050

遠藤一郎 (未来美術家) 後半


1

その他の活動「船出」「全員展」


「SA KURA JIMA プロジェクト」応団幕 『未来』出品。鹿児島市(桜島) 元温泉旅館 旧山下家にて。2007年。

米田:「未来へ号」で移動する活動以外にはどんなことをやっているんですか?

遠藤:これは鹿児島の桜島でやった活動(「未来 (SA KURA JIMA プロジェクト)」)なんですが、15メートルぐらいの横断幕に書いたんです。

米田:これはライブペインティングで?

遠藤:そうですね、お客さんを入れたわけじゃないんだけど、4時間くらいでノンストップで一気に描いて。僕のスタイルってライブなので。
…っていうか、それしかできないから(笑)。展示場である廃旅館の入口に設置したんですが、会期終了の日に台風直撃で吹き飛ばされちゃった(笑)。

『けん引き』

次に見せるのは、これも鹿児島の桜島でやった「けん引き」と「船出」っていう作品で、旅館を使ったプロジェクトだったんですが、何人かの作家がそこで展示とかいろいろやって、つぶれた旅館をもう1度輝かせるという取り組みでした。

米田:つぶれた旅館??

遠藤:そう、実際につぶれた旅館の5階の手すりにロープを繋げて、その向こう側は絶壁で、すぐ海だったんですが、僕がロープを引っ張って、海へ向ってもう一度船出していくという。

『船出』 


米田:廃旅館そのものを引っ張りながら、未来へ向うっていうパフォーマンスだったんですね。
ところで、別府に呼ばれたきっかけというのは何だったんですか?

遠藤:総合ディレクターの芹沢高志さんとは面識がなかったんですが、去年の10月くらいに、「別府にプロジェクトがあるから、若者を集めて何か1つプログラムをやってくれないか?」って言われて。

それは、僕が東京で「第一回全員展!!!!!!!!」(MAGIC ROOMにて2008年6月10日~17日開催)っていう展示を、1週間、清澄のギャラリーが集まったところでやったから、どこかで観てくれたんですかね。「全員展」は来た人間を全員入れ込むという展示でした。

米田:お客さんは初めて知り合った人もですか?

遠藤一郎 (NATURAL HI!!) 企画展示『全員展』。magic room? にて開催。2008年。

遠藤:僕が声をかけて呼んでもらった人もいますが、ほとんどが口コミで来た初めてのお客さんで、誰でも、「何かやりたい、飾りたい」という人は会期中も参加してもらって、人数がどんどん増えていきました。
このイベントは、年齢、才能、貧富、立場、国籍、国境を問わず、誰もがアーティストであり、誰もが未来の創造者であるってことをテーマとして立てたんですね。

米田:まさに「未来へ号」を展示にしたというか。

近藤:思いっきり僕らともテーマがかぶってますね。本(『これからを面白くしそうな31人に会いに行った。』)の前書きで同じようなことを書きましたよ(笑)。

遠藤:ははは。「来れるヤツは全員来い!」っていう展示で、最終的に101人集まりました。

2

空、雲、富士山、石、伊勢神宮――MY SOURCE


車で生活しているんで、空ばっかり見ている。

空を見ていると、いろんな雲が目の前に出ていて、自分の気持ちぴったりの形をしていたり。

富士山

御殿場出身。子供の頃から毎日真剣に富士山を見てきた。

石を集めてきたことがあったけど、石って全部違う。


 

>>空


遠藤:車で生活しているんで、空ばっかり見ているんですよね。空って、ほんと毎日、刻々と変わるからまったく飽きないです。

>>雲


遠藤:やっぱり空を見ていると、いろんな雲が目の前に出ていて…。「なんであんな形してるんだろう?」って。自分の気持にピッタリな形をしている時は、「お前は何で俺の気持ちを分かっているんだ!?」と聞きたくなりますね。

>>富士山


遠藤:御殿場出身なんで、子供の頃から富士山を見てたんですが、ボッーとは見ずに、毎日本当に真剣に、どう変化しているか、どんな姿をしているか、「あ、今日は傘雲がある!」とか、富士の状況を見てたんですよね。モロ地元だと逆に案外富士山の話とかする人はいなかったんだけど、僕はとにかく富士山が好きだったんですよね。

>>石


遠藤:何の役に立つかわからないけど、石を集めてきたことがあって。石って全部違うんです。それで「石ってすげー!」ってなって(笑)。

近藤:まさに竹中直人の映画「無能の人」みたいですね(笑)。でも、石といえば、元々信仰の対象だったりもしますよね。先日TSでインタビューした杉本博司さんも、直島で五黄神社を再建する時にまずご神体となる巨石を探したと言ってました。

遠藤:僕の友達は地球も自体も石だと言ってましたね。地球の中心で燃えたぎってるマグマだって、冷えれば石になるわけですよね。

>>伊勢神宮


遠藤:伊勢神宮とか、高野山とか、熊野とか、あの辺のトライアングルはすごいんですよ。高校の頃から何度も行っているんですが、いろんな神様がミックスされてて、日本独自の文化が作られている。表現をやるなら伊勢神宮ははずせないですね。

【2007年 SAKURAJIMAプロジェクト】
『そうだ!俺たちは何でもできるだ!!!!!!』旅館内の客室廊下にライブペイント。プロジェクトの開始に、全体に向けて発したメッセージ。2007年「SAKURAJIMAプロジェクト」より。


伊勢神宮のすごい部分の1つに、20年ごとに完全に違う場所に移築されて、建築の技術が代々若い大工に受け継がれているということがあるんです。つまり、20年って人間の世代が変わるタイミングなんです。

米田:そのタームで技術がDNAのように伝授されていくと。じゃあ、建物が燃えたり消失しても、技術が受け継がれていれば、いつでも建てるってことですね。

遠藤:そう。それって「未来へ」ってことだと思うんですよね。
それから、伊勢って「おかげ参り」のブームが江戸時代までは60年周期であったんですよ。でも、明治以降に西欧の感覚が入ってきてからそのブームがなくなってしまった。日本4人に1人が伊勢神宮にお参りするっていう時代がかつてあったっていうのはすごいでしょ? それが近代でなくなってしまったけれど、僕は今もう一回、伊勢神宮というものは重要な気がする。
神社ってどうしても政治が絡んでしまうけど、そういうことをチマチマ言うんじゃなくて、伊勢神宮の周りの自然とか、その建物の意味とかを伝えていくことが先決かなって思う。

それに、実際に伊勢神宮に行くと分かるんだけど、“サービスの塊”なんです。子供から老人まで怪我しないような細かい計らいが伊勢神宮には施してあるんですよね。あ、「サービスと可能性」っていう項目は、フューチャソースに入れたいな(笑)。

3

サービスと可能性、MY SOURCEと同じ――FUTURE SOURCE


サービスと可能性

サービスって、他人に対する思いやりとかおもてなしってこと。僕もサービスに徹したい。

バンド

元々音楽が大好きなんで、バンドで音を出したい。

MY SOURCEと同じ

きっとやりたいことって今の延長線上。


>>サービスと可能性

遠藤:これからの世の中には絶対必要だと思っていて。サービスって言葉は軽く聞こえるけど、他人に対する思いやりとかおもてなしってことですよね。僕もサービスに徹したいですね。

「全員展」にて。


それから、どうしてもめんどくさいから、自分の中で済ませること、部屋の中で済ませることが多いけど、可能性というものを外に見つけていってほしいと思う。可能性を探す能力とか可能性のアンテナにヒットする能力が、今の生活だとすごく希薄になっていくような気がする。

米田:部屋の中で完結できる度合いが年々増しているよね。でもね、これは村上龍さんがよく言ってたんだけど、若い時って特に男の子は家から外に出ても、「お前、やめとけ、不可能だ、お前には才能も金にないんだから、諦めろ」って街中から言われているような気がしなかった? 

遠藤:そういうのあります、あります。

米田:要するに、「自分の考え方をしっかり持て」とか「夢を追え」とか「頑張れば報われる」みたいな安易な言葉って世の中に氾濫しているんだけど、世間から発せられる無言のメッセージというのはいつの時代も「自分の頭で考えるな、新しいことをやるな、成功者の言葉に耳を傾けろ、誰かに従え」みたいな閉塞感だったりするんですよね。

遠藤:そうそう。可能性を狭めろって言われているような気になってしまうんですよね。でも、本当は絶対、人ってどこかで必ず誰かと繋がっているし、その1本の糸があるだけで外に広がる可能性があると思うんですよ。

僕も講演とかすると、よく学生とかに「私は遠藤さんみたいにはできない。どうすればいいですか?」みたいなことを質問されるんだけど、僕は「できるに決まってるんだろ!」って答えてますね(笑)。

米田:だから、才能じゃないと思うんですよ。必要なのは、その道を選択する意志と勇気だけというか。だって、遠藤君だって、才能があるとか考えたことないと思うし、自分で選択してやり続けているだけだろうし、それすらせずに本能で作り出したり、走り出したりしただけだと思うんです。

遠藤:そうっすね。僕は僕のやり方でやり続けるだけだし、これからもホント、それしかないですよ。

>>バンド

遠藤:ずっとバンドがやりたいんですよね~。元々音楽が大好きなんで、単純にバンドで音を出したいんですよ。

米田:「せーの」って感じでね。

遠藤:うん。それに、自分は静岡出身で小学生の頃からサッカーやってたから、集団で何かやるのって大好きなんですよ。

米田:へえー意外だなあ。

遠藤:部活とかチームスポーツとか大好きだから、バンドもやりたい。

中村ケンゴ(今回の別府ツアーに参加の美術作家):遠藤さんは今までアートというフィールドでやっていたけど、それが次はバンドとなると、正直ぴったりすぎて埋没しちゃうんじゃないかという気がするんですが、そのあたりについてはどうですか?

遠藤:それは難しい質問ですね(苦笑)。ただ言えるのは、僕は自分の役割をやっているだけで、僕は自分のセンスとか才能とかをアピールしたいわけじゃないから、音楽でもより多くを伝えられたらって思いますね。

>>MY SOURCEと同じ

遠藤:他にこれから注目していきたいものは……。きっとやりたいことって今の延長線上なんですよ。

米田:じゃあ、MY SOURCEがそのままFUTURE SOURCEになる感じ?

遠藤;そう、MY SOURCEと一緒ですね(笑)。昔から残ってきたものや、本当に必要なものを未来へ残していきたいと思っていますし、これからもそれをずっと追いかけていくんだと思います。

遠藤一郎

4

『地雷踏むなよ!』


『地雷踏むなよ!』

インタビュー後もしばらく会場に残った僕たちは、遠藤さんがカンボジアで撮影を行ったという映像作品『地雷踏むなよ!』を見せてもらった。

現地の“地雷博物館”で働くおじさんがいて、彼は手足を失った子供たちを集団生活させたり、撤去した地雷を展示して寄付募金を募る活動をしているという。

遠藤さんがカンボジアへ訪れたのは、地雷への興味本位ではなく、そのおじさんが面倒を見る子供たちに日本語を教えたり、一緒に土木作業をやったりするためだった。結果的に、そのおじさんに地雷撤去の現場に連れていってもらったのだという。

彼は言う。「地雷というのは、一歩踏み出すことで爆発してしまう。でも、人間という生き物はずっとどこかに向かって歩いて生きてきた。その足元に爆弾がある。それって未来がないように思える。だから地雷って最悪の兵器なんです」

未だ地雷が埋まっている地域で生活している子供たちと、現地をぶらぶらと歩き続ける。ドラマチックなものを撮ったり、特定の見方を挟まず、ただ淡々と荒涼とした土地を映し続ける映像。その最後に無音のままメッセージは流れた。

he lost right hand and he lost right eye
but he is smiling every time
but he is lonely every time
he smile again
he say
i have a dream for future
i want to be boxer

his eye is clear
and people eye is clear

yes

hello!!!
(原文ママ)

そして、最後に突然地雷が爆破し、

please world hope

という文字で映像は終わった。

僕らは、「わくわく混浴アパートメント」を出て、「未来へ号」の前で遠藤さんと「わくわく」の現地スタッフと一緒に記念撮影を行った。

僕と近藤は「未来へ号」に書き込みを残した。

行く先々で無数のメッセージが書き込まれたこの車で、遠藤さんはまさに未来へ向って疾走している。手作りだけど、大きな意志を持ったこの作品は遠藤さんに運転され旅をしながら、日々更新されていくのだろう。

     *

その2ヶ月後、東京で追加取材を行うことになった。出来上がった原稿の校正を依頼したところ、直接会って話したい、と彼から連絡があったのだ。カフェでゲラとパソコンを見ながらの追加取材と原稿チェックが終わるとしばらく雑談になった。

「今、不況の世の中になって、本当に必要なものが何なのか、考えるいいチャンスだと思うんですよ」

僕の次の仕事場の新宿まで、彼の「未来へ号」に乗せてもらった。
パフィーの『アジアの純真』をガンガンかけ、車内で2人で大声で歌う。
この車で全国を旅をしながら、彼がメッセージを伝え続けているのかと思うと感慨深い。

新宿三丁目の交差点近くで僕は降ろしてもらうと、彼は手を振りながら、また車で去っていった。

別府から新宿へ道は続いていた。
遠藤さんが乗った黄色い車を見送っていると、新宿通りがなんだか未来へ続く道のように見えた。
ふと「自分にとって本当に必要なものは何だろうか」と考えてみる。
遠藤さんから宿題を残されたような気がした。

「未来へ号」の車内。新宿に到着。

追伸:今回の別府滞在でカメラマンを急遽お願いしたにもかかわらず快く応じて下さった美術作家の中村ケンゴさん、そして、公開インタビューと追加取材につきあってくれた遠藤一郎さんに感謝します。気持ちだけは「未来へ号」に乗せて――。

静岡県生まれ。10代よりパフォーマンスライブを始める。活動はミュージシャン、DJ、デザイナー(多摩川カジュアル)、絵画、映像など多岐にわたる。遠藤一郎の作品は全てメッセージを伝えるためのもの。美術的な教育経験はまったく無く、すべて気合いだけでやりぬく。現在は未来美術家を名乗り、他の表現者の企画、バックアップなどをおこなう。NATURAL HI!! Freedom Communication を設立。「GO FOR FUTURE」のもと世界的な総合メッセージの発信を目指している。

リンク:http://www.tamakaji.com/ichiro.htm

インタビュー:米田智彦(TS副編集長)、近藤ヒデノリ(同編集長)
写真協力:多摩川カジュアル(作品)、中村ケンゴ(人物)
日時:2009.5.8、2009.7.7
場所:別府・「混浴温泉世界」わくわく混浴アパートメント

バックナンバー