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丹羽良徳 (アーティスト) 後半


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MY SOURCE(影響を受けた/今、注目している人・もの・こと)


ゼロ次元商会

原一男『全身小説家』

日本赤軍

36言語

マーガレット・サッチャー


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MY SOURCE/叔父とゼロ次元商会


脇屋:これまで作品を作る上で影響を受けた人、作品、映画、本などはありますか?

丹羽良徳

丹羽:まずは伯父の影響が大きかったと思う。今は広告写真家をしている伯父が、1960年代後半に名古屋で「ゼロ次元商会」というアンダーグラウンドのパフォーマンス集団関連の手伝いをしてたんです。ハイレッドセンターの名古屋版みたいな感じだけど、あんなにスタイリッシュじゃなくて、もっとエログロナンセンス。数十人集まって全裸でほふく前進したり、聞いた話では名古屋市の鶴舞公園をヌーディスト村にするという公約で名古屋市長選挙にも出馬したり。彼らを伯父が手伝っていて、その話をよく聞いてた。

脇屋:まさにアクティビストですね。今やっていることに少し近い?

丹羽:近くも遠くもあるよ。中心人物として加藤好弘と岩田信市がいて、伯父は岩田さんを手伝ってたみたい。ゼロ次元商会はパフォーマンス集団の名前でもあり、会社名でもあって、60年代後半に東京に拠点を移してからは同じ名前で昼間は電気屋を経営して稼いで、就業時間後は社員でパフォーマンスする、つまり全員が社員兼アーティスト集団だったらしい。資料や写真が少ないから、口頭でしか伝わらない部分もあるけど。

脇屋:意識的に残そうとしないとパフォーマンスの記録は残りにくいですね。

丹羽:そうだね。2年位前に記録写真集が出版されたり、福岡アジア美術館の黒田雷児さんの「肉体のアナーキズム」という本に詳細は載ってるはずだけど。僕は直接、彼らの活動を見たわけではないけど、近いところで手伝っていた人に話を聞いていたので、ゼロ次元商会と伯父のセットでMY SOURCEの一つですね。

加藤さんの話は本当か嘘かわからない部分があって、大物ミュージシャンのライブでステージから呼ばれたとか、大阪万博で「太陽の塔をぶっ壊そう」と全裸で突撃したり、逃亡した先のインドで密教の修行をしたとか。夢タントラで夢を解析する奥義を数年間の修行で授かったから、「人を見た瞬間にその人の10年後が一瞬で見える」とも言ってた。60年代後半からずっとインドとNYに逃亡していて、2008年頃に日本に戻ってきたらしい。どこまでが本当かわからないけど、多かれ少なかれ、パフォーマンスやってる人ってそういう傾向が強い。僕も多分そうだし。目の前に「はい、これです」っていうものを作らない人だから、言ったもん勝ち的なところもあって、本当と嘘が入り混じってる。

脇屋:もう、そこまで強烈だと影響受けざるを得ないっていう感じですね。

丹羽: 半端ない。ただ決定的に違うのは、彼らは芸術による社会変革を指向していたということ。僕は芸術による直接的な社会変革を求めていない。僕は芸術による社会の解剖を目指していて、そこには目指すべきマニュフェストはない。無口な社会システムという相手がいるだけで、そこに原始的な人間性を持ち込もうとしている。とても単純なことに分解してしまおうと考えている。そうすると見える世界があるんじゃないかといつも思う。

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MY SOURCE/原一男「全身小説家」「ゆきゆきて、神軍」


脇屋:他に影響を受けた作品など何かありますか?

丹羽:他のアーティストの作品を見るのはあまり好きじゃない。この人の作品の展示を見に行くというのもないし、展覧会にもあまり行かないけど、映画は見に行きます。特にドキュメンタリー映画は強烈で面白い。原一男の『全身小説家』『ゆきゆきて、神軍』とか。『ゆきゆきて、神軍』は、戦時中にニューギニアに出兵して怪我して戻ってきて、天皇に恨みを持ってる主人公を追ったドキュメンタリーで、天皇にパチンコ玉をぶつけようとしたり、「田中角栄ぶっ殺す」と車に書いて街宣したりしてる。「全身小説家」は井上光晴という小説家が癌で亡くなるまでを追ったもので、エンドロールがお葬式という映画。監督が撮影途中で死んじゃうけど、そんなの計算して撮ってないところがいい。「こういう意図で作りました」っていうのはあまり興味ない。

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36言語に翻訳した作品集を出版したい


脇屋:本はどうですか?

丹羽:最近は読んでも新書くらいで、読み物はあまり読まない。言語に興味があるから、覚えようと思ってフィンランド語の本を読むくらい。さっき話した伯父が8ヶ国語喋れるんだよね。本当かどうか不明だけど、そう聞いた記憶がある。彼は相当ひねくれてて、中学校卒業して「俺はパリジェンヌと結婚して自殺してやる!」ってパリに行ったけど、結局結婚は出来なくてロンドンで働いて、パスポート切れて身体ひとつで帰国して。でも日本が嫌で中国に逃げて…ってやってるうちに8ヶ国語覚えたらしい。

文法はともかく、8ヶ国語もの日常会話ができる伯父に憧れもあって、あらゆる言語に興味があるんです。例えばエスペラントとか、極端な例だと、いかなる不規則性も持たず明瞭性と自在性を兼ね備えたロジバン(Lojban)という人工言語もあって、将来的に機械と人間が同じ言語を共有するかもしれないと言われている。エスペラントは世界共通語だけど、ロジバンは世界共通語兼、動物以外の全存在共通語を目指してて、かなり面白い。日本人も地球語を作ったり、数だけで表す言語もあって面白い。

「ルーマニアで社会主義者を胴上げする」2010
パフォーマンスのドキュメントヴィデオ

その流れでエスペラント語やロジバンも含めて36言語に翻訳した作品集を今年出版しようと思ってます。今は英語が世界共通語として使用される場面が多いけれど、日本でもロシアでもインドでも、おじいちゃんおばあちゃんはその国の言語しか喋れないから、彼らにも自分の活動を理解してもらえる本を作るのが目的です。英語がグローバルスタンダードだとしても、その他の言語にも翻訳し続けたい。言語に興味があるし、英語に対しての反抗心もある。流れに逆らうことは難しいし、喋れる人は少ないけど、その存在を示すためにも入れたくて、エスペラントやロジバンにも訳そうとしてるし、アイヌ語も入れるか考えてる。

脇屋:過去のブログを読ませて頂いたのですが、孤独や死についてよく書いてますね?

丹羽:「死んだら終わりだ」と「さよならだけが人生だ」とは常に思ってます。そういう意味では社会主義者っぽいし、極めて無神論者的な発想だと思う。今ここにあるものが全てだし、空想的なものも信じない。

脇屋:それで社会主義に共感するのかもしれないですね。

丹羽:社会主義と死に対する興味とはどっちが先かはわからないけれど両方が関係してる。社会主義については、ぼくは1982年生まれで、ベルリンの壁崩壊が7歳だからほとんど覚えていないけど、当時まで冷戦という過去数十年における大きな出来事があったわけで、今の資本主義システムの起源や必然性を理解するには当然さかのぼるべき問題だと思う。

それに、世界には社会主義の国も残っているから、直接行って働きかけることが一番有効だと思って、旧社会主義国を行き来してるうちに「死んだら終わり」というのもおのずと出てきた。ルーマニア、ロシア、ポーランド、チェコ、セルビアも最近まで社会主義だった国けど、僕が行った2000年代には民主化されていたので、実際の社会主義時代の感覚は厳密にはわからないけど、現地の人も日本人と案外変わらない。普通にご飯を食べて、お酒飲んで暴れてるだけ。ただ貯金は全くしない。貯金を信用してないから、銀行に預けるなんてバカだと思ってる。いつまたクーデターが起きて時代が一瞬にして変わるかわからない、お金の価値が一瞬にして変わることを彼らは経験してるんだよね。

5

MY SOURCE/日本赤軍


丹羽:社会主義への関心つながりで、日本赤軍に共感を覚えた時期がある。若松孝司の『実録・連合赤軍』という歴史的事実を当時のフィルムも使って忠実に再現した映画があって、京都の学生運動時代から浅間山荘事件までの過程を伝えてるんだけど、彼らがものすごく頭が堅くて、ピュアすぎて周りが見えてないところに共感できる。浅間山荘でも警察は殺しても人質には絶対に暴力ふるわないから安心してくださいとか、おかしな行動もあるけど、社会主義を実現するためには手段を問わない。信じる理想像に向かう姿はピュアだと思う。一般の人の反応も当初は、巨大な警察組織に対して数人の20代前半の男女がほとんど丸腰でよく戦ってると肩入れする人が多かったらしい。その後、非合法な活動がばれたり、仲間同士で殺しあっていたりした事実が判明してイメージダウンしていくけど、自分たちには出来ないことをやっている日本赤軍に投影して応援していたらしい。100%ではないけど、僕も彼らに共感できる。

脇屋:少ない人数でまっすぐにピュアにぶつかっていく感じが、最近の丹羽さんの作風に共通する部分があるように感じます。

丹羽:自分の作品どうこう以前に興味の対象としてはあるし、そういうものが好きではある。ドストレートに殴りかかってくるような人が好き。詩的表現はいらない。

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MY SOURCE/マーガレット・サッチャー


彼女の政治思想にはあまり興味がないんだけど、女性としてのマーガレット・サッチャーにとても惹かれる部分がある。「鉄の女」と言われて、ガンガンやっていた時代もあったけど、その裏で泣いていたりね。実を言うと、彼女の筋の通し方が結構好き、というのは、最近彼女に関する映画を観たからだけど。80年代から90年代なんて、僕が小学生の頃に首相だったからリアルタイムでテレビで演説している姿などは記憶にないけれどね。

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最近の作品について「モスクワのアパートメントでウラジーミルレーニンを探す」


脇屋:最近の作品について伺えますか?

「モスクワのアパートメントでウラジーミル・レーニンを捜す」2012
プロジェクトのドキュメントヴィデオ

丹羽: つい最近制作したモスクワのプロジェクトと先程話したアーティストブックのことが大きいかな。「モスクワのアパートメントでウラジーミルレーニンを探す」という作品をモスクワで作ったんです。この作品は、モスクワでまず発表してから、その後でイスラエルの美術館にも巡回させる予定で。ソビエト時代から使っているレーニンの像が刻まれたプロパガンダのポスターとか肖像とか彫刻とか街中に残ってるから、モスクワの家庭を訪問して何千種類と探し出してきて、その過程をドキュメントとして美術館で展示しようと思ってる。一般市民に「家宅捜索させてくれないか?」と声をかけるのも1カ月毎日ずっとやってたら、同じようなレーニンのポスターや新聞記事が出てきたり、「これレーニン?」っていうものも出てきた。モスクワに今住んでいる人々にとって、レーニンというかつての指導者がどういう存在なのかということを再検証したい。ソビエト時代を象徴するスターリンは悪評が高いけど、レーニンは批判されない不思議な存在。もちろん、ソビエトを作った最初の指導者として栄誉を称えてのことなのかもしれないけど、批判されるのはだいたいスターリンかゴルバチョフで、レーニンは神格化されてるのか批判する人は少ない。ロシア大統領選挙の時期にこれをやったものだから、地下鉄の駅でビラ配ってるだけでも、罵声浴びせてくる人もいたけどね。

脇屋:だからこそ、過去の遺物ではあるけど今でも家庭に残ってる?

「ベルンで熊を拍手喝采する」2011
プロジェクトのドキュメントヴィデオ

丹羽: 両親の形見とか、いろんな理由で家庭には残されていた。国家の指導者だったレーニンが、今度は家庭のレーニンになった。そこに興味がある。日本人に当てはめてみると、僕の年代だと「昭和天皇に何を言うか?」みたいな。二次的な情報しかないから何も言えないし、かといって家の中に関係してるものもないし。スターリンとかゴルバチョフが目立ちすぎてるのかもしれないけど。1920年代とか今から90年前くらいのことだから、ちょっと古くて風化もしてるけど。

脇屋:「ベルンで熊を拍手喝采する」という作品については?

丹羽:スイスの首都であるベルンはドイツ語で熊という意味なんだけど、ベルンの街を作った初代の王様が、狩猟で最初に獲った動物の名前を街の名前にすると言って、それが熊だった。その為に16世紀位から象徴としてずっと街の真ん中で熊が飼われてる。だったら、ベルン市民は熊に言うことがあるだろうし、拍手喝采しても当然じゃないかというプロジェクト。

8

びっくりするって、人間がすごく必要としているものだと思う


脇屋:アーティストとして社会に対して今後どのように働きかけていきたいですか?

丹羽:最初にも話したけど、人がびっくりする原因をちゃんと把握できれば、おのずと世界はもう少し広く見えると思う。お笑いで例えれば、笑わせるためには、なんで笑えるのかを考えるのと一緒。原因を把握していないとびっくりさせられないし、掘り下げられない。そこに、僕のやってることの核があると思う。自分が思いもよらないことがない限りびっくりしないわけで、そこに可能性があると思う。面白い作品を見た時に「びっくりした」っていう人がたまにいるでしょ?びっくりするってやっぱり人間がすごく必要としているものだと思う。

脇屋:びっくりするって、次の行為に繋がっていくきっかけとして最大級のものかもしれないですね。ありがとうございました!

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脇屋佐起子 Sakiko Wakiya
TOKYO SOURCEライター、2010年度MADキュラレトリアルスタディーズ(アーツイニシアティブトウキョウ/AIT)修了生、2010年度東京アートリサーチラボ(TARL)「アートプロジェクトの0123」修了生、「the secret garden」(2011)共同キュレーター、会社員
http://secretgardentokyo.com/
https://www.a-i-t.net/mad/pages/voice201...

東京都生まれ。成蹊大学文学部英米文学科卒業。一般企業に勤めながら、学芸員資格取得、美術館インターン、ギャラリーアルバイト、アーティスト制作補助やワークショップ手伝い、CAMPやTERATOTERAのボランティアスタッフとしても活動。AITやTARLで学んだ知識を生かし、アーティストへのインタビューや展覧会のキュレーションも手掛ける。現在は2012年秋に行なわれるテラトテラ祭り関連イベントの企画進行中。
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YOSHOINORI NIWA
1982年愛知県生まれ。多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科卒。不可能性と交換行為を主軸し、国内外の公共空間で、地域や社会への介入を試みるパフォーマンスやプロジェクトを発表。展覧会などの発表は欧州、北米、南米、アジアなど20ヶ国以上。主な作品に東ベルリンの水たまりを西ベルリンに移しかえる「水たまりAを水たまりBに移しかえる(2004)」、ヘルシンキで泥棒に銀行強盗をお願いする「泥棒と文通する(2010)」、東欧革命を知らない若者と社会主義者を結びつける「ルーマニアで社会主義者を胴上げする(2010)」など。展覧会に「複合回路 vol.3アクティヴィズムの詩学」(2010年、ギャラリーαM)など。参加アーティストインレジデンス事業に、国際芸術センター青森(2011年、青森市)、HIAP-Helsinki International Artist-in-residency Programme(2010年、フィンランド)など。また、2007年には公共空間を活用した国際芸術祭「Artist as Activist」などを企画。
http://www.niwa-staff.org/

インタビュー:脇屋佐起子
トップ写真:武田陽介
日時:2012年1月7日
場所:東京都美術館内 content restaurant

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