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曽根裕 (アーティスト) 前半


TSと季刊誌『広告』の連動によるスペシャルインタビュー第8弾は、曽根裕さん。

ロサンゼルスを拠点に中国、メキシコにもスタジオを持ち、彫刻、絵画、映像作品、パフォーマンスなど多彩な表現で知られる彼が、日本では久々となる個展を、メゾンエルメス8階フォーラム、オペラシティーと続けて開催した。

メゾンエルメスでのタイトルは「雪」。儚い雪の結晶を数万年かけて生成された水晶に彫刻化した作品、スキーリフトを彫り込んだ大理石の作品、夏のスキー場を描いた作品……

僕自身、実際に彼の作品を見るのは久々のことだった。むしろ、下調べしていて不思議だったのは、永らく彼の作品のファンだと思いながら、実際には数えるほどしか見ていなかったということ。なのに、僕は主に雑誌やネットで見た彼の作品に惹かれ続けてきた。

そんな彼の作品の魅力はどこにあるのか? その発想の源は?
メゾンエルメスでの個展直前の曽根さんを訪ね、話しを聞いた。

近藤ヒデノリ(TS編集長)

©Nacása & Partners Inc. Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès.

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スキーが好き。雪が好き


近藤:メゾンエルメス(8階フォーラム)での展示小冊子を読ませて頂いたんですが、まずは今回の展示のきっかけにもなったというスキーの話から聞かせて頂けますか?

©Nacása & Partners Inc. Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès.

曽根:スキーには毎年、3、40日ぐらい行ってますね。夏休みをとるかわりに2月に休むんです。4月か5月に最後のスキーをして、それが終わったら土日もなし。休まないというより予定を入れない。でも、天気予報を見て雪が降ったら「キター!!」って。

近藤:僕も学生時代はスキーで山にこもってましたが、曽根さんはスキーする時は一日中ガンガン滑ってるんですか。

曽根:基本的にはパウダーが好きなんで、朝から誰も滑ってないところを狙うわけです。元々スーパーGもやってたから新雪だけじゃなくて全部やりますけど、ポールが立ってるのが嫌で…。木の間を滑ったり、ハーフパイプ入ってジャンプしたり、後ろ向きに滑ったり、直滑降もしますよ。

©Nacása & Partners Inc. Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès.

近藤:すごいすね!今回の作品もスキーをする中から生まれてるんですよね。

曽根:あの絵は自分がいつも滑ってるスキー場なんですよ。冬はあの山に40日いる。ただ、夏山は見たことがないから想像しながら描いた。どこに木があるとか、全部知ってるからね。もっとも、10年同じ山に行ってるけど、まだこんなところに秘密のポイントがあったのかと。

そんなある日、黒いグローブしていた時に掌に降った雪の結晶が見えて…それが一つ一つ違っていて何億種類もある…「ヤバい!どうしていいんだろう!」と思って山を見たらもう「ガーン!」って。新雪が降った後の雪山なんて宝の山だよね。スキーでシューッと滑る一瞬のうちに、何億以上もの宝を踏みつぶしていくわけですよ。それが当然の世界、そういうことに気づいたのが始まりです。

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朝4時起き、8時寝


近藤:ちなみに、ふだんはどういう生活をされているんですか? 曽根:朝4時にバチーンと目が覚めて、歯を磨いてコーヒー入れて、音楽ガンガンかけて、アンプのスイッチ入れてギター弾いて…というのを15分くらいで全部やって、4時15分ぐらいに制作スタートするんですよ。4時20分だとなんか調子悪い。

近藤:めちゃくちゃ早いですね!目覚まし時計とか、かけてるんですか。

曽根:かけないですよ。4時15分から夜明けまでの間が自分の頭の回転が一番速くてパワーをかけられる状態だから、だいたい予定の立ってない仕事をします。展覧会のための仕事は宿題みたいになっちゃうから、あまりやらない。それで夜明けを見て、6時ぐらいからエクササイズに行って、走るか歩くかヨガをやって、またつくる。夜明けを見るのと夕日を見るのを、僕は義務のようにしてるんです。あと、土日とかそういうのはなし。曜日はやめてます。そんな風に朝からつくって、つくって……という感じですね。

近藤:徹底して自然のリズムで生きるというか、曜日のように決められたものは無視するという感じなんでしょうか?

曽根:自分に必要ないから必要のあるルールに変えてます。スタジオが何個かあるので(ロス、メキシコ、中国)場所によってちょっとずつスタイルが違うけど、ロスにいるときは、たいてい朝からつくって、つくってという生活ですね。常に、10年越しのプロジェクト、5年越しのプロジェクト、1年でつくる彫刻、3ヶ月でつくる彫刻、2週間でつくる絵、2時間でつくる絵と、ギターを弾くというような瞬間のクリエーションなどを1日の中で全部やらないとダメなんです。考える仕事も、つくる仕事も少しずつ全部やる。もちろん、フィニッシュのときはメインの作品に没頭するけど、そこまでのアップが要るんですね。だから常に10個か20個ぐらいの作品を毎日行ったり来たり…もう、ぐちゃぐちゃです。

3

全部アートになっちゃうところがあってヤバい


近藤:今回もスキーをしている中から作品が生まれたとのことですが、発想の源はたいてい、ふだんの生活の中にあるんですか?

曽根:発想の源というのは毎日、常にあるんじゃない。雪もそうだし、おいしいものを食べたり、よく寝たり、夢を見たり……みんな言葉で自然とか人間のアイデンティティがどうとか言うけど、私の作品は両方あるようなものなので……源といえば、源だらけ。源の中に生きてるんだよね。呼吸と同じように、入ってくるものと出ていくものは運動しているんじゃないかな。

近藤:曽根さんの場合は特にスキーとか、バンド活動とか、遊びや趣味のようなものと作品が密接に関わっている気もします。

曽根:全部アートになっちゃうところがあってヤバい(笑)。息抜きができなくなっちゃうので、どこか自分でバランスとってます。たとえば音楽は、今までバンドでギターを弾いてたんだけど、最近は初心者みたいにノートを読んで毎日40分ぐらい練習してる。初心者ほど練習した分上手くなるじゃないですか。そうすると、心がワクワクする。そういうワクワク感がフレッシュなんですよ。とにかく何かするのが好き!だから、テレビは一切見ないし、コンピューターもやらない。

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わかんないものを、わかんないままにしておく


©Nacása & Partners Inc. Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès.

近藤:90年代初頭、「東京ポップアート」全盛期の頃に曽根さんや西原みんさん、村上隆さん、長谷川祐子さんが揃って東京にいた時代について書かれたブログを読みました。当時と今ではいろんな違いがあると思いますが、その代表的なものを教えてもらえますか。

曽根:当時とは、もうすべてが違いますね。当時は金に困ってたし(笑)、当時は自信がなかったけど、今は割と自信がある。というのは、作品ができ上がってくる時って、いい作品かどうか自分でもわかんないんです。わかるようにしすぎると、つまんなかったりする。ワクワクしない。だけど、昔はわからないことに対してクリティカルに自分を納得させようとしたり、理由づけしたり一生懸命やってた。わからないと、ビビるわけですから。でも今は不安定な状態に慣れてるというか、わかんなくても落ち着いて進めていける…そこが昔とはすごく違うと思う。

うまく言えないけど、僕は割と直感で動くほうなんですね。だから、考えるときに間に入ってくるものをできるだけ排除して、直感的な判断を大切にしている。それがいい判断か悪い判断かという問題は別にして、判断したことに対してあまり疑わない覚悟がついたのかな。

季刊誌『広告』2011年4月号「わかりやすさの大研究!」

近藤:ちょうど次号の『広告』が「わかりやすさ」の特集なんですね。世の中が複雑になってきてる中で今、日本ではわかりやすいものが求められている。実際「わかりやすさ」をうたったものが受けてる…では、その「わかりやすさ」って何だろうと。 

曽根:わかんないものを、わかんないままにしておくのもすごく大切だと思うし、複雑なものは複雑なままにしておけばいい。わかる、わからないというのは、本当はどっちでもいいことなのに、とりまく環境が問題を複雑にするんでしょう。例えば、僕はつくる過程で、まず粘土造形をするんですが、途中でわかりやすくなってきたり「つくったことある」ようになってくると、どんどん変えていっちゃう。だからドラマチックな「だめ〜!」もあるし、展示してみて「やっぱダメだ…」っていうのもある。

近藤:展示してみてダメというのは痛くないですか(笑)。

曽根:いつも成功してたら不自然じゃない(笑)? 程よく失敗もないと全体的に固くなっちゃうんだよね。

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矛盾するものが同居する


©Nacása & Partners Inc. Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès.

近藤:今回メゾンエルメスで展示している雪の結晶の作品について「抽象と具象の間」と書かれてましたが、実際に見てみて確かに「あっ、雪の結晶だ」と思いつつ、よく見ると記号っぽくて、どこか可愛いい感じもする。雪という溶けて消えてしまう儚いものが、水晶という長く残るものになっている。そういうアンバランスさがとても面白いと思いました。

曽根:ありがとう、うれしいよ。

近藤:曽根さんの他の作品も、たとえば現実に存在する彫刻が想像上の世界につながっている感じがしたりと、常に相矛盾するものが作品に同居している感じを受けます。そういう矛盾というのを常に意識されているんですか?

曽根:作品の中にある矛盾とかコンフリクトは2つだけじゃないですよ。様々なレイヤーをその作品だけが受けとめられる状態になっている。例えば「時間」ということで考えると矛盾してるけど、「空間」ということでは統合されてるとか……たくさんの全部は読み取れないようなレイヤーがあって、いろんな人がいろんな角度で楽しめるようになっている。あえて作戦を立てているわけでもないけど、本能的にそういうのが好きみたいですね。世界そのものも、そういう条件を備えてるような感じもするし、人間も、自分の無能さも含めてそういうところがある。イライラしちゃうからあまり見ないようにしてるけど(笑)。だから、作品をつくる時も企画書など書かないし、そういうものじゃないことをやってるつもりです。

近藤:例えばキュレーターと作品の打ち合わせするときも、メモやドローイング、もしくは口で説明するだけなんですか。

曽根:割と口語が多いですね。文語はできるだけ使わないようにしている。そういう意味では今回の展覧会で自分が書いた文章が出るというのも生まれて初めてなんですよ。まぁ、日本でデビューさせていただくということなので…

近藤:(笑)再デビューですよね。

曽根:いや、これがデビュー展ですよ。再デビューといっても、東京でちゃんと展覧会をやったことはある気もするし、なかった気もするし…。忘れちゃったというか、結構年とっちゃったんでね(笑)。

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MY SOURCE:曽根裕の発想の源


曽根裕さんのこれまで影響を受けてきた人

デヴィッド・ギルモア(ギタリスト/PINK FLOYD))

ラインホルト・メスナー(登山家)

レオナルド・ダビンチ

田中敦子

河原温


 

いっぱいいますよ。ピンクフロイドのギタリスト、デヴィッド・ギルモア。あと、登山家のラインホルト・メスナー。アーティストは影響というような弟子関係ではなくて友達というか…言い始めたら100個ぐらいになっちゃう。死んじゃった人だと、レオナルド・ダビンチとか。アートに対してまじめにやっている人はほとんど好きですね。アートへの実直な態度のある人が増えれば増えるほどいいなと思ってるし。そういう意味では田中敦子さんとか、同じギャラリーの河原温さんとか、フランツ・ウェスト。彼がギャラリーに入れてくれたっていうか……。ミュンスターとドクメンタとベネチアビエンナーレが重なった年があって、私はミュンスターに出てたんですけど、たしかギャラリーに属してないのは私一人だけだったんですよ。それで彼が「お前、ギャラリーないのにどうやって生きてるんだ?」と言うので「金ないんだよ。だからこの作品しかつくれない。なんかちょうだい」みたいな感じで(笑)「そういう技で生きてんの?」「じゃ、貸してあげるよ」と言ってくれて、隣の部屋に入ったわけ。(曽根)

曽根 裕 Yutaka Sone
1965年生まれ
パフォーマンス、ビデオ、彫刻、ドローイングなどを通して多様な表現を展開するコンセプチュアル・アーテイスト。日本国内のみならず、ロサンゼルスを拠点に中国、メキシコにもアトリエを構え活動する。ミュンスターの野外彫刻プロジェクト(1997 年)やヴェネチア・ビエンナーレの日本館(2003年)、ホイットニー・ビエンナーレ(2004年)などの国際展や、海外の美術館でも数多くの作品を発表している。昨年末からメゾンエルメス、東京オペラシティアートギャラリーでの個展と久々に日本での展示が続いている。

インタビュー:近藤ヒデノリ
人物写真:有高唯之
取材日時:2010.12.8
取材場所:銀座
協力:メゾンエルメス

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