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芹沢高志 (現代芸術フェスティバル『混浴温泉世界』の総合ディレクター) 前半


この4月から6月まで開催された別府現代芸術フェスティバル2009「混浴温泉世界」。会期中にTSアートリップとして訪れた際に行った同展の総合ディレクター、芹沢高志さんへの公開ロングインタビュー! 

芹沢さんは「精神とランドスケープ」をテーマに活動するP3 Art & Environmentのエグゼクティブ・ディレクターとして別府以前にも中国での蔡国強とのアートプロジェクトをはじめ、帯広競馬場で開催されたとかち国際現代アート展「デメーテル」「横浜トリエンナーレ」(2005)など、美術館のいわゆるホワイトキューブではない、様々な地域で、その場所に根ざしたアートをプロデュースしてきたことで知られる。

そんな芹沢さんを僕が初めて知ったのは10年以上も前のこと。写真家、野口里佳さんの表紙写真に惹かれて手にした著書『月面からの眺め』でその宇宙的視座に興奮し、『この惑星を遊動する』で世界各地のアーティストとの恊働活動に刺激を受けた。ジオデシック・ドームなどで知られる特異な建築家、思想家、バックミンスター・フラーを知ったのも、氏の翻訳した『宇宙船地球号操縦マニュアル』だった。

その後も氏の展開する様々なアートプロジェクトには注目し続けてきただけに、昨年夏、NY時代の知人であったBEPPU PROJECTの山出淳也(TS048)さんから、芹沢さんを総合ディレクターに迎えて「混浴温泉世界」を開催することを聞いて不思議な縁を感じたのは言うまでもない。そもそも今回、TSアートリップと称して移動編集部のように出かけたこと自体、芹沢さんの「デメーテル」展に当時友人と発行していた季刊誌「A」が編集チームとして参加したことに着想を得ている。

インタビューは午後の暖かい日射しが差し込む中、会場の一つであった「わくわく混浴アパートメント」の一室で行われた。「混浴温泉世界」の発端について、その狙いについて、地域におけるアートの可能性について……3時間に渡ってじっくりと話しを聞いた。

近藤ヒデノリ(TS編集長)

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別府現代芸術フェスティバル2009「混浴温泉世界」の原イメージ


会期中、別府市内各所に「混浴温泉世界」の目印の旗が舞う。写真:NOJYO

近藤・米田:今回は芹沢高志さんに「アートと地域が作る面白い未来」というテーマでお話しを聞かせていただければと思っています。まずは今回、別府で「混浴温泉世界」というアートフェスティバルをやろうとした意図から聞かせて頂けますか?

芹沢:子供の頃に親との旅行で来たことはあったけど、地獄巡りがうっすらと記憶にあるぐらいで、10代になるともう、「どうせ大型の観光温泉地なんだろうから行かなくていいや」って思ってた。だから、BEPPU PROJECTの山出淳也(TS048)と出会わなければ来ることはなかったと思う。彼は変なところシャイなんですよ(笑)。横浜トリエンナーレ2005の会場で「別府に来てジャネット・カーディフの「ミュンスター・ウォーク」という作品について話してくれ」って言われて、何のことか分からないまま別府に来たら、後になって「こういうフェスティバルを考えているんだけど、総合ディレクションをやってくれないか」って。

近藤:(笑)。山出さんに初めて連れてこられた時の別府の街の印象はどうでしたか?

細い露地が各所に残る別府中心市街。写真:NOJYO

芹沢:観光ホテルがずらっと並んでいるぐらいにしか思わずに来たら、中心市街地のゾーンは戦災を受けてないので路地が残っている。しかもゴーストタウン化してなくて、高齢化してるけど生きている。路地では東京の下町の懐かしさをふっと思い出すし、今、誰かがその先を曲がっていったような気配がある。猫がいっぱいいて、細い路地に銭湯があったり、竹瓦温泉のような大きい風呂もあったり。商店街は大阪の門真とか守口を思い出した。あと面白いと思ったのが、ある程度の大きさのものだと、銭湯の2階が必ず公民館になっていて、銭湯を軸にしたコミュニティが生きていたこと。だから、別府中の温泉の2階がつながったコミュニティの網の目ができたら面白いなと思ったりした。

近藤:面白いですね。いろんな銭湯の2階がつながっているイメージ……。

芹沢:うん。そういうところを迷路のように巡っていくのは面白いだろうなって。あと、鉄輪(別府市鉄輪(かんなわ)温泉)に行けば、そこら中から噴出している湯けむりで大地の力を否応なしに感じられる。それと、ここが「港」であることを忘れがちだけど、別府の本来の魅力ってその「港性」にもあると思ったんです。昔は国際観光船も来ていて、ヘレン・ケラーが来たり、ここから瀬戸内を通って、神戸〜横浜って感じ。世界一周航路に開かれていた。

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人が生きていく状況の中で美術の意味を考える


芹沢:そんなわけで別府の街が気にはなってきたけど、そんな場所で国際アート展をやるというのは無謀といえば無謀(笑)。山出さんは当初「スターキュレーターを呼んで、スターアーティストを呼んで、何億も集めてベネチアやドクメンタぐらいのものをやるぞ!」って思ってたらしいけど、よくそんなことを思ったもんだ。知り合いは1人しかいなかったのに(笑)。

近藤:この街でスターキュレーターを呼んで現代アート展をやることで、一番無謀だと思う点はなんですか?

芹沢:別府には市立美術館もあるけど、現代アートにかかわる活動はほとんど皆無だった。だから「ホワイトキューブ」が一切ない。現代アートを成立させるための条件が非常に脆弱なわけです。そういうところで大型の国際展をやらねばならない。

ホワイトキューブって、ただ芸術作品を展示する真っ白い空間という意味だけじゃなくて、完全に守られた「芸術のための空間/制度」だよね。美術だけじゃなくて、音楽のためのコンサートホールなんかもホワイトキューブ。そうやって機能をどんどん純化させていくのが現代建築のやり方なんだ。オフィス空間は仕事を効率よくこなすための空間であって、居眠りしたり昼飯食ったりするところではない。だから美術なら、だいたいは無彩色で、どこに作品を設置しても「作品」の意味性が変わらないような空間を世界中に展開している。

だけど、例えば「赤い」っていう形容詞だって、「撃たれた戦場の兵士の血しぶきが赤い」というのと、「すてきなあの娘のために買ってきたこのバラが赤い」という時では全然違うわけで、意味というのは置かれる文脈によってどんどん変わっていくはずです。

だから(作品を)どこに置くかということは、すごく重要だと思っている。人が生きていく状況の中で美術の意味を考えるには、その文脈を考えなくてはいけないだろうと。

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現代アートという珍しい「柄」で「地」を引き出す


川俣正「不在の競馬場」インスタレーション風景
国際現代美術展「デメーテル」(2002)
撮影:萩原美寛

米田:ホワイトキューブではなく、実際に人が生きている街の中にアートを置く面白さというのはどんなところだとお考えですか?

芹沢:それは、着物の「地」と「柄」みたいな話で。そこに住んでいると素晴らしい「地」の着物を着ているのに、毎日着ているから、どんなに「地」が素晴らしいか、どこが綻びているかにも気がつかなくなっている。だからそこに現代美術という、ことさら珍しい「柄」、わからないとか、「なんのためにやってるのか?」と思わせるものを置いて「地」の力を引き出すという手法があるんじゃないかと思ったんです。

総合ディレクターを勤めた帯広競馬場で開かれた国際現代美術展「デメーテル」(2002)のウェブサイト

別府の前に、2002年の帯広競馬場で「デメーテル」という展覧会をやった時には、競馬場の厩舎地区に作品を点在させて、(来場者が)そこを歩いていくという、「精神の旅」みたいな展覧会の作り方をした。その時は、ちょうど宮崎駿の『千と千尋の神隠し』がベルリンで金熊賞を獲った時で、「これは説明しやすい」と思ったんですね。

あの映画の中では、現実世界にいる千尋がトンネルを越えて違う世界に行って名前を失い、「千」となって旅をして帰還してくる。帯広では会場入り口付近でヴィンター&ホルベルトという作家がビールケースを組み立ててトンネルのような通路を作ったんですが、これは『千と千尋の神隠し』のトンネルに見えなくもない。観客はそこを、千尋と同じように、通り抜けて別世界に入っていく。観客なら座って観てるだけだけど、自分がもし「千」自身だったらどうなんだろう?と考えてみる。

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世界が「わかる」ものだけに均一化されていく中で


芹沢:映画では、千尋が中に入ると次々に訳のわからないこと、不条理なことに巻き込まれていくけれど、彼女はそうしたことにも逃げることなく一所懸命立ち向かって帰ってくる。普通は自分が全くわからないものというのは、面倒くさいから、考えたくないと思う。例えば、「現代美術、わかりません」と言ってシャッターを下ろせば、そこから先、話さなくても済むというわけです。

「わかる」「わからない」って延々と議論しているのは本当にくだらないというか、先に進まないと思うんです。今、政治の世界でもなんでも説明責任とか、とにかく「わかんないこと言っちゃウケない」「一言だけでわかるようにしろ」とか「ワンフレーズでやれ」とか、わかりやすさだけが、どんどんアピールされている。

受ける方も「わかんない」と言って、そこから考えるとか調べることを拒絶してしまう。これだけ世界は多様なはずなのに、「わかる」と言われる単純な世界にどんどん変わっていっちゃう。まずいのは、実際に物を創る、例えば建築家や都市開発者、クライアントになる人達もそういう意識になっていくと、「わかる」世界を現実に設計していってしまう。精神と現実との相互作用として、だんだん世界を単純な人工環境にしていってしまうわけです。例えば、ディズニーランド、あるいはコンビニエンスストアのように。

近藤:そこには、便利で、「わかる」ものしかない。

芹沢:どこでコンビニに入ろうが、商品の並べ方からしゃべり方まで全部同じ。そこからは場所性が剥奪されている。宇宙船の中に住んでいるような感覚というか、設計者が全部デザインして造られていく世界。

だけど、我々が住んでいる世界は、自己組織化して38億年もかかって出来て来たわけです。そんな世界の中では、たかだか自分のわかっていることなんて本当にちっぽけなもの。だから、本当に世界と向き合うというのは、「わからない」ことのオンパレードなわけ。それを毎回「わかんない、わかんない」って切り捨てて行くのはあまりにももったいない。拒絶してしまえば千尋のように精神的な成長が出来なくなるわけですから。そんなわけで、展覧会に来た参加者が次々に「わからない」ものに遭遇していく旅として何かを形成していくことがすごく魅力的に思えたのです。

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予測不可能な物を組み込める構造:横浜トリエンナーレで見つけたもの


芹沢:それから3年後に、今度は立場が逆転して「デメーテル」の時にアーティストとして呼んだ川俣正さんに声を掛けられて、「横浜トリエンナーレ」(2005)をやることになった。この時も、山下埠頭という普段は保税地区として人が入れない場所を切り拓ける、と思ったのが強い動機になったんです。そして、あの時感じたことが今回の別府に繋がっていく。アーティストが(展覧会の)ディレクターになるのって面白いなって。

キュレーターを勤めた横浜トリエンナーレ2005「アートサーカス(日常からの跳躍)」

あの時は、僕らキュレーター3人とディレクターの川俣の4人でアーティストを選んでいったんですが、ふと考えると全体構造の親分がアーティストなんだから、我々の選んだアーティストが逆にディレクターになって、入れ子構造みたいに、色々なものを呼び込んでも、止める理由もないと思っていたんです。特に、僕は「コラボレーションを強く打ち出したものをやってくれ」と言われていたから、例えばラジオ番組で毎日ゲストが入って日々変わっていくとか、そういうのをやったりした。

近藤:会期中に会場発のラジオ局が出来ていましたよね。

芹沢:うん。フリーラジオみたいなものをやったり、船を改造して、そこに次々に誰かを呼んで来たりね。ちょうど別府で今起こっていることと同じで。本当申し訳ないけど、その中で誰が呼ばれているのか、もう僕も把握出来なくて。とくに最終日なんか、混沌もいいところだった(笑)。

米田:ノーコントロール!(笑)。

芹沢:そう。会場を歩いてると「呼んで頂いてありがとうございます」ってお辞儀されるけど、「あれ誰だ?」ってことも一度じゃなくて。

近藤・米田:あははは。

芹沢:そしたら、その人が僕の担当のアーティストのところで演奏している。ああ、そうかと思って…。でも、その横でも誰かがライブやってるから聴けた状態じゃないし、踊ってるし。毎日パフォーマンスもやっているし、もうなんか無茶苦茶……。

近藤:まさに、毎日がお祭り状態みたいな感じだったんですね。展覧会自体が、「アートサーカス」というタイトルでしたしね。

芹沢:まったく収集がつかなくなるのはいけないと思いつつ、ディレクターなるものが神様のように全て設計した設計図を実現していくのではない、予測不可能な物を組み込める構造は絶対ほしいなと、横浜トリエンナーレの時に再確認しましたね。

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一緒に街を歩きながら構想をキャッチボールする


「わくわく混浴アパートメント」
遠藤一郎、浦田琴恵、2人のアーティストがコーディネーターとして多くの若手アーティストが滞在して作品制作を行った。会期中も参加者は増え続け、最終的には総勢132名(組)の国内若手アーティストが参加。

近藤:それで、今回別府でも予測不可能なものを組み込む余地を作ろうとして、遠藤一郎と浦田琴江という2人のアーティストたちに任せる形で、この「わくわく混浴温泉アパートメント」という場を作ったんですね。「アートゲート」の8組のアーティストの招致については、具体的にはどのように進めたんですか?

芹沢:はじめに国際的な場に出しても理解を得られるようなコンセプトを作って、作品発表の前にアーティストに別府に来てもらい、一緒に街を歩きながら構想をキャッチボールしていく。キャッチボールしていく中で、単なる漠然としたイメージから、ある作品の構想が生まれてくる。そうやって出で来たものが、連動し始めたりする予兆が見え始めると、絶対成功したなって思える。逆に、そうでなければ個展の寄せ集めと同じだから、あまり魅力は感じない。

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インリンの場合:エロテロリスト+お茶漬け屋!?


インリン・オブ・ジョイトイ(別府での作品展示場所となった元スナック「エンジェル」)撮影:久保貴史/Takashi Kubo
(C):別府現代芸術フェスティバル2009実行委員会

近藤:例えば、インリンさんの場合もまず町に連れて行って見せたんですか?

芹沢:彼女は台湾の金門島で作品を発表したことはあるけれど、日本ではまだだった。声をかけると「やりたい」と言うので、こっちは勝手に「エロテロリスト・インリンが別府に潜んでいて、アジトみたいなものがあったら面白いんじゃないか?」と提案する。すると「うん、それは面白いかもしれない」と。それで別府の町の説明をして、中心市街地の話になって。たまたまAPUの学生に「貸してやる」と言われた物件があって、それが今回のインリンの「エンゼル」のすぐ近くの場所。3畳間ほどの2階建てだった。

米田:あの作品を観て、インリンさんは感度が高いから、芹沢さんとやり取りする中で、きっと考えもしなかった方向に舵取りしていったんじゃないかなと予想したんですが、いかがでしたか?

インリン・オブ・ジョイトイ(インスタレーション風景)
奥のモニターではインリンが赤ちゃんを抱いて温泉に入る映像が流れていた。
撮影:久保貴史/Takashi Kubo
(C):別府現代芸術フェスティバル2009実行委員会

芹沢:彼女自身、結婚もして、三十代にもなり…別府に来るまでに自分の過去と現在と未来に意識を向けていたのではないだろうか?勘がいいなと思ったのは、歩いていると「お茶漬け屋がいっぱいある」って言い出すんだよね。別府の人に話を聞くと、女性が1人で生計を立てるために手っ取り早くやれるのがお茶漬け屋で、実はこの家も1階でお茶漬け屋をやってたらしい。その話と彼女の「今までのような戦闘モードじゃなくて、女性の本当の強さとして優しさとか母性的な方に関心が移ってきてる」という話が直結して、「エロテロリストが実はお茶漬け屋をやってて、2階では過去の自分が抱えてきた世界があって…」という話になってきた。そして2階の窓を開けたらお隣の家が見えるんで、「あそこに未来を作りたい!」と。隣の家には観客を入れず、窓越しに彼女の未来を垣間見るだけ。すてきじゃないか!「いいよ!お茶漬け屋 インリンでいこう!」。そしたら、今度は幸か不幸かその家が借りられなくなっちゃった(笑)。

それで、新たに探し始めて出てきた物件が「エンゼル」というスナックで、前の物件よりも少し広いので展示しやすいし、彼女も見に来て気に入った。でも、元スナックだから黒のビニールレザーを壁に貼付けた安っぽい作りで、カウンターを見ただけでクラクラ来ちゃうほど。「そもそも、『お茶漬け屋 エンゼル』って聞かないし(笑)、スナックでもいいんじゃないの?」と言ったのだけど、彼女は「昭和30年くらいのお茶漬け屋を作りたい!」って。そして2階に登ったら、「ここでエロテロリストの世界と未来を同時に展開していく」と言いだす。「ここには牢屋を作りたい」「未来の方は子供との生活を意識してかわいい子供部屋を作って、牢屋はこんな感じ」と言い残して、時間がないから帰っちゃった。取り残された我々、設営チームは「どうすんだよ!?」みたいなことになる(笑)。

インリン・オブ・ジョイトイ「エンゼル」
会場の2Fへ昇って行くと表れる鉄格子のある部屋。撮影:久保貴史/Takashi Kubo
(C):別府現代芸術フェスティバル2009実行委員会

近藤:あの2階に忽然と太い鉄格子のはまった牢屋があったのには驚きましたね。しかも隣の部屋には乳母車もある。「なんで!?」と思いつつ、変にリアリティがあって…。

芹沢:こうやって話していると矛盾だらけなんだけど(笑)、彼女は「映像も作りたい!」って言い出したんですね。とにかく「着物を着て別府を走る!」「自分が逃げてるのか、どこかに向かって走っているのか分からないような感じで、ひたすら走る」「その中に昔のエロテロリストの頃のイメージも入れる」と言って、ちょっとドラマ的ストーリーになってる。最後は「音だ!」となって、オープニングの直前にディレクターオフィスの物置で声を吹き込んだ。走っている息切れなんだが、現場で流すとセックスの喘ぎ声にも聴こえるし、階段の奥の方からあの声が聴こえてくるというのは非常に効果的だったな。

あと、あの周辺は人が住んでいるから、観客が押しよせちゃうと苦情が出るということで、少人数形式のツアーにしたんですね。タルコスキーの映画『ストーカー』の中で水先案内人に連れられてへんてこな世界に入っていく、あの感じでやろうと。

そんな風に、彼女がプランを提示してこっちが細部を作るというやり方で、結果的に表れたのは、1人の聡明な女性の中に思い描かれる、いくつもの夢。お茶漬け屋をやっているという空想や、牢獄に閉じ込められてもがき苦しみ怒りをぶつけるという悪夢、かわいらしい子供部屋の平和な感じとか。それが安っぽい映画セットのような感じで、再現されている。映画の各シーンだね。ものすごく力強いし、今回は内省的な作品を作る人が多いから、インリンの作品はストレートな生々しさがあって、すごくよかったなぁと思いますね。

近藤:まさに場に触発されながら、そこに自分の人生を重ね合わせながら作品が出来上がっていったんですね。

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ラニ・マエストロの場合:「BREATH」


ラニ・マエストロの作品展示の行われた日本家屋の外観。撮影:久保貴史/Takashi Kubo
(C):別府現代芸術フェスティバル2009実行委員会

近藤:場に触発されて作品が出来上がっていったアーティストの話をもう1人くらい聞いてもいいですか?

芹沢:では、ラニ・マエストロというフィリピン出身の女性アーティストについて話しましょうか。詩的な作品を作る、知的でチャーミングな女性ですが、フィリピンがマルコス政権下ですごく揺れている時にオヤジさんが闘争家で、彼女も国にいられなくなって、若い頃にカナダに出て行った、そういう人生を送ってきた人です。彼女が初めて別府に来た時は、昔、米軍が駐留していた別府公園でサウンドインスタレーションをやる話で進んでいたんです。でも、アートゲートの全体的な配置の問題や許可申請、機器のメンテナンス面などフェスティバル側の事情で断念してほしいということになり、当初練ってきた構想が出来なくなってしまった。

ラニ・マエストロ「BREATH」
室内に無造作に置かれた作品は(障子や襖のように)移動も可能。
撮影:久保貴史/Takashi Kubo
(C):別府現代芸術フェスティバル2009実行委員会

そこで、築100年の木造長屋の一室でインスタレーションを発表してほしいとお願いした。ここでサウンドインスタレーションの構想を進めたのですが、実際に別府に来て滞在してみると、カナダで考えた時には意味のあったアイデアが、ここにいるとほとんど意味がなくなって来たと彼女が言う。ぼくもまったくそうだなと深く同意するわけです。
聞けば、「この家を中から見ていると柱や梁があって、身体の骨がむき出しになっているように見えてくる。身体の中に自分が座って、いろんな外界と反応しているような感覚。隣りも幼稚園だし、日中、ひとり座っていれば、鳥の鳴き声や子供の声が聴こえて来る。自分が設計した音をコントロールして流す意味が消えてしまってる。自分をこの家と同化させ、そこからなにが生まれていくのだろう?」以前から紙を燃やして作品をつくりたいとは聞いていたのだけど、結局ろうそくを使った作品を作っていくことになった。ろうそくの炎のすすでドローイングしていくんだ。よし、それで行こうということになり、彼女は一週間程、部屋にこもって制作に専念した。その集中力は凄まじいまでで、声もかけられないほどだった。

撮影:久保貴史/Takashi Kubo
(C):別府現代芸術フェスティバル2009実行委員会

近藤:あの作品には、よく見ると細かい小さな文字が無数に描かれているんですよね?

芹沢:つぶやきのような言葉でね。みんな意味を知りたがるから一応聞いてはいるけど、それも野暮だなというのがあって……非常にプライベートなささやきかもしれない。母国の言葉らしいです。

展示方法も、額装ではなく、障子や襖と同じように移動していい家具として作りたいと。だから、あの会場に置いてある作品は、見る人が自由に動かせるようになっているんですよ。タイトルも「BREATH」、息ということで、あの長屋の空間と自分の身体を一体化させ、外部と呼吸するように、そこで感じたことを素直に吐き出して、そのまま和紙に定着させていったんじゃないかと思う。彼女はあそこに来て、自分の構想をひっくり返してでも場所の力に身をゆだねた。アーティストの真の誠実さを再確認しましたね。

Takashi Serizawa
1951年東京生まれ。神戸大学理学部数学科、横浜国立大学工学部建築学科を卒業後,(株)リジオナル・プランニング・チームで生態学的土地利用計画の研究に従事。_その後、東京・四谷の禅寺、東長寺の新伽藍建設計画に参加したことをきっかけに、89年にP3 art and environmentを開設。99年までは東長寺境内地下の講堂をベースに、その後は場所を特定せずに、さまざまなアート、環境関係プロジェクトを展開する。最近では,帯広競馬場で開かれたとかち国際現代アート展『デメーテル』の総合ディレクター(2002年)、アサヒ・アート・フェスティバル事務局長(2002年ー2009年)、横浜トリエンナーレ2005キュレーターなどを務める。09年、大分県別府市で開催された現代芸術フェスティバル『混浴温泉世界』の総合ディレクター。著書に『この惑星を遊動する』(岩波書店)、『月面からの眺め』(毎日新聞社)、訳書にバックミンスター・フラー『宇宙船地球号操縦マニュアル』(ちくま学芸文庫)、エリッヒ・ヤンツ『自己組織化する宇宙』(工作舍、共訳)などがある。

混浴温泉世界 http://www.mixedbathingworld.com/
P3 art and environment http://www.p3.org/

インタビュー:近藤ヒデノリ、米田智彦
人物写真:NOJYO

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