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名和晃平 (アーティスト) 後半


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FUTURE SOURCE:今、注目している人、モノ、コト


SANDWITCH

アプリケーション

距離感

現象

宇宙からの視点


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SANDWICH


スタジオへとリノベーション中の元サンドイッチ工場、「SANDWICH」

名和 今、4人の建築家に関わってもらって、京都で元々サンドイッチ工場だったところを改装して「SANDWICH」というスタジオを作っているんです。1階、2階を合わせると大体500平米。自分が引きこもる場ではなくて、いろんな人やものが自由に入って来て、つながるような場にしたいと思っています。だから、現代美術のプロダクション、つまりスタジオとオフィス機能に加えて、レジデンスや、ワークショップやセミナーなどのプログラムが自由に出来る箱にしていきたい。

近藤:現代美術に特化したプロダクションというのは、他にないですよね。

名和 そうですね。たとえばアーティストのアイデアや発想を形に落とし込む時に、全てアーティストの持つ技術だけでやらなくてもいいと思うんですよ。技術を持った集団が支えれば、経験が少ないがユニークな若いアーティストや、高齢者でもアーティストを続けることができると思うんですよね。そのためのチーム作りと、ハードをどう作るかという問題と、その中にどういうソフトを呼び込むか。実際、やってみないとわからないことだらけですけど。

近藤:いつオープン予定なんですか。

名和:リノベーションは、多分、何年もかけて少しずつやるつもりですが、今も学生たちとワークショップをしたり、10月からノルウェーやフィンランドのアーティストが6名、滞在をはじめています。タイからは友人の小説家が来て、ドキュメンタリーの映画を作りたいと言ってたり、少しずつ始まってきました。

3

アプリケーションを作る


名和:僕の彫刻って手間は異常にかかりますけど、手法としてはシンプルなんです。クオリティ云々言わなければ、誰でもできるようなやり方なんですよね。だから、僕のスタジオのスタッフは、そのアプリケーションの開発者であり、システム・プログラマーであり、同時にユーザーでもあると思うんです。

近藤:そのアプリケーションを作るという考え方は、面白いですね。以前に「アーティストはOSを作る人だ」というような話を、宮島達男さんか誰かが書いてたのを読んだことがあります。

名和:それは、すごく共感しますね。今、イラストレーターやフォトショップなどのソフトが浸透して作品も生まれているけど、それは数多のユーザーの創作のバリエーションの圏内に見えてしまうことが多い。アーティストというのは、自分自身でアプリケーションを作ったり、別の使い方を見つけたり、ソフトを提供する側を超えたところで表現に関わらないといけないと思います。

近藤:「OSを作る」というのも、たしか似たような意味で使われていたと思います。一般には、最終的な表現を作るのがアーティストだという認識があるけど、アプリケーションのユーザーとして遊ぶだけでなく、その根本の部分から問うたり、作るのがアーティストなのだと。

名和:そうですね。

4

作品のための理想的な空間を作ってみたい


Scum#2

名和:建築や空間の質が作品に大きく関わるので、いつか自分の作品のための理想的な空間を作ってみたいと思ってます。「SANDWICH」も、自分たちで手作りで模索しながら進めるというのは、そのためのスタディーも入っているんです。

近藤:作品と、それを展示する外側も全部造っちゃうわけですね。

名和:そうです。例えばゼロから作品を造るときに、サイズやボリューム、作品の位置や照明の環境は、それを見せる場所に大きく影響されます。極端に言うと、展示する場所が決まってないと、作品のサイズを決めれなかったりする。だったら、その空間から理想的なものを考えるとしたら、自分がどう答えを出すのかを知りたいなと。

近藤:そうなると、もう建物ごと永久展示になっていくんでしょうね。たしか、十和田湖現代美術館は作品ごとに理想の空間を造ってたりしてますよね。

名和:そうですね。十和田にはまだ行けてないんですが、一つの美術館でいろんな作家ごとに空間を造ると、各作家の世界観の違いで散漫になるところもあると思うので……杉本(博司)さんが小田原に造るようなのは多分、完璧なものができるでしょうね。あまりに完璧過ぎたら、逆に怖いけど(笑)。

近藤:たしかに。ちょっと宗教空間のような(笑)。

名和:宗教空間ですよ(笑)。でも、欲求としては、本当に近いんだろうなと思います。

近藤:作品をどう体験させるか、知覚体験をつくるかとなると空間全体に及んでくるから、どうしても、そうなってくるんでしょうね。

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日本的発想? アウトプットとの距離感


Scum, 2005, 第3回バレンシア・ビエンナーレ"AGUA sin ti no soy"展示風景

近藤:先日のバンタンでの小崎哲哉さん(ARTiT)との対談で「日本的アートとは何か」というテーマで、ディテールやそれを生む技術へのこだわりが日本的なんじゃないか、その辺りが杉本博司さんにも通ずるかもしれない、と話しているのを聞いていて、なるほどと思ったりもしたんですが、もう一つ日本的な発想ではないかと思ったことがあったんです。

名和さんは作品制作の過程に、人からのフィードバックを自分の作品制作に入れていったり、ドローイングで風の力をとり入れたり、磁石の力をとり入れたり……必ず何かアンコントローラブルなものを入れようとしていますよね。そんな風に、自然を完全にコントロールして自分の世界を造っていくのではなく、自然と共生するというか、自然の力も取り込んでいく感覚が、日本的なのかもしれないと思ったんです。そうやって偶然の要素を入れるのは、アクション・ペインティングにも通ずるかもしれないですけど。それについては、本人の意識としてはいかがですか?

名和:日本的かどうかは……自分でもあまりよくわからないです。

近藤:「日本的」かどうかって、後づけの解釈で何とでも言えるものだし、それはさておき、風の力を取り入れるなど自然の力やアンコントローラブルな偶然を取り入れるというのは、どういう意図なんですか。

名和:自分がイメージを作る時に、アウトプットとの距離をいろいろ設定しているんだと思います。遠隔操作でそれこそ月面に造形するぐらい遠い感覚の場合もあるし、手に持った鉛筆で描く場合もあるし、距離感が変化することが刺激になるんですね。コントロールできない要素が必要だから入れるというより、コントロールできないから、逆に集中力を発揮するんでしょうね。

近藤:ドローイングなどは直に書いてるから近いけど、距離が離れるほどコントロールが効かなくなりますしね。

名和:そうですね。ボールペンとかグルーガンで描く場合は、(距離が)完全に一致している状態ですけど、そこから遠ざけていって自分のフィジカルな部分をどれだけ乗せられるか、コントロールできない中で自分の感覚をどうやって切り取るかが面白い。多分、飽き性なんですよ。毎回同じことを同じ作法でやるというのが、面白くなくなっちゃうんですね。

6

現象をキャプチャーする


Catalyst - Twist #2, 2008, mixed media
撮影:金子春雄 Courtesy of Gallery Nomart

近藤:もう一つ、名和さんの作品を初めて見たときに、どこか新しい自然物のように見えたんですね。アートって基本的には人が造ったものなのに、都市という人工的な場所に自然発生的にできた不思議な造形物のように見えた。リアリティがないものが、目の前にあって妙にリアリティーをもってるという不思議な感覚があったんですね。

名和:造形したいとか、造作を見せたいというより、現象を見せたいという意識が強いんですよね。だから、自分で完全にコントロールして造形するのはごくわずかで、現象的に起こったことを、どう切り取ってアウトプットするかというのが多いです。例えばシリコーンオイルみたいなものを霧状に吹いて、その上に絵の具をのばすと、弾かれた部分だけ白抜きになるとか。そういうふうに、化学的な現象や物理的な現象を持ち込むんですね。そこに表れてくるイメージや起こることは、自分にとっても初めての体験だから、新鮮なんですね。自分の中に新しい情報を蓄積していく行為でもあるし、その新感覚を形にしたのが作品だと思います。

近藤:造形というより、現象なんですね。

名和:「現象をキャプチャーする」という感覚が、強いです。ドローイングにしても、一つの絵とか絵画空間を造りこむのではなく、現象が起きたり、そのなかの一瞬がキャプチャーされただけで、その前後にいろいろ起こっている。「記憶」みたいなものなんだと思います。

小山泰介,Subway Chair

近藤:今、聞きながら、以前にインタビューした小山泰介さんという写真家を思い出して。都会の壁とかガードレールなどの表面をすごい接写で撮影したカラフルな写真なんですが、錆びた鉄とか、へこんだプラスチックなども、都市を循環する自然現象の一部と見てキャプチャーしていく感じなんです。そして高速スライドショーで数千枚も見せたりする。そういう彼の感覚と少し近い感じがしたんですね。都会をサバイブしていく人の知覚というか。

名和:面白いですね。僕も町中を散歩するのが好きなんですけど、本当にそういう古い壁とか、変色している素材とか、あと、太陽光で収縮してボロボロにはがれかかったペンキとか、紫外線で、ここまで黄変するんだとか、観察したくなりますね。

近藤:まさに、彼の写真がそんな感じなんです(笑)。

名和:今の日本の建築って、10年、20年もてばいいという使い方をしてますけど、本当は剥げ落ちたのも、その素材の変動する範囲の内だと思うんですね。だから、商業建築のできたての完成型だけじゃなくて、10年後、20年後、どう寂れて変化するかも想像すると面白いなと思います。

7

宇宙からの視点


Gush #15, 2006, Acrylic colors on paper
撮影:Andreas Striegler

近藤:名和さんのドローイングは、いろんな根が育っていくリゾームとか、植物っぽい感じもしますよね。

名和:植物って、無重力空間で水耕農業(土を使わない栽培方法)みたいに養分と水分だけで育てると、重力と土壌の負荷がなくなるから成長のスピードがものすごく速いらしいんです。ちょうど僕の地元(大阪府/高槻市)のおじいちゃんがその研究者で、トマトの1粒の種から6000個のトマトを作って水耕農業の考え方を一変させたんですよね。

あと、大学で彫刻の先生だった野村仁さんの作品で「宇宙農業」という、宇宙船の中での植物の栽培をイメージさせるものがあるんです。人間とか、植物とか、地球上の生命のほとんどは、大気圏、地表、海、地下などの生存可能なエリアでDNAが時間をかけてカスタマイズされてきた存在だと思うんですけど、それは地球という環境下の話で、その条件から解放された途端に、爆発的な変化が起こると思うんですよね。

だから例えば、火星移住計画がありますけど、火星に行った時点で重力も変わるから、何世代か重ねると人間のDNAではなくなっていくと思うんです。脳の容積も、思考の仕方も、多分、人格というのも変わるだろうし、ヒトという輪郭が徐々にあいまいになっていく。植物の持っている生物としてのポテンシャルやイメージも変わってくると思うんです。今は「緑を大切にしよう」なんて言ってるけど、逆に植物の生命力が脅威になる可能性もある。

情報技術やテクノロジーが急速に発展するなかで、短期的なものの見方や解決の仕方ではなく、そういった宇宙的な視点で人間の感性や文化史、ひいては文明をとらえなおすことが、本当の意味で新しい彫刻の考え方になっていくんじゃないかと思います。

近藤:長くなりましたけど、今日はいろいろと聞けて面白かったです! ありがとうございました。

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interview by:

近藤ヒデノリ Hidenori Kondo
クリエイティブディレクター、CMプランナー
TOKYO SOURCE編集長、季刊誌「広告」編集委員

1971年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。東京写真専門学校中退。博報堂に入社後、休職してNY大学/ICP修士課程で写真と現代アートを学び、9.11直前に帰国。同社に復職後は、TVCMやウェブなどの広告を制作しながら、個人としても個展・グループ展、展覧会キュレーション、書籍の編集など手法を選ばず表現活動を続けている。ラクダ似な旅好き。(photo: Suguru Takeuchi)
ブログ「TRAVEL HETEROPIA」http://d.hatena.ne.jp/camelkondo/
Twitter@KondoHidenori
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KOHEI NAWA
1975年、大阪生まれ。1998年、京都市立芸術大学美術学部美術科彫刻専攻卒業後、英国王立美術院(Royal College of Art, Sculpture course)交換留学。2003年、京都市立芸術大学大学院美術研究科博士(後期)課程彫刻専攻修了、博士号(美術)取得。2005年、ACC日米芸術交流プログラムでニューヨーク滞在。2006年、「アート・スコープ2005-2006」でベルリン滞在。2009年12月、Asia Pacific Triennaleに参加。ノマルエディション(大阪)、SCAI THE BATHHOUSE(東京)ほか国内外で個展・グループ展など多数開催。

インタビュー:近藤ヒデノリ
人物写真:高木俊幸
日時:7.21.2009
場所:エルメス2F
協力:エルメスジャポン

KOHEI NAWA: http://www.kohei-nawa.net/

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