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西尾美也 (アーティスト) 前半


ある日、ひとつの作品と出会った。アーツ千代田3331の壁面に並べて貼られた1対の巨大バナー。よく見ると家族写真のようで、人物も服装も配置もなんとなく似ているけれど、なんだか違う2枚の写真。左の写真は服装が皆一様に少し古めかしく、右の写真は年齢層が高い感じがする。過去に撮られた家族写真を、同じ家族が同じような服装で再現しているのだ。それが西尾美也の作品《家族の制服》との出会いだった。

《家族の制服》をはじめ、着ている洋服を街ですれ違う人と交換する《セルフ・セレクト》などの代表作で知られ、一時は全国各地のアートプロジェクトにひっぱりだこだった西尾美也。現在はケニアのナイロビに拠点を移し、慣れない土地で試行錯誤を繰り返しながら、ケニア人スタッフと協働で制作活動を続けている。

私たちは日々、服を「装う」ことで無意識に自分を編集している。性別はもとより、興味関心や主義主張、職業など有り余るほどの情報量をさらし、同時に他人のも受け取っている。ブランドで固めた人や、主義主張の強い服装の人にとっつきにくさを感じ、履きなれたスニーカーや少しよれたTシャツの襟元に親近感を感じたりする。

そうした「装う」という日常的な行為は、西尾美也によってどのように読み替えられるのか?そこに見出される可能性とは?こどもや家族、外国人など様々な人々と協働しながら、ワークショップを中心に活動の幅を広げ、ナイロビに滞在中の西尾美也にメールインタビューで話を聞いた。

脇屋佐起子(TOKYO SOURCE)

1

MY SOURCE


家族

ファッション

ワークショップ

アートプロジェクト

ナイロビ



脇屋:制作にあたって影響を受けた人、モノ、コトを5つとその理由を教えてください。

1.家族
一般家庭に育ったが、創作の楽しさとかファッションとか人間の多様性とかいろいろ学んだ。

2.ファッション
人生で一番のめり込んだもので、アーティストとしての表現の動機になっている。

3.ワークショップ
参加するのは嫌いだが、学校化された学びを解放する手法に強く共感した。

4アートプロジェクト
作ることを通したコミュニケーションに、心地よさを感じる。

5.ナイロビ
自分が無意識に身につけてきた常識を揺さぶってくれる。

2

装いが閉ざしているコミュニケーションを装いによって取り戻す


PENZI NI UA HALITAKI JUA, 2012
カンガ、布
h:110 w:300 cm
制作風景:「Kangaeru Workshop」2012年/コロゴチョ/ナイロビ/ケニア

近藤:西尾さんの作品は、布や衣服などファッションを通して様々な人との新たなコミュニケーションを開いていくアートプロジェクトとして、非常に独自で面白いと思います。こうした作品をつくるようになったきっかけを教えてください。

西尾:もともと興味を持っていたのはアートではなくファッションでした。小中学生のころからいろんな服装を試して、同級生の反応を楽しんでいました。口下手だった自分にとって、見た目でアピールできるファッションはコミュニケーションのための良いツールでした。でもそれが常態化すると、「お洒落」「派手なやつ」「ファッション好き」というような括りに自分が収まっていくのを感じました。また、同級生ならまだ反応してくれても、見知らぬ他人だらけの街中では、見られていると感じること以外に何も面白いコミュミケーションが生まれるはずがありませんでした。ファッションで自己主張をがんばっている若者なんだなと認識される程度でしょう。

それは例えば、スーツを着ていたらサラリーマンと認識され、スカートを履いていたら女性だと認識されるということと同じで、服装が社会的記号となって人間を分類するツールになっているということ。ある意味これは他者に安心感や信頼感を与える装いのコミュニケーションと言えますが、一方で他者に対する「無関心」を生み出すコミュニケーションの断絶だと捉えることも可能だと気付くようになりました。それが高校生のころで、ちょうど進路を考えていたとき。明らかに興味があるのはファッションだけど、いわゆるファッションの専門学校では解決しそうにないということだけは分かっていました。

オーバーオール:上野大仏, 2009
古着、ロープ
h:800 w:750 d:750 cm
展示風景:「上野タウンアートミュージアム」2010年/上野公園/東京
撮影:柴田昌和

そんなときに東京藝術大学に新設された学科案内をみつけて、これだ!と思いました。「表現のメディアや技法にとらわれない」とか「広く社会に開かれた視点」とか「多様な人々と自由にコミュニケーション」といった言葉が響きました。受験には作品をまとめたポートフォリオが必要だったので、自分の問題関心をまず形にしてみる必要がありました。最近の説明の仕方で言えば「装いが閉ざしているコミュニケーションを装いによって取り戻す」ことを目指しました。そのときはパーツ分解できる服を複数種類作って、協力者を募り、参加者を集め、はじめて会う人同士がパーツを交換しながらコミュニケーションを図るワークショップを実施しました。
 
そのワークショップから今年でちょうど10年が経ちますが、表現の動機は基本的に今も変わっていません。現在のポートフォリオにもその作品はちゃんと収録されています。

3

装いを実践する人さえいれば、どこでも誰とでもプロジェクトの実現が可能


オーバーオール:蒸気機関車, 2010
古着、スティック h:300 w:250 d:750 cm
展示風景:「Overall Project in Nairobi」2010年/キベラ/ナイロビ/ケニア 撮影:千葉康由

脇屋:西尾さんは、布を使って、洋服、家、乗り物など生活から切っても切れないものを作られる作品が多いですが、そもそも何故、布を素材として選ばれたんですか?

西尾:先ほどの説明通り、「作品を作る」という意識の前にファッションに対する強い興味と問題関心がまずありました。ファッションが面白いのは、鑑賞するだけでなく着て体験できるメディアだということです。

身体とともにあるファッションをアートとして見ようとすると、アートのいろんな自明性を解体することができます。例えば、また受験の話になりますが、面接では作品の持込みは許可されていません。でも僕の作品は服なので、身につけることで面接官に自分の作品を見せることができました。服にとってはホワイトキューブではなく身体が一番いい展示メディアだし、公共の場で裸になってはいけないというルールを裏返せば、ファッションが唯一、法が支配しない表現空間だと捉えることもできます。モビリティに着目すれば、街が舞台となったパフォーマンスになり、移動するパブリックアートになり、可能性はどんどん広がります。

ファッションという言葉を使うと、「最新の流行」という意味と結びつけて考えられがちですが、僕が着目しているのはもっと広義の「装い」という行為と見た目についてです。人がある文化圏に生まれ落ちて、身体に何らかの加工を施していく過程とその見た目を「装い」と考えれば、僕が表現の対象にするのは、単にファッションが好きな人間だけではなく、装いを実践する全人類ということになります。敬遠されがちなアート作品に対して、装いは誰もがすでに実践しているのであって、だからこそ「自分には関係がない」とか「興味がない」とは言わせない巻き込み方が可能になると思っています。

家族の制服[西尾家], 2006
ラムダプリント
h:103 w:145.6 cm ×2

作品の素材という観点から見ても、お金をかけないと良い作品が出来ないという発想に対抗できます。例えば、いくつかのプロジェクトでも実践していますが、不要な服を募集すればすぐに集まってしまいます。「形見」が象徴的ですが、そうした素材としての古着は身につけていた人々の記憶や物語も伴っていて、それがすでに作品と言えるほどの力強さを持っていることもあります。

こうした発想を持つと、装いを実践する人さえいれば、どこでも誰とでもプロジェクトの実現が可能になります。選ぶモチーフに日常的なものが多いのも、「どこでも誰とでも」という発想に基づいているからだと思います。

西尾美也

脇屋:コムデギャルソンやイッセイミヤケに影響を受けたと以前インタビューで答えていましたが、洋服やファッションに興味を持つようになったきっかけは?

西尾: 自分のこだわりを服で徹底して表現しはじめたのは小学3年生くらいのころからです。5歳なはれた兄の影響でバスケが好きだったので、毎日バスケ関係の服ばかり着ていました。同世代にバスケ好きもそんなに多くはなかったし、まわりに同じような格好の人がいないということで、服で主張することが自信につながったのだと思います。低学年のころは給食の好き嫌いが多いとか運動が苦手とかコンプレックスだらけで学校生活はほんとに辛かったのですが、バスケ・ファッションを手に入れてからは人生が楽しくなりました。

中学は選んだわけではありませんが、当時、公立では珍しい私服登校制の学校でした。髪を染めるのは校則違反とされましたが、先生を試すように、それ以外のことならどんなファッションもしていた時期です。田舎ではないですが、それでも奈良の中学なので、まわりにファッションのライバルはほとんどおらず、コンプレックスも克服し、自信に満ちあふれた楽しい中学時代でした。そもそもファッションにのめり込めたのは、ファッションに理解ある母の存在が大きいと思います。中学の時なんか、20カ所くらい結ぶ髪型をつくるのに、毎朝、率先して手伝ってくれていましたから。

創作好きの父の影響で小さいころから何か描いたり作ったりするのは好きでしたが、美術作品に感動したという経験はあまりありません。強いて言えば、受験対策で読んだ川俣正さんの『アートレスーマイノリティとしての現代美術』で、現代美術って面白いなと思いました。

4

「コミュニケーション」というのは僕の中で一番はずせない問題


1000コーディネート:袖/滝, 2011
古着、針金
h:600 w:850 cm
展示風景:「再考現学」2011年/国際芸術センター青森/青森
撮影:下道基行 写真提供:国際芸術センター青森

近藤:ワークショップやプロジェクトなど他者と関わる作品を作ろうと思った理由は?

西尾:服によるコミュニケーションの限界に気付くことから、僕のアーティストとしての表現は始まっています。つまり「コミュニケーション」というのは僕の中で一番はずせない問題になっていて、だからアトリエにこもって制作するのではなくて、いかに他者との関わりを生み出すかということ自体が作品の主要なテーマになっています。

また、「装いが閉ざしているコミュニケーションを装いによって取り戻す」ために、ワークショップやアートプロジェクトは方法論として相性がよかったと言えます。例えばワークショップからは、「学びほぐし」と「他者とともにつくる」というポイントを僕は引用しています。それらを装いの問題にあてはめると、「装いを後天的で受動的な慣習と捉え、そのしがらみから人々を解放する」「他者とともに面白い装いを作り出す」という目標になります。

アートプロジェクトからは、「作り手と受け手のヒエラルキーをなくす」とか「場に特化した作品」というポイントを引用することで、「装いにおける生産者と消費者のヒエラルキーを薄め、ともに『みんなの装い』を作る」「サイト・スペシフィックな装いを新たに作る」といった目標が導き出されます。

5

人が装いの交換を受け入れるかどうか


セルフ・セレクト#24(パリ), 2007
ラムダプリント、アクリル加工
h:36.4 w:51.5 cm

脇屋:《セルフ・セレクト》を見ていると、そもそも服を着るという行為自体、意識するしないに関わらず、性別や趣向、所属する階層や職業を、誰もが日常的に編集し、表現しているのだと改めて思いましたが、この作品の着想は?

西尾:おっしゃるとおりです。「意識するしないに関わらず」というところがポイントで、ある人の装いというのは、生まれ育った文化や環境に大きく依存しています。なぜ人は服を着るのかという装いの発生起源については諸説ありますが、どうも納得できる解答がない。一方で、では自分はなぜ服を着ているのかと自問すれば、それは生まれてすぐに布に包まれ、親に服を与えられ、まわりにも同じように服を着ている人間がいて、いつの間にかそれが当たり前の行為になり、ないと困るものになったからだと明確に説明することができます。つまり、ある人にあらわれる装いというのは、既成に反発するファッションも含めて、その人のコミュニケーションの結果だと見ることができる。ただし同じ文化圏においては、それがある意味「無関心」を生み出すのではないかという問題意識は先ほどお話しました。文化が違って装いのルールが違っても、あぁあの人は文化が違うんだということで興味は持っても、コミュニケーションは発生しません。やはり逆に、装いが壁を作っているとみることができる。

ベバベバッグ, 2012
パフォーマンス
展示風景:「Bebabebag Street Show」2012年/ナイロビ/ケニア
撮影:桜木奈央子

このことは、言語の問題で説明するともっとわかりやすくて、例えば僕は日本語を母語として習得してきました。だから外国で、英語でコミュニケーションを図ろうとすると、いつも不自由で苦労しています。日本語でも英語でもない言語となると、もうお手上げです。このことは、日本語を身につけたがゆえにコミュニケーションが不自由になってしまった、と考えることもできます。例えば音楽はそういった壁を超えられるものの一つでしょう。

装いに同じ問題をあてはめると、「生まれ育った文化圏の装いを身につけたがゆえにコミュニケーションが不自由になってしまった」という仮説になります。才能や努力にもよりますが、言語はどれだけ学習しても習得するのが難しいと僕は個人的に実感しています。一方で、言語習得にくらべれば、刺青のような永続的な装飾を別にして、身体さえあればどんな装いの実践も僕にとっては簡単ではないかと思いました。

具体的な体験としては、パリの地下鉄でストライキか何かがあったときに、「何が起こったんだ」というように問い尋ねてくる現地の人がいました。もちろんフランス語なので僕にはわかりませんでしたが。つまりパリでは、こちらが観光客のつもりでいても、見た目が違うということは説明にならない。一方で、装いに関しては趣味や出自を主張している人が多いのもパリの特徴でした。政治的・歴史的な経緯を考慮しなければ、一般的にはもしかすると、言葉は装い以上に着替えやすいものなのかもしれない、と思いました。

僕は自分の装いからどうすれば解放されるかを探究していたし、人が装いの交換を受け入れるかどうか試してみたくなったというのが、この《セルフ・セレクト》を実践する動機でした。

西尾美也(にしお よしなり)
1982年奈良県生まれ。現在は東京とナイロビを拠点に活動する。
東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。専門は先端芸術表現。研究作品《Self Select in Nairobi》《Overall: Steam Locomotive》と、博士論文「状況を内破するコミュニケー ション行為としての装いに関する研究」で博士号(美術)を取得。
装いの行為とコミュニケーションの関係性に着目し、市民や学生との協働によるプロジェクトを国内外で展開している。代表的なプロジェクトに、世界のさまざまな都市で見ず知らず の通行人と衣服を交換する《Self Select》や、数十年前の家族写真を同じ場所、装い、メンバーで再現制作する《家族の制服》、世界各地の巨大な喪失物を古着のパッチワークで再建する《Overall》などがある。また、2009年には西尾工作所ナイロビ支部を設け、アフリカでのオルタナティブなアートプロジェクトを開始している。
現代美術家として探究してきた装いに対する考察をもとに、2011年にはファッションブランド《Form on Words》を設立した。

インタビュー:近藤ヒデノリ/脇屋佐起子
日時:2012年9月某日(ナイロビ-東京間でのメール形式)

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