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木山啓子 (特定非営利活動法人ジェン(JEN)理事・事務局長) 前半


JEN(ジェン)は、自立支援を活動の軸にする国際協力NGOである。紛争や災害で一時的に自立が阻害されている人々へもう一度自分の力で生活できるためのサポートを行っており、活動範囲はアフガン、イラク、スーダンなどこれまで15ヶ国以上、プログラムは井戸掘りや学校建築などのインフラ整備から心のケアまで多岐に渡る。1日も早い撤退が成功とされ、依存を高める金銭的援助には頼らないのも特徴だ。

そんなプロ集団JENの事務局長として世界中で100人以上のスタッフを統率しているのが、木山啓子さんだ。丁寧で物腰柔らかな姿勢からは想像もつかないほどの行動力と実行力で、94年のJENの設立から日本のNGOの中でも際立った実績を残すほどに成長させ、2006年にはその年最も輝いた女性に贈る『日経ウーマン』の「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」大賞にも選ばれている。

木山啓子さんとの出会いは2009年の夏、TSが中渓宏一さんを追いかけて新潟県十日町市を訪ねた時のことだった。そのときの訪問は昨年末の「アース・トリップ」にまで繋がっていくわけだが、TSとの「企み」にも一つ一つ心を込めて丁寧に応えてくれる木山さんの姿勢は、JENが地道に信頼を勝ち取ってきた歩みを証明するかのように感じて、心強かった。

そんな彼女の「思想」と「行動力」はいつどこで育まれてきたのか。彼女をこれほど強く「国際支援」へと向わせているものは何なのか……木山さんに話を聞きに行った。
(インタビュー:坂口惣一)

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ある日気がついたら旧ユーゴで働いていた


今後での支援活動の様子(写真提供:JEN)


坂口:木山さんがJENとして最初に旧ユーゴスラビアに赴任した当時(1994年)、まだ現地は紛争が続いていたと聞きました。そもそも赴任を決断されるとき、本当に悩まなかったんですか?

木山:そうですね…普通に新しい仕事に就くくらいの感覚で…。でも、世間ではものすごく覚悟を決めないと出来ないことみたいですね。そのへんをよく訊かれるので、自分は普通じゃないんだなって後から分かったんですけど(笑)。

坂口:それ以前にも紛争地での経験を?

木山:いえ、旧ユーゴの前に2ヶ月半くらいネパールで学んでいたんですが、それ以外は一般的な人生経験しかなかったですね。

坂口:木山さんには、元々ボランティア志向はあったんでしょうか。

木山:いえ、特になかったんです。ただ、人が苦しんでいるのをほっとけない性分で。そう言うといい人みたいですが、なんだか気持ち悪いんですよね。今でも休暇で温泉やリゾートに行ったりしても、結局「こうしている間にも5秒に1人、人が死んでいる」って思っちゃう。そんな状況でゆっくりしていることが申し訳なく感じてしまいます。

坂口: JENに関わる以前からも、そういうふうに考えがちなところがあったとか…?

木山:以前から、自分の見えないところで厳しい状況にある人のために何かしないでいいのだろうか、って感覚はありました。子供の頃も、いじめられている子をついかばってしまったり、悪さを仕組もうとしている子を妨害したりとか。それは「いい子」だからじゃなくて、単純にそれを見過ごせないだけなんですよね。
だから、JENの活動も、私としてはすごく自然に、目の前にあることを心を込めて一生懸命やっていたら、ある日気がついたら旧ユーゴで働いていた感じなんです。

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不可能に思えることも変えれば、変えられる


アーストリップ(TS企画の旅行ツアー)の中でのトークショー「アーストーク」の中の一幕

坂口:旧ユーゴに実際に足を踏み入れてみて「これは大変なところに来たな」っていう感覚はありました?

木山:全然なかったですね。治安も落ち着いていました。戦争をしていると気持ちが荒んで一般犯罪が増えることが多いんですが旧ユーゴはそんなこともありませんでした。戦争自体も伝統的な戦争をしていました。つまり陣地取りなので、前線の近辺では戦争があるけど前線にさえ近寄らなければ危なくない状況だったんです。

坂口:テロがあるわけではないということですね。

木山:私たちが行った頃はまだ支援関係者を襲うなんて許しがたいことだっていう雰囲気があったので、今のような支援関係者を狙った襲撃なんてこともなかったですね。

坂口:そんな旧ユーゴで活動を始められて、「学び」がいくつもあったと思いますが、最も大きかったことってなんですか?

木山:あえて二つ選ぶとすると、一つは「人は自分のためには頑張れない。他の人のためにしか頑張れない」とDNAに刻まれているんだということ。もう一つは「不可能に思える物事も、変えれば、変えられる」ということ。だから変えようとし続けること、行動をし続けることが大事だということですね。

例えば心のケアにしても、自分以外の家族を全員失った人が立ち直れるなんて、極めて思いづらい。しかも残虐な方法で殺された場合、また幸せな顔をして人生を歩んでいけるなんてとても思えないし、そういう人たちのために自分たちが何か出来るとも思えない。たとえ出来たとしても、何十年もかかるんじゃないかと、昔の私だったら思っていたんですね。
でも、編み物を使った心のケアのプロジェクトから学びがあったんです。挨拶も出来ないくらい落ち込んでいる人たちが、たった3ヶ月で様子が変わるんですね。それを見て、私たちは癒すことは出来ないかもしれないけれども、苦しみに立ち向かうその人の力を引き出すことはサポートできるって。

坂口:様子が変わってくるのは笑顔が増えてくるということですか?

木山:はい。「心のケアをやります」っていうとみんな集まってこないんですね。「私の頭は狂ってないから、心のケアなんて必要ないです」って。心のケアは病気の人たちが受けるものだっていう誤解があって。日本でも精神科を受診することへの抵抗感を持つ人は今でもいると思うんですけど、旧ユーゴでも人が集まらないんです。

でも落ち込みすぎて何をすることも出来ないような人たちは、落ち込んでいるから何も出来ない、何も出来なくてもっと落ち込むっていう悪循環を繰り返しているんですね。その悪循環を断ち切って、一瞬でもいいから他のことに心を奪われる瞬間を作らないといけない。例えば、家族5人のうち自分と娘だけ生き残って、娘が冬に着るものが何もない状況で「編み棒と糸をあげますから編み物をしに来てください」っていうと「何もする気にもなれないけど、娘へのセーターを編めるんだったら行きます」って重い腰を上げてくれる。

最初のうちは元気もなくて挨拶も出来ないし、他の人と背中合わせに座るんですけど、お話をしていくうちに自分と同じように辛い想いをした人がいるということが少しずつ認識されていく。

悲しい時って自分の気持ちを分かってくれる人にしか話をしたくないですよね。本当に親身になってくれる人って、自分の悲しみの強さを分かってくれる人だから。分かってくれるかどうかは、同じような経験をしていないと分かってもらえない。同じように家族全員を失った人がいるんだってことに気付いて、少しずつ話し始める。そうすると話すことで気持ちが軽くなるし、誰かが分かってくれるっていうことで気持ちが軽くなる。そうしながらセーターを編むんです。一枚編み上げるまでに3ヶ月かけるんです。本当だったら2,3日で編み上げちゃうくらい編み物の出来る人たちなんですけど、あえて週に1回、来た時にしか編ませません。編みながら話をして、少しずつ心を打ち明け、少しずつセーターが出来上がっていってということを繰り返して、3ヶ月後に編み上げると達成感が生まれます。娘のために編んでいた人は、娘の役に立つことが嬉しいし、それを誰かに売ることで、いくばくかのお金を手に入れることが出来たら、誰かのために何かをしてあげることもできます。自分のためじゃなくて、誰かに何かをしてあげられることが、人を勇気付けるのです。

坂口:誰かのために何かをするということが、生きるモチベーションになっているんですね。


木山:そうです。それと同時に話しながらやるので、最初は挨拶も出来なかった人同士が、3ヶ月経つ頃には「この人は私の第二の家族です」と言えるところまでいって、一生の「サポートグループ」が出来上がる。
そうすれば、この先もっと悲しいことが起きてもサポートグループ同士でサポートができます。つまりJENが去っても大丈夫な、サスティナブルな状況になる。そんなことをたった3ヶ月でなし得るんです。

だから私たちは癒すことは出来ないけれども、これから自分の力で歩いていくだけの精神的エネルギーを取り戻すことをサポート出来るということを経験して、たとえ3ヶ月でも役に立つことが出来るっていうことを確認してきたんですよね。時間がないからといって、自立を阻害する支援をしてしまわないよう、自分たちを律して、諦めずに、地道に続けていこうと思えます。

家族全員亡くなった人をなぐさめる言葉なんて考えつきもしないですが、やってみたら3ヶ月で自分の足で立とうと思ってもらえるようになる。その関わりを私たちは黒子としてやろうとしているんです。

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自立支援にマニュアル無し


坂口:JENの活動の根幹には、「自立支援」という考え方があるわけですね。

木山:はい。「人は誰しも自分の人生を自分の力で生き抜く力を持っている」というのがJENの基本的な考え方です。誰の力も借りずに生きていける力を引き出すための活動です。一時的に支援が必要になってしまった人たちに対して、支援を必要としなくなるための支援をする。

坂口:現地に入ってまず何をするか、どう決めているんですか?

木山:何をやるかはケースバイケースです。ある程度は事前に予測をしていきますが、現地に入ってから調査をして、最も早く自立を促せるプログラムは何かを見つけだします。例えばアフリカでは学校を建てたり、井戸を掘ったりするんですけど、それは全部自立を支えるための道具なんです。国際支援は10年以上かかる仕事ですから、段階に合わせてやっていきます。

坂口:これだけのプログラムを世界15ヶ国でやりながら、スタッフは100人くらい。少ない人数でこれだけのことをやっていける理由が知りたいと思います。実際、1つのプロジェクトあたりの人数は何人くらいですか。

木山:決まっていませんが、例えば、最初は4人で行って、現地の人を雇って、現地と一緒にやり始めて、うまく回り出したら、後は2人でやるという具合です。

坂口:たった2人? それで回していけるんですか?

木山:それができるのは、現地の力をお借りしているからです。つまり、元々自立している人たちだけれども、紛争や災害という外的な事情によって支援を必要としている状況なのであって、支援自体も彼らの力でやってもらうようにプロジェクトを組み立てるわけです。

坂口:現地の人もプロジェクトに入るというわけですね。

木山:もちろん、そうです。支援をさせていただく私たちも、常に学びがあります。

坂口: なるほど。そんな中で支援活動を続けていくにはまず現地と信頼関係を築くのが重要になって来ると思うんです。そのためのノウハウはあるんですか?

木山:あると思います。私自身はマニュアルがあまり好きではないということもあるんですが、文章で書けることは書いて、伝えることで、同じ苦労をする必要はないと思います。ですが、文章だけでは伝わりきらないことの方が本当は大きいと思っています。現地で働かさせてもらう心得は文章化していますが、それを読んだだけでは不十分だと思うんです。それ以上に、現地の方々と関わろうとする姿勢の方が、信頼関係を構築するのには重要です。

坂口:なるほど。でもスタッフの方はベテランばかりじゃないですよね。経験の浅い人たちがうまくプロジェクトを遂行させていくために、木山さん自身はどういうポジションで関わられるんですか?

木山:新しいスタッフには、なるべく経験のある先輩スタッフの働く姿を見ながら学んでもらいます。新人だけでプロジェクトを担当することもありますが、そういうときはだいたい失敗するんです。「失敗」には様々な形がありますが、報告がうまくいかないことに始まり、こちらの意図が適切に伝わっていかないとか、プロジェクトとして全体的にもっとよく出来たよねっていうことです。私のポジションとしては出来るかぎり、経験者と新人が一緒に動けるように人材を配置することを心がけているということです。
私自身も泳げないうちに水に入れられて泳ぎをマスターしてきたようなところがあるので、苦労しながら学んでもらいますね。もちろん不必要な苦労はさせないつもりですけど。

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世界をじゃんじゃん変えるために



坂口:JENの自立支援は「場」を作ることとも近いと感じます。

木山:ええ、つまり現地の人同士で支え合ってもらう。一日も早く撤退することが私たちの成功なので。現地の人たち同士で支え合える場が出来れば去ってもいいわけですから。そうしたコミュニティができてから資源を提供すれば、有効活用もしてもらえますが、コミュニティが出来ないうちに資源をどんどん投入すると依存が高まるばかりで、もらわないと何も出来ない人たちがどんどん育ってしまうだけです。

坂口:お金と心のケア、そのバランスはどうお考えですか?

木山:お金は出来る限りあげない方がいいですよね。いかに現地の人たちのために適切なプログラムデザインをやるか、が鍵ですね。何でも、お金の多い少ないで物事は判断されがちなんですが。JENの予算規模が6億円なんですけど、昔3億円だったのが6億円になりましたっていうと、「おぉ! すごい成長しましたね! でも100億円の団体からすればまだまだ小さいですね」ってなるわけですよ。

坂口:企業の価値基準でいくとそうでしょうね。

木山:ええ、それだけで判断しては、大切なものを見逃してしまうのではないかと思います。6億円が多いか少ないかではなく、それをいかに大事に活かしているかの方が重要です。ただし、JENのような地道な支援を世界中ですれば、あっという間に世界が良くなると思います。ですから、その意味では成長したい。よい支援をできるスタッフをどんどん育成していって、質を落とさずに、現状6億円の事業を100億円、200億円といった規模でいい形で実施できたら、世界はじゃんじゃん変わる。

坂口:うん、うん。例えば、コンビニなんかに1円募金があると、何万円集まりましたっていう数字しか見えなくて、お金を出す方もどんなことに活かされているのか判断するのが難しいと思うんです。また一方で、先程のお話のように、「お金は依存を作ることもある」という考えもあるわけで、お金を出す立場の一般の人たちをもっと啓蒙していかないといけないのかなとも思います。JENでは、こうした啓蒙のための活動はどんなことをやられているんですか?

木山:それが一番弱くて、もっともっとやっていかなきゃいけないと思っているんです。一般的に思いつくものはやっています。ニュースレターを発行して、年次報告書を印刷して、パンフレットも配ってます。でもこれ熟読してもけっこう分かりづらいんですよね(笑)。

坂口:他の団体との違いも、一般の人たちには分かりづらいのでは?

木山:他の団体の活動を見ていると、逆に自立を阻害して、依存を生んでいると思えるような例もたくさんあります。ただ、私たちはネガティブキャンペーンは絶対にしないって決めてるんですね。人を貶めて、自分たちを上げるようなことはJENの精神に反すると思っているので、「あれはダメだけど、うちはいいよ」っていう形での宣伝は絶対にやらないんです。でも、そうすると奥歯に物が挟まったみたいな言い方になって、聞いている方は理解しにくいこともあるみたいで、それは悩みですね。

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MY SOURCE


馬術部

留学時代

難民との出会い

老子

田口先生に習いました。経営について悩んでいる時に友人から老子の勉強会に呼んでもらい、その時の出会いが学びに繋がりました。悩みは口に出してみるものですね。

「使えない」自分

この仕事に就く前の「使えない」時代には、自分に自信がなくて、悩みを口にするのも怖かったんです。そんなことも分かっていないのかって人にバカにされるんじゃないかって恐れがありました。だからこそ、「使えない」頃の経験も今の私を作ってます。



特定非営利活動法人ジェン(JEN)理事・事務局長
大学卒業後、電機メーカーなどに5年間勤務。その後ニューヨーク州立大学大学院(社会学)修士課程修了。1994年JEN創設に参加し、旧ユーゴスラビア現地統括責任者として6年間駐在。2000年から現職。以後、スーダン、アフガニスタン、ミャンマー、イラク、スリランカ、新潟、パキスタン、などで支援活動に従事。日経ウーマン誌ウーマン・オブ・ザ・イヤー2006大賞受賞。2002、総合3位。2005年エイボン女性功績賞受賞。

日時:2009.11.4
場所:JEN 東京オフィス
インタビュー/編集:坂口惣一
人物写真:武田陽介

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