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松井冬子 (画家) 前半


TSと季刊誌『広告』の連動によるスペシャルインタビュー最終回は、画家の松井冬子さん。

「恐怖」「狂気」「ナルシシズム」「生と死」などをテーマに、精神的肉体的な「痛み」を視覚的に感じさせる作品を描いてきた彼女。内臓を露にした女性や、幽霊となった女性など、一般にはおぞましく、不気味ともいえる題材を古典的な日本画の技法で描いた作品を初めて見たとき、日本画についてはそれほど知らないのに強烈に惹きつけられる自分がいた。彼女の作品の何がそれほど人を惹きつけるのか? その発想の源はどこにあるのか? 横浜美術館で大規模な個展『松井冬子展−世界中の子と友達になれる−』を開催直前の松井さんを訪ねて話を聞いた。

近藤ヒデノリ(TOKYO SOURCE 編集長)

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「世界中の子と友達になれる」


《世界中の子と友達になれる》2002年(平成14)
絹本着色、裏箔、紙、181.8×227.8cm、作家蔵(横浜美術館寄託)

近藤:まずは横浜美術館での個展について聞かせてください。今回は副題が原点ともいえる「世界中の子と友達になれる」ですが、それを選んだ理由と全体を通してどんなことを感じてほしいか教えていただけますか?

松井:「世界中の子と友達になれる」というサブタイトルは、私の東京藝大の学部卒業制作でつけた作品名なんですが、そもそも私が小学生の頃、本当に幼い時期に本気で思ったことがある言葉なんです。大人になるにつれて、それは不可能であって、狂気のような言葉であるというふうに思い始めたんですが、今でも窮地に陥ったとき、半分壊れ気味のときに時々、その言葉が頭の中に浮かんでくるんです。私の中では特別な言葉という位置づけになっているので今回のサブタイトルとしました。
いわゆる伝統的な日本画の「花鳥風月」とは違い、私の場合は日本画材を使ってはいますが、現代美術という意識をもって制作しているので、一つひとつの作品をじっくり見ていただけたらうれしいです。

近藤:今回は現代の九相図として新たな「相」を加えられたと聞いてますが。

松井:鎌倉時代の「九相図」は、仏教から来ているもので「きれいな女の人もこんなに醜く変わっていくぞ」というような宗教的な意味合いで庶民に見せたりしていたと思いますが、私は自分なりに解釈し、内容ごとすべて変えています。私の新しい「九相図」は、現代の自殺の要因を9つ挙げて、それを順を追って描いていくというもので、今回、新作を3点追加しました。9段階の2番目にあたる「成灰の裂目」、3番目にあたる「浄相の持続」をすでに発表していましたが、4番目の「應声は体を去らない」、7番目の「転換を繋ぎ合わせる」、8番目の「四肢の統一」が加わっています。最終的には、「九相図」なんですけど、10幅合わせて完成予定という…「スター・ウォーズ」のような状態でございます(笑)。

近藤:順番にいかないところが「スター・ウォーズ」っぽいですね(笑)。

《浄相の持続》2004年(平成16)、絹本着色、軸、29.5×79.3cm、財団法人平野美術館寄託

2

油絵と日本画


《夜盲症》2005年(平成17)
絹本着色、軸、138.4×49.5cm、成山明光氏蔵

近藤:元々は油絵をやっていたそうですが、今でも日本画に油絵の手法をミックスされたりしているんですか?

松井:すごくミックスしています。油絵の場合は、ものを光と影の明暗で見て、実際制作に入るときは、色面とか画面構成が重視されるんですが、日本画の場合は輪郭線や質感が大切で、本画の制作になっても、いかに花のふんわりとした質感が出せるかとか、どれだけものをしっかり見る力をもっているかが問われるので考え方も描き方もまったく違います。実はいまだに苦労しています。
そんななかで「夜盲症」は、私なりの考え方で両方の技法をうまくミックスできたものなんです。たとえば江戸時代の円山応挙など昔の日本画は、目とか眉毛、鼻も線だけでシューッと描いてある。あれはあれですごく洗練された形だと思うのですが、私はその描き方がどうしてもできなくて…それで女性の顔は明暗で描いて、それを大型コピー機で縦横の比率を変えて平面的にして日本画らしさを加えるという描き方をしています。

近藤:以前、TEAM LABの猪子さんという方と話していた時に、僕らは今、遠近法の見方に慣れてしまっているけど、昔の大和絵に見られる日本独自の空間認識法が今でもファミコンなどに受け継がれていると聞いたんですが、松井さんはそういう日本画的な見方にパッと切り替えたりできるものなんですか。

松井:その切り替えが本当に大変です。どうしても陰影で描こうとしてしまって、「いかん、いかん」って、線に切り替えたりしています(笑)。私は静岡県育ちなんですが、静岡県は日本のプロヴァンスとでもいうか、光がさんさんと注いでいるんですね。育った地域のせいにしてはいけないですけど、私はりんごにしても赤い色とか質感というより、光と影の陰影で見てしまう。だから「昔の大和絵とか鎌倉時代の作品はあんなに線を引いて色だけで描いてるけど、どう見たらそう見えるんだろう?」と思っていました。東京藝大のカリキュラム、古美術研究旅行で行きましたが、京都や奈良って、暗いというか、霞がかっているんですね。それで「これだ!」と勝手に思っちゃったんです。京都や奈良の気候や環境が、ものを明暗ではなく、色や輪郭で見る伝統をつくったのかなと…勝手な推測ですが(笑)。

3

「厄払い」


《盲犬図》2005年(平成17)
絹本着色、73.2×43.5cm、花房香氏蔵

近藤:僕は日本画はそれほど知らないんですが、初めて松井さんの絵を見た時にすごくひっかかるものがあって、それがなぜなのか、松井さんはなぜそういう絵を描くのかということが今日一番聞きたいことなんです。以前、精神的・肉体的な「痛み」が始点にあるとも書かれてましたが、なぜそこから始められたんでしょうか?

松井:そもそも現代美術のジャンルで近年、過激な作品がすごく多くなって、私自身が視覚から「痛み」に似たような感覚を感じるようになったんです。でも、そういうことを感じるのは私だけではないだろうというのが発端だと思います。

私がこういう絵を描いている理由の一つに「厄払い」的な意味があると思っています。例えば「幽霊画」は、昔の江戸時代に結構流行ったもので、一家に一幅あったとされています。なぜかというと、主人の留守中に恐ろしい幽霊画をかけておくと、「あ、幽霊がいる!」と思って泥棒が入ってこないというふうに、厄払いになると信じられてきたそうです。

例えば親しい友人がいつも自殺したいと思っていて、自分もそう思っていたとしても、その友人が目の前で電車にひかれて死んだとすると、何か自殺をしない気持ちになるというか、踏みとどまろうという気持ちになりますよね。「浄相の持続」や「夜盲症」にしても、そういう厄払い的な意味合いはあると思います。

1974年、静岡県森町出身。2002年、東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻を卒業。2007年、同大学大学院美術研究科 博士後期課程美術専攻日本画研究領域修了。同大学日本画専攻の女性としては初の博士号取得者となる。主に絹本に岩絵具を用いて描く古典的な技法で、女性や花、その幽霊などを描き、内臓や身体器官もモチーフにしつつ、自己分析的に「痛み」「狂気」を絵画で追求する。12月17日より横浜美術館において「松井冬子展―世界中の子と友達になれる―」を開催。

インタビュー:近藤ヒデノリ(TOKYO SOURCE)
人物撮影:武田陽介
日時:11.29.2011
協力:成山画廊、横浜美術館

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