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中崎透 (アーティスト) 後半


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「福島大風呂敷」


福島大風呂敷/photo by SHIGI Shizune

中崎:これが去年の8月15日に福島県福島市の四季の里というところで行った「福島大風呂敷」というイベントです。「PROJECT FUKUSHIMA!」の一環で、音楽家の大友良英さん、遠藤ミチロウさん、詩人の和合良一さんの3人が代表として、福島の人だけでなく、東京の方や福島が地元だった方が集まって、福島自体を考えるアクションを起こそうというもので。福島は、安心して住めるとも言えなし、絶対ダメとも言えない。でも、数字を徹底的に調べながら自分たちで判断していかなきゃいけない。セシウムを消すのは芸術とか文化じゃ無理だし、安全な土壌作りもできない。健康被害もなくせないけど、「FUKUSHIMA」ということば自体を、いろいろな人が考えたり、向き合ったり、何かが起こる始まりの場所として、ポジティブなものに変えていくのは、もしかしたら文化の力なんじゃないかという思いで立ち上げたプロジェクトです。いくつかのセクションがあって、宇川直弘さんがやっているDOMMUNEの福島支局をつくって、定期的に福島から情報を発信していったり、スクールと題して、放射線衛生士の木村真三さんによる放射線対策のレクチャーや、大友さんや和合さんによる音楽や詩のワークショップなど、定期的にいろいろなレクチャーやワークショップを開催しています。

福島大風呂敷/photo by SHIGI Shizune

福島って目に見える被害は少ないけど、精神的な被害がすごく大きいんですよ。「誰々さん家が、何マイクロシーベルトで、学校ではあっち側が線量高くて」とか、みんなすごく知っていて、その中で切実に判断しながら生活している状況…だから、「ハレの場を絶対作らなきゃダメだろう」ということで、8月15日に1万人規模のフェスティバルをやることになったんです。

フェス会場の線量は0.5~0.7(マイクロシーベルト/毎時)くらいだったので、木村先生の話では「1日来る分には子供がいても基本的には問題ないだろう」ということだったので開催する判断をしたんですけど、さらに念を入れて、外部被爆ではなく、表面被爆を防具する意味でシートなどを敷いたら、シンボリックなアクションとしていいんじゃないかっていう話が出たんです。そこで、大友さんとは水戸芸術館でのアンサンブル展での縁があり、建築家のアサノコウタさんとともにディレクターとしてプロジェクトに関わることになりました。

芝生の野外ステージの客席を全部布で覆ってしまおうという話をしていて、「最初は無茶な…」って思ってたんですが、「PROJECT FUKUSHIMA!」自体、文化によって福島という言葉をポジティブなイメージに変えていくという、いわば大風呂敷を広げちゃうみたいなことなので、実際に大風呂敷広げてみますか!っていう感じにタイトルもストンと決まって。全国から布を集めて、福島でみんなでそれを縫って準備し始めることになりました。

福島大風呂敷/ドキュメント

最終的に6000㎡、大友さんの実家の工場跡のスペースで3週間くらい泊まりこみながら準備して、当日はすごい人で出来上がりを眺めてたらボーっとして、結構やれるもんだなっていう。それで、布自体のビジュアルもすごくきれいだったんですが、どっちかと言うと、僕個人としては作っていく過程で、地元のおばちゃんが縫いにきたり、 仙台や東京の若い人がそこに混じり合って生まれるリアリティというか、ほとんどがくだらない世間話なんだけど、その中で実はすごく大事な話がぽつぽつとあったりして、そこで1人でも顔が見える知り合いができると、もう他人事でなくなるというのが重要なことで、気付くとそれぞれが自分の問題として考えてしまう、そういう場が自然とできていたという意味でこのプロジェクトはすごく重要だったと思います。

その後、東京の吉祥寺でちょっとしたドキュメント展をする機会があって、最初は活動資金を募るために風呂敷をうまくアートピースとして転用しようと、アクリルケースに包んだりしたんですが、もろもろ、手が回らなかったので、このプロジェクトのサンプルとして展覧会に出品しました。報告書として簡単な冊子を作れる機会となったのもよかったです。

2

「仮説☆空間 希望峰」


仮説☆空間 希望峰

中崎:去年の8月末、9月の頭から、水戸芸術館の学芸員の高橋瑞木さん、竹久侑さん、水戸在住の石田喜美さん、田中麻衣子さんの5人で、「仮説☆空間 希望峰」という2ヵ月限定のスペースを始めたんです。水戸に住んでいて、話したいことはいっぱいあったし、何かをしたかったけど、7月に遊戯室をやって、芸術館も再オープンして動き始めたので、ようやく落ち着いて何かを話そうというタイミングがこの頃だったんです。

ちょうど水戸芸の「CAFE in Mito 2011」の関連企画で、いろいろなアーティストが水戸にやって来る機会があって、大友良英さん、タノタイガさん、遠藤一郎くん、Nadegata Instant Partyなどなど、実質1ヵ月半で大体10本くらいイベントをしました。普通の事務所空間に仮設で会場を作って、トークイベント、演劇、フィラメンツのライブやトーチカのワークショップやったり。メンバー5人がそれぞれ、1~2万円くらいの実費を出して、2ヵ月間遊ぶというか、自分たちのための使い方をするスペースをやっていました。自分たちもアウトプットしたかったし、外から人が来てくれたり、水戸のまわりの仲間とか、よく関わってくれているいろんな人が顔を合わせて色々話しをしたり、互いに今の状況を再確認するのにもいい機会でした。

近藤:ここも元々は空き家かなにかですか?

中崎:そうですね。いわゆる事務所物件で、工事現場の事務所が冬に入ることが決まっていて、その前の3ヵ月間が空いているということで安くお借りしました。

近藤:遊戯室は、水戸の人と水戸に来た人が出会う場所みたいな感じだったけど、それよりはちょっと広いこの場所で、また別のプロジェクトをやっていた感じなんですね。

中崎:最初、キワマリ荘(遊戯室の入っているシェアスペース)でやってもいいかなと考えていたんですけど、その時期は遊戯室で展覧会をやっていたり、他のスペースでも展覧会をやっていて大部分埋まっていいたので、別の場所を借りようということでやっていました。

3

変わらなかったこと/「パラレル/だからとかこそだとか」


パラレル/だからとかこそだとか(展示風景)/photo by YANAGIBA Masaru

中崎:5月の半ばに吉祥寺のArt Center Ongoingで「パラレル/だからとかこそだとか」というタイトルで個展をしました。実は、5月の半ばって一番やりにくかったんですよね。あの状況の中で自分の意見というか、作品を出さなきゃいけない。わからない状況の中で自分の発言をするのはリスキーで嫌だなと思いながら、うんうん唸りながらやった展覧会でした。「パラレル」っていう言葉は、先ほど旅をしていたときの「わからなさ」そのままで、交わらない、わからないということなんですけど・・・

近藤:すごくよくわかります。ちなみに写真にあるTシャツは何なんですか?

中崎:「ファッション」というタイトルで流行という意味なんですが、自転車が泥に埋もれている風景をTシャツにプリントして、チャリンコのTシャツで「チャリT(チャリティー)」、みたいな…というのは誰にも言っていないんですけど。ユニクロだったり、資本主義がどうこうって考えてるのかって思われたりもしたけど、ただのチャリTだったっていう(笑)。チャリティーが流行しているのは全然ありなんですけど、なんだか自分が被災しているのか支援する立場なのか、よくわからなくなってきた時期だったのもあって、誘われてもチャリティーにスッと入れなかったりしました。それと、チャリティーという言葉や行動を掲げることで、時として自己満足や思考停止になるケースもあったりするなと思って、あえておちょくったりしていましたね。そんな風に1つ1つの作品には意味があるけど、展覧会を観にくると、あまり解説もなく、どれがどういう作品かは分からないというようにしました。7色のミシン糸の虹色が会場全体を遮断して並行して走っているんですけど、交わらないパラレルな感じがずっと続いていく感じがいい気がしてたので、そういうイメージを象徴的に作ったりしました。

「To home,from home.」

これは、「To home,from home.」という作品で、どっちも常磐線の車内の写真なんですけど、たまたまデジカメを開いたら、3月10日の東京から水戸に帰る時の写真と、もう1枚、4月に常磐線が動いてから水戸から東京に向かうときの同じような構図で撮っていた写真があって、並べただけなんですけど。電車、線路として見ても平行線だし、時間のことも含めて絶対に交わらない、二つの似通った風景写真だったりします。

近藤:これは?

中崎:これはポンプを使って、流しそうめんをするわけでもなく、ただ電気で水が汲み上げられて、落ちてはぐるぐる回っていくという…水がジャバジャバと流れる音が続く状況が作りたいと思って。柱に立てかけられてるのは、自分の部屋で本棚が倒れて壊れたのを持ってきて作ったというか配置したというか。

パラレル/だからとかこそだとか(展示風景)/photo by YANAGIBA Masaru

中崎:個展全体としては無機質な生態系を作っているようなイメージがあって…。生態系といっても、僕らよく知らないじゃないですか。自然の中に行っても木の名前とか鳥の名前とかも知らないし。それが人工的なものでも、例えばこの建物は誰が建てたとか、この床はどういう材質など厳密に知らなくても過ごせている。だけど、調和した状況というのを作りたいなと思って。
近藤:いろいろなものがいるけれど、それぞれは並行に、特に交わることもなく存在している。
中崎:それぞれがいていいっていうか、そのままでなんか心地いいような、そういうイメージでしていました。
近藤:まさに多様性がゆるされる社会というか。以前、非ユークリッド定理の「2本の平行線は無限の彼方で交わる」という言葉が妙にロマンチックでいいなと思ってたのを思い出しました。

4

「十万年後の誰かが、プレイボーイを注意深く観察したとせよ」


十万年後の誰かが、プレイボーイを注意深く観察したとせよ/photo by SHIGI Shizune

中崎:これが去年の8月なんですが、大風呂敷のプロジェクトの10日後にオープンするという状態で所沢ビエンナーレに参加して、「十万年後の誰かが、プレイボーイを注意深く観察したとせよ」というタイトルの作品をつくったんです。ここは給食センターが潰れた跡の建物で、そこにあった什器をいっぱい使ってインスタレーションしました。

近藤:何かの跡地を使うというのが多いすね(笑)それだけ日本には今、そこら中に空きスペースがあるということ。

中崎:実は1冊「プレイボーイ」があって、その中から16個のセンテンスを抜き出して、関連性はないけど、それぞれは意味深な言葉を迷路みたいに配列して、その言葉と対応するようなオブジェを作りました。通路を回っていくと最後にプレイボーイが置いてあって、実はそこに全部書いてあるという。それと言葉を読み上げているナレーションが、インスタレーション中に仕掛けられたいくつもスピーカーから流れていて、あちこちからざわざわ聞こえているという作品なんですが、オブジェとしてあるのも全部、展覧会場で使われないものをモチーフにして組み上げました。

近藤:ちなみにタイトルの言葉もプレイボーイの中にあったんですか?

中崎:あれはないです。「十万年後の安全」という映画をもじって作りました。

近藤:やっぱり。さすがにあれは「プレイボーイ」にはなさそうだなって。

十万年後の誰かが、プレイボーイを注意深く観察したとせよ/photo by SHIGI Shizune

中崎:会場となった旧給食工場の備品で展覧会を作るのに不要なものを一同に集めて作品の素材としました。映画「十万年後の安全」は、北欧での核廃棄物を十万年という膨大な時間保管するための処理施設にまつわるドキュメントで、実際僕は本編はまだ観ていないのですが、タチの悪い冗談みたいな話だなと思って。でも僕らはそんな世界の中で暮らしてるのも現実で、もう笑うしかないと。大切なものを保管する美術館と、不要なものを保管する処理施設、その対比がおもしろいので作品にしました。美術館の制度を「集めて、手入れして、分類して、配列する」という作法と仮定して、展覧会で不要とされるものを集め、手入れして分類し、配列してみました。それによって、いわゆる作品と呼ばれる大切なものより、不要なものの方が保管されて残ってしまったら滑稽だなと。でも僕らのいる現実はもっと滑稽な世界だったりするよね、みたいなことを考えてました。

近藤:田中功起さんが以前、群馬県立美術館での個展で美術館の倉庫にある備品を引っ張り出してきて並べて、その合間にビデオ作品を展示したのとも共通する視点ですね。

中崎:それは何回か言われましたね。僕は行けなかったんで、直接は見てないんですけど。

近藤:元々いらないものを使おうという発想は、シンクロしてるかもしれないですね。まぁ、田中くんの専売特許というわけでもなく、そこにあるもので何かをつくるブリコラージュの発想だと思いますが、震災以降という時期にそれをやったというのも共感しますね。

5

「Yellow Cake Street」


Yellow Cake Street (C)Nadegata Instant Party

中崎:これが11月にオーストラリアのパースで、国際交流基金の企画のグループ展にナデガタで参加したときに作った作品です。ナデガタとしては海外で展覧会するのは初めてだったんで、オーストラリアについてネットで調べていたら、「イエローケーキ」という言葉を見つけた。英語のページでいっぱい出てきて、どうやら日本でいうところの、肉じゃがとかたこ焼きみたいなソウルフード的な料理らしい、と。じゃあ、現地の色々な人にイエローケーキのレシピを聞いて、オリジナルレシピを作って、ケーキ屋さん自体を作ってみんなにふるまおうという話になって…ケーキ屋さんをリサーチして色々な人に聞いていっているところや、実際にお店を作るプロセスをドキュメンタリーとして、15分くらいの映像にして流しました。そして映像の上映されてる隣では、イエローケーキとおいしいコーヒーを振る舞う「Yellow Cake Street」という名前のケーキ屋さんが、展覧会会期中の二ヶ月間、実際にオープンしました。でも、実はイエローケーキが家庭料理というのは全部嘘で、本当はウランのことを指しています。

近藤:あ!そうなんだ。なるほど〜。

中崎:ウランの精製過程の状態で黄色のペースト状になってるものを通称「イエローケーキ」と呼んでいるらしくて。ウィキペディアをみると、本当のケーキのような写真が出てきます。オーストラリアはウランの産出量が多くて、日本が最も輸入しているのはオーストラリアからです。ちなみにオーストラリア自体は原発を持っていません。

そうやって物語をでっちあげてフィクションを作りつつ、でも実際にレシピを考えて、イエローケーキを出すお店を作るという部分では本当のドキュメンタリーでもあったりして、ウソとホントの混じり合った映像や空間になってました。

原発の話にしても、僕らも地震以前はそこまでリアリティを持っていなかったんですよね。薄々知ってはいるけど、目くじら立ててどうこうというわけではない。でも、3.11以降はメチャクチャ自分と地続きの問題になんだってことに気付いちゃったんです。だからって、オーストラリアの人に対して「おまえらウランを送りやがって」と言いたいわけではもちろんなく、原発自体はなくても経済的な恩恵という意味では多くの人にとって地続きの問題であり、僕らはそれぞれ同じような問題に向き合ってると思ってます。しかもたぶん大部分の人は核などない方がいいと思いつつも、現実には政治とか経済などいろいろなことが絡み合って、簡単に答を出せる問題ではないということを、僕らも渦中にいるわけでよく知ってたりする。でも、そういう問題に対して話をしたいなと思ったし、話せる場になったらいいなと思って。それで、せっかく話すんだったら、おいしいケーキでも食べながら話せる素敵な場所になるといいねって制作していました。実際、オーストラリアの人も2~3割くらいの人は、イエローケーキがウランを表していることは知っていて…。

近藤:あ、知ってるんだ

Yellow Cake Street (C)Nadegata Instant Party

中崎:一応ポピュラリティのある言葉でした。全員が知っているわけではないけど、世代の上の人や、業種的に関わっていたり、インテリ層的な人たちとかは知っているという印象でしたね。怒る人も出てくるかなと思っていたんですけど、意外とイエローケーキという言葉を理解しているリテラシーのある人ほど、ポリティカルな問題をオブラートに包んだやり方で提示したこの作品に対して、気の利いたユーモアとして面白がれるリテラシーとかがあったりして、すんなり話せる感じはしました。

近藤:じゃぁ、リサーチしたときにイエローケーキのスラング的な意味を知って、よしこれでいこう!となったんですか?

中崎:そうですね。夏前くらいのけっこう早い段階で、山城がネットで見つけてきて、じゃあそれを中心に考えてみようか!って感じでした。9月に数日間現地リサーチに行った時には、すでにプランの大枠は決まっていました。

6

「エピソード/鼻歌まじりの引越の時間はいつかは終わる。だから僕はなるべく回り道をする。」


エピソード/鼻歌まじりの引越の時間はいつかは終わる。だから僕はなるべく回り道をする。/photo by YOSHIHARA Keita

中崎:これは12月に大阪でやっていた個展で、「エピソード/鼻歌まじりの引越の時間はいつかは終わる。だから僕はなるべく回り道をする。」というタイトルです。梅香堂という大阪の此花区の川沿いにある場所で、最初は、屋外に廃材を集めて掘立小屋を作ってパーティーをしたんです。その後、梅香堂は1階と2階と展示スペースが2フロアあるんですが、堀立小屋を解体して2階スペースに引っ越しして、「街」みたいにぐちゃぐちゃっとしたインスタレーションを組んで、その中で僕が延々と一人遊びしてるパフォーマンスをして、それを映像に撮りました。それから、もともと建物の1階と2階の間に穴が開いていて、その穴から2階にあるものを次々に落として1階に高く積み上げるという…。まあ、ややこしいですね。それと、それぞれの行為に「エピソード」ってタグ付けしてて、順番に続いていってる。

最終的には瓦礫が積み上がったようなインスタレーションになっているんですけど、ほとんど廃材が集められ、最初は家だったものが街に変わり、それがまた地面に叩きつけられて、壊れて、瓦礫となって積み上がっていく。それをいろんな角度から撮った映像が3本くらいと、1人遊びしている映像、パーティーをしていたところから時間軸が流れていく写真などの記録が上の部屋にあって、下に瓦礫の山がある。瓦礫という言葉を使うようになったのは実は少し後だったかも。あくまで廃材が、ゴミからゴミになる過程を制作しようと思ってたのが、穴から落としてゴミが積み上がったのを見て、震災の瓦礫を連想させるかもな、と後から気付いた。最終的に廃材の山になっていくのを前提にしながら、途中の時間をでっち上げていく。ゴミからゴミへ、最初からゴミなんだけど、ちょっとした出来事が起きる過程で、役割だったり、機能だったり、名前がその度にそれぞれに付着していって、最終的にもゴミではあるんだけど、過去にとある何かであったものである、ということを連想させるようなイメージがあって、材料自体は廃材がほとんどだったんですが、それが旅していくことで、物語の一部になっていくという作品にしてみました。

近藤:3.11以降の視点 で考えると、なんだかすごく象徴的な作品ですね。掘立小屋が引っ越しをして街の一部となり、やがて瓦礫と化していく。一片の廃材が人間の力でいろんな形にくみ上げられ、最終的にはまた廃材に戻るという、廃材の輪廻転生とでもいうか…。それにしても、今まで話をしてくれた全部が去年の3.11以降の話ですよね。いろいろありますねー。なくなったものもあるけど。

中崎:その前の数年間から話すよりは、この1年の話の方が、個人であるか、ユニットであるか、展覧会かワークショップか、スペースなのかとか、色々なものが散りばめられているので、時間軸もカラーもバラバラなんですけど、考えている流れが紹介しやすいかなと思って、お話をさせてもらいました。時間がすごく長くなりましたね。(笑)

近藤:すごく長くなりましたね(笑)でも、すごくわかりやすくて、僕自身、いくつか疑問に思って聞こうと思ってた部分が、すーっとわかったような気がしました。個々のことに関してはまだ聞きたいこともありますが、きりがないので(笑)今日はこの辺で。
ありがとうございました!

*トークにあわせて制作された新作「中崎透 TOKYO SOURCE edition」も限定発売中!

TOKYO SOURCE edition 設営中の中崎透

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interview by:

近藤ヒデノリ Hidenori Kondo
HAKUHODO ART PROJECT主宰、TOKYO SOURCE編集長、湯道、ACT FOR JAPAN 発起人

1971年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。博報堂に入社後、NY大学芸術学部/ICP修士課程で写真と現代アートを学び、9.11直前に帰国。同社に復職後は、TVCMやウェブなどの広告を制作しながら、個人としても個展やキュレーション、イベント、書籍の編集などを行っている。ラクダ似な旅好き。(photo: Suguru Takeuchi)

ブログ「TRAVEL HETEROPIA」http://d.hatena.ne.jp/camelkondo/
Twitter@KondoHidenori
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TOHRU NAKAZAKI

1976年生まれ。アーティスト。武蔵野美術大学大学院造形研究科博士後期課程満期単位取得退学。現在、水戸市を拠点に国内のさまざまな地で活動。2006年末より「Nadegata
Instant Party」を結成し、ユニットとしても活動。2007年末より「遊戯室(中崎透+遠藤水城)」を設立し、運営に携わる。

ブログ:http://tohru51.exblog.jp
Nadegata Instant Party:
http://www.nadegatainstantparty.org/

インタビュー:近藤ヒデノリ
日時:5.25.2012
場所:TOKYO SOURCE preview room
人物撮影:大野真人
原稿おこし:提橋真由美

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