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中崎透 (アーティスト) 前半


日本で近年増えているアートの形の一つに「アートプロジェクト」といわれるものがある。

60年代のフルクサスからの影響や、90年代以降の「リレーショナルアート(関係性の芸術)」と呼ばれる他者や社会との関係性を重視したアートとも重なるが、ざっくりいえば、作家一人で完結するのではなく、様々な人を巻き込んで成立するアートの総称だ。

日本の先行世代でいえば、日比野克彦さんの「明後日朝顔プロジェクト」、中村政人(TS054)さんの「秋葉原TV」「スキマプロジェクト」、藤浩志さんの「かえっこバザール」などが挙げられるだろう。美術館やギャラリーなどホワイトキューブをベースにしたアートマーケットが未成熟な一方、アートによる地域創造が盛んな状況も反映してか、日本ではこうしたアートプロジェクトが独自の進化を遂げつつあるように思える。それはまた、アートが必ずしも一人でつくるものではなく、多くの人を巻き込みながら社会に広がりつつあることも示している。

そんな中で中崎くんは、先行世代に続いて日本型アートプロジェクトを更新しつつある代表的な一人だと思う。TSでも書籍の編集をした別府「混浴温泉世界」のプレ企画に参加してたり、水戸芸術館で映画をつくったり、青森で何やら「24 OUR TELEVISON」という作品をつくったり、美術館、街、児童館、復興支援にも関わっているらしい。ソロ活動の他に「Nadegata Instant Party」というユニット活動や、水戸でスペースを運営していたりする…

と書きつつ、実は僕自身、彼の最近の作品をほとんど見られていない。プロジェクト型作品の常として地方での作品が多く、興味はあってもなかなか見に行けない。そんな時に彼に会い、最近の活動を紹介してもらうことになった。これはその公開インタビューの記録である。久々の大ボリュームとなったが(中崎くんよく話したなぁ)、中崎流アートプロジェクトの現在形としてはもちろん、3.11以後の一人の表現者の思考と活動の軌跡としても興味深いものになったと思う。

個人的には彼が大学時代に演劇をやっていたというのが興味深かった。僕の本業の広告でも近年、CMや新聞など単体の広告だけでなく、時間軸を含んだプロジェクト型が増える中で盛んにストーリーの大切さがいわれているが、中崎くんがつくっているのも、モノとしての作品というより、人や偶然性を紡ぐ独自のツイスト入りシナリオであり、ストーリーなのだと思う。

*トークにあわせて制作された新作「中崎透 TOKYO SOURCE edition」も限定発売中!

近藤ヒデノリ(TS編集長)

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はじめに


公開インタビューの様子

近藤:中崎さんとは元々5年ほど前にTSでもインタビューした下道基行(写真家)さんや冨井大裕(アーティスト)さんの紹介で会って作品も見ていたんですが、ずっとインタビューしそびれていて(笑)。彼の作品はいわゆるプロジェクト型の作品が多いと思いますが、通常のそれとはどこか違うと思っていて…それがどこにあるのか、今、どんなことを考えているのかなど、今日は彼の3.11以降のプロジェクトを紹介してもらいながら聞いていければ思っています。

中崎:僕はソロのアーティストとして現代美術の作品をつくる活動と同時に、ユニット「Nadegata Instant Party(以降、ナデガタ)」として3人での作品の発表があって、普段は水戸市を拠点にしていて、インデペンデントキュレーターの遠藤水城さんと一緒に水戸芸術館の近所で「遊戯室(中崎透+遠藤水城)」というスペース運営をしたり、活動の幅が広くてよくややこしいと言われます。

そこで、ほんとは昔の作品から紹介すれば分かりやすいのですが、やたら時間がかかるので今回は、去年の震災以降の1年間の活動に絞って話してみようと思います。地方や地元での活動、ユニットや個人での動きなど色々な要素が入り混じっていて、この1年の動きを紹介することで全体的に分かってもらえるんじゃないかと。2011年は今までも考えていたことがよりクリアになったり、あまり気にしていなかったことを気にする機会になっていて、それまでの興味、モチベーションや問題意識を再確認する1年になっていたので、そういった枠組みのガイドラインとして紹介できればと思っています。

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なくなったこと、ずれたこと、始まったこと、変わらなかったこと


3月11日/水戸芸術館

中崎:今日用意した資料は、昨年末に15分くらいで最近の作品紹介をしたときに作った資料なんですが、元々15分では無理なくらい詰め込んだものなので、今日はもう少し詳しく1つ1つ話をさせてもらえればと思っています。タイトルは「なくなったこと、ずれたこと、始まったこと、変わらなかったこと」。純粋に時間軸で追っていくというより、地震があったことによって、なくなってしまったプロジェクトや展覧会、会期がずれこんだもの、新たに始まったこと、地震以前からやるのを予定通り開催された展覧会やプロジェクト、といった分け方をしたという意味のタイトルです。

3月11日/水戸芸術館

中崎:地震があった当日は水戸芸術館にいました。当時、プロジェクトで作ったDVDをミュージアムショップに納品に行ってたら、ガガガー!って揺れて…。これはミュージアムショップの隣の部屋の写真ですが(写真2)、パイプオルガンのパイプがガシャーンと落ちてきて、すごい音がしたはずなんですが、僕も動揺していて気づいてなくて、余震が止んで中に行ってみたらこんな感じでした。

本当はこの日の夜、東京のgallery αMで写真家の下道基行と2人でトークイベントをやる予定だったんですが、電車も止まり、連絡も取れなくって、イベントはないだろうと…。結局、それから水戸に3週間いたわけなんですけど、その間に関わっていた2本の企画がなくなりました…

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なくなったこと/下道基行「Re- Fort Project Archive」


Re- Fort Project Archive(展示風景)/photo by SHITAMICHI Motoyuki

中崎:その一つがαMで既に始まっていた展覧会、下道基行「Re- Fort Project Archive」だったんですが、戦争遺跡という戦争の時に建てられたトーチカなどの建物を撮って全国を周っている下道が、撮るだけでなく、現地に人を連れて行って戦争遺跡に色々な人を立ち会わたいという企画のこれまでの記録展でした。

近藤:戦争遺跡でライブイベントをやったりしてましたよね。

中崎:そうですね。2004年から彼と一緒に企画を考えていて、例えば最近のものだと、2009年に関門海峡で皆既日食の時に、砲台跡から花火を打ち上げて対岸の別な砲台跡からみんなで見るプロジェクトをやったりしました。そうした過去5回のアーカイブの展覧会をしつつ、新しいプロジェクトのプロジェクトスペースとして、ミーティングやプレゼンテーションしたり、人を集めて準備を進めるという企画だったんですけど地震が来ちゃって…地震数日後には展覧会は正式に中止になりました。

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当事者と非当事者


Re- Fort Project Archive(展示風景)/photo by SHITAMICHI Motoyuki

中崎:「Re-Fourt Project」で僕が興味を持っている部分は、僕たちも、親の世代も、戦争に直接は関わってないので、「戦争がわかるか?」「いいか悪いか」と問われても、それが過去にあったというイメージや事実はもちろんあるけど、当人として、主体者として本当の部分は実はよくわからない、と個人的には思っています。だけど、靖国問題とかもそうですが、日本という国の国家の一員である以上、僕らは戦争について問われることがある。そういう意味で戦争に対して主体者でもあるけど、一方では絶対わからないと思っている部分もあるという「ねじれ」の中に自分たちは置かれていて…。

だから一見、悪ふざけみたいだけど、戦争遺跡の中で夜に酒を飲んだりしながら自然といつの間にかそれぞれが自分の問題としてシリアスに戦争の話をし始めてしまう状況が面白くて…当時のことは絶対に分からないはずだけど、自分のことでもあり、そこにアプローチしようと手探りしていく動きが重要なプロジェクトだと思っているんです。それは地震でも同じで、それぞれがバラバラな状況で、どうやって分かり合おうとするか、どうアプローチしていくか…そういう「ねじれ」 を繋ぐアクションが大切な気がしているんです。

Re- Fort Project Archive(展示風景)/photo by SHITAMICHI Motoyuki

近藤:すごくわかります。当事者か非当事者かという問題って、震災以降に特に強くなってきたテーマですね。過去にTSでインタビューした加藤翼さんともこの話になったし、田中功起さんのベネチアビエンナーレ日本館のプロポーザルもこの問題に関係していた。ジャーナリストの佐々木俊尚さんも最近『当事者の時代』という本を出しましたね。3.11で地震に遭った当事者と非当事者がいて、当事者じゃない人には当事者の意識はわからないけども、どこまでわかろうとするのかという問題と、戦争の問題もつながってる。僕らは日本人だけど戦争 の当事者ではない。そこに対してどれだけ当事者の気持ちが分かるか、後からでもわかろうとするか…。ちなみに、戦争遺跡で過ごすという企画は、具体的には 花火以外では、どんな企画があったんですか?

中崎:三回目までは20人くらいの顔の見える友人の集まりのような規模でやっていました。最初は千葉の富津岬。2回目は皇居の近くにすごく小さな高射砲の跡があって、そこをステージにして花見の季節にフォークジャンボリーというか、ギター弾いてカラオケをしたり、3回目は第二海堡っていう東京湾に浮かんでいる要塞だった島があるんですけど、そのときはまだ定期便が出ていたので、それに乗って缶蹴りをしに行ったりとか(笑)。4回目は筑波大の建築の大学院生(濱定史、一ノ瀬彩)と密に関わって、最初と同じの富津岬の戦争遺跡で櫓を1週間くらいで作って、最後に大きなイベントするっていう企画をしました。

近藤:下道さんとはどういう役割分担で?

中崎:僕はサポートというか、当時看板をモチーフにした作品をよく制作していたのもあり、最初はコンクリートの渋い戦争遺跡にポップな看板をのせてラブホみたいにしようっていう関わり方でした。基本的には企画の補助と、作り物とかのビジュアル担当ですね。その後、夏の皆既日食の時に関門海峡での花火を打ち上げる企画では、十何台のカメラを用意して、ヘリコプターをチャーターしたり、高速道路や船や対岸だったり、色々な所から撮っているものがどう見えるかを、あいだだいや(美術家/YCAM)、服部浩之(当時秋吉台芸術村)、山城大督(美術家)とともに1つのインスタレーションにしました。

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「TORIDE APARTMENT CAMP」


TORIDE APARTMENT CAMPチラシ/途中バージョン (C)Nadegata Instant Party

中崎:これはナデガタとして、3月25、26、27日にやる予定だったものです。取手アートプロジェクトの中で「TORIDE APARTMENT CAMP」と題して、団地の空き部屋を10部屋ほど借りて、そこでキャンプ場を開いたり、団地自体をシェアスペースとして捉えてオープンにして、色々なトークやイベントなどを仕込んで3日間の宿泊イベントにしようと準備していました。でも、滞在制作に入る直前に地震が起きてしまい、数日後に主催者側で中止が決定しました。最初は強引に実施することを考えたりもしたのですが、団地の空き部屋で仮の生活をすることって、震災の避難の過程で現実の方がはるかに追い越してしまってる状況が起こってしまった。同じプランを実施しても、環境や状況によって作品が全然違う見え方がするだろうと思ったり、僕たち自体が身動きとれる状況じゃなかったのもあり断念しました。

近藤:じゃあ、これは準備の時の写真ですね?

中崎:リサーチはずっとしていたんで。このチラシとかかわいいでしょ。幻でしたねー。

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ずれたこと/井出賢嗣「逃避・丸い化粧台・パイプとパンティ・7.16」


井出賢嗣「逃避・丸い化粧台・パイプとパンティ・7.16」(部分)

中崎:震災で「ずれたこと」といえば、水戸の遊戯室で4月頭から開催予定だった井出賢嗣さんの個展「逃避・丸い化粧台・パイプとパンティ・7.16」が7月半ばからになりました。こちらも最初は強引にやろうかという話も出てたんですが、作家が3月中に1週間とか10日間、水戸に滞在してもらうのは…あの時って水戸の放射能が危なそうな匂いもしていたので無理だろうというのと、お客さんを呼んでいいものかどうかも見えなかったので、結局7月になりました。

水戸芸術館でも展覧会が中止になって、安心して人を呼べるようになってから企画し直して、準備してとなると、7月が再稼働の自然な時期になったというのが正直なところでした。でもこの頃には少し落ち着いて制作できて、お客さんもいい感じに見に来てくれた。

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「全児童自動館」


全児童自動館 (C)Nadegata Instant Party

中崎:こちらはナデカタの作品ですが、練馬区にある中村児童館というところで、「アーティスト・イン・児童館」という、児童館にアーティストを呼んで一緒に作品を作ろうという企画をしているところがあって、そこで中高生を対象に何かしようと話をしていました。2010年の8月からリサーチをして、2011年の秋に「全児童自動館」というタイトルで児童館全体を使ったイベントをやろうという記者発表を2月末にして…その10日後くらいに震災がおこった。この時もやってしまおうという話も出たんですが、やはり延期して年度末ぎりぎりの3月17日に映画を撮って文化祭をつくることになりました。それが今、ちょうど最終的に完成して、明日夕方から中村児童館で上映イベントがあります。

全児童自動館
プロジェクトサイト/ http://zenjido.jidokan.net/
予告映像/ http://www.youtube.com/watch?v=H8P0SEhb7...

近藤:水戸芸のもそうだったし、最終的に映画に落とし込むパターンが結構ありますね。

中崎:何回かありますね。一緒に組んでいる山城くんが基本的に映像と写真が専攻で、僕も学生の時に演劇をずっとやっていて、一つの物語をつくって、その過程で出来事を起こして、その時間を映像に定着させるっていうのは僕ら3人にとってはやりやすいメディアなんですよね。

近藤:なるほど!学生のときに演劇をやってたんですね!実は、中崎さんの作品はどれもシナリオがキーに思えたので、ひょっとして演劇をやっていたのかと聞こうと思ってました。ちなみに「ナデガタ」の3人では役割分担とかあるんですか?

中崎:「ナデガタ」は僕と山城大督、野田智子と3人なんですが、僕は油絵科出身だったりするので、アナログの仕事を中心に、立体やインスタレーションを作ったり、ドローイング、シナリオなど、アナログベースのことを担当していて、山城は映像と写真が強いので、ウェブやちょっとしたデザインを含め、デジタルメディアはだいたい彼がやってます。僕と山城はソロのアーティスト活動もしていて、基本的に作り手は2人です。野田は普段はギャラリーやアートマネジメント仕事をしていて、マネージメント担当。テレビや映画の世界での「制作さん」というと分かりやすいかと。

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始まったこと/インスタントライフ


Instant LIFE/インスタントライフ

中崎:こちらは、震災後の3月末ぐらいにブログ上で発表した「Instant LIFE/インスタントライフ」というタイトルのテキストで。

近藤:僕もこれリアルタイムで読んでたんです。ちょうど当時、僕も仕事がけっこうなくなってネットを見ながら仲間と集まって「何をしようか」話していて、とりあえずお金を作ろうという形で動き始めた頃だったんですが、ツイッターで中崎くんのこのテキストを読んで、なるほど作る立場としてそういうことを考えているのかと思った記憶があります。

中崎:震災後は、仕事もなくなり、電車も動かないし、ガソリンもなくて、水戸でずっとネットを見ていて…

近藤:あの頃は、みんな引きこもりみたいになってましたよね(笑)。

中崎:特に男性はそういう人が多かったって聞きますね。そんな中、地震の直後に40万人くらいの人が避難所にいて、「日清が20万食分のカップラーメンを提供」とあって、「すげーっ」て思ったけど、それって避難してる人々の半分の1食分って考えたら「ガーン」って気分になって…そうやって送り続けることは無茶だなと。続けていくことの難しさを思って、それだったら、人を運んで来る方が早いんじゃないかと。数日後にはすでに行政単位でもそういう動きが起こっていて、そこから溢れることをフォローできるような動きとかを想像すると、大阪のアサダワタルくんがブログで呼びかけて、クリエイター向けの「疎開先ネットワーク」を作っていたり、いろんな人がいろんな動きをしてたりしてた。そんな感じの頭の中でのあたふたとした経緯があったりしながら、それで結局全然僕は動けなかったわけですが、その時に「イメージすることだったらできる」と思ったんです。地元じゃない場所に行ったときに、それを1つの仮の生活の物語としてイメージして、直接行く人と受け入れる周りの人がその物語に加われたらいいんじゃないかと。とりあえず自分のブログにテキストを載せて、どう展開させようか考えてた。これは作品云々でもないけど、うまく伝わったらいいなと思って、デザイナーとか、編集の人とか、NPO系の人とかと、冊子だったり、どういう定着メディアがいいか相談したりしてたんですけど、だんだん、実際には人間はそれほど移動したがらないというのを自分も含めて現実に思って…関西などの避難場所は当初そんなに人が移動しなかったような話を聞いたりしました。

近藤:遠い避難所には人は行かなかったって言われてますよね。すぐ隣町の避難所は空いているのに、そこには行く人がいないとか。

中崎:そうなんです。それで、なんとなくイメージしていたのとはズレるぞって思ったので、ブログ以外の別の定着メディアを探ることをやめました。ただ、言葉としては抽象的などんなシチュエーションでも通る言葉にするようすごく気を使っていたのもあってか、意外なところで思ってもいない解釈というか、違う響き方をしている話をされることがあったり、時間が経ってまた違う読み方ができたり、そういうかんじが少し心地よくもあって、あまり無理してアウトプットせず、この状態のままひっそりとブログ上に置いておこうと。
「インスタントライフ」って、誰かのインスタントな生活を一緒に作ってみませんかというキャッチフレーズというか。僕らアーティストは、タイプにもよるけど、結構移動する生活をしてる中で、お金をくれるとかそういうこととは別で、ささやかな情報とか、飲み友達になってくれるとか、「あそこの銭湯いいよ」、「あそこであれ買えるよ」とか…ちょっとした情報に助けられることってたくさんあるんですよね。そういうフォローをみんなでしあったらいいのにと、支援への関わり方のイメージをちょっと広げられたらと思って書いていました。

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「制活編集支援室」


制活編集支援室

中崎:これはせんだいメディアテークで5月から通年で開催した長期ワークショップです。メディアテーク自体が全体の修復も半ばのまま、メディアセンターとしての意地みたいなところもあってか「仙台にあるから情報を集めなきゃ」「情報発信しなきゃ」ということで、G.Wに暫定オープンしたんです。このスピードはものすごいことだと思います。そういった中、甲斐賢治さんを中心に「3月11日を忘れないためセンター(以降、わすれン)」というのが始まった。そこでは震災情報を集めたり、インタビューしたり、色々なNPO団体の方がアクセスできる状況を目指していました。そういう動き出しを3,4月頃にネットで見ながら興味をもっていたところ、メディアテークの清水建人さんから何か一緒にできないか、とお話をいただきました。「わすれン」とはまた違う枠で、「考えるデーブル」っていう企画が設けられて、 哲学カフェや写真家の志賀理江子さんのレクチャー、タノタイガさんのガレキ撤去ボランティアのサポート活動があったり…そういうカリキュラムの中の1つとして、「制活編集支援室」というワークショップを通年でやることになりました。

制活編集支援室 http://www.smt.jp/thinkingtable/?p=18
活動ブログ(日々制活) http://prj.smt.jp/~seikatsu/

制活編集支援室

「制活」っていうのは、制作活動の略なんですよ。日常って、よく見てみると制作することが実はたくさん混じっているよねと思って、編集的な視点を入れつつ、月1~2回、仙台に通いながら、新聞とラジオをつくるプロジェクトをやっていました。10人くらいのメンバーで、新聞は3月までに7号まで作って発行しつつ、ネットでもダウンロードできるようになっています。ラジオの方は、実際に電波飛ばそうぜ!という話も出ていたけど、 結局ほとんど静止画のUstreamに落ち着きました。ゲストとして出演していただいた映像作家の藤井光さんや高嶺格さんだったりは、ちょうどメディアテークに来たときに話をしたりとか、とにかくこの一年の仙台にはいろんな人が出入りしていた印象がありました。最後の3月は参加者の人といろいろ話をしたり、くだらないアイディアをおもしろがりながら配信してみたりで、ネット上にアーカイブがあるのでもし興味があったら見てみてください。

近藤:相当たくさんやってたんですね。

中崎:しんどいくらいたくさんやっていましたね。仙台という場所は、自分の感覚でいう地元の水戸と似た「半端さ」があって、変なしっくり感がありました。地震後、水戸も東京から近いから、深刻な被災地と比べればたいしたこないだろうと思われていたけど、けっこう地味にダメージをくらってる。まだ電車も動いてないのに東京の人から「明日、仕事来られるでしょ?」って言われたりして、「バカヤロー!」みたいな(笑)。仙台の場合、中心市街地と沿岸部での被害状況の差がとても大きかった。市街地も外から見たら十分に大きな被害を受けてるんだけど、沿岸部に比べるとたいしたことない、というような話をする人も多くて、自分が被災してるかどうか分からなくなるような中途半端さに共感できるところがあって。この1年、定期的に飲んだ暮れたり、シリアスなこと、ふざけたことをいろいろ話しながら、行ったり来たり…たいしたことはしてないんですけど、そういう状況が変わっていく場面に立ち会えたことがすごくいい機会だった。

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九州へ。温度差を見たかった


中崎:3月末に常磐線が動くようになってから、ずっと西まで周っていったんです。時間ができたというか、何もすることもなかったので、東京、大阪、岡山、広島、山口、北九州、福岡、熊本、別府を3週間くらい…人に会いながら「最近どう?」みたいに聞いてまわったんです。

近藤:旅って感じ?

中崎:関西にちょっと用事があってその延長で、フィールドワークみたいな感じで各地の温度差というか、それぞれの場所で、人がどう思って、どういう状況があって、どう動いているのかを体で知りたかったんです。最終的に山出淳也(BEPPU PROJECT)さんのところに寄って戻ってきたんですが、ほんと各地での反応はグラデーションで、例えば別府は海外の観光客が10000人近くもキャンセルが入って街自体がやばいなんて話があったり。地震の時は揺れなかったし、テレビの向こうの別世界で起きているようだったけど、一回りしてお客が来ない。先の戦争の話ではないですが、日本が国家として見られてるとか、個人とか都道府県、エリア、関西…その単位が行ったり来たりしていることを改めて感じましたね。

逆にわからないことはやっぱり、わかりようがないというのも感じたんです。無関心なわけじゃないけど、相手からしたら北関東から来た僕が、おばけを見たんだ!って話してるようなズレ方。高校生の時に阪神淡路大震災のエリアに住んでいた同級生に大学で出会って、ぴんとこない感じと一緒というか。わかりようがないという感覚があって、たぶん僕が東北に行っても「わからないんだな…」って思って。わかったつもりになるのはやめようと。でも、それって、わからなくてもいいんじゃない。むしろ人間が2人いたらわからないことだらけだし、わかるということと、わからないけど、わかりたいと思う、一緒にいたいと思うことって全然別の話じゃないですか。それって地震うんぬん関係なく、今までもそうだったし、作品を作る動機もそういうところが強くて、そういう感覚が戻ってくるのを感じてました。

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わからないものは、わからないままでもいい/
「CAFE in Mito 2011」


近藤:今のわかる/わからないという話はとても共感するし、実際、人間が二人いたら夫婦でもわからないことだらけだと思うんですけど、中崎くんの作品も、なんとなくわかるんだけど、よく分からないっていうのがあって…だから、こうしてインタビューしてるとも言えるんですが(笑)、面白そうなタイトルがあって、内容もブログに書いてあって、面白そうだなって思うんだけど、実際に体験してないし、全体像がよく分からない。なにか肝心の部分が謎に感じることが多いんですね。だから興味を惹かれたり、飽きないのかなとも思うんですが、わかりやすくしないというのは意図してるんですか。

中崎:わかりやすくなる分には、それに越したことないんですけど、ある部分でわかられたくないところがどこかにあって…わかりやすくしているつもりなんですけどね。その辺りの判断については、「これでいいや」って、しばらく前から思ってます。クリアにわかりすぎて仕事の数が増えても、消化が早くなるだけで。噛み砕きすぎて自分の言いたいことがズレてしまうくらいだったら、自分のわかる範囲で、わからないものはわからないまま出していく。わかりやすくするっていうのは、余分なものやグレーの部分を無理やり黒か白にして出すことかもしれないですが、それは別にしなくていいと思ってます。無理に白にしてクリアにすることで、誰かがちょっと分かりやすくなるよりも、グレーならどのくらいのグレーなのかを真剣に考えたい。それはありますね。

近藤:なるほど〜。あと、シナリオが途中で折れ曲がっているというか、例えばこの間聞いた袋井のプロジェクト(月見の里アートプロジェクト《Instant Scramble Gypsy》)でも、小泉純一郎じゃないけど、人を巻き込む時には「みんなで写真展をやろう」というようにわかりやすいフレーズの方が、乗ってくると思うんですが、実は写真展をやるというのは口実で、本当は「どまんなかセンターを作る」のがゴールというツイストが入っているところがおもしろいと思うんですよね。「学芸員Aの最後の仕事」にも、どこかそういうわかりにくさが入っていると思うんです。

「Reversible Collection」 (C)Nadegata Instant Party

中崎:そうですね。これは2009年の作品なんですけど、水戸芸術館でのコレクション展を舞台にした映画を作る、という口実でたくさんの人たちと一緒に製作しました。プロジェクトのタイトルとしては「Reversible Collection」といって、カタチあるコレクションとともに、長い時間で培った、街自体や芸術館に関わる人たちといった、カタチにならないコレクションをスクリーンに映し込みたいな、という作品でした。それで、水戸芸術館の震災明けの展覧会が7月末からありました。もともとは全然違う展覧会の予定だったんですが、急遽、「CAFE in Mito 2011」と題して、今まで水戸芸に関わってきたアーティストのグループ展が開かれました。しかも、震災のことはあまり触れずに、美術館もデコボコに壊れた部分が直って、街自体も少しは安心して暮らせる状況が戻ってきたということで、割とハッピーで明るい雰囲気の展覧会だったんです。その中で、ナデカタが「Reversible Collection」で製作した映画「学芸員Aの最後の仕事」の上映会も関連企画として行われました。この映画は中心メンバーで70、80人、エキストラも入れたら300人くらいで撮ったものなんですけど、この時に会っていた何人かは、これを機に再会して「あー生きてたー!」って確認できたという感じでした。

TOHRU NAKAZAKI

1976年生まれ。アーティスト。武蔵野美術大学大学院造形研究科博士後期課程満期単位取得退学。現在、水戸市を拠点に国内のさまざまな地で活動。2006年末より「Nadegata
Instant Party」を結成し、ユニットとしても活動。2007年末より「遊戯室(中崎透+遠藤水城)」を設立し、運営に携わる。

ブログ:http://tohru51.exblog.jp
Nadegata Instant Party:
http://www.nadegatainstantparty.org/

インタビュー:近藤ヒデノリ
日時:5.25.2012
場所:TOKYO SOURCE preview room
人物撮影:大野真人
原稿おこし:提橋真由美

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