホワイトキューブの中だけじゃない、画一的な見せ方じゃないのがいいよね、という話からflowの活動は出発していました。

サトコ:山岸さんが、メディアアートやネットワークに興味を持つようになったのはいつ頃からですか?大学に入った93年は、まだまだインターネットもまだまだ出始めの頃だったと思います。大学もネットワーク系がやりたくて選んだんですか?

山岸:僕ね、実家が福島なんですけど、小学校と中学校が一貫で、校則も割とかちっとしていて、「○○学校の生徒はこうでなければいけない」っていう押し付けがものすごく強いところだったんですよ。しかもすごくバンカラで、下駄履いてくるような生徒がまだいたり。さらに、男子校で。バンカラな学風みたいなのを大事にしよう、そうであるのがよい、みたいな田舎の男子校だったんですね。
で、僕はそういうのがものすごく嫌いだったんです。なんでみんなと同じ制服を着ければいけないのかとずっと思っていたし、あと本当に田舎で情報がないものだから、皆テレビや雑誌で必死に東京の情報にキャッチアップしようとするんだけど、情報源が同じだから結局みんな同じような格好になっちゃったり。そういうとても“均質的”な状況がすごく嫌で逃れたいと思ってた。大学を探すときも、だから「○○じゃないもの」がいいと思って。何か確固としたものがないもの。「経済学部」とか、「法学部」とか。そうじゃないのが好きなんですよ。そうやって探していたときに「総合政策学部」を見つけて、「なんじゃあ!」と思って(笑)。何するのかわからないからいいな、と。そのくらいの理由です(笑)。

サトコ:大学に入ったら何をしようと思っていたんですか?

山岸:だから、そんなに明確な自覚はなかったんですけどね。何でもやっていいと言われたので、これはいい!と。それで最初は何もしなかった(笑)。そんな頃、ちょうど「Mosaic」や「Netscape」などのブラウザが登場してきて。それがすごく面白いなと思って、ネットの勉強を始めて、そこからすごく面白くなっていったんですよね。

サトコ:大学ではコンピュータミュージックを専攻されていましたが、音楽はその前からやっていたんですか?

山岸:音楽は昔から好きでしたね。小さい頃バイオリンやっていたり、あとは恥ずかしいバンドなんかも(笑)やっていたことがあります。

サトコ:アーティストになりたいという思いはあったんでしょうか。

山岸:それも明確にあったわけじゃないんだけど、何か作りたいとは思ってた。でもどう作ればいいのかわからない状態で、まあアーティストになりたいとはじめから思っていたら、きっと美大を目指していたんじゃないかと思います。でも受験の頃は美大に行こうとはあまり考えてなかった。大学に入ってネットを知って、「これはイケルかも」と思ったんじゃないかな。今考えると。

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NHKへの就職―「もうテレビなんて見なくていいんだよ」


サトコ:就職にあたって、NHKを選んだのはなぜですか?

山岸:そうだな…。まず、大学院を出たら何か仕事はしたいと思って、じゃあどうやって仕事をしようかと考えたんですね。それで、何か作る仕事がしたいと思った。でも、それは何かスポンサーがあっての広告代理店とかじゃない。NHKは、自分で企画した番組が作れると当時聞いたんですよ。で、これはいいと。なかなか自分で企画したものを最後までできる、しかもお金をもらってというのは他の会社ではないだろうと思って。そこがいいと思って受けてみたら、思わず受かってしまったという。

サトコ:ディレクターとしてNHKに入社されて、はじめはどんな番組を作りたいと考えていたんですか?

山岸:例えば、僕はジェームズ・タレルが大好きで、タレルのドキュメンタリー番組なんかが作れたらいいなと。タレルのローデン・クレーターに行ってみたくて、なかなか自分じゃ行けないけど、NHKならきっと番組にできるだろうと(笑)。普通の民放ではなかなかやらないようなことをNHKの教育番組ではやっていたから、そういうのが作りたいな、と。作れたらそれに越したことはないな、と。
それが本当のところなんですけど、もっと言っちゃうと僕は「もうテレビなんて見なくていいんだよ」ということをテレビで言う番組を作りたいなと思っていて。福島での体験があるからそう思うんだけど、テレビって本当に、マスの中心にある媒体で、限られた数の局の地上波が日本全国に同じ情報を出している。そうやってみんなが同じ方向を向いてしまっているけど、「そうじゃなくていいんだよ」ということを言いたい、というか。

サトコ:面白いですね。それをテレビ局でどうやって実現しようと思ったんですか。

山岸:それをね、あまり視聴率やコマーシャリズムだけによらない番組を作っていくことで実現できたらいいな、というところです。妄想ですけどね。

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「欲張りだから、常に面白くないと嫌なんです」


サトコ:それで、実際に入社されて。これまでにどんな仕事をされてきたんですか?

「ネタブラカタブラ」
WEBサイトより

山岸:僕が入社したのは、ちょうど教育テレビでネットを使って展開しようという時期で、僕は大学でネットを勉強してきていたので、最初の頃は番組を作らないでWEBばかり作っていましたね。
でも、なかなか自分のやりたいことはできなくて。決められたフォーマットの中でより自分のやりたいことをやる、ということはちょこちょことやっていましたけど。僕の手がけたWEBの仕事で「ネタブラカタブラ」というものがあるんですが、それが自分の企画が実現した最初かな。

サトコ:そのあとメディアリテラシーの番組も手掛けてらっしゃいましたよね。

山岸:「体験!メディアのABC」はやりたいことに近い企画だったから、楽しくやってたんですけど、なかなか100%思うようにできないこともあって。自分たちがやっていることを批評的に見よう、という番組をつくるのはなかなか言えるとこと言えないとこみたいのがあって難しかった。

サトコ:では、一番自分がやりたいことができたのは「ドレミノテレビ」ですか?

山岸:そうですね、あれは企画から始めて、一番自分のやりたいことができたなっていう感じで。結局そこまでに5年かかりました。そんなに簡単にはいかないな、と(笑)。
「ドレミノテレビ」の出る前までは、自分のやりたいことなんて本当にもう全然できてないと思ってましたよ。だからflowがないと自分でもバランスが取れなかったと言うか。仕事じゃない、やりたいことがあるから何とかやってこれたけど、仕事だけだったらこんなに持たなかったでしょうね。
僕、本当に欲張りなんで(笑)。常に面白くないと嫌だ、みたいな。

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最初は戸惑った子ども番組。
けれど音楽に関しては、自分が子どもみたいなものだった


サトコ:教育テレビはもともと志望されていたんですか?

山岸:そうですね、総合テレビをやりたいわけではなかったので。でも、子ども向けってところで最初はどうしたらいいのかわからなかったですよ。

サトコ:子どもの教育に興味はなかった?

山岸:特になかったですね。…僕、子ども嫌いなんですよ、苦手で。今はずいぶん昔よりは好きになりましたけど、最初は本当に戸惑いました。番組をつくるもにも、一生懸命、大人の自分がわかるようなことをやろうとして苦悩していて。
でも、僕、音が好きで、音楽に関しては自分が子どもみたいなものだったんです。ミニマルな反復する音楽とか大好きで。そういう、音が面白かったり良かったりするものなら延々聴いていられるんですよ。だから「ドレミノテレビ」では子ども向けだけど自分が楽しいと思うことをそのままやった、という。

サトコ:それが良かったということですね。

山岸:たぶん良かった(笑)。だから子ども向けの教育番組を作るに当たっては、自分の中の子どもの部分っていうのを、ちゃんと消化できていれば良かったんだと思う。5年間かけて、それがわかるところまで行きました。

サトコ:でも、他の人はあまりそう考えてはいないんじゃないですか。他のインタビューでもおっしゃっていましたが、確立された「子ども番組の作り方」みたいなものがあって、今までの子ども向け番組はそれに沿って作られていたから、「ドレミノテレビ」みたいな番組がなかったんだと思います。

山岸:ああ、なんだかね、先生の方を向いてる番組が多いなあと思ってました。子どもがそれを見てどう思うかっていうよりも、先生が、大人がそれを授業で使いやすいかっていう方に力点が置かれてるなっていう印象。実際チャンネル権を教室で握っているのは先生なので、確かに先生を押さえないとそもそも教室でも見てもらえないっていう事実もあるんですけどね。だから「ドレミノテレビ」なんかは完全に子ども向けに作ってしまったので、拒否反応が出ている先生もいることにはいます。放送開始直後は、そういうメールも届いたりしましたね。

サトコ:賛否両論であっても、そういう反応がダイレクトに来るのは面白そうですね。

山岸:「放送」って“送りっ放し”って書くんですよ。で、テレビって本当に送りっぱなしでやってきたんですけど、NHKでは僕が入った頃から、テレビの番組でもWEBを設けることによって、見た人の声が直に来るようになったんですね。本当に生の声が、子どもの稚拙なメールがWEBから届く。そういうのは本当にうれしい。最初は大人の方が反応して、これはいいとか悪いとか、長いメールが来てたりしましたけど、だんだん子どもの声も増えてきて。それだけが励みのこともありました。

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仕事とflowのバランス―「これだけしかない」みたいのは嫌


サトコ:さっき仕事とflowのバランスという話も出ましたが、仕事を始めてからflowの活動にはどのくらい関わっているんですか?

山岸:「ドレミノテレビ」をやっていた時には、flowの方はほとんどできなかったので、その間はほとんど瀬藤と田中が作っていて、最近やっと時間ができてきたので、また始めた感じですね。

サトコ:山岸さんにとって、どっちがメインなんでしょう?

山岸:結局バランスなので、両方ないと逆に僕はうまくバランスがとれないことがある。だから時期によってflowがメインになることもあるし、仕事がメインになることもある。
バロウズの翻訳で知られている山形浩生さんという人がいて、すごく好きな人なんですけど、彼は野村総研で働いているんですよ。本当にめちゃめちゃな文章を書くし、口も悪いんですけど、とっても真っ当なことを言う人なんです。こんなことを思うのもおこがましいんですが、僕は社会人になるときに、彼のように仕事をしながらでも何とかflowの活動もできるかな、思って。とても及ばないですけどね。彼は、ロールモデルの目標です。

サトコ:じゃあ最初から両立の前提だったんですね。例えば、flowがなくなってしまったら、どうなりますか?

山岸:どうなるかな…。さっきから言ってるけど「これだけしかない」みたいのがすごく苦手なんで、だからNHKの仕事があって、一方でflowがある、という状態でないと。それは完全にオンとオフでもなくて…。それで何とかバランスをとりながらやっている。

サトコ:バランスってなんでしょうね。何のバランスなんでしょう。自分がどうあるためのバランスだと思いますか。

山岸:たぶん、僕は職人的な気質にすごく憧れを持ってるんです。職人って、何かこれ一つができればいいっていうタイプじゃないですか。で、憧れは持ってるんだけど、僕は性質的にたぶんそれができない。それができたら、こんな風にいろんなことをやらなくても、落ち着いてモノ作りをできるんでしょうね。2つのことをやってやっと落ち着いていられるという、たぶん僕はそういう性質なんでしょうね。一つのことだけをやって幸せでいられたら、それに越したことはないと思ってるんですよ、本当はね。それは目標なんですけど。

サトコ:逆にアーティストで食べていこう、というのは考えなかったんですか?

山岸:僕ね、絵を描けるわけでもないし、音はちょっと作ってみたりもしてみたけど、それじゃ食べていけないなと思っていたので、そういう選択肢は考えなかったです。あと僕、商売っ気がほとんどないんですよ。フリーのアーティストはお金の管理ができないといけないけど、自分はそれができないと思う。サラリーマンはその面においては合ってる。生活をしなければいけないから、定期収入があるというのは大事はことなんです。NHKでなければいけないというわけではないけれど、それに替わるような仕事はなかなかなくて。

サトコ:うまくバランスを取るコツはなんでしょう?

山岸:全然できてないですよ。「ドレミノテレビ」をつくっているときはそっちにかかりっきりだったし。バランスが取れているのは、本当に山形浩生さんみたいな人で…。どうしたらできるようになるんでしょうね(笑)。今できることをやるだけなんですよね。

サトコ:山岸さんにとっての理想の仕事とは?

山岸:一つの理想は「ドレミノテレビ」なんだけど、本当に自分の企画でできるっていうこと。本当にそれだけなんですよ。それでできたものを皆にいいと言ってもらえれば、それ以上のことはない。

サトコ:その評価の一つが2004年度のグッドデザイン賞の受賞ですよね。受賞してどうでしたか?あと、受賞後の局内の反応などは。

山岸:うれしいですよね、単純に。プロダクトの賞なので、大賞はさすがにないと思ってましたから。局内の反応はですね、そう大きくもなくて…。逆に「グッドデザイン賞って、何?」みたいな。テレビ界には一般に知られていない賞がいくつもあって、みんなそっちの賞は知っているんですけど。グッドデザイン賞は一般的知名度は高いんですが、局内的にはそうでもない。「それは…すごいの?」(笑)という、そんな感じですよね。

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MY SOURCEは、“ひたすら何も起きない系”


事の次第

ひたすら何も起きない系で、続いて行くんですけど、これは好きです

月面からの眺め

本当に影響を受けた本。生きるのに違和感を持ってしまう今の社会で、どう生きていけばいいのか、考える材料がたくさん入っている

Rosas

Rosasを見て、身体表現って面白いと思うようになりました

ダブ平

これも、何かが起きているわけではないんだけれど、見たときには衝撃を受けました

ジェームズ・タレル

なんかね、すごい美しくって、泣けてしまった。本人にも会えました


サトコ:では、MY SOURCEについて聞かせてください。「事の次第(THE WAY THINGS GO)」(1987, 監督=ピーター・フィッシュリ/デヴィッド・ヴァイス)はどこで出会ったんですか?

「事の次第」画面

山岸:大学の授業ですね。DVDあるけど、見ます?

(延々30分近くDVDを見る)

山岸:本当にね、こうやってひたすら続いていくだけなんですけど。初めて見たときに「これは好きだなー!」と思いました。「ピタゴラスイッチ」のオープニングでやられちゃったんで、自分でやろうという気はあんまりないんですが。

サトコ:山岸さんの好きなものって、ジェームズ・タレルもそうですけど、特別何かイベントが起こるわけでもなく、淡々と過ぎていく、そういう感じのものが多い気がします。

山岸:そういうのは好きなんですね。ダブ平(大竹伸朗のギターを使ったアート作品)も、何かが起きてるわけではないんだけど、見たときには衝撃を受けました。タレルにしても、ローデン・クレーターのプロジェクトとか、本当にやってるところがすごいなと思って。…ああ、そうですね、本気ですね。みんな。「こんなこと考え付いたとしてもやらないだろう」ということをやっているのが好きなんでしょうね。きっと。

ジェームズ・タレル作品集より

サトコ:他の作品についてはどうですか?さっきも話に出ましたが、ジェームズ・タレルはいつから好きなんですか。

山岸:学生の時からですけど、作品名忘れちゃったな…。ブルーのただの四角い作品を見て。本当に感動してしまって。なんかね、すごい美しくって、泣けてしまった。これで本当に、芸術っていいなあと(笑)。本当に、ファンなんですけど。
何年か前、元々NHKに入って作りたい番組の一つだった、そのクレーターの番組が、僕の知らない間に他の人の企画で本当に番組になるということがあったんですよ。「そんな、僕がやらないで許せない」と思って(笑)、無理を言って自腹でロケに同行して、ローデン・クレーターに行ってきました。そこで、タレルの運転する車でクレーターまで行ったり、タレルと写真撮ってもらったりして。これはそのときもらった設計図なんですけど。まだこのときは全然未完成なんですが、メインの部屋はできてて、本人に色々説明してもらって…。いや、もうタレル、ただのカウボーイ親父でしたけど(笑)。

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身体表現って面白いなと思うようになりました


サトコ:Rosas(ベルギーを拠点に活動する、コンテンポラリーダンス・カンパニー)はどうですか?

山岸:Rosasはね、僕、舞台とか全然見ない人だったんですけど、初めて舞台を見て、こういうステージもいいなあと思ったんですよ。

サトコ:今回、挙げてもらったソースを見て、「身体」に今興味があるのかなと思ったんですよ。Rosasとか、野口整体とか。

山岸:本当に前は、身体的なものってあまりよくわからなかったから。

サトコ:そうですね、視覚とか聴覚が多かったですね。

山岸:そうだったんですけど、Rosasを見て、ああ、身体表現って面白いなと思うようになりました。僕、スティーブ・ライヒ(現代音楽のうち、特にミニマルミュージックの第一人者として知られる。1936- アメリカ)も大好きで、彼の音楽もひたすら何も起きない系なんですけど(笑)、そういう身体的な表現に興味を持つようになって。で、今は野口整体(野口晴哉(1911-1976)が創始したヒーリングメソッド。日本の気の体型に大きな影響を与えた。愉気という触手両方と活元といわれる自発動を使った治療が有名。)に興味があります。

サトコ:野口整体、聞きたいと思ってたんです(笑)。なぜ知ったんですか?

山岸:もともと、僕の義理の母が野口さんの奥様と同級生で仲が良くって、よく話を聞いてて。最初はそんなに気にしてなかったんですけど。こないだ整体協会の活元会っていうのに初めて行ったんですよ。そこでは活元運動って言って、広いお座敷で、みんな座ってとにかく身体が動くままに任せて動きなさい、っていうのをやるんです。これが面白いんですよ。人それぞれなんですけど、自然に回ったりとか、立ち上がって跳ねる人とか。一見すると新興宗教のようだったりするんですけど、見方によっては「珍しいキノコ舞踊団」のダンスワークショップみたいなんです(笑)。本当に。やってるのはおばちゃんやおじちゃんばっかりなんですけど。
それで面白いなー、と思って。この活元会がまたとても普通の勤め人には行けない、毎月16日開催だったりするので、まだ1回しか行ったことないんですけど。野口さんがちょっと触れただけで、もうぐるんぐるん回っちゃって(笑)。本当に見てみないとわからないですよ。

サトコ:そういう体験って番組に還元されたりするんですか?

山岸:うーん、される可能性もなくはない、ですね。面白いと思いますよ。「人間講座」とか。野口さんは話もすごく面白くて、どこか体の具合が悪くなっても、それは悪いものを出しているからだから薬を飲んだりするのはよくないって言って。

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自分で体験して納得できたものは、人にも伝わる


サトコ:タレルも野口整体も、山岸さんが挙げたソースは、体験することが大事なものが多いですね。

山岸:ああ、そういうの好きですね。行ってみないとわからないですからね。僕はあんまり頭が良くないので、論理的に考えるだけだと自分で納得できないんだと思うんですよね。頭がいいと考えるだけで納得できてしまうと思うんですけど、僕は自分でやって初めて自分で納得できるんだと思います、きっと。

サトコ:テレビではそういう「体験しなければわからないこと」を伝えるのは難しそうですね。

山岸:僕は自分がやって納得したものだと、それを作れるんだと思っていて。そうやって作ったものってみんなにも伝わるんだなって経験として感じています。理論だけで作ったものは放送してもリアクションがあまりないし、きちんと伝わらない感じがする。
テレビ番組を作っていて一番うれしいのは、反応をもらえることですよね。メールなり何なりで。繰り返しになりますけど、伝わるためにはその前にもちゃんと自分で消化できないといけなくて、それができたときに思ったような、そして思った以上の反応が返ってきたりすることがある。それがとてもうれしいですよね。

サトコ:flowの作品に関してもそうですか。

komaba dormitory project(上)
東京大学駒場寮屋上でのオープンカフェプロジェクト。
drainpipe project(下)
都市のインフラである暗渠内で重低音を発生させ、巨大なスーパーウーファーを出現させた。

山岸:flowも、美術館なんかでやるよりも、駒場寮だったり、下水管だったり、長野オリンピックの会場の前だったり、あんまり美術と関係ないところでやったときに、その辺を通りがかった人が興味を持ってくれる、そういうのが面白いと思います。あんまり「アートが好きなんです」っていう人だけに向けてやってしまうと、やる意味もないかなと思っていて。
テレビは、幅広く色々な人に見てもらえるのが面白いところですよね。「ドレミノテレビ」は、小学校1~2年生っていうターゲットはあるんだけど、それより小さい子どもや、親やおばあちゃんからも反応をもらえたりして、それはとれもうれしいです。

サトコ:「月面からの眺め」(芹沢高志著、1999、毎日新聞社)は。

山岸:これは本当に影響を受けた本で、今まで言ってきたような「何か違うんじゃないか」という違和感を持ってしまう今の社会でどういう風に生きていったらいいのか、ということが書いてある本なんです。副題がそもそも「21世紀を生きるヒント」なんですよ。決して答えが書いてあるわけじゃないんですけど、考える材料がたくさん入っていて。ここに紹介されている作品にもすごく影響を受けています。書かれている一文一文に「そう、そうなんだよ」と共感しながら(笑)読んでいたんですよね。僕にとってはすごく大事な本です。

サトコ:いつ頃読んだんですか?

山岸:大学院の時かな。作者の芹沢高志さんという人がそもそもP3(P3 art and environment)っていう、オルタナティブに活動するスペースのディレクターだったんですけど、P3はすごく好きなスペースだったので、その芹沢さんという名前から、当然のように本も手にとって。
P3はギャラリーとしても使えるけど、そこでワークショップ的なことも行ったり。いまはもうスペースはないんだけど、その「オルタナティブな価値観」っていうのが、その時の僕が考えていたキーワードで、そういう活動をまさにしている場所だったので、自分でもよく行ってました。東長寺という四ツ谷にあるお寺の下にあってね。

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FUTURE SOURCE―今までのNHKらしくないものを、NHKにいる間は作りたい


TVのリノベーション

最近のキーワード。自分がしていることはテレビのリノベーションなのでは?

recommuni

SNSの仕組みをうまく使った、音楽とネットの新しい関係のあり方

中国のアートシーン

北京での展覧会を控えているので、注目しています

野口整体

見方によっては「珍しいキノコ舞踏団」のワークショップみたい

ヒゲの未亡人

いつか教育テレビで出てもらいたい


サトコ:テレビのリノベーション、これ聞きたかったんですよ。

山岸:これは、最近のキーワードなんですよ。最近、僕はNHKでテレビのリノベーションをしているのじゃないかと思って。リノベーションって言うのは、今まであったものをいいところは残して生かして、今の生活やライフスタイルに合わないところを、今に合うように作り変えて出すことなんです。ドレミノテレビは、全くゼロから生まれたものではなくて、ずっと続く音楽番組のシリーズがあって、でもそれがどこか今の社会にフィットしていないと感じたので、構造やコンセプトの根本のところはそんなに変えずに、全然違った見せ方をしたということなんですよね。それでこれだけ評価してもらって、これはテレビのリノベーションをしているのかなと思って。だから今、広報局で手掛けている番組もリノベーションしてやろうと思っているんですよ(笑)。ベタベタなトーク番組とか。

サトコ:ベタベタなトーク番組ですか(笑)。具体的には?

山岸:土曜のスタジオパークとか。まあ、実際のところ今はたいした話じゃないんですけどね。関わる人数も多くて、「ドレミノテレビ」みたいに自分の主導で変えられる規模じゃないので、根本のところはなかなか変えられなくて。仕方ないから、今はセットだけすっかり変えようと思ってます。テレビのセットってすごくうるさいのが多くて…。「なんでそこにそれがあるの?」というのが(笑)、全くわからないのが多い。とにかく色々あるんですよ。後ろに。花とか(笑)。

サトコ:ありますね。あることがいい、という感じなんでしょうか。

山岸:ないと寂しいって思っちゃうみたいで、「ちょっとそこ、花置いてみようか」みたいな、すぐそういうことをやるんです。それ初めて見たときすごくびっくりして。普通びっくりすると思うんですけどね…。僕の友達はみんなびっくりしてた。でも、それに皆慣れちゃってて変だと思わないと思うんですよね。

サトコ:じゃあそこから変えていこうと。

山岸:まずセットがカッコよくなって、そこで今までみたいな普通な(ベタな)トークが展開されるのもギャップが面白いかなと思って。

サトコ:山岸さんみたいな人って、今まであまりNHKの中にはいなかったんでしょうね。さっきの子ども番組の作り方もそうですけど、「それ、おかしいよ」という人がこれまでいなかったから、番組も変わってこなかったんだと思うんです。そういう動きをして、周りからは歓迎されるんでしょうか。それともあまり理解されないんでしょうか。

山岸:すごくいいと言ってくれる人もいるし、そこの反応は極端というか…。何でそんなことをするのかわからないという人もいるし。

サトコ:NHKは昔から変わらないいい番組を作り続ける一方で、最近「ドレミノテレビ」をはじめ、「日本語であそぼ」とか、「ピタゴラスイッチ」とか、特に教育テレビで先鋭的と言えるような番組が次々と出てきていていますよね。その両タイプを作っている人たちがNHKの中でどう同居しているのか気になります。

山岸:とにかくNHKは人数が多くて、ディレクターだけでも2000人近くいますから色々ですけどね。昔ながらの番組と言うのはもう本当に作り方が完成しているんですよ。編集の仕方からナレーションからかっちりして。みんなが感動するツボを知っているんですよね。それはそれですごいことなんですけど。
教育テレビに変わった番組が多いのは、作られる過程の問題で、総合テレビに比べると規模が全然小さいので、それが要因としてとても大きいと思うんですよね。「NHKスペシャル」なんていうと本当に大勢の偉い人が試写に来て皆で意見を言うんですけど、教育はせいぜいプロデューサーと部長くらい。だから比較的自由。その分予算の枠も全然小さいですけど。教育にも昔ながらの番組はずっとあって、それはそれで支持されつつ。そういう多様なあり方が僕はいいと思います。僕自身は、今までのNHKらしくないものを、NHKにいる間は作りたいなと思ってます。

サトコ:では、残りのソースを教えて下さい。

山岸:recommuni(参加型音楽配信コミュニティ)は、ネットと音楽の話が関心の範疇なので挙げています。SNSが今流行っていますけど、その仕組みを使って、リコメンドをそれぞれ個人が個人の視点でして、それを聞いて関心を持った人がダウンロードするとアーティストにお金が行く仕組みをうまく作ってやっている。まだ実験的な試みであるけれども、アーティストとユーザーのことを考えるとすごくいいシステムだなと注目しているところです。
僕は音楽の番組を作ってたから、今のJASRACの仕組みの、現状とそぐわないところをたくさん感じていたんです。けどそれに従わざるを得ないという状況だった。みんなこの仕組みに関してはそれぞれ問題意識を持っているんだけど、なかなかそこを崩せないというジレンマがあるんです。recommuniは、そこを本当に無理なく、今の新しいテクノロジーとシステムで、作る人も聞く人も幸せにできる稀有な仕組み。作った人は「パラッパラッパー」の松浦雅也さんです。そういう点でも注目しています。

サトコ:中国のアートシーンの話は。中国にはもう行ったことはあるんですか?

山岸:これは中国で展覧会をやるからなんですけど。僕はまだ中国には足を踏み入れたことはないです。だから楽しみだなあと思って。北京に、バウハウスで学んで戻ってきた人が建てた元国営工場跡地に、アーティストのアトリエ、カフェなどが集まったアートスポット(北京大山子芸術区/東京画廊が2002年にオープンしたB.T.A.Pを元に発展)があるんです。そのエリアで、今度入居するギャラリーなどが参加して国際芸術祭が行われるんです。

サトコ:最後に挙げたもらった、「ヒゲの未亡人」(岸野雄一+ゲイリー芦屋)は?

「スーパーえいごリアン」
WEBサイトより

山岸:岸野雄一さんが最高です。前「スーパーえいごリアン」って番組を作っていたときに音楽を担当してくれたのが、ヒゲの未亡人のもう一人のメンバーのゲイリー芦屋さんという人で。その2人のユニットです。人生をピアノ一発で渡っていって、岸野さんが歌い、語るんですが、それが素晴らしく良くってですね、ゆくゆくは教育テレビで使いたいと僕は思っていて(笑)、それで注目をしているということなんですけどね。

サトコ:企画のストックなんですね(笑)。そういう企画の材料は、いつも次から次へと見つけていくものなんですか。

山岸:ひたすら溜め込む時と出すときの波があって、今は溜め込む時期です。本当に制作が追いつかないときは出すしかないし…「ドレミノテレビ」の時期に出し切った感があるので、ちょっと今は入れようかなっていう感じですね。

サトコ:今日は長い間、お時間ありがとうございました。

'74年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、同大学大学院 政策・メディア研究科を終了。専攻は、コンピュータミュージック/メディアアート、メディア論。大学院在学中の'97年にメディアアートユニット「flow」を瀬藤康嗣、田中陽明と共に結成。'99年NHK入局。教育テレビの子ども番組のディレクターとして「ドレミノテレビ」「スーパーえいごリアン」「体験!メディアのABC」「ネタブラカタブラ」などを担当。'04年「ドレミノテレビ」がグッドデザイン賞大賞を受賞。テレビ番組としては、初の受賞となる。現在NHK広報局所属のかたわら、flowとしても活動中。

インタビュー:サトコ(TS)
写真:NOJYO
場所:山岸自宅(世田谷区)
日時:3/28/05

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